組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ (中公文庫)
本書はビジネスマンに評価されているらしく、こうして文庫本にもなった。前に読んだとき、著者が根本的な間違いに気づかないで1冊の本を書くということもあるのかとあきれたことがある。経営学界ではそういうことも珍しくないようだが、誤解が増殖するのもよくないので簡単に指摘しておこう。

最大の間違いは、著者がサンクコストを守ることが合理的だと考えていることだ。したがって日本軍の不合理な戦術も「過去から継承してきた武器や兵力を守る合理的な行動」が、結果として「局所最適」に陥った結果として描かれ、エイジェンシー理論や所有権理論などが援用される。

しかしビジネススクールで教わるように、サンクコストを守ることは不合理な錯覚である。所有権理論(たとえばHart)で事前と事後の不整合が起こるのは、サンクコストが発生する企業特殊的な投資において、ゲームの双方がサンクコストを無視してナッシュ交渉を行なうためだ。

本書のほとんどの分析が、この根本的な勘違いにもとづいて書かれており、少なくとも経済学的にはナンセンスである。ときには「限定合理的」という言葉も使われているが、サンクコストをforward-lookingなコストと混同することは、限定合理的でさえないバイアスである。著者はバイアスと(サイモンの)限定合理性を混同しているのではないか。