ニヒリズムはヨーロッパ的現象である

ニーチェ2 (平凡社ライブラリー)
感性より理性が重視されるようになったのは、近代ヨーロッパに固有の現象である。その原因はニュートン以来の科学の勝利だ。キリスト教は世界を説明して意味を与えるシステムだが、科学によって世界が合理的に説明できるようになると、アドホックなキリスト教の説明は説得力をなくし、人生は意味を失う。

それがニーチェのいうニヒリズムだが、彼はそれを単なる世俗化と考えたわけではない。ニヒリズムが深刻な問題になったのは、感性を超える普遍的な真理が存在するというキリスト教の原理が信用を失ったからで、その意味でニヒリズムの元凶はキリスト教(パウロ主義)にある。ニーチェによればキリスト教は「民衆向けのプラトニズム」なので、本質的な問題はプラトンにある。

ニーチェが否定したのはヨーロッパのニヒリズムであり、それはプラトン以来のヨーロッパの哲学を否定する壮大な思想だった、というのがハイデガーの評価である。ニーチェがそれに対比したのは、ソフィストだった。プロタゴラスの「万物の尺度は人間である」という命題に、ヨーロッパのニヒリズムを乗り超える契機をニーチェは見出した。プロタゴラスが万物の尺度としたのは「臨在性」だった、とハイデガーはいう。

続きは12月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

狩猟採集社会と定住社会の「ミスマッチ病」

サピエンス異変――新たな時代「人新世」の衝撃
最近の調査によると、運動不足は喫煙より危険らしい。糖尿病や腰痛や肥満の最大の原因も運動不足で、旧石器時代にはほとんどなかった。人類が定住生活に入った約1万年前から、狩猟採集社会に適した遺伝子と定住社会に適応した生活習慣のミスマッチが始まったのだ。

ホモ・サピエンスの歴史の大部分は移動生活だったので、その身体は運動してエネルギーを消費しないと劣化する。移動生活では糖質はほとんど摂取しなかったが、農耕生活に入ってからはカロリーの多い炭水化物を大量にとるようになった。このため糖質をとって運動しないと太り、心臓病や糖尿病で早く死ぬ原因になる。現代人の死因の多くは、こうした「ミスマッチ病」である。

ミスマッチは、人新世(Anthropocene)でさらに大きくなるだろう。これは人類が地球環境を大きく変えて新たな地質時代が始まるという考え方で、国際地質学会でも1万1700年前からの「完新世」の次の地質時代として採用することが検討されている。近代文明が地球環境にもたらした変化は、氷河期に匹敵するほど大きいからだ。その環境変化は産業革命のころから始まったが、変化の大きさは20世紀が最大だという。

続きは12月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「ゼロリスク」を求める合理的な感情

原子力をめぐる誤解の最大の原因は、リスクが確率的な期待値だということを理解できない人が多いことだ。リスク(期待値)=ハザード(被害)×確率である。原発事故のハザードは大きいが、あなたがそれに遭遇する確率は低いので、原発事故で死ぬリスクは、戦後60万人以上が死んだ交通事故よりはるかに小さい。これは自明だが、小林よしのり氏から河野太郎氏まで、リスクの意味を理解できない人が多い。

なぜこんなにリスクを理解できない人が多いのか、という問題は自明ではない。その原因は、人間が恐怖という感情でリスク管理をしているからだろう。あなたが道を歩いていて、工事中のビルから大きな棒が落ちてきたら、それが何か確認しないで、とっさによけることが正しい。それが鉄筋だったら、死ぬこともあるからだ。他方、逃げて損するコストは小さい。落ちてきたのがボール紙だったとわかっても、笑い話ですむ。

だから恐怖は反射的に起こる感情で、理性的な計算を介さない。そういう恐怖をもたない人間は、進化の中でとっくに淘汰されたはずだ。つまり「ゼロリスク」を求める恐怖は合理的な感情であり、それはすべての人にそなわっている。他方で確率を計算できる人は1%もいないので、すべての人のもつ恐怖にアピールするマスコミは正しいのだ。

続きは12月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

今年の良書ベスト10

中央銀行: セントラルバンカーの経験した39年毎年このリストを書くたびに思うが、経済学の学問的生産性は明らかに落ちている。特に21世紀の世界的な低成長・低インフレ・低金利などの新しい問題について、正統派の経済学は答を出せない。このため半世紀以上前の「どマクロ経済学」の亡霊が日本を徘徊し、政権にまで影響を及ぼしている。
  1. 白川方明『中央銀行』
  2. フランシス・フクヤマ『政治の衰退』
  3. ロバート・フランク『ダーウィン・エコノミー』
  4. 武田悠『日本の原子力外交』
  5. ニーアル・ファーガソン『大英帝国の歴史』
  6. 森本あんり『異端の時代』
  7. 有馬哲夫『原爆 私たちは何も知らなかった』
  8. Fred Pearce "Fallout"
  9. 細谷雄一『自主独立とは何か』
  10. マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』
続きはアゴラで。

民衆の感情をあやつる技術としてのレトリック

ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫)
ソフィストは古代ギリシャのソクラテス以前の思想家、という程度しか知らない人が多いだろう。日本でソフィストを主題にした研究書は、本書の前には1冊しかない。この原因は、プラトンがソクラテスを「最初の哲学者」として描いたとき、それと対比して彼以外の思想家に「詭弁をもてあそぶソフィスト」というレッテルを貼ったためだ。

しかし当時そういう学派の対立があったわけではなく、ソフィストがソクラテスを攻撃したわけでもない。彼らの仕事は民会や法廷で弁論を駆使して人々を説得することだったので、真理には興味をもたなかった。ソクラテスのように真理を語って告発者を論破しても、裁判に負けては意味がない。必要なのは多くの民衆を味方につけることなので、ソフィストは逆説や背理法などさまざまなレトリック(弁論術)を駆使した。

政治で何が真理かはわからないので、大事なのは聴衆の感情を読み取って即興的に言葉をつないでいく技術や、民衆の心をとらえるタイミング(時宜)である。それは哲学のような時を超えた真理ではなく、書物にも残らないが、よくも悪くも民主政を動かした。古代ギリシャの昔から、政治を動かしたのは感情をあやつる技術だったのだ。

続きは12月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

理性を超える「無意識」の正体は何か



来年1月からのアゴラ読書塾は「感情の科学」というテーマだが、人間を動かすのが理性を超える感情だという思想は新しいものではない。マルクスは意識を超える「イデオロギー」が人間を動かすと考え、フロイトは意識を超える「無意識」が人間を動かすと考えた。こういう二元論は20世紀の思想に大きな影響を与え、構造主義やポストモダンにも受け継がれている。

ドゥルーズ=ガタリはフロイト的な発想で資本主義を精神分析し、「欲望機械」としてのグローバル資本主義が国家を破壊すると考えた。彼らは非合理的な感情を「コード化」して抑圧するのが国家であり、それをイノベーションで破壊して「脱コード化」する資本主義との矛盾が分裂病(統合失調症)をもたらすと主張した。

しかし最近の脳科学が示すのは、逆に感情が人格を統一し、理性をコントロールしているということだ。感情をつかさどる機能を失った患者は対人関係が崩壊し、支離滅裂な言動を繰り返すようになる。その知的能力が保たれていても、社会人としての生活ができなくなる。「私は私である」という同一性を維持しているのが感情なのだ。続きを読む

アゴラ読書塾 「感情の科学」

人間とはなにか 上 (ちくま学芸文庫)意思決定は理性と感情で決まりますが、正しいのは理性で、その判断をじゃまするのが感情だと思われています。しかし感情がそんな有害無益なものなら、なぜすべての人が感情をもっているのでしょうか。感情をもたない人のほうが、生存に有利なのではないでしょうか。

感情は理性に先立ち、理性より強く人々の行動を動かします。福島第一原発事故で出た放射能は健康に影響がなかったのに、その恐怖がなぜ今も続いているのでしょうか。所得の30%以上とられている社会保険料の負担より、消費税の2%引き上げに国民が強く反応するのはなぜでしょうか。

続きはアゴラで。

感情は敵と味方を識別するセンサー

愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める
ひところたくさん出た行動経済学のおもしろ本は、最近あまり見かけなくなった。その実験結果は「合理性」を信じる経済学者にとっては奇妙な例外にみえるが、普通の人々にとっては常識的な行動だからだろう。むしろ問題は、人間がそういう「不合理」な感情的行動をとるのはなぜかということだ。

本書は、その原因を進化論的に説明する。たとえば囚人のジレンマでは、経済学者の想定する合理的な行動(支配戦略)はつねに裏切ることだが、そういうエゴイストの集団は外敵との戦争に勝てないので、進化で淘汰されたと思われる。他方、誰とも協力する博愛主義者もエゴイストに食い物にされて淘汰されるので、相手が敵か味方か識別して協力することが(進化論的には)合理的だ。感情はそのセンサーであり、人類が生存競争で生き残る上で重要な装置だった。

これを実験しているのが、"Split or Steal"というテレビ番組だ。次のゲームでは10万ポンドを両方がsplitして等分したら5万ポンドずつもらえるが、一方だけがstealしたら10万ポンド独占できる。しかし両方stealすると、2人とも何ももらえない。これは囚人のジレンマで、ナッシュ均衡は両方がstealを選ぶことしかないが、実験では必ずしもそうならない。

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ライブドア事件に似てきたゴーン事件

日産のゴーン元会長・ケリー元取締役と、法人としての日産が起訴された。同時に2人は再逮捕されたが、容疑は金融証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)だけだ。虚偽記載の総額は(公訴時効になった2011年を除く)2012年から2018年までの7年間で約91億円になったが、容疑は今までマスコミで出た話と変わらない。

まだゴーン側の主張が出ていないので真相は不明だが、今までの経緯をみると、この程度の話で世界的大企業の会長を逮捕した捜査手法が妥当だったのかという疑問は残る。マスコミが検察情報で「推定有罪」の報道をするのはいつものことだが、今回の事件は公判の維持がむずかしいのではないか。

続きはアゴラで。

人類は「感情的動物」だから生き残った

人間とはなにか 上 (ちくま学芸文庫)
人間は合理的動物であり、その本質は理性にあるというのが、デカルト以来の近代的な人間像である。合理的な行動が正しい行動であり、感情的に行動するのは愚か者である。人工知能はそういう合理的な決定だけをソフトウェアとして抽出し、感情を切り捨てることによって効率を上げようとするものだ。

しかしこの人間像には、進化論的に疑問がある。感情がそれほど無駄なものなら、なぜ人間は感情的に行動するのだろうか。霊長類の中で群を抜いて大きいホモ・サピエンスの脳のエネルギーの8割は、感情に使われている。人類は「感情的動物」なのだ。数十万年のきびしい生存競争の中で、無駄に大きな脳をもつ人類が生き残ったとは考えられない。

最近の脳科学の答は逆である。人類が生き残る上で重要なのは感情だった、と本書は指摘する。前頭葉に損傷を受けた人は、言語や計算の能力には問題がなかったが、他人の感情を無視していつもケンカするようになり、社会生活ができなくなった。感情は人間関係を調整して集団行動を維持する役割を果たしているので、それなしで理性は役に立たないのだ。続きを読む






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