厚労省の「超過死亡」についての説明は矛盾している

厚労省が人口動態の年間推計を隠していることには、政治的な意味がある。本来のスケジュールでは、昨年10月までの数値をもとに2020年の人口動態推計を12月末に発表する予定だった。変更するには総務省の統計委員会の了解が必要だが、今回は厚労省が勝手に非公表にしてしまった。

厚労省は「年間推計を出さなかっただけで速報値は従来通り出している」と弁解しているが、なぜ年間推計を出さなかったのか。それは2020年の死亡数が予想より4万人ぐらい減るからだ。

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人口動態速報(昨年11月まで)

上の表のように2019年11月までの死亡数は126.6万人で、年間では138.1万人。毎年2万人増えているので、昨年は140万人ぐらいになると予想されていたが、逆に減った。11月まで125.1万人だから、単純に推計すると年間136.4万人で、予想より4万人ぐらい少ない。

年末に緊急事態宣言を出すかどうかが焦点になっていた時期に、厚労省が「今年は死亡数が減った」と発表するわけには行かなかったのだろう。12月の速報値が出るのは2月20日ごろだ。

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死亡数の変化を説明するのが超過死亡だが、これについての国立感染症研究所の説明は混乱している。昨年5月までは上の図のように超過死亡を計算し、閾値(平年の死亡数の上限)を下回ることを示して「超過死亡はありません」と明記していた。

xところが鈴木基センター長は、9月まで「日本の超過死亡は最大7467人」などと説明し、厚労省も「超過死亡は2019年より少ないプラスの値」と説明していた。12月の感染研の月報でも、昨年9月までの超過死亡を(CDCモデルで)1209~9744人と推定しているが、報告がその後なくなった。

他方、感染研のサイトのリンク先の図では、超過死亡はマイナスになっている(数字は書いてない)。感染研の研究員の書いた英文プレプリントも、これとほぼ同じだ。どうなっているのだろうか。続きを読む

コロナ被害を誇大に発表する厚労省の「逆大本営発表」

菅内閣の支持率が急落している。その最大の原因は、感染症対策が迷走していることだろう。これを「コロナ対策」と考えて、PCR検査陽性者数に一喜一憂するのが間違いのもとだ。感染症対策の目標は(すべての原因の)超過死亡ゼロであり、その基準でみると日本は目標を超過達成したのだ。

感染症統計は各国バラバラなので、その数字を単純に比較しても実態はわからない。感染症被害の規模を国際比較する指標として開発されたのが超過死亡数(死亡数-平年推定値)である。たとえばインフルエンザの死者は(すべての死因の)超過死亡から統計的に推定する。2018/9年のシーズンでは3276人だった。

これに対して「コロナはこれほど対策をしても死者5000人以上だからインフルより大変だ」という話は錯覚である。昨年の超過死亡はマイナスで、日本の感染症被害は世界最少だった。自粛の影響ですべての感染症が減った効果は、コロナの被害より大きいのだ。

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コロナの死者より肺炎で減った死者のほうが多い



「日本のコロナ死者が5000人を超えた」とマスコミは騒いでいるが、コロナで死んでもインフルで死んでも人命の重さは同じだ。コロナ以外の死者が5000人以上減ったら、全体の死亡数は減る。それが日本で起こったことである。図1は人口動態統計の速報値(昨年11月まで)だが、昨年のすべての死因による死亡数は125万人で、2019年より1万5000人減った。

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図1(人口動態統計速報)

その原因も人口動態統計でわかる。呼吸器系疾患(1~8月の累計)の死者が、昨年は2019年に比べて1万5000人減り、これでほぼ死亡数の減少が説明できる。そのうち肺炎が1万800人減り、インフルが2300人減ったが、誤嚥性肺炎は1100人増えた(図2)。これは8月までの死亡数なので、年間ではこの1.5倍ぐらいだろう。

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図2(人口動態月報)

誤嚥性肺炎は高齢者に特有の死因で感染しない。これが増える一方、呼吸器系の感染症死者が減ったのは、自粛で感染を防いだ他に、病院が呼吸器系の患者を隔離して肺炎の感染を防いだことが大きな原因だと思われる。

肺炎が減ったのは海外も同じだが、コロナの死者がそれよりはるかに多かったので超過死亡数(平年推定値に比べた死亡数の増加)は大きく増えた。それに対して日本ではコロナ死者より他の感染症の死者の減少が多かったので、超過死亡数がマイナスになった。

日本の感染症対策は大成功だったのだが、厚労省は人口動態統計の年間推計を出さず、超過死亡数の発表もやめてしまった。人口動態統計を隠しているのは日本と中国だけだ。

続きは1月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

マスパセ事件について

昨年9月、ピーチ航空の機内でマスク着用を拒否して航空機を臨時着陸させた奥野淳也容疑者(自称マスパセ)のアゴラへの投稿が、ネットでちょっと話題になっている。彼が1月19日、大阪府警に逮捕されたからだ(22日に起訴)。

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ゼロコロナって何?


立憲民主党は「ゼロコロナ」をめざす方針だそうです。立民が政権をとる可能性はゼロなので大した意味はないのですが、世の中にはいまだに「コロナを封じ込めろ」とか「ウイルスをゼロにしたら経済が回る」とかいう人がいるので、ちょっとまじめに考えてみましょう。

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岩田健太郎氏の知らない「ロックダウン」

丁寧に考える新型コロナ (光文社新書)
新型コロナで感染症の専門家と称する人々の化けの皮がはがれたが、その最たるものが本書に登場する岩田健太郎氏と西浦博氏だろう。ところが彼らは今なお意気軒昂で、「日本もロックダウンしてコロナを制圧すれば経済は回る」と主張する。

ロックダウンというのは外出禁止令の通称だが、日本の法律では不可能である。特措法45条は「特定都道府県知事は、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことを要請することができる」と定めているだけで罰則はない。

岩田氏は「罰則がなくても政府が外出禁止できる」というが、それは違法行為である。移動の自由は憲法22条に定める基本的人権で、根拠法なく侵害できる権利ではない。憲法に非常事態条項のない日本では、ヨーロッパのように警察が外出を取り締まることはできないのだ。

それほどロックダウンが結構なものなら、ロックダウンしなかった日本のコロナ死亡率が、ヨーロッパの数十分の一なのはなぜか。これについて本書は自然免疫やBCGの効果を否定し、「日本の感染はヨーロッパより遅かったので感染初期に対応できた」という。

これは1月に武漢から感染が始まってアジアで流行した事実と矛盾するが、著者は下水データを根拠にして「ヨーロッパには2019年末に新型コロナウイルスが入った」と主張する。それなら3月にイタリアで流行が始まるまで、ヨーロッパで患者が出なかったのはなぜか?続きを読む

21世紀は「新しい中世末期」

新しい中世 相互依存の世界システム (講談社学術文庫)
プラットフォームをめぐる最近の動きは、資本主義と国家の関係という古い問題に新しい光を当てている。多くの人が誤解しているように、資本主義は近代国家によって生まれたものではない。ウォーラーステインが指摘したように、資本主義は「長い16世紀」からのヨーロッパの植民地支配で近代世界システムとして生まれたものだ。

本書はそれが冷戦とともに終わり、「新しい中世」に回帰しているというが、今はむしろ中世末期にヨーロッパの封建社会が崩壊した時代に似ている。中世にはヨーロッパが精神的にはキリスト教で統合される一方、政治的には領邦が分立していた。このころまで日本とヨーロッパは(キリスト教を除いて)よく似ていた。

しかし12世紀ごろから領邦を超える商取引や遠距離貿易が盛んになり、領主の支配を逃れてヨーロッパ全域を商圏とする商人が増えた。彼らは個人の契約による株式会社を組織し、株式でリスクを分散して全ヨーロッパ的に活動したが、領邦はローカルな統治機構を維持し、カトリックは教会による精神的支配を維持しようとした。

それに対して教会を超える「聖書による救済」を主張し、全ヨーロッパ的な普遍主義を掲げたのがプロテスタントだった。その組織が株式会社のモデルになり、個人が地域を超えてヨーロッパを移動するようになった。これと伝統的な地域支配を維持しようとした領主とカトリック教会が戦ったのが宗教戦争だった。

中世末期に起こった領邦を超える商人の活動とパラレルな現象が、いま起こっている主権国家を超えるGAFAMなどのグローバル化である。それが宗教戦争のような内乱をまねくことは考えにくいが、アメリカの現状をみているとその可能性はゼロではないようだ。

続きはアゴラサロンで(初月無料)。

「グリーン成長」という幻想

資本主義の新しい形 (シリーズ現代経済の展望)
本書は資本主義が21世紀に「非物質化」し、エネルギー集約型の製造業から情報産業やサービス産業に比重が移っているという。それ自体はよくある話だが、著者はこれを「脱炭素化」と結びつけ、CO2削減で成長できるという。これは政府の「グリーン成長戦略」もいうが、本当だろうか。

たとえば化石燃料を再生可能エネルギーに変えたとき、再エネのコストが化石燃料より安ければ収益が上がるので成長できるが、再エネ投資の収益率は大幅なマイナスである。それを埋めているのがFIT(固定価格買い取り)で、その賦課金(再エネ-化石燃料コスト)の総額は2030年には44兆円、2050年には69兆円にのぼる(電力中研)。

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この69兆円は再エネ業者の利益になるが、消費者にとっては電気代の超過負担である。その社会的なメリットは、地球の平均気温が30年後に0.01℃下がるかもしれないというだけだ。脱炭素化の私的収益率はゼロに近いので、民間企業には適していない。これはFITのような国民負担でやる公共投資である。

本書は脱炭素化とエネルギー節約を混同して「脱炭素化で収益が上がる」というが、収益の上がる省エネ投資はすでにやっている。これから政府が規制や補助金で民間にやらせるのは採算のあわない脱炭素化投資であり、経済的には純損失になって成長率は下がる。「グリーン成長」は幻想なのだ。

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厚労省はなぜ人口動態統計を隠すのか

厚生労働省は、2020年の人口動態統計の年間推計を発表しないことを決めた。厚労省ホームページによるとその理由は、死亡数が1~10月の累計で減少したことなどから、「年間推計を機械的に算出した場合には、算出した推計値が実態と乖離することが想定されるため」だという。

昨年10月までの死亡数は約113万人で、2019年より約1万4000人(1.2%)少なく、このペースだと通年の死亡数は1万6000人以上減ったと推定される。このため人口動態でみても、毎年減っていた人口が下げ止まった。



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「ファクターX」の正体は何か

新型コロナ 7つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体 (ブルーバックス)
新型コロナについての菅政権の方針が迷走している一つの原因は、有識者会議のメンバーの主流が疫学の専門家で占められていることだと思う。彼らは感染を防ぐことが専門なので、感染をゼロにしろと提言する。それは気象学者が気候変動のリスクをゼロにしろというのと同じだ。

その共通点は、複雑なマクロ的現象を単純なモデルで予測することだが、本書は免疫学というミクロの立場から、西浦モデルのような単純化は「大きな誤解」だと批判する。そのモデルが正しければ、感染が起こると指数関数的に拡大して、人口の6割ぐらい感染して集団免疫になるまで止まらないはずだ。

しかし日本ではたかだか2割ぐらいしか感染していないと推定される。感染が途中で収束するのは、人間の免疫機能に大きな個人差があるからだ。最初に感染する人の感受性は高く、次第に低い人に感染する。人々は社会的距離をとるようになる。それは「再生産数」という定数ではなく、時間とともに変わる変数なのだ。

また感受性は、地域によっても大きく違う。日本ではコロナ死亡率がヨーロッパに比べて大幅に低いが、これは生活習慣などでは説明できない。このファクターXの正体は何かが本書の最大のテーマである。続きを読む








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