使用ずみ核燃料を「安全なゴミ」として処理するとき

日米原子力協定が自動延長されたが、「プルトニウムを削減する」という日本政府の目標は達成できる見通しが立たない。青森県六ヶ所村の再処理工場で生産されるプルトニウムは年間最大8トン。プルサーマル原子炉で消費できるのは年間5トンが限界なので、今のまま再処理が始まるとプルトニウムは増えてしまう。

続きはアゴラで。

「学歴のインフレ」は終わらない

The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money
本書のメッセージは単純明快だ:大学の私的収益率は高いが、社会的には浪費である。大卒で高い所得を得られるのは学歴のシグナリング効果であり、教育で能力が上がるからではない。したがって学校教育に税金を支出することは正当化できない。

これは経済学の通説に近いが、本書はそれを多くの統計データで検証している。大学教育が役に立たないことは多くの人が知っているが、高校教育も(少なくともそれに投じられる公費以上に)役に立つという証拠がない。初等教育は役に立つが、その私的収益率は高いので、コストは親が払えばよい。

だがこの過激な提言は実現しないだろう、と著者も認める。多くの人が学歴のメリットを知っており、子供への教育投資を増やしているからだ。このため世界中で学歴のインフレが拡大しているが、それはバブルではない。この壮大な浪費は、どこの国でも巨額の補助金で支えられているからだ。

続きは7月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

地球温暖化は経済問題である

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)
京都議定書が2002年に国会で承認されたとき、私はそれに反対を表明した数少ない準公務員(経済産業研究所フェロー)だったので、環境保護の活動家から「地球温暖化懐疑派」と批判された。そのころ温暖化を疑うのは「化石燃料をジャブジャブ使いたい財界の手先」で、異常気象で人類が滅びると信じる人が真のエコロジストだった。

ところが3・11のあと、状況が変わった。民主党政権が原発を止めたおかげでCO2排出量が増えたのに、エコロジストは反原発に転じて温暖化のリスクをいわなくなり、原発推進派が温暖化のリスクを強調するようになった。この分類でいうと、懐疑派の私は反原発派ということになるが、実際にはどっちでもない。

本書も指摘するように、ここ100年の長期でみると地球温暖化が起こっていることは明らかだが、それが異常気象を生むのか、その最大の原因は人間の産業活動なのか、という科学的な因果関係は不確実性が大きい。その防止にどれだけコストをかけるべきかもはっきりしない。それは温暖化による災害リスクより防災のコストが低いかという経済問題だからである。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

集中豪雨の原因は地球温暖化か

最近の集中豪雨について「地球温暖化が原因だ」という話がよくあるが、本当だろうか。これについては国連のIPCCが、2011年に気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理という報告書を出し、熱帯低気圧(台風や集中豪雨)については、次のように書いている。
いくつかの地域では、激しい降雨の発生数に統計学的に有意な傾向が出てきている。発生数が減少している地域よりも増加している地域のほうが多い可能性が高い。但し、これらの傾向は地域間及び地域内でのばらつきが大きい。これまでの観測能力の変遷を考慮すると、熱帯低気圧活動について、観測されている長期的な増加はいずれも、確信度は低い

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「中世」の生んだデモクラシー

デモクラシーは普遍的な制度ではなく、これからそうなるとも限らない。それは歴史的には、西ヨーロッパだけに生まれた特殊な制度だ。歴史の教科書では、今も世界の歴史は古代→中世→近代という順で発展してきたと教えるが、古代とも近代とも区別される「中世」は、中国にもロシアにもイスラム圏にも存在しない。

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中世と呼ばれる時代があったのは、日本と西ヨーロッパだけだ。その原因は、図のような梅棹忠夫の「生態史観」によると、日本と西ヨーロッパが乾燥地帯から離れていて、戦争のために集権化する必要があまりなかったからだ。つまりもともと一つだった世界が、18世紀以降に「大分岐」でヨーロッパとアジアにわかれたのではなく、もともと別の世界だったのだ。

アジアの中で日本だけが西ヨーロッパと似ているのも、遊牧民の脅威が大きくなかったため、平和な連邦国家ができたからだ。これを「封建制」と呼ぶのはミスリーディングで、中国には分権的なfeudalismはなかった。特殊ヨーロッパ的なデモクラシーが、アジアで日本だけに根づいたのも偶然ではない。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「小さな政府」は日本で可能なのか



夏の合宿に出演していただく浅尾慶一郎さんは2009年にみんなの党が結成されたときの結党メンバーだが、みんなの党は日本では珍しい「小さな政府」をめざす政党だった。浅尾さんも「アメリカの共和党のような政党が日本にも必要だ」というが、最近の安倍政権は経済政策では、金融の超緩和やバラマキ財政など「大きな政府」に傾斜している。

続きはアゴラで。

アメリカはなぜプルトニウムを警戒するのか



7月16日に日米原子力協定が自動延長される予定だ。政府は閣議決定で「プルトニウム保有量の削減に取り組む」と初めて明記したが、その見通しは立たない。プルトニウムを消費するプルサーマル原子炉の再稼動が進まないからだ。今は幸か不幸か青森県六ヶ所村の再処理工場がまだ稼働していないが、これが稼働するとプルトニウムは増えてしまう。

だがアメリカがこれほどプルトニウムに過敏になる根拠は不明だ。きのう「言論アリーナ」でも話したように、日本がいま保有している純度の低い「原子炉級プルトニウム」では、核兵器は製造できないからだ。技術的には「自爆核兵器」のようなものはできるが、軍事的には意味がなく、外交的には自殺行為である。

アメリカはカーター政権が1977年に核燃料サイクル廃止に方向転換し、世界各国にも再処理をやめるよう求めた。それは世界の原子力平和利用の根幹をゆるがす大転換であり、日本もヨーロッパも反対したが、その後もアメリカは一貫してプルトニウムの拡散を警戒してきた。その背景には何があったのだろうか。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

ドイツの理想主義が偽善になるとき

そしてドイツは理想を見失った (角川新書)
戦後の日本とドイツは、似ているようで違う。似ているのは第2次大戦で敗戦国になったことだが、その負の遺産を処理する方法はかなり違う。日本では天皇制が残ったが、ドイツは「第三帝国」が国家として消滅したため、過去を100%否定した。ナチを肯定することやホロコーストを疑うことは今も犯罪であり、「ヘイト」を掲載したSNSに最大5000万ユーロ(約60億円)の罰金を課す法律が昨年できた。

そのドイツに登場したのが、移民排斥を主張するAfD(ドイツのための選択肢)である。昨年の総選挙で、AfDが第三党になったことは、世界に大きな衝撃を与えた。メルケル首相の与党CDU(キリスト教民主同盟)と野党第一党SPD(社会民主党)の政権協議は難航し、今も政権は不安定だ。

日本の国会では政治理念は争点にならず、スキャンダルばかり議論しているが、ドイツは自国を「理想の国」にしようという意識が強く、政治家は理念を掲げる。このためメルケルは難民を無条件に受け入れたが、犯罪が増えた。彼女の「脱原発」も理想主義だったが、CO2は減らないで電気代が大幅に上がった。そういう偽善に対する国民の不満を集めたのがAfDだった。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「世界史」を創造した遊牧民

世界史序説: アジア史から一望する (ちくま新書)
個別の地域や文化圏を超えた普遍的な「世界史」が書けるのかというのは、むずかしい問題である。「唯物史観」がその答だと思われた時代もあったが、今そんなものを信じる人はいない。最近では「世界システム論」が歴史学界の主流になりつつあるが、それもヨーロッパ近代を中心とする唯物史観の変種である。

では「アジア中心の世界史」が書けるのかというと、これはもっとむずかしい。ポメランツ以降のカリフォルニア学派はヨーロッパ中心史観を否定し、18世紀の「大分岐」でヨーロッパが先進国だった中国を逆転したというが、では分岐する前には統一的な世界があったのかという疑問には答えていない。

本書はあえてアジアを中心に、世界史を書き直す試みだ。もちろん新書1冊で世界史が書けるはずがないので、具体的な歴史記述は荒っぽいが、われわれが無意識に信じている通念を疑うきっかけにはなる。著者の仮説は、近代以前の世界史を動かした最大の要因が遊牧民だということである。

続きは7月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

私立大学は「裏口」だらけ

文部科学省の局長が逮捕された事件は、まだ事実関係がはっきりしないが、「贈賄側」の東京医大の理事長と学長は、「入試の点数に加点した」ことを認めているようだ。賄賂は現金に限らず、職務上の地位が賄賂と認定された判例もあるらしいが、「裏口入学」が贈賄と認定されたら、私立大学は賄賂だらけになる。

続きはアゴラで。






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