原発停止で失われた命は原発事故より多い

福島第一原発事故の放射線による死者はゼロだが、避難などによる「原発関連死」は事故から2014年までの4年間で1232人だった(東京新聞調べ)。それに対して原発を停止したことで失われた命は4年間で1280人だった、とNeidell, Uchida and Veronesiは論じている。

その最大の原因は、電気代の値上げである。原発を突然止めたため化石燃料の輸入が急増し、次の図のように北海道では33%、関西では29%、東京では38%も電気代が上がった。



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天皇家は「ウルトラマンファミリー」である

産経新聞が、また女系天皇を否定するコラムを載せている。「男系男子」の皇室典範を守れというのが社論なのだろうが、その根拠に「神武天皇から今上天皇まで126代にわたる天皇の系図」をあげるのはいただけない。これは聖書を根拠にして進化論を否定するようなものだ。

保守派が「男系天皇」に執着する理由がよくわからない。産経も認めるように、天皇家が男系で継承されるべきだという論理的な根拠はなく、女系なら女系で一貫していればいい。日本古来の伝統は天照大神でも明らかなように女系であり、男系は中国から輸入した儒教思想である。それもかつては王位継承をめぐる戦争を防ぐ意味があったが、今は「系図がごちゃごちゃする」という程度の問題でしかない。

そもそも天皇家が古代から「万世一系」だったという根拠がない(したがって「例外なく男系で継承した」という根拠もない)。「天皇」とか「日本」という称号ができたのは天武天皇の時代であり、それまでの「大王」は一つの家系ではなく、多くの氏族が戦争や離合集散を繰り返す状態だった。本郷和人氏はこれを「ウルトラマンファミリー」にたとえている。

1966年に「ウルトラマン」が放送され、翌年「ウルトラセブン」が放送されたが、これは当初まったく別のシリーズだった。その後「ウルトラマンエース」や「ウルトラマンタロウ」や「ウルトラの母」などが創作され、これが後にウルトラマンファミリーになった。「天皇ファミリー」もこのように多くの氏族を統合する物語なのだ。

続きは12月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「イスラム2.0」という宗教改革

イスラム2.0: SNSが変えた1400年の宗教観 (河出新書)
イスラム原理主義は狂信的なテロリストとしか見えないが、コーランには「神も終末も信じない者と戦え」と書かれている。日本では、この点を曖昧にして「本来のイスラムは平和的だ」という人が多いが、むしろ本来のイスラムの教義にもとづくジハード(聖戦)を各国政府が抑圧してきたのだ。

その抑圧がはずれたのが、2010年代の「アラブの春」だった。独裁政権が崩壊して民主化するという期待とは逆に、政府の権力が弱まって国内が混乱すると「イスラム国」のような原理主義の活動が強まった。これを著者は「イスラム2.0」と呼ぶ。

従来のイスラム1.0は、コーランやハディース(ムハンマドの言行録)の解釈の体系だった。そのテキストは膨大で、ほとんどのイスラム教徒は文盲だったので、その解釈は法学者が独占していた。ところが識字率が上がり、インターネットの普及でコーランなどを直接読むことができるようになり、一般の信徒が「真の神の教え」に目ざめたのだ。

これはキリスト教の宗教改革に似ている。カトリック教会でもラテン語訳の聖書は教会にしかなく、説教もラテン語で行われたので、一般の信徒にはお経を聞くようなものだった。しかし聖書のドイツ語訳が印刷されると、多くの信徒がそれを読んで教会の教えに疑問を持ち始めた。イスラム原理主義は、キリスト教の歴史を500年遅れで繰り返しているのだ。続きを読む

【再掲】中曽根康弘で終わった「新自由主義」

中曽根康弘 - 「大統領的首相」の軌跡 (中公新書)
中曽根元首相が死去した。世間的にはロッキード事件やリクルート事件で逃げ切った「汚い政治家」というイメージが強いが、政治的な実績は大きい。特に国鉄と電電公社の民営化は、他の政権にはできない大事業だった。これはレーガン政権の「小さな政府」の日本版だが、「新自由主義」という言葉は中曽根が1977年に使ったのが最初だといわれている。

弱小派閥の出身で「田中曽根内閣」といわれたほど政権基盤の弱体だった彼が5年の長期政権になった背景には、日米関係の変化があった。70年代までアメリカの忠実な部下だった日本の位置づけは、レーガン政権で大きく変わった。日本はアメリカの最大のライバルとなり、経済的な「自立」を求められたのだ。

中曽根首相は「戦後政治の総決算」を掲げたが、憲法改正は提案しなかった。彼が総決算しようとしたのは、戦後の「福祉国家」路線だった。その第1弾が民営化で、第2弾が間接税による財政再建だった。そのため中曽根は「売上税」を導入しようとしたが失敗し、「増税できる首相」として竹下登を後継者に選んだ。続きを読む

フリードマンはどこで間違えたのか

ミルトン・フリードマンの日本経済論 (PHP新書)
20世紀前半を代表する経済学者がケインズだとすれば、20世紀後半を代表するのはミルトン・フリードマンだろう。しかし彼の金融理論には、致命的な弱点があった。古典的な貨幣数量説は、

 MV=PY

という式であらわされる(Mは貨幣量、Vは流通速度、Pは物価水準、YはGDP)。フリードマンはこれに依拠して「Mの増加率を一定に保てば物価は安定する」と主張した。これが有名な「k%ルール」だが、政策としては失敗した。

その原因は単純である。中央銀行は「貨幣量」をコントロールできないからだ。Mを中銀の供給するマネタリーベースと考えると、Vが大きく変動するので貨幣数量説は成立しない。Mを市中に流通するマネーストックと考えると、これは民間の信用創造で決まるので中銀が直接コントロールできない。

しかしフリードマンは「マネーサプライ」という曖昧な言葉を使い、その意味を状況によって使いわけた。これがマネタリスト論争の混乱した原因だが、日本のリフレ論争はその戯画である。本書は晩年のフリードマンがリフレ派を応援していたというが、その結果は明らかだ。Mを増やしてもV(信用乗数)が大きく下がったので、量的緩和はきかなかったのだ。

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信用乗数の変化(三井住友アセットマネジメント調べ)


続きは12月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

中国人は「みにくいアヒルの子」か

東大情報学環・学際情報学府の「特定短時間勤務有期雇用教職員」である大澤昇平氏のツイートが論議を呼んでいる。


これについて東大は遺憾の意を表明し、彼の寄付講座のスポンサーであるマネックスグループは寄付を停止すると発表した。ネット上の反応も圧倒的に「中国人の差別だ」という批判である。これは予想された展開だが、大澤氏にとっては予想外だったらしく、きょうになって反論をツイートしている。

続きはアゴラで。

ヒューマニズムは人道主義ではない

ヒューマニズム考 人間であること (講談社文芸文庫)
本書の原著は1964年。半世紀以上たった復刊だが、今でも「ヒューマニズム」についての古典として読むに値する。Humanismは「人道主義」という意味で使われることが多いが、原義は聖書を研究する「人文学」という意味である。

ルネサンスのユマニスト(人文学者)は、中世の神学者が些末な論争に没頭しているのに対して「それはキリスト教と何の関係があるのか」と問いかけた。彼らはカトリック教会を批判したが、ルターやカルヴァンのような宗教戦争の指導者とも対立した。ユマニストの批判は聖書にもとづく人文主義的な批判であり、プロテスタントの教義とは必ずしも一致しなかったからだ。

それを象徴するのが、エラスムスの弟子カステリヨンとカルヴァンの対立である。カルヴァンは1553年、三位一体説を批判した神学者セルヴェを投獄し、拷問のすえ火刑に処した。これに対してバーゼル大学の神学者カステリオンは、批判者を処刑するのはカトリック教会の異端審問と同じだ、とカルヴァンを批判したため、教団から追放された。

宗教改革を実現したのはユマニストではなく、カルヴァンの教団の軍隊的な規律だったが、それはヨーロッパに果てしない宗教戦争を生み出した。その戦争を終わらせたのはユマニストの主張した寛容の精神だった、と本書は指摘する。

続きは11月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「真水で10兆円」の大型補正がやってくる

国会は5500万円の「桜を見る会」で大騒ぎだが、 年末に出る今年度の補正予算では真水で10兆円という数字が取り沙汰されている。これは自民党の二階幹事長と世耕参院幹事長が言及した数字だが、2012年以来の大型補正である。大不況でもないのにこんな大規模な財政出動が行われるのは異例だが、その背景には金融政策の挫折がある。

だが日銀の大規模な量的緩和のおかげで長期金利までマイナスになり、財政出動がやりやすくなった。マクロ経済的には、企業が大幅な貯蓄過剰になっている現状では、政府が金を使うのは合理的である。財政赤字が高金利やインフレを招くという批判は、マイナス金利では説得力をもたない。

かつて財政支出は政治腐敗の温床になると批判されたが、今は公共事業などの裁量的支出の比率は低下しており、一般政府でみると財政支出の半分以上を占めるのは社会保障である。これは長期の所得再分配であり、ケインズ的な財政政策にはなじまない。所得再分配を短期的にコントロールするしくみは可能だろうか。

理論的には可能である。いま政府のやっている「5%のポイント還元」を、すべての店舗に拡大して、全国民に配る「ヘリコプターマネー」にすればいいのだ。それを止めるのは財源と関係なく、たとえば「インフレ目標2%に達するまでポイント還元を続ける」と決め、その財源は日銀が国債を買い取ってファイナンスする。

続きは11月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

桜を見る会「前夜祭」の不自然な会計処理

野党とマスコミは「桜を見る会」の疑惑で盛り上がっているが、決定的な話は出てこない。確かに公費で首相の後援会の関係者を800人以上も招待したのはいかがなものかと思われるが、違法ではない。来年は中止すると決めたのだから、再来年どうするか安倍首相がゆっくり考えればいい。それだけの話である。

問題は、その前日にホテルニューオータニで開かれた「前夜祭」だ。5000円という会費が格安だというのは、宿泊費込みで考えるとホテルの営業上の問題に過ぎないが、その会計処理が異例である(少なくとも一般人には不可能だ)。

続きはアゴラで。

ガラパゴス化するネット企業

2050年のメディア
ヤフーとLINEの経営統合が発表された。ソフトバンクとNAVER(LINEの親会社)が50%ずつ出資する合弁会社(非上場)を設立し、これがZホールディングス(ZHD)の筆頭株主となり、ヤフーとLINEはZHDの100%子会社になる。

…と聞いても、普通の人にはどうなっているのかわからないだろう。実質的にはSBが業績の悪化しているLINEを救済したとみられているが、「対等合併」の形をとるために50%ずつ出資し、ZHDの上場を維持するために新会社を噛ませるややこしい形になったものと思われる。

本書はこういう日本のネット業界の「ヤフー1強」の歴史をまとめた業界物で、タイトルのような未来の話ではない。ここに出てくるのは読売新聞の人事抗争を中心とする、きわめて日本的なメディア業界の話だ。読売の「主筆」は紙面を私物化してネット企業の成長を阻害しているが、それに反抗する者は排除される。

ヤフーの強さは読売と似ている。日本語の壁に守られてマスコミの亜流に徹してアクセスを集め、企業買収で多角化を進めてきた。買収した企業も日本では各部門でトップだが、世界では物の数に入らない。そういう「ガラパゴス多角化」のたどりついた先が今回のLINEとの経営統合だが、これで「世界と戦う」ことができるのだろうか。

続きは11月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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