財政ファイナンスの何が悪いのか

日銀の若田部副総裁が国会で、日銀による長期国債の買い入れについて「物価2%目標の実現に向けた金融政策上の目的で行っている」とし、「政府による財政資金の調達を助けることを目的とする、いわゆる財政ファイナンスではない」と語った。これは彼の過去の言論と矛盾する。

彼は『ネオアベノミクスの論点』で、「デフレからの脱却には、財政ファイナンス的な政策がじつはもっとも効果的なのです」(p.96)と書いた。財政ファイナンスが効果的なら、日銀がそれをやらないのは職務怠慢である。財政ファイナンスで日銀が国債をすべて買えば「無税国家」ができ、納税者もハッピーだ。

続きはアゴラで。

潜在意識の中の丸山眞男



7月からのアゴラ読書塾のテーマは「丸山眞男と戦後日本の国体」(申し込み受け付け中)。いま丸山を読む人は少ないが、あなたの心の中には丸山が住んでいる。たとえば「戦争を起こしたのは軍部やファシストで、それをリベラルな知識人が防げなかった」という丸山の「悔恨共同体」は、いまだに朝日新聞を初めとするマスコミの歴史観だ。

しかし戦争を指導したのはファシストではなく、東京帝大や朝日新聞のリベラルだった。帝大法学部教授の宮沢俊義は「大政翼賛会は合憲だ」という論文を発表し、朝日新聞論説委員の笠信太郎は戦時体制の設計図を書いたが、彼らは戦後は丸山とともに全面講和や憲法擁護の論陣を張った。それが戦後政治のアジェンダになり、今も国会では不毛な憲法論争が続いている。夏の合宿では、そういう問題を論じたい。

「1945年8月に革命が起こり、国民が主権者として憲法を制定した」というのも丸山に始まる神話だ。いまだに長谷部恭男氏は「8月革命が憲法学界の通説」だというが、日本国憲法は大日本帝国憲法73条にもとづいて勅令で召集された帝国議会で、2/3以上の多数で可決された。それを書いた実質的な主権者はアメリカであり、革命なんか起こっていない。

丸山が民主主義を「永久革命」と呼んだのは、このように矛盾した戦後民主主義を国民の行動で変えていこうという理念だったが、革命は永遠に続くものではない。戦後民主主義の青春期は60年安保で終わったが、丸山のつくった神話は日本人の潜在意識に定着し、今も人々を呪縛している。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

なぜインフレが望ましいのか


これはもっともな疑問だが、教科書的なマクロ経済学(DSGE)には「物価上昇が望ましい」という理論は存在しない。日銀の黒田総裁も「インフレ目標2%がグローバル・スタンダードだ」というだけで、その根拠は説明したことがない。それが望ましいのは、次のような「異常事態」が起こっている場合だ。

 1.名目賃金の下方硬直性が強い
 2.自然利子率がマイナスになっている
 3.コーディネーションの失敗が起こっている

1は初等マクロ経済学の教科書にも書いてあるが、名目賃金が労使交渉で決まる場合、賃下げは困難なので、インフレで実質賃金を下げ、労働生産性の上がった労働者だけ賃上げすることで調整がやりやすくなる。ただ定常的なインフレになると、労働者はそれを織り込んで賃上げを要求するので効果はなくなる。

2の自然利子率というのは経済に中立的な金利で、これがマイナスになっていると、名目金利がゼロ以下にならないときは「意図せざる金融引き締め」になる可能性がある。こういう場合はインフレで実質金利をマイナスにする意味があるが、最近の日銀の計測では、自然利子率は0.3%程度であり、マイナス金利も可能なので、インフレにする意味はない。

3がおそらく黒田総裁の想定しているケースで、「ピーターパンが空を飛べないと思うので飛べない」という均衡と「飛べると思うので飛べる」という複数均衡があるとき、だれもが空を飛べると期待すると飛べる可能性がある。問題は空を飛ぶ能力があるのかどうかである。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

誰がテレビを殺すのか

誰がテレビを殺すのか (角川新書)
物騒なタイトルだが、本書の結論は「テレビは容易に死なない」。インターネットのアクセスがいかに多くても、広告の効果はテレビにかなわない。たとえば首都圏ローカルのスポット広告料金は100万円ぐらいだが、深夜番組でも視聴率が1%取れれば、30万人ぐらいが見る。同じアクセスをヤフーで取ろうとすると、トップバナーの広告料金は2000万円だという。

もちろんテレビの視聴者は漫然と眺めているのに対してヤフーのユーザーは積極的にアクセスしているとか、そのままクリックするなどの違いはあるが、数百万人という規模の大衆にアピールできる媒体として、地上波テレビにまさるものはない。広告は確率のビジネスだから、分母が大きいほうがいいに決まっている。

そして1日中テレビを見ているのは、60歳以上の老人だ。かつてテレビは専業主婦のものだったが、今は男性も7割以上が無職だ。テレビを見る時間は女性より多く、平日でも平均4時間も毎日テレビを見ている。そういう「することがない人々」が時間をつぶす道具に特化しているのが民放だ。それが左傾化した最大の理由も、視聴者の高齢化である。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本は核武装できるのか

米朝首脳会談の直前に、アメリカが「プルトニウム削減」を要求したという報道が出たことは偶然とは思えない。北朝鮮の非核化を進める上でも、日本の核武装を牽制する必要があったのだろう。しかし日本は核武装できるのだろうか。

もちろん核兵器の保有は、日米原子力協定のみならず核拡散防止条約(NPT)にも違反するが、これは条約を離脱すればよい。そういう事態は常識的には考えられないが、今の日米同盟の枠組が崩れた場合には、そういうオプションも必要になる可能性はあるので、頭の体操はしておいても無駄ではない。

続きはアゴラで。

原子力の失われた半世紀

Fallout: Disasters, Lies, and the Legacy of the Nuclear Age
原爆と原発は別だが、無関係ではない。核分裂は最初は発電技術として研究されたが、1942年にルーズベルトがマンハッタン計画を立ち上げ、それからわずか3年で広島と長崎に原爆が投下された。その後も原子力は軍事技術として開発され、軽水炉も原潜の技術として普及した。このように政府が研究開発投資を負担したことが、原発が急速に普及した原因だ。

しかし軍事技術として開発されたことは、原子力の短所ともなった。軍事機密を理由にして事故が隠され、特にソ連では1957年の(おそらくチェルノブイリを上回る)キシュテム事故の存在さえ、ソ連が崩壊するまで秘密にされていた。英米でも「事故隠し」が行われ、秘密主義が疑心暗鬼をまねき、放射能の恐怖が誇張されるようになった。

本書は環境ジャーナリストが、世界の原子力の現場をたずねたものだ。著者は科学的データにもとづいて、核兵器以外の原子力は安全だと考えるが、その将来については悲観的だ。すべての人が合理的に判断するわけではない。放射線は目に見えないので、専門家の話を信用できない一般人が恐怖を抱くのは当然だ。原子力産業はこの半世紀で、社会の信頼を失ってしまった。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「コミンテルンの謀略」を実現した進歩的知識人

コミンテルンの謀略と日本の敗戦 (PHP新書)
世の中には、いまだに「日本はコミンテルンの謀略に乗せられて日米戦争をやった」という類の陰謀史観がある。本書もその種のトンデモ本だが、1930年代の惨憺たる歴史は、結果としては「日本を社会主義で破壊する」というコミンテルンの謀略が実現したようにみえる。

近衛文麿の側近だった尾崎秀実は、ソ連の工作員だった。「天皇制の打倒」を掲げたコミンテルンの1932年テーゼを実行しようとした日本共産党は弾圧で壊滅したが、日本を「半封建社会」と規定する「2段階革命論」は知識人に大きな影響を与え、それにもとづく講座派マルクス主義が広く支持された。

それはコミンテルンの工作のおかげではなく、当時の知識人が社会主義を支持したからだ。世界恐慌はマルクスの予言が実現したものと思われ、経済危機を解決する手段として総動員体制(戦時共産主義)が、革新官僚にも帝大教授にも受け入れられた。彼らは天皇制打倒や暴力革命といった過激な手段は否定したが、「経済の計画化」は支持したのだ。

続きは6月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

エリートの不合理な計画性



日本がなぜ無謀な日米戦争を始めたのかという問題については、山ほど本が書かれている。本書はそれについて従来と違う答を出しているわけではないが、新しい素材を提供している。陸軍の「秋丸機関」と呼ばれる研究機関で、有沢広巳などの経済学者が英米やドイツの戦力を調査し、1941年7月に報告書を出した事実だ。

続きはアゴラで。

プルサーマルで日米原子力協定は守れるのか



7月16日に日米原子力協定の30年の期限が来る。日本の電力会社が保有しているプルトニウム約47トンは最近ほとんど増えていないが、原発が再稼動すると使用ずみ核燃料は増えるので、日米原子力協定でアメリカの要求する「プルトニウム削減」を実現するには、プルサーマル原子炉を動かす必要がある。

ところが今まで原子力規制委員会が設置変更許可を出したプルサーマル炉は4基だけ。そのうち2基で年間1トンしかプルトニウムを消費できない。プルサーマルは他に4基あり、フルMOXの大間原発が動けば年間1.1トン消費できるが、すべて動いても合計5トンにもならない。

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他方で、六ヶ所村の再処理工場が動くと最大で年間8トンのプルトニウムができるので、プルトニウムは増えてしまう。対応策はプルサーマルを増設するしかないが、大間の運転も見通せない状況で、これから新しい原子炉を建設することは不可能だ。つまりプルサーマルだけでは、日米原子力協定の「利用目的のないプルトニウムはもたない」という約束は守れないのだ。

続きは6月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

アゴラ読書塾「丸山眞男と戦後日本の国体」

丸山眞男は戦後を代表する思想家で、今もリベラルの教祖的存在です。1950年代の講和条約をめぐる論争から安保条約改正に至るまで、彼は戦後民主主義を擁護し、知識人を代表して闘いましたが、60年代には論壇から姿を消しました。

しかし50年代に丸山などのリベラルが設定した「憲法擁護」や「安保反対」というアジェンダは、いまだに国会の争点です。かつて丸山が恐れたのは、治安維持法に代表される戦前の「国体」が復活することでしたが、今は表で非武装の平和憲法を掲げながら、裏では日米同盟で国を守る「戦後日本の国体」が定着してしまいました。

政治から撤退した丸山が研究したのは、日本人の精神構造でした。彼は古代から続く「古層」に、既成事実に屈服しやすい日本人の潜在意識を見出し、それを克服する近代的な主権者を確立する「永久革命」が日本の課題だと考えました。しかしその学問的成果はほとんど知られないまま、彼のつくった戦後日本の国体は今も政治を呪縛しています。

続きはアゴラで。






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