豊洲を「アマゾンフレッシュ」の流通センターに


アマゾンで「鮮魚」を検索すると、けっこう出てくる。野菜も果物もある。関東に流通センターを置いてクール宅急便で送れば、消費者が大型店まで魚を買いに行くのといい勝負だろう。豊洲市場の面積は約40haで、築地の2倍だ。今でも衰退している仲卸が2倍に増えるはずがなく、寿司屋などは移転しないので、半分以上はあいてしまう。築地の業者が移転したくないのなら移転を中止して、ネット流通業者を入れればいいのだ。

続きはアゴラで。

ニュートンの神学思想

豊洲の騒動でおもしろいのは、ワイドショーのコメンテーターが「石原慎太郎は悪いやつだ」という価値判断から「豊洲は危険である」という事実を導くことだ。これは今では笑い話だが、17世紀まで価値から事実が導けないことは自明ではなかった。

ニュートンは『プリンキピア』の序文で「本書の目的は神が天地創造された意図をさぐることである」と書いた。彼の神学理論は余技ではなく、量的には物理学の論文よりはるかに多い。彼は(無神論に近い)理神論ではなく、合理主義的なアリウス派だったらしい。

東洋でも、儒教は「天理」という社会的な倫理から自然界の事実を導いた。福沢諭吉はそれを惑溺と批判し、「物ありて然る後に倫あるなり、倫ありて後に物を生ずるに非ず」と書いた。それが彼のつくった「物理」という言葉の意味だが、ニュートンはキリスト教という倫理にもとづいて完璧な物理学を構築した。それはなぜ可能だったのだろうか?

まぐれ当たりだ、というのが現代の物理学の答である。重力が距離の2乗に反比例すべき論理的な必然性はないが、今のところ太陽系の中では例外は見つかっていない(銀河系全体ではあやしい)。そのもっともらしい理由は、重力がそれより大きくても小さくても地球が太陽のまわりを公転しない(したがって人類も存在しない)ということである。

続きは3月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

豊洲騒動は原発事故の「二度目の笑劇」



きょうで東日本大震災から6年である。マスコミも飽きたのか、ほとんど特別な報道をしなくなったが、原発事故の後遺症はまだ続いている。特に「風評被害」で被災者が9万人も帰宅できず、「汚染水」に騒ぐマスコミのおかげで廃炉作業は難航している。

続きはアゴラで。

「十字架の神学」というマーケティング

パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)
子供のころ教会学校に行かされ、毎週パウロの手紙について説教されたが、まったく納得できなかった。2000年前に死んだイエスが、どうやって今の私の「罪を贖う」のか。そもそも彼は処刑されたあと復活したのだから、罪をかぶっていないのではないか…などと論理的に追及すると、パウロの手紙は矛盾だらけだ。

本書もパウロの十字架の神学には、ユダヤ教に固有の「贖罪」と普遍主義的な「ゆるし」が混在していると指摘する。古代ローマ帝国でキリスト教が大流行した原因は、2世紀に疫病が流行したとき、特定の民族に依存しない「救済」を提供したからだと推定されている。それは初期には文字どおり医療による救護で、神を信じる人は誰でも救済した。

パウロはギリシャ語を使うローマ市民だったが、その教祖であるイエスが政治犯としてローマ帝国に処刑されたのは都合が悪かった。そこで彼はイエスが「すべての人類の罪を着せられて十字架で死んだが復活した」という奇妙な神学をつくり、刑罰の道具である十字架を救済のアイコンにした。この巧妙なマーケティングは大成功したが、その矛盾はキリスト教の拡大とともに深刻になった。

続きは3月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

【おしらせ】アゴラ経済塾「合理的に考える」


豊洲の移転問題をみると「築地と豊洲のどっちが危険か」という単純な問題を合理的に考えることがいかにむずかしいかを痛感します。今までの経済学では合理的に考えることが原則で、感情的な「バイアス」を除くことが大事だと教えますが、これは逆です。理性は遺伝的にそなわった機能ではないので、合理的に考えるには訓練が必要なのです。

続きはアゴラで。

教育勅語とフランス国歌のどっちが危険か

森友学園の問題はわけのわからない方向に脱線し、稲田防衛相が「日本が道義国家をめざす」という珍妙な答弁をしたことで教育勅語の是非論になっている。朝日新聞の杉原里美記者は「臣民は戦争など国の非常時には、勇気をふるって身を捧げ、『君国』のために尽くす」と批判しているが、いい加減にしてほしい。

続きはアゴラで。

脳は「空気」を読むためにできた

ヒトはどこまで進化するのか
E.O.ウィルソンは「社会生物学」の創始者だが、50年前に自分の唱えた包括適応度の理論を否定し、マルチレベル淘汰の理論を主張している。しかし学界の反応は冷たい。ほとんどの事実は従来の理論で説明できるからだが、それは一般読者にとっては大した問題ではない。

大事なことは、ヒトの真社会性(eusociality)がその優位性の源泉だという点で生物学者が一致していることだ。真社会性とは、蟻や蜂のように巣をつくって社会的分業を行う能力で、20種類の動物で発見されているが、霊長類の中ではヒトにしかない。他の類人猿に比べて肉体的にひ弱なヒトがここまで繁殖した原因は、この真社会性にある。

ヒトは脳が大きく、家族を超えて集団で行動する能力を発達させた。その集団行動の武器になったのが宗教である。食欲や性欲はチンパンジーにもあるが、宗教はヒトにしかない。ウィルソンは「脳は宗教のために、宗教はヒトの脳のためにあつらえられた」という。

ここでいう宗教は一神教だけなく、他人と同調する集団的な感情であり、日本人には「空気」といったほうがわかりやすいだろう。脳の中で論理的に思考する機能は小さく、大部分は人間関係の調整に使われている。経済学が合理的選択を基準にして感情を「バイアス」と呼ぶのは逆で、感情で集団を同調させる脳の機能から合理的な思考が派生したのだ。

続きは3月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

日本政府は「国債を返し過ぎ」か

安倍首相の「デフレ脱却を考えると国債を返し過ぎだ」という発言が、債券市場に波紋を呼んでいる。今年1月20日の施政方針演説では、2020年のプライマリーバランス黒字化という目標が消えた。これは「シムズ理論の甘い誘惑」だと日経は批判しているが、首相の発言が昨年秋だとすると、ヘリマネだろう。

両者はまったく違う理論だが、結論は似ている。「政府と日銀は親会社と子会社みたいなもの。連結決算で考えてもいいんじゃないか」という安倍首相の発言も、政府と中銀のバランスシートを統合すべきだというFTPLと一致し、理論的には正しい。

インフレ税のもっともむずかしい点は、政府が財政規律を放棄することで、これをあまり露骨にやるとハイパーインフレになるので、少しずつやれば市場が徐々に織り込んでゆるやかにインフレになる、というのがSims(2013)の理論である。首相はきわめて徐々に財政規律を放棄し始めたのかもしれない。

続きは3月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

築地を「文化財」としてどう残すか



きのうは宇佐見典也さんと一緒に築地市場を見学したが、動画を見ればわかるように、豊洲の問題は単純である。

続きはアゴラで。

核廃棄物の最終処分地は六ヶ所村にある

使用ずみ核燃料の最終処分地をめぐる問題は混迷している。それを理由に、原発は「トイレなきマンション」だから「原発ゼロ」にすべきだという議論がいまだにあるが、これは技術的には誤りだ。フォン・ヒッペルなどの専門家が提言しているように、青森県六ヶ所村で「乾式貯蔵」すればよい。

続きはアゴラで。






title
記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons