弱小野党の強い「ジャンケン国家」

国会はセクハラ問題で1週間以上空転し、そのまま連休に突入する。野党にとっては2週間以上の「大型連休」だが、国会内の会議室では連日、野党6党の「合同ヒアリング」が開かれている。これは法的根拠がないが、憲法で国会は「国権の最高機関」と位置づけられているので、弱小野党でも役所を呼びつける力をもつ。

国会の質問でも前日まで引っ張り、役所は徹夜で国会待機する。情報量は官僚機構のほうが圧倒的に多いが、彼らは立法府に「お仕えする」立場を装わないといけない。このように政治家が官僚より強く、官僚はマスコミに強く、マスコミは政治家に強いジャンケン国家は、江戸時代から続く構造である。
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主権者たる国民が意思決定を行うという憲法の原則はフィクションで、実際には行政実務のほとんどは官僚機構が行う。それを国会が立法でチェックするというのもフィクションで、法案の8割以上は内閣提出法案だ。それをチェックするのは実質的にはマスコミだが、彼らは役所から情報をもらわないと仕事にならない。ジャンケンでひとり勝ちはできないのだ。

続きは4月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

リベラルが大政翼賛会を生んだ

緒方竹虎とCIA アメリカ公文書が語る保守政治家の実像 (平凡社新書)
戦前の日本を「ファシズム」と呼ぶのはおかしい、と問題提起したのは伊藤隆氏だが、これは「リベラル」の役割を考える上でも重要だ。1930年代に日本が独裁者もいないのに「ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入」したのはなぜか、というのは丸山眞男以来ずっと日本の知識人を悩ませてきた問題である。それはヒトラーのような独裁者に指導されたのではなく、近衛文麿や朝日新聞のようなリベラルに指導されたのだ。

丸山はファシズムを「反革命の最も先鋭な最も戦闘的な形態」と規定したが、それは日本には当てはまらない。近衛首相は国民の圧倒的多数に支持されたので、大政翼賛会は反革命ではなく「挙国一致」の革命だった。朝日の主筆だった緒方竹虎は、内閣情報局参与として大政翼賛会の事務局となり、戦時中には情報局総裁として検閲を統括した。

戦後、緒方は公職追放されたが、復帰後は自由党の政治家として保守合同を指導した。吉田茂の次の首相候補と目され、CIAは彼に「ポカポン」というコードネームをつけて利用した。しかし最近公開されたファイルでは、CIAは資金力のない緒方を重視していなかったという。

続きは4月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

テレビ朝日は第三者委員会で録音を検証せよ

きのうテレビ朝日の角南社長の記者会見が行われたが、話が混乱している。産経によると、経緯は次の通り。
今月4日、NHKが夜7時のニュースで森友問題での財務省の口裏合わせについて独自のニュースを報じ、女性社員はデスクからの指示もあり、その裏付け取材をすることになった。そのときに福田次官から電話があったため、裏付け取材をしようと考え、夜9時ごろから夜10時前まで約1年ぶりに夜の食事を伴う一対一の取材に臨んだ。

ところが、このときもセクハラ発言が多数あったため、社員は自らの身を守るため途中から録音した。後日、この社員はセクハラの事実をテレビ朝日で報じるべきではないかと上司に相談した。上司にはセクハラの事実を隠蔽しようという考えはなく、幾つかの理由で報道は難しいと判断した。この社員はセクハラ被害を黙認される恐れがあるとして週刊新潮に連絡し、取材を受けた。

続きはアゴラで。

「昭和デモクラシー」の暴走

国会の劣化は止まらない。この1年、森友・加計から始まったスキャンダルは、ついにセクハラ騒動で1週間も国会が止まるようになった。これは昭和初期の帝国議会を思い起こさせる。大正デモクラシーという言葉はあるが、「昭和デモクラシー」とはいわないのは奇妙だ。普通選挙で「民主政治」が始まったのは昭和3年である。

それまでの有権者は地租を納める地主だったが、普通選挙で一般の男子に選挙権が拡大し、有権者は8倍以上に増えた。この時期を「政党政治からファシズムへ」の転換というのは正しくない。ヒトラーがナチス以外の政党を解散させたドイツとは違い、日本では1940年に大政翼賛会ができるまで政党は存在し、満州事変にも日中戦争にも圧倒的多数で賛成したのだ。

第1次大戦で専制国家が民主国家に敗れたのを見て、政府は総力戦体制としてのデモクラシーをつくろうとしたが、大衆(大部分は農民)は政策なんかわからないのでスキャンダルだけに関心をもち、帝国議会は金とセックスの話題に明け暮れた。今と同じである。昭和の暴走は、デモクラシーを抑圧する「反革命」ではなく、普通選挙のデモクラシーから生まれたのだ。

続きは4月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「夜回り」を全面禁止せよ

今回のセクハラ事件で、テレ朝の情報漏洩を擁護するジャーナリストが少なくない。共同通信は、「彼女は反省する必要などあるのか」と開き直る。この録音データは「取材活動で得た情報」ではないから、週刊誌に売り込んでもいいという。

思い上がりもはなはだしい。この田村文という記者は、自分が夜中にアポなしで要人の家に入れてもらえるのは、なぜだと思っているのか。「共同通信」という肩書きがなければ、彼らはただの不審者として110番されて終わりだ。政治家や官僚が彼らを家に入れるのは、「夜回り」という習慣があるからだ。

続きはアゴラで。

放送改革の本当のアジェンダ

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きのうはニコ生で90分も話したが、6月に出る規制改革推進会議の答申は、今のところよくも悪くも常識的だ。放送は通信の一種なのだから、通信と放送の規制を一本化するのは当たり前で、放送免許なんか廃止してもかまわない。本質的なのは、無線局免許の割り当てだ。それをオークションで割り当てるかどうかも大した話ではなく、非効率な用途区分が最大の問題だ。

逆にいうと、日本の通信=放送には大きなチャンスがある。特にUHF帯に200MHzもあいている電波を区画整理して5Gに使えば、今よりはるかに効率的な「デジタル放送」ができる。それを民放連が「既得権の侵害」と取り違えて、放送法第4条などトンチンカンな話で騒いでいることが混乱の原因だ。今からでもアジェンダに加えるべきなのは、次のような問題だ。

 ・集中排除原則の撤廃(キー局による地方局買収)
 ・著作権法の改正(IP放送の自由化)
 ・NHKの有料放送化

続きは4月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

セクハラで空転する国会はデモクラシー末期


(写真はNHKより)

国会は今週ずっと、財務次官のセクハラ問題で審議が止まっている。野党6党は国会内で集会を開き、女性議員はセクハラ運動のプラカードを掲げ、喪服をつけて麻生総務相の辞任を求めた。これを見て私は、もう日本のデモクラシーは終わったと思った。

続きはアゴラで。

テレビ朝日という二流企業

キャプチャ

財務次官の騒ぎで印象的なのは、テレビ朝日の対応のお粗末さだ。記者会見によると、調査を始めたのは今週の月曜(16日)で、その日に件の女性記者が名乗り出たというが、問題の音声がネットに出たのは先週(4月12日)だ。財務次官の番記者で女性なんてわずかだから、すぐ「彼女だ」と気づくのが普通だ。本人が事実を認めたら先週のうちに懲戒解雇し、報道局長は更迭して今週発表するぐらいが当然だ。それなしで財務省に処分なんか要求できない。

会見もしどろもどろで、「それはいえない」という話ばかり。「財務省に抗議する」というが、質問は情報漏洩に集中し、さすがに報道局長は「音声データを第三者に流したことは不適切だった」と認めたが、「無断で録音したのか」という質問には、意味がわからないので答えられない。報道局長まで含めて、ジャーナリストとしての基本ができていない。

はっきりいって、テレ朝は二流企業である。もとはNET(全国教育テレビ)という独立系の局だったが、テレビ局のほしかった朝日新聞が田中角栄に頼んで1977年に子会社にした。「朝日放送」という会社はすでに大阪にあったが、当時はTBS系だった。それを角栄が強引に株式交換でNETと系列化し、「全国朝日放送」というまぎらわしい社名になった。

経営陣はNETのころ入社したので、報道はまったく知らなかった。社長は代々朝日新聞の天下りで、ニュースは新聞の原稿をもらっていた。新聞も大事なニュースは「ラテ禁」(ラジオ・テレビ禁止)で、翌朝までテレビに出さなかったので、テレ朝にはスクープが存在しなかった。そういう状況が変わったきっかけは、1985年の「ニュースステーション」の開始だった。

続きは4月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「武士のデモクラシー」の成功と限界

未完の明治維新 (ちくま新書)
近代社会がデモクラシーによってできたというのは神話である。名誉革命は市民革命ではなく単なる王位継承の争いであり、フランス革命の舞台となった三部会は聖職者と貴族と有産階級の3身分だった。アメリカ独立革命を戦ったのは、各州の支配者であって民衆ではなかった。

デモクラシーは近代国家の必要条件ではないが、それは「自分の国だ」という意識によって国民を総動員する暴力装置としては必要だ。それが全国民である必要はなく、むしろ軍事的に動員できる官僚組織が必要だ。日本の場合、江戸時代を通じて武士という軍事組織が人口の1割近くいたことが幸いだった。

「万機公論に決すべし」はレトリックではなく、武士の総意で列強に対抗するという意味だった。大政奉還したとき、徳川慶喜は藩主議会藩士議会によって「諸侯の公議」で政権の方針を決めようとした。明治維新は農民とも地主とも無関係な「武士のデモクラシー」だったが、それを大きく変えたのが廃藩置県だった。

続きは4月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

福田次官の事件は「テレビ朝日のセクハラ」



きのうから財務省の福田次官の辞任にからんでテレビ朝日が記者会見し、騒ぎが続いているが、事態が刻々と変わるので、今の段階の状況をメモしておく。福田氏の発言がセクハラかどうかは本人が争っているのでグレーだが、きのうテレ朝が明らかにしたのは、次のような事実だ:
  • 少なくとも2016年11月から今年4月まで、女性記者が福田氏とのオフレコの会話を無断で録音した。
  • 記者は問題を報道しようとしたが、上司が握りつぶした。
  • このため女性記者は、音声データを週刊新潮に提供した(金銭の授受はないと主張している)。

続きはアゴラで。




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