電波改革のポイントは著作権にある



先日の電波シンポジウムのまとめがYouTubeで公開されたので、私の話した第3部と討論の部分を紹介しておく。これは規制改革推進会議でも提案したホワイトスペースの区画整理案で、技術的にできることはNHKも民放連も認めた。

この問題では電波オークションに話題が集中するが、それは大した話ではない。テレビ局のいま使っている帯域を取り上げてオークションにかけることはありえないし、その必要もないからだ。大事なのは470~710MHzを通信にも使えるようにするホワイトスペースの開放である。

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ムーアの法則が世界を変える

過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか? (アスキー新書 042)
本書は2007年にアスキー新書で出した『過剰と破壊の経済学』の内容を2012年にアップデートした電子書籍(PDF)である。きょうのアゴラ経済塾のテキストに使うが、基本的な考え方は今でも通用すると思うので、ちょっと紹介しておく。

はじめに

現代では、だれもコンピュータなしで暮らすことはできない――というと、「私はコンピュータなんかさわったこともない」という人もいるだろう。しかし日本の携帯電話の契約数は 1 億台を突破し、ほぼ1人に1台がもっている。その中には通信などの機能をつかさどるシステム LSI (大規模集積回路)が入っており、これは数センチ角の小さな半導体だが、 CPU (中央演算装置)やメモリをそなえた、立派なコンピュータである。

この携帯電話用 LSI に集積されているトランジスタの数は、最新機種では 8800 万個にのぼる。これは、 1955 年に IBM がトランジスタを使って最初に開発した大型コンピュータに使われたトランジスタ数、 2200 個の 4 万倍である。かつてはコンピュータ・センターを占拠していた巨大なコンピュータの 4 万倍の機能が、あなたの持つ携帯電話に入っているわけだ。

このように、ここ半世紀ほどの間にコンピュータ産業で起きた変化は、だれにも予想できない急速なものだった。かつて IBM の創立者トーマス・ワトソンは「コンピュータの世界市場は 5 台ぐらいだろう」と予想したが、いま世界にあるコンピュータの数は 5 億台を超えている。携帯電話や家電などに埋め込まれたマイクロチップを含めれば、数百億個のコンピュータが世界中にある。

この変化は、 1990 年代から特に加速したようにみえる。その原因はインタ ーネットの普及である。インターネットそのものは 1970 年代からあったが、主として大学や研究所のミニコンピュータで使われていた。それが 80 年代から始まったパソコンの普及とあいまって一般家庭でも使われるようになり、 1990 年代から急速な広がりを見せ始めたのである。少なくとも先進国では、すべての人がコンピュータとネットワークでつながる時代が、現実になろうとしている。この尋常ではない変化のスピードの原因は何だろうか?続きを読む

感染被害を「コロナ死者数」でみるのは誤りだ

このごろ日経新聞やNHKなどで取り上げている東大経済学部の仲田泰祐氏と経済産業研究所の藤井大輔氏の緊急事態宣言の経済損失シミュレーションには疑問が多い。最大の疑問は、この図のように感染の人的被害をコロナの累計死亡者数で考え、今後1年で1万人~2万5000人と予想していることだ。

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今後1年の感染被害と経済損失(経済産業研究所)

緊急事態宣言による自粛や休業要請はコロナだけではなく、すべての感染症を抑制するのだから、人的被害はコロナとその他の感染症を合計したすべての感染症の超過死亡数でみなければならない。昨年の死亡数は平年の予想より3万人ぐらい少なく、超過死亡の閾値と比べると4万人以上少なかった。これはコロナの死者の6~8倍である。

上の図で感染症対策が最小で経済損失がGDPの1.5%のとき、コロナの累計死亡者数が2万5000人出るとしても、他の感染症の死者はそれ以上減るので、超過死亡はマイナスになる。つまり緊急事態宣言で大きな経済損失が発生するが、そのメリットはほとんどないのだ

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緊急事態宣言の延長は5日まで待つべきだ

政府は今夕、緊急事態宣言を延長する見通しだ。日本経済新聞の世論調査では「すべて延長すべき」と「拡大地域では延長すべき」を合計すると90%が延長に賛成し、「解除すべきだ」は6%しかない。この強硬な世論のもとでは、政権基盤の弱ってきた菅政権が延長に踏み切るのも政治的にはやむをえないが、これには科学的根拠がない。


世論調査(日本経済新聞)

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日本は「緊急事態」なの?

政府は2月6日までの緊急事態宣言を延長する方針だそうです。野党もマスコミも「もっとやれ」という話ばかりですが、日本は本当に緊急事態なんでしょうか。

Q.1 緊急事態ってどういう意味ですか?

政府の新型コロナ対策分科会は、感染状況を判断する目安として6分野の指標を示していますが、そのうち大事なのは新規感染者数と病床使用率です。感染状況は4段階にわかれ、もっとも深刻なステージ4では緊急事態宣言が必要だとされています。


日本経済新聞より

図1 緊急事態宣言の基準

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石器時代の人類は「中動態」で考えていた

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)
本書は受動態でも能動態でもない「中動態」が多くの言語にあるというが、これは新しい話ではない。受動態と能動態の区別はインド=ヨーロッパ語族に固有で、日本語にはなかった。日本語の「~される」という言葉は「怒られる」とか「なぐられる」といった被害の表現で、文法的な「態」ではない。

能動態と受動態という概念は行為の主体に自由意志があって客体から独立していることが前提だが、そんな前提は歴史の大部分では成り立たない。主語とか人称という概念もインド=ヨーロッパ語族だけの特徴で、古代の日本語にも主語はなかった。主語不要論は時枝文法のころからある。

本書はそういう日本文法の先行研究をほとんど参照しないで、ハイデガーやフーコーなどの哲学で中動態の概念を論じているが、それは逆である。木田元も指摘したように、ハイデガーが批判したヨーロッパ的な主体の<つくる>論理より、丸山眞男が日本神話に見出した主体なき<なる>の論理のほうが古く普遍的なのだ。

狩猟採集社会では、人間は小集団でしか生存できなかった。人々は集団で食糧を求め、他の集団と戦い、生殖して集団を維持する必要に迫られて行動していたので、主語はつねに「われわれ」であり、明示する必要はなかった。そこには集団から独立した主体はなかったので、能動と受動の区別もなかった。石器時代の人類は中動態で考えていたのだ。

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無形資産が経済を支配する

無形資産が経済を支配する―資本のない資本主義の正体
資本蓄積が成熟すると成長率は下がるが、中央銀行が金利を下げると、投資が増えて景気は回復するというのが、伝統的な資本主義のルールだった。ところが金利は下がり続け、ゼロになったのに投資は増えない――これが2000年代に日本で起こり、2010年代に先進国で起こった長期停滞である。

これを説明する理論はいろいろあるが、有力なのは有形資産が無形資産にシフトしたという説明だろう。コンピュータの性能は1990年代から100万倍になり、資本コストは大幅に下がった。本書は、欧米では2010年代に無形投資が有形投資を逆転したと推定している。

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ソフトウェアや個人情報やブランドなどの無形資産への投資の多くは経費として扱われるので、企業のバランスシートに残らない。国民所得勘定に出ないのでGDPも増えない。その特徴は次の「4S」である。
  • スケーラビリティ:投資を拡大すると単価が下がるので収穫逓増が起こる。
  • サンクコスト:人的資本への投資が多いので、回収や取引がむずかしい。
  • スピルオーバー:コピーしやすいので外部性が大きい。
  • シナジー:補完的な情報を組み合わせると規模の経済が大きい。
これは知的財産権を無形資産と言い換えたもので、それほど独創的な洞察とはいえない。これまでにも経済学で指摘されたように、無形資産は外部性が大きく収益が見えにくいので、過少投資が起こりやすい。このため無形資産を可視化し、その価値を正しく評価することがビジネスとって重要である。

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厚労省の「超過死亡」についての説明は矛盾している

厚労省が人口動態の年間推計を隠していることには、政治的な意味がある。本来のスケジュールでは、昨年10月までの数値をもとに2020年の人口動態推計を12月末に発表する予定だった。変更するには総務省の統計委員会の了解が必要だが、今回は厚労省が勝手に非公表にしてしまった。

厚労省は「年間推計を出さなかっただけで速報値は従来通り出している」と弁解しているが、なぜ年間推計を出さなかったのか。それは2020年の死亡数が予想より4万人ぐらい減るからだ。

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人口動態速報(昨年11月まで)

上の表のように2019年11月までの死亡数は126.6万人で、年間では138.1万人。毎年2万人増えているので、昨年は140万人ぐらいになると予想されていたが、逆に減った。11月まで125.1万人だから、単純に推計すると年間136.4万人で、予想より4万人ぐらい少ない。

年末に緊急事態宣言を出すかどうかが焦点になっていた時期に、厚労省が「今年は死亡数が減った」と発表するわけには行かなかったのだろう。12月の速報値が出るのは2月20日ごろだ。

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死亡数の変化を説明するのが超過死亡だが、これについての国立感染症研究所の説明は混乱している。昨年5月までは上の図のように超過死亡を計算し、閾値(平年の死亡数の上限)を下回ることを示して「超過死亡はありません」と明記していた。

xところが鈴木基センター長は、9月まで「日本の超過死亡は最大7467人」などと説明し、厚労省も「超過死亡は2019年より少ないプラスの値」と説明していた。12月の感染研の月報でも、昨年9月までの超過死亡を(CDCモデルで)1209~9744人と推定しているが、報告がその後なくなった。

他方、感染研のサイトのリンク先の図では、超過死亡はマイナスになっている(数字は書いてない)。感染研の研究員の書いた英文プレプリントも、これとほぼ同じだ。どうなっているのだろうか。続きを読む

コロナ被害を誇大に発表する厚労省の「逆大本営発表」

菅内閣の支持率が急落している。その最大の原因は、感染症対策が迷走していることだろう。これを「コロナ対策」と考えて、PCR検査陽性者数に一喜一憂するのが間違いのもとだ。感染症対策の目標は(すべての原因の)超過死亡ゼロであり、その基準でみると日本は目標を超過達成したのだ。

感染症統計は各国バラバラなので、その数字を単純に比較しても実態はわからない。感染症被害の規模を国際比較する指標として開発されたのが超過死亡数(死亡数-平年推定値)である。たとえばインフルエンザの死者は(すべての死因の)超過死亡から統計的に推定する。2018/9年のシーズンでは3276人だった。

これに対して「コロナはこれほど対策をしても死者5000人以上だからインフルより大変だ」という話は錯覚である。昨年の超過死亡はマイナスで、日本の感染症被害は世界最少だった。自粛の影響ですべての感染症が減った効果は、コロナの被害より大きいのだ。

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コロナの死者より肺炎で減った死者のほうが多い



「日本のコロナ死者が5000人を超えた」とマスコミは騒いでいるが、コロナで死んでもインフルで死んでも人命の重さは同じだ。コロナ以外の死者が5000人以上減ったら、全体の死亡数は減る。それが日本で起こったことである。図1は人口動態統計の速報値(昨年11月まで)だが、昨年のすべての死因による死亡数は125万人で、2019年より1万5000人減った。

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図1(人口動態統計速報)

その原因も人口動態統計でわかる。呼吸器系疾患(1~8月の累計)の死者が、昨年は2019年に比べて1万5000人減り、これでほぼ死亡数の減少が説明できる。そのうち肺炎が1万800人減り、インフルが2300人減ったが、誤嚥性肺炎は1100人増えた(図2)。これは8月までの死亡数なので、年間ではこの1.5倍ぐらいだろう。

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図2(人口動態月報)

誤嚥性肺炎は高齢者に特有の死因で感染しない。これが増える一方、呼吸器系の感染症死者が減ったのは、自粛で感染を防いだ他に、病院が呼吸器系の患者を隔離して肺炎の感染を防いだことが大きな原因だと思われる。

肺炎が減ったのは海外も同じだが、コロナの死者がそれよりはるかに多かったので超過死亡数(平年推定値に比べた死亡数の増加)は大きく増えた。それに対して日本ではコロナ死者より他の感染症の死者の減少が多かったので、超過死亡数がマイナスになった。

日本の感染症対策は大成功だったのだが、厚労省は人口動態統計の年間推計を出さず、超過死亡数の発表もやめてしまった。人口動態統計を隠しているのは日本と中国だけだ。

続きは1月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。








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