ムーアの法則


インテルがペンティアム4の開発を断念した。これは「ムーアの法則の終わりか」ともいわれたが、半導体の集積度そのものは、あと15年ぐらいは法則どおり上がる見通しだという。

この「法則」の正確さは驚くべきもので、Nordhausによれば、集積回路の発明からこれまで40年間で計算能力あたりの価格は1/1億、つまり18ヶ月で1/2という法則どおりに下がっている。まあこれは、半導体メーカーがこの法則に沿って開発のロードマップを作るからだという説もあるが。

問題は、発熱が限界に達したことだ。これを「マルチコア」という並列処理技術で乗り越えようというのがインテルの方針だが、それにはソフトウェアの変更が必要だという。素朴な疑問だけど、水冷にするとかで、何とかならないのだろうか?

ちなみに、わが家のパソコンは半年ほどCPUを冷やすファンが止まったままだった。気づかずに使っていたが、どうということはなかった。発熱って、そんなに深刻な問題なのかな・・・

Innovation and Its Discontents


Adam JaffeとJosh Lernerの新著が、きょう届いた。

"How Our Broken Patent System is Endangering Innovation and Progress, and What to Do About It"という副題からも明らかなように、ラーナーたちがここ10年以上やってきた特許制度の研究、とくに「ビジネス方法特許」などの際限ない拡大がいかに危険かについての実証分析と提言をまとめたもの。裏表紙に、レッシグが推薦のことばを寄せている。

中国という<帝国>


中国というのは、わからない国である。あるいは中国人がわからない、というべきかもしれない。私の妻(日本人)は、かつて中国銀行の日本法人に勤務していたが、「中国人は、ずるいからきらいだ」という理由で、やめてしまった。こんなに近くで、何千年もつきあっていながら、こんなに不可解な隣人というのも珍しい。

しかも、その歴史がやたらに複雑で血なまぐさい。この複雑な歴史を手短におもしろく解説してくれるのが、高島俊男『中国の大盗賊』(講談社現代新書)である。このほど、現代新書が新装版になったのを機に、その「完全版」が出た。もとの「不完全版」が1989年に出たときも、著者の深い学識に裏打ちされたすぐれた中国論だと思ったが、今度の完全版は、旧版で(政治的な理由から)割愛されていた毛沢東論が「復刻」され、これが圧倒的におもしろい。

旧社会主義国が経済の破綻でみんな崩壊したのに、中国が逆に元気になっているのはなぜか、という素朴な疑問に、著者は明快に答える(しかもこれが書かれたのは80年代である)。それは中国の政権が、もともと社会主義でも共産主義でもなく、伝統的な「農民反乱」によってできた王朝だからである。権力が共産主義のイデオロギーに依存していないのだから、経済が資本主義になっても「上部構造」である王朝は安泰なのだ。

つまり中国は4000年前も今も<帝国>であり、本質は何も変わっていないのだ。これはネグリ=ハートを超える、東洋的な(そして斬新な)帝国論である。

Japan's Broadband Miracle

David Isenbergの日本のブロードバンドについてのコラム。元ネタは、私のコラムだ。私もソフトバンクについての記事を週刊エコノミストに書いた。

日本のアンバンドル規制が成功したのは、文字どおり「奇蹟」であって、欧米のように失敗するのが当たり前だと考えたほうがよい。今後は、むしろ無線による設備ベースの競争を促進するというのがFCCの方針のようだ。

Googleニュース


読売の島田さんに教えてもらった(ITメーリングリストへの私の投稿の訂正)のだが、Googleニュース日本版のニュースの配列は、コンピュータが自動的にやっているのだという。もちろん、本家もそうやっているのだろう。

一定時間帯に同一テーマでいくつのメディアからニュースが集まるか、メディアのブランド力なども加味しつつ、配列を決めるそうだ。これだと、共同通信から地方紙に配信される記事がいつも上位になり、特ダネは上位に出てこないことになる。それにしても、コンピュータがやっているとはとても思えない自然な配列だ。最後は人間がチェックしているのだろうが。

日本のGoogleニュースが本家に比べて使いにくいのは、読売・毎日などの有力紙がリンクを拒否しているためだ。米国では、この種の問題は「リンクは著作権法にふれない」ということで決着しているが、日本ではまだインターネットを妨害することが既得権を守ることだと信じているメディアが多い。

情報社会の倫理?


「情報社会の倫理と設計についての学際的研究」なるものが、GLOCOMで始まるそうだ。

「社会を設計する」というのがファシズムの思想であることは、ハイエクの指摘したとおりだが、このGLOCOMというのは、ネット上の言論を理由にして研究員を解雇する組織だから、こういうスローガンもお似合いなのだろう。

それよりお笑いなのは「倫理」だ。言論に対してひとことも反論しないで、その発言者を解雇する行為は、彼らにとって「倫理的」なのだろうか。まあ「ファシストによるファシズム研究会」というのも、それなりにおもしろいかもしれないが。

WiMAX

WiMAXをめぐる動きが活発になってきた。

AT&Tワイヤレスは2006年までにWiMAXを配備する方針だという。SBCにも同様の計画があるようだが、WiMAXは過大評価されているという懐疑的な見方も強い。特に大電力を要することから、携帯電話のようなバッテリー駆動の機器には無理で、主な用途は放送のような大容量・大電力のインフラだという。

他方Wi-Fiも、IP携帯電話が発表されるなど、しぶとく生き延びている。これまでの経験則でいうと、こういう「中途半端だがいったん普及した技術」が、改良を重ねて「互換性のない高級技術」をしのぐことが多いが、今回はどうなることやら・・・

ITS

ITS世界会議というのが始まったそうだ。第11回の世界会議というと、いかにも国際的な話のようだが、欧米人(それも無線の専門家)に「ITS」といっても通じない。

私も何度かITSについての発表を聞いたことがあるが、彼らの話の特徴は、すべて行政主導で、道路インフラと垂直統合され、IPがまったく出てこないことだ。要するに、ITという新しい名目で税金を無駄づかいする「第2公共事業」なのである。それが使い物にならないことは、ETCを見ても明らかだろう。

特に5.8GHz帯を「ITS専用帯」にするのは、日本だけだ。世界的には、5GHz帯は米国のU-NIIのように無線LANに開放するのが主流になっているなかで、日本だけがITSや「情報家電」などに細切れで割り当てるという。5.8GHzなんて直線性が強すぎで、高速移動するものには使えないので、自動車の専門家も困っている。

CCCDとコピーワンス

エイベックスがCCCDから撤退する。「みんながやめたいと思っていた」そうだ。レコード輸入権のとき、消費者にきらわれたことも遠因らしい。

次に問題になるのは、この対談でも議論されているように、デジタル放送の「コピーワンス」だろう。これはDVDレコーダーの天敵である。ハードディスクに録画した時点で「ワンス」だから、DVDにコピーすることはできない。もとのファイルを消す「ムーブ」はできることになっているが、各社の仕様がバラバラで、買ってきてやってみないとわからない。しかも2011年に本当にアナログ放送を止めたら、世の中のDVDレコーダーは粗大ゴミになってしまう。

他方、アナログ放送は「非圧縮」なので、これをハードディスクに録画したMPEG2ファイルは、デジタル放送の映像と同じである。つまり、ハードディスクの留守番録画を再生するとき、すでに視聴者は「デジタル放送」を見ているのだ。こっちはコピーも編集も自由だから、わざわざ受像機を買い換える必要はない。アナログ放送は「デジタル映像加工の素材伝送」として残し、本当のデジタル放送はブロードバンドでやってはどうか。

先日、インテル本社の役員が「コピーワンスは、事実上copy neverだ。しかも外資を排除した国内独自規格で、非関税障壁だ」と怒っていたので、こういう状況を話して「デジタル放送はCCCDみたいに自滅するから、参入しないほうがいい」と説明したら「勉強になった」と喜んでいた。

1970年体制


日本の経済システムを戦時体制の延長上にある「1940年体制」とよんだのは野口悠紀雄氏だが、原田泰氏などは「1970年体制」という考え方を提唱している。一般には、石油危機をきっかけに日本は「成熟経済」に入ったと理解されているが、成長率の減速は石油危機の前から始まっており、原油価格が下がっても元に戻らなかったからだ。

増田悦佐『高度経済成長は復活できる』(文春新書)は、田中角栄が「弱者保護」と称して都市の金を地方に再分配するシステムを作り出したことが成長率低下の原因だと主張する。たしかにそういう面はある(その典型が放送業界だ)が、これが田中個人による「社会主義革命」だというのは、短絡的にすぎよう。

日本の社会資本投資は、70年ごろまでは私的投資よりも収益率が高かったし、日本が急速な成長にともなう都市のスラム化を避けることができたのも、このためだ。公共事業は、高度成長にともなう過剰貯蓄を地方に再分配して票田を守る自民党の集票戦略だったが、こうした「弱者にやさしい政治」は与野党を問わないコンセンサスだった。

この「田中角栄型システム」は、バブル崩壊とともに破綻したが、1970年体制に代わる新しい「アーキテクチャ」ができていないことが、混乱の長期化する原因である。著者のいうように単なる都市化で「高度経済成長が復活できる」とは思えないし、それが望ましいわけでもない。







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