原子力を挫折させた三つの錯覚

日経新聞によると、経済産業省はフランスと共同開発している高速炉ASTRIDの開発を断念したようだ。こうなることは高速増殖炉(FBR)の原型炉「もんじゅ」を廃炉にしたときからわかっていた。

原子力開発の60年は、人類史を変える壮大な夢とその挫折の歴史だった。1954年に原子力委員会(AEC)のストラウス委員長は原子力によって「電力は測るには安すぎるエネルギーになるだろう」と予想し、1971年にシーボーグAEC委員長は「20世紀中には世界の電力のほとんどが原子力で発電されるだろう」というビジョンを語った。

彼らのビジョンは70年代までは順調に実現するように見えたが、1979年のスリーマイル島原発事故と1986年のチェルノブイリ原発事故で、世界の原子力開発は大きく後退した。

続きはアゴラで。

暗号通貨も日銀券もバブルである

暗号通貨の経済学 21世紀の貨幣論 (講談社選書メチエ)
インターネットの弱点は、情報を無限に複製できるため同一性が保証できないことだが、ブロックチェーン(ビットコインの技術)は複製を不可能にして情報の同一性を保証した。これは従来は国家権力で実現していた「偽札の禁止」の機能をP2P技術で実現した画期的なイノベーションだった。本書はこういう暗号通貨の機能を世代重複モデルやゲーム理論で解説している。

一時「ビットコインはバブルか」という論争があったが、商品として利用価値のないビット列に価格がつくという意味では、暗号通貨は明らかにバブルである。同じ意味で紙切れに1万円の価格がつく日銀券もバブルだが、両者には大きな違いがある。暗号通貨は決済手段として使えないことだ(だから通貨と呼ぶのはミスリーディング)。

通貨はバブルだが、社会に必要なバブルである。それは「すべての人が受け取るから自分も受け取る」というナッシュ均衡なので、通貨そのものに利用価値は必要なく、大事なのはその価値についてのすべての人の合意である。この点でビットコインは本質的に日銀券と同じだ、というのが著者の意見だ。

しかしビットコインは、決済手段としては使えない。それは通貨価値の安定が保証されていないからだ。そのために必要なのは供給の安定なので、中央銀行はマネタリーベースで物価をコントロールしている。ビットコインは「マイニング」で供給をコントロールしているが、BTC(ビットコインの価格)は大きく変動する。続きを読む

日本的雇用慣行が長期停滞を生んだ



言論アリーナでは元日銀理事の早川英男氏と「長期停滞」について考えたが、おもしろかったのは、彼が「主流派経済学者の財政政策提言は日本には当てはまらない」と批判したことだ。彼らが基準にしているのは、2008年以降の世界金融危機の前の高い成長率であり、財政政策でそれに戻ることはできないという。

続きはアゴラで。

日本には財政赤字が必要だ

ブランシャール=田代論文が描いている日本の財政の姿は、財務省のレクを受け売りする日本のマスコミではお目にかかれない。次の図は日本の影の金利を示したものだ。

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影の金利は「量的緩和の下で採用された政策と同様の効果を政策金利の低下によって実現した場合における政策金利の水準」として定義され、直近ではマイナス8.3%だが、財政赤字(GDPの約3%)がなかったら、影の金利はこれより3%低い。すなわち政策金利をマイナス11%以下にする必要がある。金融政策だけで日本経済が長期停滞から脱却することは不可能なのだ。

問題は今の政府債務が大きすぎるのかということだが、債務(ストック)をGDP(フロー)で割るのは無意味な指標だ。政府の利払い費をみると、政府資産からの受取利息を引いたネットの利払い費は0.4%と、1990年の1/3になっている。

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財務省のいうほど日本の財政は危機的ではないわけだが、最大の問題は財政赤字を増やすと金利が上昇し、財政インフレが起こるのではないかということだ。今後、景気が回復して金利が正常化することも考えられるが、それは心配する必要がない。ゆるやかに金利が上がるのは財政政策も対応できる。

危険なのは(なんらかの理由で)投資家が日本政府の支払い能力に疑問を抱き、国債が暴落した場合である。国債を買い支えるために日銀が80兆円ぐらい買い取ると高率のインフレになり、実質債務のデフォルトが起こる可能性がある。そのリスクはきわめて小さいが、何も備えないわけには行かない。

最終的には、財政インフレは増税か歳出削減で解決するしかない。急速にインフレが起こってから増税できるのかという問題については、ブランシャールは「消費増税をcontingency planとして温存してはどうか」という。つまり今年の秋に増税するのではなく、「財政危機が顕在化した場合に緊急増税する財源」として凍結し、いつでも使えるようにするのだ。

続きは5月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

主流派経済学者が日本の消費増税に反対

ブランシャールがFTのインタビューで「日本は消費増税をやめるべきだ」と提言した。
元IMFチーフエコノミスト、オリヴィエ・ブランシャールの急進的な新しい政策提言によると、日本は財政均衡を忘れて、無限の将来まで財政赤字を出すべきだ。彼は日本が今秋に予定されている消費税の引き上げを中止し、その代わり新たな財政刺激で赤字を増やすよう要請した。

続きはアゴラで。

「フリードマン革命」の終わり

Milton_Friedman_197620世紀の歴史に最大の影響を与えた経済理論はケインズの『一般理論』だが、それに次いで大きな影響を与えたのは、1968年のフリードマンの論文「金融政策の役割」だった。それは自然失業率の概念で、ケインズ以来の裁量的な財政政策を否定した。

これはその後も長く論争になったが、最終的にはフリードマンが勝った。彼の政策はサッチャーやレーガンの政権で実行され、歴史を変えたのだ。中央銀行を政府から独立させて非裁量的な目標でコントロールする制度が1990年代に確立し、「景気循環は終わった」ともいわれた。

しかし2008年の金融危機がそういう世界を変えた。世界は長期停滞に入り、ゼロ金利で金融政策は有効性を失った。最近のマクロ経済学をみると、フリードマン革命も終わったようにみえる。Blanchard-Summersは「もし日本の経験が先進国の先例になるとすれば、必要なのはマクロ経済政策の進化ではなく革命だろう」という。

フリードマンにはもっと根本的な問題意識があった。それは第2次大戦の時期にユダヤ系移民として体験した、全体主義への恐怖と国家への不信だった。彼にとって「小さな政府」は経済的な効率の問題ではなく、国家権力の役割を小さくすること自体が目的だったのだ。それはもうオールド・ファッションになったのだろうか。

続きは5月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

政府債務は5000兆円になっても大丈夫か

このごろMMTが流行してネトウヨが勢いづいているが、リフレ派はMMTを批判している。普通の人にとってはネトウヨもリフレ派も似たようなものだが、彼らにとっては中核と革マルみたいに些細な違いが大事らしい。

騒ぎの発端は、朝日新聞が「中野剛志氏が日本政府の借金が仮に5000兆円になっても「全く問題ない」と言い切った」と書いたことだ。これにリフレ派がかみついた。高橋洋一氏が「政府の債務が5000兆円になるとインフレ率が1000%程度になる」と書いているが、どういう計算で1000%になるのかわからない。

続きはアゴラで。

消費増税をやめて「痛税感」を最小化する方法

消費税がきらわれる原因は、それが誰でもわかる痛税感の大きい税金だからだろう。これは公明党の発明した言葉だが、その最大の支持基盤である創価学会婦人部のバイアスをうまく示している。

専業主婦は所得税や社会保険料は源泉徴収で「保険料」だと思っているので、負担感がないが、厚生年金保険料と健康保険料を合計すると所得の約30%。マクロ経済的にみると、次の図のように社会保険料の負担は消費税の約4倍だ。


社会保障の負担と給付(2016年度予算ベース)出所:内閣府

続きはアゴラで。

中央銀行の独立から財政政策との協調へ

Evolution or Revolution?: Rethinking Macroeconomic Policy after the Great Recession (The MIT Press) (English Edition)
本書は2017年の会議の論文集で、Blanchard-Summersはその内容をアップデートしているが、日本についての言及が目立つ。20年前にゼロ金利が世界で最初に始まったのが日本だが、今はそれが先進国全体に広がっているので、他の国は日本の経験に学ぶ必要がある。

日本の政府債務の激増と過激な量的緩和は、おおむね正しかったと彼らは評価しているが、それでもゼロ金利は脱却できない。財政政策の余地は限られ、金融政策はきかなくなった。もっと大きなマイナス金利にすることも(理論的には)考えられるが、銀行の経営不安をまねき、かえって貸し出しが減るリバーサル・レートの問題が発生するおそれがある。

GDPの1.5倍を超えた日本の政府債務を、これ以上増やすのは危険だ。今のところ国債は順調に消化されているが、投資家が不安を抱いて金利が上がると大幅な歳出カットを迫られ、財政が混乱するおそれがある。増税も歳出カットも政治的に困難なので、国債以外の(返済しなくてもいい)政府債務で調節することが考えられる。その一つの方法は、賦課方式の社会保障を増やすことだという。

年金給付は巨額の歳出が調整でき、オフバランスの政府債務なので債券市場にも影響を与えない。現在の過剰給付は問題だが、それを削減するスピードを調整するだけで財政支出が調節できる。いずれにせよ金融政策は有効性を失い、財政政策との協調が必要になったので、中央銀行の独立性というドグマを捨てるときだ。経済政策は1970年代のスタグフレーション以来の転換期を迎えている。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

遊牧民から見た世界史

遊牧民から見た世界史 増補版 (日経ビジネス人文庫)
ヨーロッパ中心主義の世界史が批判されるようになって久しいが、その裏返しで語られるのは、『大分岐』に代表される中国中心史観である。そこではChinaが歴史の大部分で最先進国だったという世界史が語られるが、このChinaとは何だったのか。

「漢民族」が北方の「夷狄」と戦うために専制国家をつくったと思われているが、中国の歴史の中で(狭い意味での)漢民族が支配した王朝は、漢と宋と明ぐらいしかない。つまり農耕民と遊牧民の戦争で漢民族は夷狄に敗れ、その支配下に入ったのだ。漢民族の最初の王朝といわれる秦も西方の遊牧民族が樹立した王朝であり、その後も北魏や隋や唐は遊牧民族の王朝だった。

そして世界史上最大の「遊牧民の帝国」を樹立したのが元である。これはモンゴル人のつくった特異な征服王朝だと思われているが、中国の王朝の大部分は(漢民族からみると)征服王朝だったので、元は例外ではない。モンゴル帝国の版図は最盛期には現在のモスクワやバグダッドまで及び、ユーラシア大陸の半分以上を支配した。これが世界最初のグローバリゼーションだった。

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モンゴル帝国がわずか100年足らずで、これほど急速な拡大を遂げたのは、凶暴な遊牧民族が騎馬戦で他民族を虐殺したためと思われているが、モンゴルの世界支配はヨーロッパ諸国のやったような植民地支配ではなく、それほど多くの戦争はしていない。他民族がモンゴルの支配下に入ったのは、そのメリットが大きかったからだ。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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