柄谷行人氏の平和ボケは「日本人の無意識」か

毎日新聞に出ている柄谷行人氏のインタビューが、ちょっと話題になっている。論旨は「憲法9条を守って無防備になれば、国際社会が許さないので北朝鮮は攻撃できない」という平和ボケだが、最初から最後までナンセンスというわけではない。
長い戦国時代の後、戦争を否定する徳川幕府体制が生まれ、国内だけでなく、東アジア一帯の平和が実現されました。「徳川の平和」と呼ばれています。武士は帯刀しましたが、刀は身分を表す象徴であり、武器ではなかったのです。徳川の文化こそが9条の精神を先取りした「先行形態」です。
いろいろな偶然が重なって江戸時代に日本が250年も平和を享受したことが「無意識」に定着し、その後の日本人の(彼に代表される)平和ボケの原型になっている、という話は新しくないが当たっている。江戸時代の日本人の敵は外国ではなく災害だったのだ。

しかし明治以降の対外的な膨張主義はどう説明するのか。彼は「明治維新後に日本は徴兵制を始め、朝鮮半島を植民地化し、中国を侵略しました。9条が根ざしているのは、明治維新以後、日本人がやってきたことに対する無意識の悔恨です」というが、これは論理がつながっていない。やってから後悔するぐらいなら、初めから戦争なんかしないだろう。

続きは12月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

進歩的知識人はなぜ転向したのか

戦後を疑う (講談社文庫)
清水幾太郎は60年安保のスターで、その後「転向」した人物として評判が悪いが、彼の話は「自分はなぜ転向したか」を語る資料としてはおもしろい。戦前の日本を否定しようとした戦後知識人の価値観のコアにあったのは、治安維持法への復讐だという。

それは戦前の国体の象徴だったので、彼らの「二つの公理」は、治安維持法のタブーだった共和制社会主義で、「憲法擁護」というスローガンは戦術的なものだった。共和制は天皇制の廃止という意味だが、憲法1条で天皇は「象徴」として残ったので、彼らは「国民主権」を主張した。社会主義は憲法29条(財産権の保障)に反するが、資本主義を否定しないと進歩的知識人にはなれなかった。

しかしこういう復讐のルサンチマンは、治安維持法がなくなって言論が自由になると忘れられる。一時は英雄になった共産党はその輝きを失い、社会主義の現実がわかると人々は常識に戻ってゆく。それは戦前に治安維持法で転向した人々と同じだ、と清水は主張する。

続きは11月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

労働者が自営業者になる未来



今週の言論アリーナでは、秋山哲男さんにライドシェアの話を聞いた。日本ではタクシー業界の反対でライドシェアは全面禁止だが、彼は楽観的だった。人口減少と高齢化で、地方ではタクシー運転手の人手不足が深刻で、いずれライドシェアは解禁せざるをえないという。

これはタクシーという小さな業界の話にみえるが、実は普遍的な問題である。タクシーのような個人ベースのサービス業を法人でやる理由はない。昔は乱暴運転やボッタクリなどの情報の非対称性を解決するためにタクシーを規制したが、ウーバーのような情報共有が一般化すると、すべて個人タクシーでよい。

そして個人タクシーの免許を廃止して料金を自由化すると、ウーバーと同じライドシェアになる。運転手がタクシー会社に所属して、苛酷なローテーションで仕事をする必要はない。こういうオンデマンド労働は、労働者を資本主義から解放して自営業者にするのだ。

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読売の誤報が生んだ「核持ち込み」のタブー

戦後日本外交 軌跡と課題 (岩波現代全書)
戦後外交史の最大の岐路は60年安保だが、いまとなっては何が問題だったのかさえ不明な空騒ぎだった。あれほど盛り上がった運動が条約の通過後は急速にしぼんでしまったのも、反対派に大義がなかったからだ。むしろあの騒動のおかげで岸信介の考えていた日米相互防衛条約はできず、条約改正は中途半端に終わってしまった。その後遺症は今も与野党に残り、思い出したように「安保反対」が出てくる。

著者は宮沢内閣のときの外務次官だが、あの騒ぎの最初のきっかけは1954年のビキニ環礁事件だったという。これは読売新聞の誤報だったが、「放射能で死者が出た」というイメージが世界に広がり、原水爆署名運動が2000万人以上の署名を集め、日本に寄港する原子力空母や潜水艦への反対運動が強まった。

このため岸内閣は、核兵器の持ち込み(introduction)について事前協議するという制度を安保条約の付属文書に入れた。これは当時は日本政府が「拒否権」をもつと受け止められたが、現実にはそうではなかった。核兵器は60年代以降も、日本を通過(transit)するという形で、日本に持ち込まれたのだ。続きを読む

【速報】総務省が電波オークションを拒否

総務省が「第4世代移動通信システムの普及のための周波数の割当て」についての意見募集を行う。これは従来の「比較審査」方式で業者を選定するもので、規制改革推進会議の検討している電波オークションを否定する意思表示である。


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VHF帯のテレビの「跡地」はあいている


電波の問題をめぐってはオークションばかり注目されているが、根本的な問題は用途区分である。VHF帯の高い周波数(V-High)は総務省が「マルチメディア放送」に割り当て、彼らの選んだNTTドコモのNOTTVというサービスが行われたが、わずか3年で経営が破綻した。その黒歴史を簡単に振り返っておこう。

続きはアゴラで。

「デフレではない状況」でもインフレにならない構造変化

安倍首相は所信表明で「デフレではない状況にした」と苦しい言い訳をしたが、コアコアCPI上昇率は0.2%で5年前より低い。完全失業率が2.8%と低くなってもインフレにならないのは、NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)つまりインフレを加速しない失業率が下がったためと考えるしかない。これが自然失業率である。

これは労働市場の流動性やミスマッチなどの要因で決まる構造的・摩擦的な失業率で、景気対策で下げることはできない。政府の統計では「構造的失業率」などと言い換える。次の図はニッセイ基礎研の推定だが、構造的失業率は不良債権処理がピークを超えた2003年以降ゆるやかに低下し、2008年のリーマンショックで上がったが、最近では完全失業率を下回っている。
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循環的要因で決まる「需要不足失業率」は最近はマイナスになり、人手不足なので賃金が上がってインフレになるはずだが、実質賃金は横ばいでインフレは起こらない。そこには景気対策で変えられない構造的な変化がある。

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【更新】ネトウヨも左翼も誤解する電波オークション

週刊朝日のウェブサイトで津田大介氏が、電波オークションについて「解説」している。彼によると、安倍政権がいったんつぶしたオークションを導入しようとしているのは「政治的な思惑」があるという。
一度は自ら潰すことで放送局に大きな恩を売った現政権が、突如導入を持ち出した(そしてそれを政権に近いとされる産経新聞のみが報じている)ことには、経済的な面から放送局に揺さぶりをかけたい思惑が透けて見える。電波オークションは時代の流れとして導入すべき制度だが、同時に日本では政権のメディア統制という文脈があることも踏まえて議論しなければならない。
「経済的な面から放送局に揺さぶりをかけたい思惑」というのは、既存のテレビ局の電波を取り上げてオークションにかけるというネトウヨによくある誤解だろうが、そんなことはありえない。したがってそれによって「揺さぶりをかける」こともできない。民放連まで誤解しているのは困ったものだ。

総務省がオークションをつぶしたのは、現在の命令と統制による電波の配分を守るためだ。電波を「配給」する裁量権を政府がもっていれば、テレビ局(とその系列の新聞社)は呼びつけなくてもいうことを聞く。無線局免許を止める権限は今も総務省がもっているので、オークションとは無関係だ。

これは私も参加した2003年の会議で、レッシグなどが論じたことだ。ここでは「コモンズ」として利用することがベストだという議論と、電波を財産権で守るべきだという議論があったが、どちらも日本のような命令と統制による電波の配分は、合衆国憲法修正第1条(表現の自由)に違反するということで一致した。続きを読む

テレビ局の既得権を100%守る規制改革

民放連の公式サイトに井上会長の記者会見が出ているが、問題を根本的に取り違えている。これは15年ぐらい前からテレビ業界に受け継がれている都市伝説で、これがオークションを阻む最大の壁だ。
放送事業者は特に災害時において国民の生命・財産を守るため、割り当てられた電波を有効に利用し、公正・公平に、安定した放送サービスを提供するという極めて公共性の高い役割を果たしていると自負している。事業者を入札金額の多寡で決めるオークション制度には心配がつきまとうし、放送用、放送事業用周波数はオークションになじまない。オークション制度には反対である。
彼は何を心配しているのだろうか。規制改革推進会議の検討しているのは使われていない帯域の有効利用であり、すでに放送局が使っている周波数をオークションにかけることはありえない。「事業者を入札金額の多寡で決めるオークション制」という表現は、放送業界への新規参入を恐れているとも解釈できるが、その心配もない。

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沖縄をめぐる被害妄想の起源

だれが沖縄を殺すのか (PHP新書)
沖縄タイムスに掲載された琉球大学教授の暴行殺害事件初公判の傍聴記がちょっと話題になっている。米兵=強姦というステレオタイプで「迷いなく急所を攻撃できる、殺しのテクニックを持つ」という差別意識まる出しの記事を津田大介氏が拡散して批判を浴びた。

本書も指摘するように、米兵に犯罪が多いというのは嘘である。米軍の軍人・軍属は沖縄の人口の3%だが、犯罪検挙数は刑法犯の0.7%だ。1件の犯罪を「米軍基地は悪だ」と一般化するのは地元紙の常套手段だが、こういう被害者意識を生み出した事情は複雑だ。その起源は1947年に昭和天皇がGHQに伝えた、次のような天皇メッセージにさかのぼる。
  1. 米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む
  2. 占領は日本の主権を残したままの長期租借(25年ないし50年以上)によるべき
  3. 手続は日米の二国間条約によるべき
これが1990年代に発見された当初は「沖縄切り捨て」の起源だと思われたが、それは逆だった。マッカーサーは東アジア戦略の要となる沖縄をアメリカが今後も支配すべきだと主張したが、天皇はそれに対して米軍基地を認める代わりに、沖縄に対する日本の主権を守ったのだ。このメッセージがなかったら、その25年後に沖縄が返還されることはなかっただろうが、この「長期租借」という擬制が沖縄問題の起源になった。

続きは11月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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