朝日新聞 勘違いしていませんか

朝日新聞は、けさの「民進党 勘違いしていませんか」と題する社説で、蓮舫代表の戸籍謄本公開を批判している。「本人の政治判断とはいえ、プライバシーである戸籍を迫られて公開すれば、例えば外国籍の親を持つ人々らにとって、あしき前例にならないか」というが、勘違いしているのは朝日新聞ではないか。

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なぜ「お家」は命より大事だったのか

現代語訳 武士道 (ちくま新書)
『武士道』ほど誤解されてきた本も少ない。それはアメリカ人に「日本の道徳体系」を説明するために英文で書かれたので、日本人が読むと首をかしげる話が多い。武士道という言葉の出典をきかれて、新渡戸稲造は「わからない。私の造語かもしれない」と答えたという。

彼の執筆動機は「日本人は宗教なしで、どうやって道徳を教えるのか?」というアメリカ人の質問だったが、彼は『甲陽軍鑑』も『葉隠』も読んでいなかった。出典は歌舞伎や浄瑠璃などのフィクションなので、武士道が存在した証拠にはならないが、明治期の日本人の主観的な日本文化論としてはおもしろい。

新渡戸の美化したサムライの価値基準は「お家」だった。それは日本独特の宗教といってもいいが、儒教や仏教のような普遍性はなく、あるのは義理と人情と人間関係だけだ。武士が命より大事にしたのは「体面を守る」とか「恥をそそぐ」という美意識だったが、人はそんなことで切腹できるものだろうか。

続きは7月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか
内閣支持率は危険水位に近づいてきた。秋の臨時国会では、補正予算や消費税増税の再々延期が出てくるかもしれない。もう安倍首相も「デフレ脱却」といわなくなり、最近はもっぱら「雇用の改善」が1枚看板だ。

たしかに完全失業率は2%台と完全雇用に近く、有効求人倍率は1.5倍とバブル期以上の人手不足なのに、実質賃金が上がらないのはなぜか、というパラドックスが本書の問いで、これに22人が答えている。バラバラの論文を寄せ集めただけだが、意外性があるのは第9章「家計調査等から探る賃金低迷の理由――企業負担の増大」(大島敬士・佐藤朋彦)である。

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自由民権運動は「武士の破れた袋」

自由民権運動――〈デモクラシー〉の夢と挫折 (岩波新書)
安倍内閣の支持率が急落し、政権の先行きは不透明になってきたが、民進党の支持率も上がらない。本書はこういう政党政治の未成熟の起源を、自由民権運動の挫折に求める。

江戸時代を「封建制度」とか「身分社会」と呼ぶと、ピラミッド的な階層秩序だったような印象を受けるが、実際には下級武士は町人より貧しくて尊敬もされず、「幾千万の人類は各幾千万個の箱の中に閉ざされた」(福沢諭吉)状態だった。こうした村や藩などのさまざまなレベルの箱(中間集団)を著者は「袋」と総称する。

身分社会では、人々は「袋」の中で、支配者から与えられた「役」を親から受け継いで一生を終わる。出世のチャンスは軍役だが、戦争は250年以上なかった。貧困のどん底だった武士が「袋」を破ろうとしたのが戊辰戦争だったが、そこで戦果を上げた武士は、廃藩置県で失業してしまう。そういう政府に対する不平士族の反乱が自由民権運動だった。

幕藩体制の「古い袋」が破れ、民権運動で自由党という自発的結社ができ、国家が統一されて政党政治が導入される――ここまではヨーロッパの市民革命と似ていたが、デモクラシーの「新しい袋」は藩閥政府に敗れ、自由党は立憲政友会という「御用政党」になってしまう。そこには何が欠けていたのだろうか?

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東大法学部と「武士道」の凋落

篠田英朗さんの記事で気づいたが、東大法学部出身の首相は宮沢喜一以来、出ていない。官僚出身も彼が最後だ。今の首相官邸でも東大法学部卒(官僚出身)は、今井尚哉秘書官ぐらいだろう。「東大支配」が終わりに近づいているのは、歴史的な出来事だと思う。

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憲法学者は真理を政治的に決める「聖職者」



きのうは篠田英朗さんに戦後の憲法学の奇妙な歴史についてきいたが、途中で突飛な連想が浮かんだ。宮沢俊義の「8月革命」説がキリスト教の三位一体説に似ており、それを守る東大法学部の憲法学者が聖職者に似ているということだ。

近代の常識では、規範で事実を決めることはできない。たとえば憲法で「地球は太陽のまわりを回るべきではない」と決めても、地球が公転するという事実は変わらない。しかし歴史の大部分では、信仰で真理が決まった。三位一体説は「父と子と聖霊は三つだが一つである」という(8月革命と同じく)支離滅裂な話だが、4世紀以来ずっとキリスト教の正統である。それを信じない者は「異端」として政治的に排除されたからだ。

今でもイスラムでは、法学者は聖職者である。スンニ派とシーア派が戦争するのは、法解釈で真理が決まるからだ。歴史的には、規範と無関係に実験や観察で真理を決める実証主義は特殊な思想だが、カトリック教会も1992年に地動説を認めた。東大の法学者=聖職者が学問的真理を政治的に決める憲法学は、イスラムと同じである。続きを読む

消費税増税の「再々延期」はあるか

竹中平蔵氏が、Voice8月号で「2%のインフレ目標が実現するまで消費税の増税を延期する」というシムズの提言を評価している。今年6月の骨太の方針では「債務残高のGDP比の安定的な引き下げ」を目標にしてプライマリーバランス黒字化を放棄したので、2019年10月に予定されている10%への増税が再々延期される可能性も出てきた。

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ガラパゴス憲法学者の「原罪」

北朝鮮情勢がまた緊迫してきた。こういう状況に見て見ぬふりして「第9条で戦争を止める」という憲法学者に必要なのは、説得ではなく治療である。篠田英朗氏の新著は、ガラパゴス憲法学者の精神分析ともいえよう。精神分析は医学を装った「告解」で、晩年のフーコーが追究した「真理による統治」の一種である。

それは「不倫」のような罪を教会が作り出し、聖職者が信徒の弱みを握って個人的に支配する装置だった。宮沢俊義にとって不倫のように恥ずかしい「原罪」は、時局に迎合したという過去だったが、当時の東大法学部の多くの教官がこうした罪を大なり小なり背負っていた(経済学部は積極的に戦争に協力した)。

しかし丸山眞男には、時局に抵抗して検挙された証拠があった。彼はその特権的な立場から、聖職者のように同僚を裁き、「戦後日本の国体」をつくることができた。彼の公式に発表した論文は注意深く同僚の批判を避けているが、非公開の座談会では「宮沢先生の授業は戦時中は漫談みたいになった」と軽蔑していた。

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法人税ゼロの時代がやってくる

The Economics of Tax Policy
マンキューなどの国境調整炭素税は合理的な提言で、石油メジャーも参加した。これが実現すると、国境調整税(DBCFT)という画期的な改革の第一歩になる。これはトランプの保護主義と混同しやすいが、中身はまったく違う。本書はそのしくみを学問的にくわしく論じたものだが、超簡単に解説しよう。

日本から自動車を輸出するとき、アメリカが20%の関税をかけるとしよう。これは国内製品の保護になるのでWTO違反で提訴されるが、すべての輸入品にも国内品にも一律にかけたら、そういうバイアスはなくなる。これはEUの付加価値税と同じく国内にもかける関税だから、資源配分に中立なのだ。海外に対しては輸入制限になるが、そのぶんドルが上がって調整され、貿易収支は変わらない。

日本も消費税を20%に引き上げると「保護主義競争」になって世界経済が縮小する、というのがアダム・スミス以来の経済学のセントラル・ドグマだが、これはDBCFTには当てはまらない。それは生産地に関係なく同じ税率を消費地でかける一括固定税なので、理論的には資源配分のゆがみは最小になり、WTOもFTAも貿易交渉も必要なくなる。

DBCFTを導入する代わりに資源配分のゆがみが最大の法人税を廃止すれば、税収中立にしても5%以上はGDPが増える。東京のお台場に法人税ゼロの「オフショア特区」をつくれば、世界中から銀行が集まってくるだろう。

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4000円/トンの炭素税導入を

6月20日のWSJに、こういう全面広告が出た。出稿したのはClimate Leadership Council。昨年の記事でも紹介した、マンキューやフェルドシュタインなどの創設した、炭素税を提唱するシンクタンクだが、注目されるのはそこにBPとエクソンモービルとシェルが参加したことだ。

石油資本は人為的地球温暖化説に否定的で、気候変動対策にも反対してきた。トランプ大統領がパリ協定を脱退したのも石油業界の意向といわれたが、その直後にベーカー元国務長官を中心とする共和党系のシンクタンクに石油メジャーが参加した意味は小さくない。

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