環境リスク

ウクライナの大統領選挙で、ダイオキシンが話題になっている。日本でも、ゴミ焼却炉から出るダイオキシンには厳重な規制が行われているが、中西準子『環境リスク学』(日本評論社)によると、焼却炉から出るダイオキシンの環境リスクは、ほとんど無視できるレベルだという。大部分のダイオキシンは、過去の農薬汚染によるものであり、現在のダイオキシン規制の意味は疑わしい。

化学物質がどれだけ寿命を縮めるかという環境リスクを定量的に比較すると、ダイオキシンの1.3日に対して、喫煙は10年以上で、受動喫煙でさえ120日以上だ。リスクを最小化するという目的に関していえば、タバコを規制するほうがはるかに効果的である。

こういう調査結果を中西氏が初めて発表したときは、「市民団体」から抗議が殺到したという。その前、彼女が流域下水道を批判したときは、日本の学会誌には論文掲載を拒否され、東大の研究室では「村八分」にされて、彼女は助手を23年間やった。学問的な事実をありのまままに発表することが大きな犠牲をともなうことは、日本では珍しくない。

Best Business Books

Economist誌の「今年のベスト経済書」に選ばれたのは、John RobertsのThe Modern Firm (Oxford U.P.)である。

内容は『組織の経済学』以後の企業理論をやさしく解説したもので、理論的にはあまり新味はないが、BP、ソニー、ノキアなどの具体的なケースでそういう理論を検証しているところは参考になる。特に、新しい企業組織の方向としてdisaggregationとかloose couplingなどの特徴をあげているところは、「モジュール化」の議論と通じるところがある。

和解

私と国際大学との紛争が12月21日円満に解決し、私が2004年4月1日から2005年3月31日まで国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの教授であることが確認された。

ITこの1年

ワシントン・ポストの"Filter"コラムに、今年のITニュースのランキングが出ている。

それによれば、今年の主役はGoogleで、脇役はFirefoxとiPodというところらしいが、来年はこれらがすべて「真の主役」マイクロソフトの挑戦を受ける年になるだろう。

電波と政治

「おわび特番」のあとも、NHKへの批判は収まる気配がない。当初は不正経理への批判だったものが、だんだん海老沢会長個人への怒りに変わっているようだ。彼が「ジャーナリスト」にはとても見えないことが、NHKの「いやな体質」を体現しているように見られるのだろう。

しかし、あえて海老沢氏の立場に立って弁明すると、これは彼が悪いのではない。民放各社も、同じようなものだ。これまでの放送業界では、電波を取ることが最大の利益の源泉だったので、その専門家である政治部記者が経営を行うのは当然だ。NHKの総務省記者クラブには、記者が2人いる。1人は原稿を書く記者で、もう1人は「波取り記者」とよばれるロビイストだ。海老沢氏は、後者のエキスパートとして出世した。彼は、もともとジャーナリストではないのである。

これは新聞も同じだ。かつては新聞とテレビは独立だったが、田中角栄が新聞とテレビを系列化したため、電波利権の配分を通じて自民党が新聞社をコントロールするしくみができてしまった(この系列化にもっとも熱心だったのが朝日新聞だ)。日本の電波政策が先進国でもっとも遅れている原因はこのタブーにあり、また「封建的」な電波政策がこうしたタブーを温存しているのだ。海老沢氏をたたくだけでは、根本問題は解決しない。

海老沢氏への攻撃がやまない背景には、これまで彼の後ろ盾だった野中広務氏が引退し、橋本派の力が落ちたことも影響しているのだろう。派閥の盛衰と運命をともにするのは、派閥記者の宿命だ。

アーキテクチャ決定論


日立の首脳が「当社は組み合わせではなく、すり合わせで行く」という戦略を発表したらしい。藤本隆宏氏などの主張している「アーキテクチャ決定論」が、現実の経営判断に影響を及ぼしつつあるという点で、これは由々しき問題だ。

私は、日立の技術者とも意見交換をする機会を何度ももったが、「官公需」に依存しているその体質を脱却しなければ未来はない、という点で現場の意見は一致している。今回の経営判断には、そういう現場の声がまったく反映されていない。

しかも、この「理論武装」になっているのが、学問的には疑わしい藤本氏の決定論だ。これは経産省の官僚にも絶大な影響を与えているようだが、経済学的な論理はない。私の博士論文は、こういう決定論への反論として書いたつもりである。

NHKに言いたい


生放送の「謝罪」番組を見た。同じ話の繰り返しばかりなので、途中で風呂に入ったが、風呂から上がっても同じ話をしていた。「有識者」がNHKへの「信頼が失われた」と批判し、会長が頭を下げるだけだ。

私は今度の着服事件がそれほど「構造的」なものだとは思わないが、これは受信料制度を考え直すいいきっかけだ。今回のCPがやっていたような演芸番組まで、受信料で制作する必要があるのか。災害報道など、最低限度の公共放送が必要だとしても、それは24時間ニュースが1チャンネルあれば十分だろう。NHKが(テレビ・ラジオ・衛星あわせて)11チャンネルも持つ必要があるのか。

そういう具体的な経営問題は出てこないで、批判する側も答える側も精神論ばかり。目新しかったのは、経営委員の話が無内容で、その実態が会長の下請けにすぎないことが明るみに出たことぐらいか。

IBM/Lenovo


IBMのPC事業売却には、「IBMも落ちぶれたものだ」といった否定的なコメントが多いが、たぶんこれは違うだろう。NYタイムズも書いているように、これはむしろIBMの中国進出の足がかりであり、今後ハイテク業界が「米中対決」になることを予感させる。

IBMのCEOパルミサーノがいうように、今後のIT業界は「高付加価値・高価格」の企業むけビジネスと「大量生産・低価格」の消費者むけビジネスに二分されるだろう。IBMが前者の道を選びつつ、Lenovoの筆頭株主として後者のオプションも確保した戦略的判断は、的確だと思う。

問題は、日本にこういう決断のできる企業がないことだ。いつまでも「総合電機メーカー」にこだわっていると、日本は米中の谷間に埋もれるおそれが強い。

The Economist


The Economistは、世界でもっとも影響力のある雑誌として知られている。発行部数は、全世界で100万部程度にすぎないが、ビル・ゲイツが「私は新聞は読まない。Economistだけを読んでいる」といったように、世界のリーダーのほとんどは読んでいるだろう。その愛読している雑誌が反トラスト法訴訟で司法省を支持したときは、ゲイツが投書欄に投稿したほどだ。

そのEconomist誌が、「カルチュラル・スタディーズ」などによって同誌がどう評されているかを紹介している。「男性中心で、グローバリゼーションを賞賛する資本主義のイデオローグ」というところらしい。まあこんなことは「脱構築」しなくてもいえる。

同誌がこの種の分析を嘲笑しているのは当然として、不可解なのはイラク戦争への対応だ。個別の記事を読むと、ブッシュ政権の情報収集にも意思決定にも問題があったとしているのに、いまだに米国支持の態度は変えない。それでいて、米大統領選ではケリーを支持した。内部でも、意見の対立があったのだろう。

国のかたち


税制改正大綱が発表され、いよいよ増税時代が始まった。しかし、この程度の増税では「2010年代初めにプライマリー・バランスの黒字化」という控えめな目標も達成できない。今後は、消費税を10%台にし、公共事業を大幅に削減するなどの抜本改革が必要だ。

この処方箋として、よくいわれるのが「官邸の機能強化」だが、問題はそういう集権化だけでは解決しない。そもそも今の法律の体系が各省ごとに縦割りの「業法」になっており、しかも複雑に相互依存しているため、一つの法律を改正しようとすると、何十もの関連法を変えなければならない。

ソフトウェアにたとえていえば、日本の法律は昔のCOBOLで書かれたプログラムのようにGOTOコマンドでスパゲティ状にからまっており、書いた官僚しかわからないようになっているのだ。規制改革で官僚が強い拒否権をもつのも、彼らが立法機能を事実上もっているからだ。

青木・鶴編『日本の財政改革』(東洋経済)は、こうした「国のかたち」を官僚機構の「モジュール化」で是正する改革を提案している。いわば、法律をC++で書き直そうというわけだ。しかし青木氏は、今年3月にRIETIの所長を辞任し、本書の執筆者も半分以上がRIETIを去った。この事実が、改革のむずかしさを何よりも示している。







連絡先(取材・講演など)

記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons