Skype

スカイプが、日本でも営業を始めるという。

しかし、この親元のKaZaAには要注意だ。3年ぐらい前、使ったときはスパイウェアがいっぱい入っていて、ブラウザを開くたびにセックスサイトのポップアップ広告が出てきて困った。しかも、そのスパイウェアにバグがあり、アンインストールできない。最後はウインドウズのレジストリを手で書き換えなければならず、冷や汗をかいた。

このスカイプも、性能は問題ないようだが、盗聴されていないという保証はない。万が一、そういう問題が起きても、損害賠償を要求することはできない。この会社の本社はオランダにあり、その親会社はバヌアツなどのタックス・ヘイヴンにあって、刑事・民事の訴追を受けないしくみになっているからだ。使うなら、あくまでも自己責任で。

アフターダーク

村上春樹の「デビュー25年記念作」を読んだ。

私は、その25年前の『群像』1979年6月号から、彼の小説はリアルタイムですべて読んできたが、その中でいうと、本作は5段階評価の「3」というところだ。ちなみに、「5」は「1973年のピンボール」だけ。

『海辺のカフカ』の延長上で、中途半端にストーリーがあって読みやすいが、イメージに力がなく、リアリティに乏しい。コアになる「眠る女」のイメージが、他の連れ込みホテルなどの話と噛み合わず、浮いてしまっている。彼はもともと長編作家ではなく、細部の造形力で勝負する作家だが、『ノルウェーの森』の成功で「大家」になって、初期のようなシャープさがなくなってしまった。

しかし、彼が世界に通用する唯一の日本人作家であることには変わりない。初期の作品を超えるのはもう無理だと思うが、変に老成せず、これからも新しいフロンティアを開拓してほしいものだ。

日本的blog

ブログを始めて、1ヶ月がたった。当初は1日に1万ページビューを越すこともあったが、最近はだいたい1000pv強で落ち着いているようだ。これはRIETIのトップページよりも多い。今や情報の価値は、組織ではなく個人によって決まる時代なのだろう。こういう情報のフラット化は、WWWの初期から予想されていたことだが、ブログはそれを促進したのかもしれない。

しかしgooのブログを見ると、圧倒的多数が匿名だ。これは米国のブログとまったく違う特徴である。もともとブログの生まれた理由は、大手メディアとは違う自分の意見を伝えたいということなので、匿名では意味がない。その内容も、日本では身辺雑記や噂話がほとんどで、米国のブログのような政治的な主張は見られない。

ここには世界最大の匿名掲示板「2ちゃんねる」と共通の特徴がある。要するに「自我」が希薄で、「他人」への関心が強く、「世界」には関心がないのだ。ブログの作者の大部分は若者だと思われるが、これは彼らの親の世代の特徴を忠実に受け継いでいる。私は「日本人の国民性」という類の議論はきらいだが、これを見ると、よくも悪くも容易に変わらない共通部分があるということは認めざるをえない。

成果主義

このごろ「成果主義」に対する風当たりが強まっているようだ。『虚妄の成果主義』がベストセラーになったと思ったら、今度は『内側から見た富士通』がベストセラーのトップになっている。

これは一時期の成果主義一辺倒に対する批判としては当たっているし、富士通の労働実態がひどいものであることは事実らしい(これは前からそうだった)。しかし、そこからいきなり「日本型年功制」がベストだという答に飛躍するのはまちがいである。年功序列がすばらしいのなら、役所や銀行がもっとも効率の高い組織だということになる。

経済学では、この種の問題についての研究は昔からあり、一般的にいうと、成果の「測定可能性」に応じて最適なインセンティヴの強さは変わる。タクシーの運転手のように仕事と成果が1対1に対応しているような場合には成果主義でよいが、経理や庶務のように成果が数値であらわしにくい業務については、成果主義で評価すると地道な仕事をだれもやらなくなってしまう。

だから今までの日本の会社のように「みんな一緒」に仕事をする場合には、インセンティヴは弱いほうがいいのだが、金融・コンピュータ・ソフトウェアなどの成長分野では、仕事は「モジュール化」され、測定可能性は高まっている。同じ仕事を日本でやるか中国に外注するか、という比較もできるようになっている。こういうとき、身内の「和」ばかり気にしていては、激しい技術革新に取り残されてしまう。

要するに、万能の評価システムなんてないのだ。仕事の種類に応じてインセンティヴは違うべきであって、一律に成果主義というのもおかしいが、一律に年功序列という日本の会社の人事システムもおかしいのである。

iPod

わが家にもiPodがやってきた。といっても、妻が買ったのだが。

「第4世代」で、実売3万円で20GB。私の使っている3年前のPCよりも大容量で、わずか150gだ。ハードディスクは、年2倍という「ムーアの法則」以上のスピードで性能が上がっている。帯域とストレージは代替財だから、今後はリアルタイムの「放送」がDVDレコーダーなどのハードディスクに取って代わられるだろう。

機能のほとんどは、iTunesというDRMソフトウェアで実現しているが、オンライン配信が日本では利用できないので中途半端だ。フォーマットとしてWMAをサポートしていないので、マイクロソフトの音楽配信が多数派になったとき、またMacのような悲哀を味わうかもしれない。リアル・ネットワークスがRealAudioをiPodで読めるように変換するHarmonyというソフトウェアを発表したとき、スティーヴン・ジョブズは「訴える」と怒ったが、これはお門違いだ。iPodにとっては、読めるフォーマットが増えることは有利なのである。

Creative MediaやiRiverなどの「iPodクローン」もたくさん出ているが、こっちは何でも読める。最悪なのは、ソニーの「ネットワーク・ウォークマン」で、ATRACというソニーのDRMしか使えない。かつて1980年代にIBMクローンが登場したとき、日本だけ各社が独自フォーマットで競争して自滅した教訓に、何も学んでいないのだろうか。

ソフトバンクのrent-seeking

ソフトバンクBBが、800MHz帯についてのパブリック・コメントで携帯電話への参入の意向を表明した。ただし実際には、電波が割り当てられないかぎり参入はできない。

孫正義氏が日本最後のタブー、電波利権に挑戦するのはけっこうなことだが、今回の意見書は、他の業者の電波をソフトバンクに分けろという筋の悪い話だ。こういうふうに規制の恩恵を業者間で争うことを、経済学でrent-seekingという。ソフトバンクがDSLでやってきたことも、世界一きびしい日本のアンバンドル規制を利用してNTTを攻撃しながらそのインフラにぶら下がる、典型的なrent-seekingである。こんなことをいくらやっても、規制の枠組は変わらないし、真の競争は生まれない。

米国では、FCCのパウエル委員長がblogで、デジタル放送に割り当てたまま使われていないUHF帯を無線LANに開放することを提案している。WiMaxという新しい無線LAN技術を使えば、携帯電話と同等のサービスが免許なしで可能だ。ソフトバンクが電波利権に本気で挑戦するなら、免許制度そのものの廃止を提案すべきだ。孫氏の要求は「おれにも電波利権の分け前をよこせ」というrent-seekingにすぎない。

追記:Trackbackで指摘されたように、WiMaxが「携帯電話と同等」というのはいいすぎだった。むしろ「ラストワンマイル」として携帯電話よりも低コストで有望、といったほうがいいだろう。無線=モバイルではないからだ。またパウエル委員長もいっているように、「オーバーレイ」で使うなら免許は必要ない。

ソフトバンクのまぐれ当たり

前例のないプロジェクトが成功するかどうかは、なかば以上は運である。市場で何が起こるかは誰にも予測できないので、成功も失敗も偶然だが、それをチャンスとしてビジネスに結びつけるのは実力だ。

通信インフラは規模の経済が大きいため、このような偶然やイノベーションが起こりにくい分野だと考えられ、NTTのような独占企業を政府が規制によってコントロールするしくみが、世界各国でとられてきた。これは「自然独占」と呼ばれるが、本当にNTTの独占が自然かどうかは疑問である。

ADSLという大博打

NTTのインフラ独占を打破したのも、ソフトバンクの冒険的なイノベーションだった。2001年初めには1万世帯あまりにすぎなかった日本のADSLユーザーは急速に増え、ピークの2006年には1500万世帯を超えた。かつて韓国は経済危機から立ち直って世界一のブロードバンド普及率を見せ、「韓国の奇蹟」と呼ばれたが、日本のブロードバンド普及率は、韓国を上回る勢いである。通信インフラに限っては、「日本の奇蹟」が実現したといってもよいが、その背景にはさまざまな偶然があった。
 
第一の偶然は、ソフトバンクに米ヤフーなどでもうけた豊富な自己資金があったことだ。インターネット・バブルのピーク時にはソフトバンク・グループの時価総額は20兆円を超え、トヨタ自動車をしのいでいた。孫正義社長は、この余剰資金を使って総額1800億円を投資し、インフラ事業に打って出たのである。
 
ADSLは当時、不安定で減衰も大きく、FTTH(家庭用光ファイバー)までのつなぎのインフラと見られていた。アメリカでは、1996年電気通信法で加入者線が開放されることになり、独立系のCLEC(競争的地域通信事業者)が多数参入したが、バブル崩壊で破綻した。日本でも、1997年の電気通信事業法改正で加入者線の開放義務が定められ、東京めたりっく通信などがADSL事業に参入したが、挫折した。ソフトバンクは、2001年にめたりっく通信を買収するとともに「ヤフーBB」によってADSLへの参入を表明した。
 
このとき、すでにバブルは崩壊しており、ソフトバンクの時価増額はピーク時の1/100まで落ちた。常識的な経営者なら、バブル期に立てた経営計画を見直すだろうが、孫氏は当初どおりADSL事業に参入した。「ここで撤退したら、逆にグループが空中分解する」という思いからだったという。「時価総額経営」の行き詰まった孫氏にとって、通信インフラは最後の大博打であり、ここで失敗すると後がなかったのだ。
 
当時ダイヤルアップ接続では、電話料金とISP(プロバイダー)料金を合計して5000円以上かかったのに対し、ソフトバンクは8メガビット/秒で2830円と、ほぼ半分の料金で100倍以上の伝送速度を実現した。これは「300万世帯が損益分岐点」という大胆な計画で、孫氏自身も「うまく行くかどうかは五里霧中だった」とのちに述懐している。
 
こんな冒険的なビジネスは、すぐ資金的に行き詰まるだろうというのが他社の見方だったが、ソフトバンクは「パラソル部隊」が駅前に立ってモデムを無料で配るなどの奇抜な営業と低価格で、赤字を出しながらも加入者を拡大し、NTT地域会社を超えるナンバーワンのADSL事業者になった。

参入してから見つかった新技術

第二の偶然は、通信技術の急速な進歩である。ADSLは電話線の中で音声通信に利用されていない高い周波数を使うものだが、NTTのISDNは国際標準よりも高い周波数を使っているため、それまでにADSL事業を開始していたアッカやイーアクセスなどは、日本だけのアネックスAnnex Cという規格のモデムを使っていた。おかげで速度は1.5Mbps(メガビット/秒)と遅く、量産効果も出ないため価格が高かった。これに対して、ソフトバンクは世界標準のアネックスAnnex Aという規格のモデムを採用したため、当初は8Mbpsという高速だった。
 
しかしこのような高速のモデムを使うには、幹線(コア・ネットワーク)に大きな帯域が必要だ。他の業者はNTTの専用線を使っていたが、その料金は高く、収益は出なかった。これに対してソフトバンクはNTTのダークファイバーを借りてギガビット・イーサネットでつなぐ、世界でも前例のないコア・ネットワークを構成した。孫氏がADSLへの進出を決意したのは、2000年にNTT東西のダークファイバーの開放が決まったときだったという。
 
だがイーサネットはLAN(構内通信網)であり、全国的な中継網をイーサネットで構築するというのは、当時としては常識はずれだった。NTTの技術陣は、素人のソフトバンクにネットワークの運用ができるはずがない、と冷ややかに見ていたが、ヤフーBBは(通信品質は高いとはいえないが)動いた。
 
NTTの専用線で使われているATM(非同期転送モード)交換機は1台数億円するのに対して、ADSLのルータは約100万円、ギガビット・イーサネットのハブは数万円だ。インターネットの機材は構造が単純で、世界中どこでも使えるので、保守はメーカーにまかせればよい。自前でネットワークを組むことで、日本で初めてNTTの技術にも総務省の天下り役員にも依存しない独立系のネットワークができたのである。
 
当時はアネックスAnnex Aのモデムを日本で使うのは無理だと思われ、ギガビット・イーサも開発されたばかりだった。こうした技術がなければ、ソフトバンクのADSL事業は大赤字になって経営は破綻していただろう。こうした技術が使えるとわかったのは、孫氏がADSLに参入することを表明した後であり、ヤフーBBの成功は技術的には「まぐれ当たり」だった。

外圧がNTTの回線を開放させた

第三の偶然は、規制改革にNTTが協力したことだ。ADSLを可能にしたのは、NTTにアンバンドリングを義務づける規制である。これは一般家庭に引き込まれている電話の加入者線を電話交換機を通さないでADSLに接続することで、このためには電話局の中にNTTと競合する業者の機材を置かなければならない。当然、NTTはこれを認めないので、1997年に電気通信事業法が改正されて回線の開放が義務づけられた。
 
同様の規制は、アメリカでは1996年電気通信法で定められ、欧州でも2000年にEU指令で義務づけられたが、期待されたほど競争は進まず、いまだに欧米のADSLの90%以上は電話会社によって運営されている。欧米では、電話会社はいろいろな理由をつけてアンバンドリングを妨害したが、日本では2001年以降、NTTは電話局へのADSL機材の設置を認め、加入者線の共用料金も中継系の光ファイバーの料金も世界最低水準ですべての業者に開放した。
 
NTTも、当初は規制に抵抗して引き延ばしをはかり、ADSL業者が電話局に機材を設置する際に多くの「テスト」が行われ、営業開始までに1年以上かかることも珍しくなかった。しかし孫氏は政府のIT戦略会議(NTTの宮津純一郎社長もメンバーだった)でNTTの回線開放を強く要求した。また工事を引き延ばす電話局に座り込んで設備の開放を要求したり、総務省に乗り込んで「NTTに工事を進めるように言ってくれ。これ以上、営業開始が遅れたら当社はつぶれるので、私はここで灯油をかぶって火をつけて死ぬ」と要求するなど、強引なやり方でネットワークの開放を要求した。
 
しかしNTTがアンバンドル規制に応じた最大の理由は、実は外圧だった。1999年の日米交渉で、USTR(米通商代表部)が対日要望書の最重点項目として出してきたのは、なぜか国内の長距離電話の接続料の値下げだった。当初の要求は40%以上という大幅なものだったが、これに対してNTTと郵政省(当時)は激しく反発した。
 
その後、アメリカ側は「3年間で22.5%」と要求を下げてきたが、タイムリミットの2000年3月末を越しても交渉はまとまらず、7月の九州・沖縄サミットの直前までもつれこんだ。ここで野中広務・自民党幹事長(当時)がUSTRと交渉して、下げ幅を「当初2年間で20%」として事実上、アメリカ側の要求をのむ政治決着にこぎつけた。このとき接続料の下げ幅を圧縮する交換条件として、NTTは回線を開放したのである。
 
NTTはインフラの主力としてISDNに重点を置き、次世代の技術としてはFTTHに全力を傾けていたため、ADSLを過渡的な技術として軽視していた。2000年ごろには、ADSLといえば東京めたりっく通信のような弱小業者しかなく、年間7000億円を超える接続料収入を守るためにアンバンドリングを進めても、失うものは少ないように見えたのだ。しかしアンバンドリングの条件が整ってから、ソフトバンクが大規模に参入してきた。NTTは、2002年になって料金の引き上げや開放義務の撤廃などを政府に働きかけたが、もう遅かった。  日本のブロードバンドの成功は、このように冒険的な新規参入業者と新しいテクノロジーとアンバンドル規制が偶然、複合して起こった「競合脱線」のようなものだ。孫氏がバブルが崩壊したときADSL事業をあきらめていたら、新しい技術も利用されず、規制も実施されず、他の多くの国のようにADSL業者の経営は破綻していただろう。
 
のちに孫氏がFCCを訪問したとき、マイケル・パウエル委員長(当時)は「アメリカにはブロードバンドの技術もあり、アンバンドル規制も行なったが、ひとつだけ足りないものがあった。それはあなたのようなクレイジーな起業家だ」と言ったという。

巨大独占・NTTの宿罪

9日の海老沢会長の参考人招致を前に、週刊誌では「NHKバッシング」が花盛りだが、光ファイバーの開放義務をめぐって、「NTTバッシング」も始まったようだ。その代表格が、町田徹『巨大独占・NTTの宿罪』である。

著者は、日経の記者だったころにも「NTT完全分割論」をとなえて、竹中平蔵氏のナンセンスなIT政策の応援団だった。「ドミナント規制は世界の常識だ」などという嘘を書き散らすので、私が批判したらGLOCOMにやってきて「名誉毀損で訴える!」と叫んだ。

しかし、ちゃんと話すと事情はわかっていて、「ドコモの公式サイトが独占の原因だから、それをつぶすために総務省はドミナント規制を持ち出している。まあ別件逮捕みたいなもんですよ」という。「それは、あなたの記事の趣旨とまったく違うじゃないか」と私がいうと、「公式サイトなんてわかりにくくて、産業新聞ぐらいにしかならない。やっぱり料金のようなわかりやすい問題でたたかないと・・・」というのであきれた。

この本の大部分も、そういうセンセーショナルなNTTバッシングだが、さすがに新聞記者でなければ聞けない当事者の話があって、ルポとしてはよく書けている。2次情報の切り貼りで「孫正義バッシング」をやっている某ルポライターの本などより、はるかに読む価値がある。しかし結論に、また「東西会社の完全分離」が出てくるのにはうんざりだ。インターネット時代に、市内電話網を長距離から切り離すことに何の意味があるのか。

取材力のある記者だから、あとはもうちょっと通信政策の基本を勉強してほしいものだ。参考文献としては、私の論文をおすすめする(これは学会賞をもらうことになった)。

菊澤研宗『組織の不条理』

組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ (中公文庫)
本書はビジネスマンに評価されているらしく、こうして文庫本にもなった。前に読んだとき、著者が根本的な間違いに気づかないで1冊の本を書くということもあるのかとあきれたことがある。経営学界ではそういうことも珍しくないようだが、誤解が増殖するのもよくないので簡単に指摘しておこう。

最大の間違いは、著者がサンクコストを守ることが合理的だと考えていることだ。したがって日本軍の不合理な戦術も「過去から継承してきた武器や兵力を守る合理的な行動」が、結果として「局所最適」に陥った結果として描かれ、エイジェンシー理論や所有権理論などが援用される。

しかしビジネススクールで教わるように、サンクコストを守ることは不合理な錯覚である。所有権理論(たとえばHart)で事前と事後の不整合が起こるのは、サンクコストが発生する企業特殊的な投資において、ゲームの双方がサンクコストを無視してナッシュ交渉を行なうためだ。

本書のほとんどの分析が、この根本的な勘違いにもとづいて書かれており、少なくとも経済学的には意味不明だ。ときには「限定合理的」という言葉も使われているが、サンクコストをforward-lookingなコストと混同することは、限定合理的でさえないバイアスである。著者はバイアスと(サイモンの)限定合理性を混同しているのではないか。

すり合わせと組み合わせ

『モジュール化』がベストセラーになって以来、「アーキテクチャ」についての議論が盛んになっている。その代表は、藤本隆宏氏の「すり合わせ」と「組み合わせ」だ(『日本のもの造り哲学』日経新聞社)。

トヨタに代表される日本の自動車メーカーは日本人得意の「すり合わせ」型産業で、コンピュータは日本人の苦手な「組み合わせ」型だ、という彼の話はわかりやすいが、なぜアーキテクチャが二つにわかれるのか、また二つしかないのか、あるいは日本人がすり合わせに強く組み合わせに弱いのはなぜか、といった理論的な根拠がはっきりしない。

こういう図式は「つまみ食い」されやすい。経産省の「新産業創造戦略」でも、「日本はすり合わせの比較優位を生かして」という類の話がよく出てくるが、情報産業に関するかぎり、すり合わせ型は「すきま産業」でしかありえない。特に中国がモジュール型で日本を急追しているとき、みずから土俵をせばめるような「戦略」は有害である。チャンドラーの言葉をもじっていえば、アーキテクチャは戦略に従うのであって、その逆ではない。

私の博士論文(第3章)では、こうしたアーキテクチャの違いがなぜ生じるのかを理論的に説明することを試みた。うまく行っているとはいえないが、この問題を「国民性」や「文化」に解消せず内生的に説明することは、政策的にも重要なテーマだろう。







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