村上春樹と安原顕

きのう発売の『文芸春秋』で、村上春樹氏の自筆原稿が古本屋やヤフー・オークションなどに出回っている問題を、村上氏が明らかにしている。しかも、その「犯人」が故安原顕だというので驚いた。彼には、『リテレール』という雑誌の編集長だったとき、取材したことがある。

日本の出版業界は、基本的に新規参入は禁止で、休眠会社を買収しないと出版社は起こせない。また原価率が大手と中小では違い、講談社や小学館は定価の80%なのに、新しい出版社は50%しか取れない。しかも雑誌は、創刊から5ヶ月間は取次から代金を払ってもらえない・・・といった問題点を、安原は『リテレール』の誌上でも訴えていた。しかし、こういう内容だと、よけいに取次には扱ってもらえなくなり、経営は苦しくなり、とうとう彼は『リテレール』を投げ出してしまった。

私は、安原の編集者としての手腕をあまり買っていない。『マリークレール』で文芸路線を打ち出したのが当たって、一時は大編集長気取りだったが、『GQ』で失敗し、中央公論社を追い出された。しょせん文芸誌の編集者で、吉本隆明とか中沢新一などもお気に入りだったようだが、内容は理解していなかった。『リテレール』も「ベスト50」みたいな特集ばかり出し、しかも執筆者や内容が片寄っているので、読者にも飽きられた。

今回の事件では、安原の遺品を古書店が整理したとき流出したというだけでなく、彼が生前から村上氏の原稿を売っていたようだ。事業が失敗し、資金ぐりに困っていたのかもしれないが、こんなことが露見したら編集者として自殺行為だということぐらい、わからなかったのだろうか。また自分では「村上を世に出したのはおれだ」などと吹聴していたが、村上氏が渡米したころから、何かのきっかけで急に村上氏の作品を酷評するようになった。そのトラブルの真相はよくわからないが、その腹いせで原稿を売ったとなると、もっと問題だ。

いずれにしても、著者との人間関係がすべて、という古い文芸業界の体質を受け継ぐ、最後の世代の編集者だろう。

コア・コモンズ

通信・放送懇談会の第5回会合では、NTTの再々編がまた話題になったようだが、意見の集約はできなかったらしい。先月のICPFシンポジウムでは、松原座長が「NTT各社を今のまま完全に資本分離するつもりはない」と断定したのだが、今回は完全分離せよという意見も出たようだ。

構造分離というのは、競争政策としては「伝家の宝刀」であり、成功例も少ない。米国で構造分離をやったのは、スタンダード石油とAT&Tぐらいだが、後者は20年後の今、元の形に戻りつつある。日本ではNTTの「準構造分離」が唯一のケースだが、これも失敗例だ。その原因は、第2臨調で議論を始めてから実際に分離が完了するまでに15年もかかり、その間に技術革新が進んでしまったためである。とくにNTTの場合は、インターネットが急速に普及する時期に電話時代の区分で分割するという最悪のタイミングだった。

今からやるなら、NTT法や放送法をいじるのではなく、懇談会でも出ているように、通信と放送を区別しない「融合法」にすべきだ。この場合の原則は、「水平分離」と「規制の最小化」である。前者はしばしば議論になるので、よく知られていると思うが、後者は構造分離のような「外科手術」ではなく、規制を物理層に限定することによって、企業が自発的に分離することをうながすものである。

たとえばNTTの場合には、山田肇氏と私の共同論文でも主張したように、規制の対象をローカルループ(銅線)と線路敷設権に限定し、それ以外の光ファイバーや通信サービスの規制を撤廃すれば、NTTがインフラを「0種会社」として分離するインセンティヴが生じる。この場合の分離は、子会社であっても法人格が別であればよい。

NHKも同じである。規制を電波(物理層)だけに限定すれば、NHKはインフラを(BBCのように)民間に売却してリースバックし、制作部門だけをもつ「委託放送事業者」になることができる。これによってNHKは免許も不要になり、コンテンツをインターネットやCSなど自由に多メディア展開でき、首相の求める「海外発信」も可能になるかもしれない。今でもBSは事実上の委託/受託になっているので、これは見かけほど大きな変化ではない。

このようにボトルネックとなっている共有資源を、Benklerにならって「コア・コモンズ」とよぶとすれば、通信・放送ともに規制をコア・コモンズに最小化して開放することによって、自由なサービスや新規参入が可能になる。問題は、NTTもNHKも実は自由を求めていないことだが、これは新しいプレイヤーとの競争に期待するしかないだろう。

追記:NHKの橋本会長が、衆議院総務委員会に参考人として出席し、国際放送について発言した。首相が個別の問題に思いつきで口を出すと、こういうふうに枝葉の問題ばかり話題になる。よく知らない分野については「丸投げ」したほうがよい。

インターネット中立性

AT&T(旧SBC)がBellSouthを買収することが決まり、これで米国の通信業界はVerizonとの「2強」時代に入る。まるで1984年のAT&T分割以来のフィルムを逆に回して見ているようだ。FCCはマーティン委員長が「歓迎」の声明を出したりして、チェックする気はないし、司法省も静観の構えだ。これで米国のインターネットは、通信会社とケーブルテレビ局の競争になる。

そこで出てきているのが「インターネットただ乗り論」である。GoogleやYahooは通信トラフィックの大きな部分を占めているし、VonageやSkypeは通信回線を使って割安のサービスをしているのだから、応分の負担をしてもらおう、という議論だ。ケーブルテレビは、自前のコンテンツを優遇して他のISPを差別しているのだから、通信業者にも同じ権利を与えろ、というわけである。

日本でも、同じような議論が出てきているが、これは話が逆だ。ケーブルのように「身内のインターネット」と外部からのアクセスを区別することが、インターネットの精神にもとる行為なのだ。インターネットは、サービスとインフラを切り離す中立なプラットフォームだったからこそ、ここまで発展してきたのであり、それを昔の電話時代のように「垂直統合」しようとするのは時代錯誤である。

米国では、FCCが今回のBellSouth買収を承認する条件として「インターネット中立性」を約束させたというが、法的拘束力はない。Vint Cerfなどが提唱して、米上院には「インターネット中立法案」が提出されたが、共和党が多数を占めている議会では、どうなるかわからない。

かといって、今のままでは設備投資の負担に耐えられないという通信会社の立場もわからないではない。日本でも「インターネットがパンクする」という議論が出たこともあった。インターネットに差別を持ち込むよりは、ISPの料金を従量制にするとか、一定以上の通信量のユーザーからは追加料金をとるなどの措置のほうがましだ。

サンクコスト

経済学の初歩の練習問題に、サンクコスト(埋没費用)というのがある。たとえば、青森から函館まで総工費7000億円かけてトンネルを掘っているとする。工費を6000億円まで使ったところで、札幌までジェット機が就航し、航空運賃のほうが安くなった場合、トンネルは掘り進むべきだろうか?

正解は、開通させることによって上がる利益が、残りの工費1000億円に達しないならば、工事をやめることである。これまでにかかった工費は、回収できないサンクコストだから、今後のプロジェクト費用を計算するときは考えてはいけないのだ。まして青函トンネルや本四連絡橋のように大赤字になることがわかっているプロジェクトは、いつやめても遅くない。

ところが公共事業の類には、「ここまで作ったのだから」というだけの理由で続けられるプロジェクトが多い。さらに長良川の河口堰や諫早湾の干拓のように、完成しても運用しないほうがよいという、二重に迷惑なプロジェクトも少なくない。地上デジタル放送も、今からでも遅くないから、計画を見直したほうがよい。特に、これから工事の始まるローカル民放の中継局は、青函トンネルのような無用の長物になるおそれが強い。おまけに放送の中継局は、使われなくても電波を占有するから、これも二重の迷惑である。

電波の市場

ソフトバンクがボーダフォンの日本法人を買収することで、合意に達したという。ボーダフォンの撤退は当ブログでも予想していたとおりだが、ソフトバンクがそれを丸ごと買うというのは驚きだ。買収価格が2兆円だとすれば、そのうち1兆円ぐらいは免許の価値だろう。つまり日本の制度では、最初に免許を取得するときは無償なのに、それを会社ごと転売するときには免許に巨額の価格がつくという非対称性があるわけだ。

しかも、この買収が成立すれば、ソフトバンクは携帯電話の「既存事業者」ということになる。「新規参入」の枠として予備免許の下りている1.7GHz帯はどうなるのだろうか(*)。周波数がオークションで割り当てられていれば、こういうややこしいことにはならない。ソフトバンクは、1.7GHzが不要なら、免許を第三者に売却するだろう。ところが日本では、会社を売ることはできても、電波を売ることはできない。

ドコモなども、ポケットベルの会社を買収するなどして帯域を広げており、日本でも事実上「電波の第二市場」が成立している。第二市場があるのに、第一市場(周波数オークション)がないのはおかしい。オークションにも問題はあるが、すでに携帯電話に使われている帯域は、無料で配給するのではなく市場原理で売却すべきだ。その売却代金は、既存業者を追い出す「逆オークション」にあてればよい。

(*)追記:やはりeアクセスが「ソフトバンクはボーダフォンを買収するなら、新規参入事業者に割り当てられた携帯電話用周波数帯を返上すべき」と総務省に申し入れるという(6日)。

追記2:総務省の林事務次官は、記者会見で「ソフトバンクに与えた免許の取り消しもありうる」と表明した(6日)。

原著なき訳書

ビル・エモットの『日はまた昇る』(草思社)がベストセラーだそうである。中身は、去年10月のEconomist誌の特集をほぼそのまま訳したもので、活字をスカスカに組んで160ページだ。原著は出ていないのに、日本語訳だけが出ている。

著者が「どうせ日本人は英語が読めないからわかるまい」と高をくくっているのか、あるいは版元が「中身は薄くても株価が上がっているうちに出したい」と出版を急いだのか、いずれにしても日本の読者はバカにされたものだ。こんな駄本が売れるようでは、本当に日が昇るのかどうか疑わしい。

国際放送

NHKの国際放送をめぐって、いろいろな情報が錯綜している。NHKの橋本会長が「広告を入れたい」と発言したら、すぐ民放連が反発し、首相も「海外に向けてもっと情報発信が必要」といってみたり「チャンネルは減らせ」といってみたり、どっち向いて改革するのか、よくわからない。

国際放送(テレビジャパン・ラジオジャパン)は、政府から補助金をもらう「半国営放送」という中途半端な経営形態で、慢性的に赤字だ。海外に向けて情報を発信するなら、BBCのようにウェブでストリーミングするのがもっとも効率的だ。これなら何ヶ国語でやっても、コストはほとんどかからない。ところが、NHKのIP放送には「過去1週間以内の番組」とか「予算は10億円以下」とか変な規制があって、使い物にならない。

NHKも、15年前に島会長(当時)が「世界に情報を発信する」という掛け声のもと、CNNの向こうを張ってGNN(Global News Network)という国際的な24時間ニュース構想をぶち上げたことがあるが、島の失脚で立ち消えになってしまった。実際には、日本のTV番組やニュースは、今でも大幅な「入超」で、情報発信は途上国向けばかりで商売にならない。政府の外交戦略としてやるなら、広告なんか取るよりも、国際放送は完全に切り離して国営化したほうがいいだろう。

スパイウェア入りCD

先日、My Morning Jacketの"Z"というCD(輸入盤)を買った。なかなかポップでいいアルバムだが、「このCDをPCで再生する際にインストールされるソフトウェア"MediaMax Version 6"にセキュリティの脆弱性」があるので、ウェブサイトからセキュリティ・パッチをダウンロードせよ、という日本語の注意書きがついている。これが話題の「スパイウェア入りCCCD」らしい。

もともとは、ソニーBMGがCCCDに組み込んだXCPというコピープロテクト・ソフトウェアが、OSに入り込んでセキュリティ・ホールをつくることが去年の10月、ユーザーに発見されたのが騒ぎの発端だった。そこでソニーは、XCPを削除するアンインストーラを配布したが、それにも欠陥があることがわかった。

MediaMaxは、このXCPの代わりに使われたものだが、これもセキュリティ・ホールをつくることが明らかになり、そのアンインストーラをウェブで公開したところ、これにも欠陥が見つかるという泥沼状態になった。結局、XCP入りのCDはリコールされたが、MediaMaxは注意書きつきでまだ売っている(XCPおよびMediaMaxを含むCDのリスト)。当のウェブサイトを見ると、"SUPPORT"と書いてあるだけで、おわびの言葉はどこにもない。

私はDRM一般を否定するつもりはないが、OSを書き換えるような危険なソフトウェアを勝手にインストールするというのは言語道断である。しかも米国では集団訴訟まで起こされた(今年2月に和解)というのに、被害が世界でもっとも多いと推定される日本では、ほとんど問題の存在さえ知られていない。メーカーのモラルを疑う。

追記:この問題について、日経BPのサイトに津田大介氏のくわしい解説がある。

偽メールの怪

永田議員が記者会見し、メールは偽物だと事実上みとめた。その根拠として鳩山幹事長は、「Eudoraのバージョンが堀江氏の使っているものと違う」「署名が『@堀江』となっており、彼がふだん使っている署名と違う」などの点をあげた。これらの疑問点は、永田氏の質問直後に、すでにブログなどで指摘されたことである。結果的には、ブログの情報が民主党を追い込んだという点では、CBSのアンカーマン、ダン・ラザーを辞任に追い込んだ「キリアン文書」事件と似ている。

キリアン文書の場合には、軍の様式に沿って書かれていたが、フォントが30年前のタイプライターではなくMS-Wordのものであることがブログで指摘され、それがCBSの謝罪につながった。しかし今回のメールは、Fromが消され、文体も署名も本人のものと違うなど、偽物としてもB級だ(偽作者は堀江氏のメールを見たこともないのだろう)。こんなものに引っかかった民主党がお粗末だったという以外にないが、問題は、だれがどういう目的でこんな偽物を持ち込んだのかということである。

ブログで実名のあがっている元週刊ポスト記者のN氏は、「事実無根だ」と抗議する内容証明を送ったりしているが、手口は彼が過去にやった捏造記事と似ている。今回も、1月末に毎日新聞に問題のメールを持ち込み、その後も週刊誌に持ち込んで、いずれも断られたことがわかっている。ただ、永田氏と現金のやり取りはなかったようなので、何のためにこんなすぐばれる偽物を持ち込んだのかが不可解だ。

キリアン文書の場合には、大統領選挙の最中で、ブッシュ候補を攻撃する材料だったという目的が明確であり、その文書を書いた(ことになっている)キリアン中佐は故人だったので、偽造する合理的な理由があったが、今回の場合は武部氏の次男の実名を出しているのだから、確認は容易である。民主党を陥れようとする謀略と考えられないこともないが、最初はメディアに売り込んだところをみると、それほどの計画性があったとも思えない。

問題のN氏は「笹川良一の孫」を自称するなど虚言癖があり、過去にも2件、名誉毀損事件を起こし、業界からは追放された人物だというから、一種の病気なのかもしれない。だとすれば、そんな人物の背景も調べないで「親しくしていた」永田氏と、それをチェックもしないで国会に出した執行部の情報管理能力が問われよう。まあ堀江氏を「わが息子」と持ち上げた人物がそれを批判するのも滑稽だが。


Freakonomics

Levitt & Dubner, Freakonomics (Morrow)は、経済学の本としては珍しくベストセラーになり、今でもAmazon.comで第5位にランクされている。タイトルはキワモノ的だが、著者のLevittはJ.B. クラーク・メダルを受賞した、れっきとした経済学者で、内容も実証データに裏づけられている。

たとえば、米国で1990年代に犯罪が半減したのはなぜか?著者は、その原因を1973年に連邦最高裁で妊娠中絶を合法とする判決が出たことに求める。貧しいシングル・マザーが望まない子供を出産した場合、その子供が犯罪者になる確率は高い。それが減少したため、20年後の90年代に犯罪が減ったのだという。

他にも、経済学の論理とデータを使って常識をくつがえす例があり、それがインセンティヴや情報の非対称性などの概念の説明になっている。学問的に新しい議論が展開されているわけではなく、データの検証も厳密に行われてはいないが、とても読みやすいので、経済学の考え方を知る読み物としてはいいだろう。




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