新4人組


ダイエー騒動をめぐって、経産省の「新4人組」(杉山・北畑・迎・石黒)が週刊誌の笑いものになっている。ストーリーはどれも同じで、彼らに対する省内の批判が一様に強いことをうかがわせる。

2001年にダイエーにOBを送り込み、産業再生法を適用したときから、「ダイエーは経産省のシマ」という意識ができ、産業再生機構の主導権も財務省に握られたため、「財務省に主導権を渡さない」という縄張り意識だけでがんばってきた。

しかし官邸とのパイプは、力のない細田官房長官しかないため、全体情勢を見誤り、最後は高木産業再生委員長が「これ以上、経産省が介入するならやめる」と辞表をたたきつけ、杉山次官が飯島首相秘書官にどやしつけられて降参した、というお粗末である。

この4人組に共通するのは、経産省の力を過信していることと、昔ながらの「産業政策」的手法にこだわっていることだ。石黒官房総務課長は、かつて「CALSを使わない企業に未来はない」と説き、何の役にも立たないCALSソフトの開発に数百億円を浪費した。こういう人物が「次官候補」などといわれているかぎり、経産省に未来はない。

安全神話


オウム真理教の事件が起こった1995年ごろから、日本社会の「安全神話の崩壊」がいわれるようになったが、私は疑問に思っていた。オウムが殺した人数は、全部あわせても27人だが、地下鉄サリン事件の直後に起こったオクラホマ州政府ビル爆破事件だけで168人が犠牲になったし、アルカイダの犠牲者はさらに一桁多い。オウム程度のテロリストが騒がれる日本は、むしろまだまだ安全なのではないか。

河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店)は、これを統計的に実証する。統計上の犯罪が増加している最大の原因は、警察が犯罪被害の届け出を受理しない「前さばき」が減ったため、実際の犯罪件数と統計とのギャップが縮まったことだ。検挙率の低下している原因も、この母集団の増加にくわえて、軽微な犯罪や余罪の追及に要員をさかなくなったことでほぼ説明がつくという(ただし、捜査能力が低下していることは事実だ)。

日本社会は、今も相対的には安全で、たとえば殺人事件の実質的な発生率は米国の1割以下だ。ただ従来は、凶悪犯罪は暴力団などの特殊な隔離された社会で行われてきたが、都市型犯罪によって一般社会にも広がってきたため、実感上の「安全神話」がゆらいでいる、というのが結論である。

著者の父親は河合隼雄氏だが、彼の「ユング心理学」なるものは、街の占い師と大して変わらない。本書の後半の日本人論は、父親のそれと同じく凡庸で冗漫だが、前半の実証データはおもしろい。

ADR


ほとんど知られていないが、「ADR(Alternative Dispute Resolution)利用促進法」が今国会で審議される。熱心なのは公明党ぐらいだが、これは重要法案である。

米国で100万人いる弁護士が、日本では2万人しかいない。これを是正するために、ロースクールを乱造する必要はない。司法書士・行政書士・弁理士・税理士は計12万人以上いる。不足しているのは弁護士という人間ではなく、弁護士の機能なのだから、こうした専門家に弁護士業務を開放し、ADRで簡易に紛争を解決するオプションを広げれば、現在の高コストで時間のかかる司法制度は、かなり改善できる。

この程度の改革にも、日弁連は「専門性が確保できない」とかいう理由で反対しているが、これは逆である。法廷で弁論する仕事については弁護士は専門家だが、税については税理士のほうが専門家だし、特許については弁理士のほうが専門性が高い。

そもそも「職業免許」というのは、存在する根拠の疑わしいものが多い。医師やパイロットのように人命にかかわる職業については無免許業務を禁止する意味があるが、それ以外は「資格認定」で十分だ。司法については、裁判官に変な人がなると困るが、弁護士は代理人にすぎないのだから、資格を廃止しても、大した弊害はないだろう。

弁護士の参入は、かねてから日米間の通商問題になっているが、USTRもADRについての要望書を出した。今度もやっぱり、外圧に頼るしかないのだろうか。

ムーアの法則


インテルがペンティアム4の開発を断念した。これは「ムーアの法則の終わりか」ともいわれたが、半導体の集積度そのものは、あと15年ぐらいは法則どおり上がる見通しだという。

この「法則」の正確さは驚くべきもので、Nordhausによれば、集積回路の発明からこれまで40年間で計算能力あたりの価格は1/1億、つまり18ヶ月で1/2という法則どおりに下がっている。まあこれは、半導体メーカーがこの法則に沿って開発のロードマップを作るからだという説もあるが。

問題は、発熱が限界に達したことだ。これを「マルチコア」という並列処理技術で乗り越えようというのがインテルの方針だが、それにはソフトウェアの変更が必要だという。素朴な疑問だけど、水冷にするとかで、何とかならないのだろうか?

ちなみに、わが家のパソコンは半年ほどCPUを冷やすファンが止まったままだった。気づかずに使っていたが、どうということはなかった。発熱って、そんなに深刻な問題なのかな・・・

Innovation and Its Discontents


Adam JaffeとJosh Lernerの新著が、きょう届いた。

"How Our Broken Patent System is Endangering Innovation and Progress, and What to Do About It"という副題からも明らかなように、ラーナーたちがここ10年以上やってきた特許制度の研究、とくに「ビジネス方法特許」などの際限ない拡大がいかに危険かについての実証分析と提言をまとめたもの。裏表紙に、レッシグが推薦のことばを寄せている。

中国という<帝国>


中国というのは、わからない国である。あるいは中国人がわからない、というべきかもしれない。私の妻(日本人)は、かつて中国銀行の日本法人に勤務していたが、「中国人は、ずるいからきらいだ」という理由で、やめてしまった。こんなに近くで、何千年もつきあっていながら、こんなに不可解な隣人というのも珍しい。

しかも、その歴史がやたらに複雑で血なまぐさい。この複雑な歴史を手短におもしろく解説してくれるのが、高島俊男『中国の大盗賊』(講談社現代新書)である。このほど、現代新書が新装版になったのを機に、その「完全版」が出た。もとの「不完全版」が1989年に出たときも、著者の深い学識に裏打ちされたすぐれた中国論だと思ったが、今度の完全版は、旧版で(政治的な理由から)割愛されていた毛沢東論が「復刻」され、これが圧倒的におもしろい。

旧社会主義国が経済の破綻でみんな崩壊したのに、中国が逆に元気になっているのはなぜか、という素朴な疑問に、著者は明快に答える(しかもこれが書かれたのは80年代である)。それは中国の政権が、もともと社会主義でも共産主義でもなく、伝統的な「農民反乱」によってできた王朝だからである。権力が共産主義のイデオロギーに依存していないのだから、経済が資本主義になっても「上部構造」である王朝は安泰なのだ。

つまり中国は4000年前も今も<帝国>であり、本質は何も変わっていないのだ。これはネグリ=ハートを超える、東洋的な(そして斬新な)帝国論である。

Japan's Broadband Miracle

David Isenbergの日本のブロードバンドについてのコラム。元ネタは、私のコラムだ。私もソフトバンクについての記事を週刊エコノミストに書いた。

日本のアンバンドル規制が成功したのは、文字どおり「奇蹟」であって、欧米のように失敗するのが当たり前だと考えたほうがよい。今後は、むしろ無線による設備ベースの競争を促進するというのがFCCの方針のようだ。

Googleニュース


読売の島田さんに教えてもらった(ITメーリングリストへの私の投稿の訂正)のだが、Googleニュース日本版のニュースの配列は、コンピュータが自動的にやっているのだという。もちろん、本家もそうやっているのだろう。

一定時間帯に同一テーマでいくつのメディアからニュースが集まるか、メディアのブランド力なども加味しつつ、配列を決めるそうだ。これだと、共同通信から地方紙に配信される記事がいつも上位になり、特ダネは上位に出てこないことになる。それにしても、コンピュータがやっているとはとても思えない自然な配列だ。最後は人間がチェックしているのだろうが。

日本のGoogleニュースが本家に比べて使いにくいのは、読売・毎日などの有力紙がリンクを拒否しているためだ。米国では、この種の問題は「リンクは著作権法にふれない」ということで決着しているが、日本ではまだインターネットを妨害することが既得権を守ることだと信じているメディアが多い。

情報社会の倫理?


「情報社会の倫理と設計についての学際的研究」なるものが、GLOCOMで始まるそうだ。

「社会を設計する」というのがファシズムの思想であることは、ハイエクの指摘したとおりだが、このGLOCOMというのは、ネット上の言論を理由にして研究員を解雇する組織だから、こういうスローガンもお似合いなのだろう。

それよりお笑いなのは「倫理」だ。言論に対してひとことも反論しないで、その発言者を解雇する行為は、彼らにとって「倫理的」なのだろうか。まあ「ファシストによるファシズム研究会」というのも、それなりにおもしろいかもしれないが。

WiMAX

WiMAXをめぐる動きが活発になってきた。

AT&Tワイヤレスは2006年までにWiMAXを配備する方針だという。SBCにも同様の計画があるようだが、WiMAXは過大評価されているという懐疑的な見方も強い。特に大電力を要することから、携帯電話のようなバッテリー駆動の機器には無理で、主な用途は放送のような大容量・大電力のインフラだという。

他方Wi-Fiも、IP携帯電話が発表されるなど、しぶとく生き延びている。これまでの経験則でいうと、こういう「中途半端だがいったん普及した技術」が、改良を重ねて「互換性のない高級技術」をしのぐことが多いが、今回はどうなることやら・・・







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