Gatewayの再参入


3年前に日本から撤退したGatewayが、日本にまた参入するそうだ。PCを縮小して家電に進出しようとしたが、それが失敗したので、またPCに「フォーカス」するという行き当たりばったりの戦略である。

こういういい加減な経営姿勢は、製品にもあらわれている。わが家では、撤退の直前にGatewayのノートパソコンを買ったが、これがひどいもので、2週間ぐらいでまともに起動しなくなった。修理しても、すぐだめになる。どうやらハードディスクが安物らしい。そうこうしているうちに撤退してしまい、修理だけは別の代理店でやってくれたが要領を得ず、また壊れたので捨てた。

値段からいうと、今ではデルのほうが安いし、こっちは何といっても頑丈だ。10年以上使っている(今は3代目)が、まったく故障がない。先月はじめてハードディスクが壊れたが、サポートも徹底的にやってくれる。コンパック(今はHP)も壊れやすく、サポートがいい加減だった。

とにかく、絶対の自信をもってデルをおすすめする。Gatewayはやめたほうがいい。

電波はタブーか


今日は文化放送の「斉藤一美のS/N/A/P」という番組に出演した。テーマは「携帯電話の料金はなぜこんなに高いのか」。例の孫氏の問題提起が大きなインパクトをもたらしたわけだ。

こっちは「電波はタブーだ」という意識が強いので、恐る恐る話したのだが、ディレクターは「なんでテレビだけが優遇されるのか」とか「デジタル・ラジオ放送なんて無意味だ」とか、電波行政に強い不満を持っていた。キャスターが本番で「周波数オークションをやるべきだ」といったのには驚いた。以前にCSの番組に出たときも、キャスターが「地上波デジタル放送には疑問がある」と私よりも強く批判していた。

つまり「電波のタブー」というのは、「地上波テレビ局とその系列の新聞社のタブー」にすぎないのだ。意外に、私の味方はたくさんいるのかもしれない。

音楽産業の実験


いま音楽産業で起こっている紛争は、そのうち映像にも、またあらゆるメディアにも起こるだろう。その意味で、音楽産業は「ポスト工業化社会」のルールの実験場である。

もっとも過激なのは、Boldrin-Levineなどの「知的財産権(intellectual monopoly)なんて廃止してしまえ」という意見だ。これに比べれば、ストールマンなどは、著作権を認めるぶん「穏健派」である。私は、彼らの議論にも一理あると思うが、これは現実の政策としては「弁護士資格を廃止しろ」というよりも非現実的だ。

私は、Economist誌のいうように、電機メーカーや携帯電話業者が独立レーベルやスタジオを垂直統合し、インターネット配信でプロモーションしてコンサートやハードウェアでもうけるというモデルのほうが現実的だと思う。

新曲や新作映画に投入される巨額の広告費は、実際にはあまり割りのあわないギャンブルである。P2Pに直撃されているのは、Utadaのくだらない新曲(米国ではチャートから消えたらしい)を大量宣伝で売りまくるといった大手レーベルの商法であり、世界で4社しかないという音楽業界の異常な「水平統合」なのだ。

DRMがTCP/IPのように標準化されれば、音楽や映像をアーティスト(あるいは独立レーベル)がHDDプレイヤー内蔵の携帯電話に直接オンライン配信するといったビジネスモデルが成立するかもしれない。ただ、その標準化を阻んでいるのも大手レーベルなのだが。

追記:この記事を書いたあとで、SONY/BMGがGroksterと提携するというニュースが出た。P2Pでサンプルを配信して、有料の正式版を売ろうというものだ。If you can't beat it, join it.

事前規制と事後チェック


森祐治さんのblogに、私の勘違いでping spamを飛ばしてしまった。すいません。

ところで、私がpingを飛ばした森さんの記事や、私の30日の記事へのコメントにも書かれているように、弁護士のサービスへの不満は世の中にかなり強い。司法試験に受かることは、サービス業者としての質を必ずしも保証しないのである。また、試験が異常にむずかしいのに比べて、一旦なったら事後的なチェックがほとんどない。

これは逆で、参入を自由にして事後的な監視をきびしくするというのが規制改革の基本的な考え方だ。こういう改革は、「人減らし」という意味での行政改革には必ずしもならない。米国のSECのスタッフが金融庁の5倍以上いるように、業界を監視するwholesaleのシステムから個別の業者を取り締まるretailのシステムに変えると、直接経費は増えるかもしれない。

日本の政府予算のGDP比が先進国でもっとも低い一つの理由も、(治安も含めて)モニタリング・コストが低かったためだが、これには明らかに限界がみえている。参入規制を廃止して事後チェック型に変えていかなければ、今後の日本経済を支えるサービス業が発展しない。特に司法サービスは、もっとも重要なサービスの一つである。

他方、行政サービスの大部分は不要(あるいは有害)だが、ここに国・地方あわせて200万人以上の「余剰人員」がいる。そこで、私が前から(半分冗談で)提案しているのは、中央官庁のキャリアの法律職にすべて司法試験合格者の資格を与え、転職を奨励してはどうかという案だ。これで弁護士業界に競争を導入するとともに、彼らの天下り先を確保するための無駄な公共事業が減れば、一石二鳥だと思うのだが・・・

職業免許


職業免許のほとんどが資格認定で代替可能だという議論は、40年前にミルトン・フリードマンが『資本主義と自由』で主張し、経済学者には広く認められている。

フリードマンが、医師や弁護士などの職業免許は中世のギルドのなごりだとしていることは興味深い。彼はギルドを「特権を守るためのカルテル」という意味で使っているのだが、最近の経済史の研究では、中世に商人ギルドのあった地域のほうが、なかった地域よりもはるかに商業が発達していたことがわかってきた(Milgrom-North-Weingast)。

つまりギルドには、何者かわからない相手と取引するリスクを減らし、疑心暗鬼による「囚人のジレンマ」で取引が起こらない状態を避けるという意味が(少なくとも初期には)あったのだ。現代でも、中坊公平氏のように不正をやると業界から「村八分」(ostracize)にされるので、消費者保護に役立っている面はある。

しかしギルドには、こういう「情報の非対称性」を減らす機能と、既得権を守る機能が一体になっていた。両者は分離可能であり、ほとんどの場合、前者の機能は資格認定で十分である。私は、フリードマンのように医師免許も不要だとはいわないが、弁護士の無免許営業を禁止する意味は疑わしい。無資格の「ディスカウント弁護士」を使って裁判に負けるのも、消費者の自己責任だろう。それで裁判が混乱するというなら、裁判官も資格認定にし、民間のADRで決められる範囲を広げればよい。

現実の弁護士の仕事の大部分は、法廷における弁論以外の税務などの代理人業務である。そういう周辺的な業務は税理士などにまかせ、弁護士は裁判に集中してはどうか。前の記事のコメントにもあるように、不動産取引についての弁護士の評判はよくない。何より重要なのは、競争を導入することだ。かつて不便な「小荷物」しかなかった業界に宅配便が参入した結果をみればわかるように、競争こそがサービスの質の向上をもたらすのである。

法化社会


ADRについては、小倉秀夫さん(彼と私は今月から『PCJapan』で隣どうしのページでコラムを担当している)からきびしいコメントをいただいたが、こういう議論はもっと行われるべきだと思う。

私は、小泉内閣の重点課題である不良債権処理や郵政民営化は重要だと思うが、これは日本の「国のかたち」を変える第一歩にすぎない。最大の問題は、日本では「三権分立」が建て前にすぎず、行政にすべての権力が集中していることだ。

これはRIETIにいた3年間で痛感した。レッシグも、今年の春のお別れパーティで、日本の印象として「官僚の影響力が、法律家に比べて質量ともに圧倒的だ。米国はその逆で、私はこれを憂えているが、日本の状況もいかがなものか」といっていた。

こういう傾向は欧州にも共通らしいが、日本は明治の初めに極端に行政中心の大陸法を輸入したため、立法府がいまだに未発達で、一般国民のわからないところで「政令」とか「逐条解釈」とかいう形で事実上の法律が決まってしまう。つまり日本は、法治国家という建て前だが、実態は「官治国家」なのである。

私は今、原告として裁判にかかわっている。司法業界の非効率性も相当なものだが、これは行政もいい勝負だから、全体としては司法のほうがはるかに健全だと思う。それは、最後は第三者の「常識」で決まるからだろう。RIETI騒動のように、非常識な行政がとことん居直ることはできない。

司法改革の目標は「法化社会」とされているが、これも奇妙な言葉だ。それは現在の日本社会が法によって統治されていないということを意味しているからである。私は、これこそもっとも重要で、かつもっとも改革の困難な問題だと思う。なにしろ、この伝統には100年以上の「経路依存性」があるのだから。

Make It Simple


情報技術の最大の課題は何だろうか?それは超高速の並列処理でも「ユビキタス」なICタグでもなく、「簡単に使えるようにする」ことだ、とEconomist誌の特集はいう。

時計やテレビも、初期には取り扱い説明書がないと使えなかった。コンピュータは、誕生から半世紀以上たっても、その段階を脱却していない。これが最大の問題なのだが、技術者にとっては「セクシー」な仕事ではない。人工知能やIPv6など、彼らの好む美しい技術は、実用にはならないことが多い。

他方、最近のヒット商品(サービス)であるGoogleもiPodも、決して革新的な技術ではないが、何も考えずに使えるという点は共通している。これはIT時代の「紙と車」なのだ。

電車男


話題の「2ちゃんねる文学」を、遅ればせながら立ち読みしてきた(さすがに買う気にはならない)。

「作り話じゃないか」という論争については、たぶん答はノーだろう。作り話にしては、平凡すぎる。2ちゃん特有のノイズを省いて読むと、車内暴力を止めて女性に感謝され、贈り物をもらったのでデートに誘った・・・というストーリーで、発端の部分以外はごく普通の恋愛物語だ。

おもしろいのはノイズの部分で、特に絵文字の表現力の豊かさには感心した。映画化の話もあるそうだが、映画にするとつまらないのではないか。

報道の自由指数


国境なき記者団の調査した「報道の自由指数」によると、日本は42位。

先進国では最低で、チリやナミビアと同じだ。理由は「記者クラブが外国人記者の報道の自由を奪っている」。電波についての報道も調査すれば、最下位の北朝鮮といい勝負になるのではなかろうか。

エルピーダ

エルピーダメモリが東証に上場する。

エルピーダは、かつて世界を制覇した日本のDRAMがボロボロになったとき、全面撤退を避けるため、日立とNECが合弁でつくったものだ。しかし赤字は止まらず、絶体絶命の状況で日本TIから坂本幸雄社長がやってきた。

坂本氏は、日体大出身というユニークな経歴の持ち主で、日本TIでも社長候補と目されていたという。体育会系の「スピード」が身上で、エルピーダを見事に建て直し、来年は250億円の利益を計上できる見込みだという。

エルピーダの復活は、日本企業はDRAMのようなモジュール技術の「組み合わせ」は苦手だから「すり合わせ」で勝負したほうがいい、という類の宿命論に根拠がないことを示している。だめなのは社員でも組織でもなく、経営者なのである。







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