NHK人事

会長に橋本専務理事(技師長)、副会長に永井多恵子氏(元アナウンサー)という「サプライズ」人事だ。このどちらにも、実質的な経営能力があるとは思えない。決めたのは海老沢氏だろうから、「院政」を敷こうということなのだろう。

しかし、そううまく行くだろうか。今回の一連の騒動をコントロールできなかったのは、海老沢氏を頂点とする「政治部独裁体制」の崩壊の始まりではないか。永田町とうまくやっていれば大丈夫という時代は終わったのだ。もともとバラバラの職種を束ねてきた独裁体制が崩壊すると、旧ソ連のように一気に「市場経済」に移行する可能性もある。

今回の辞任劇の最大の原因は、受信料の支払い拒否が激増しているという予想外の現象だ。去年の11月に11万件だったのが、3ヶ月で50万件に達するというのは尋常ではない。これは、ある意味では受信料制度が機能したということなのかもしれない。受信料は、NHKに対する「信任投票」でもあるからだ。

追記:海老沢氏は、さっそく「顧問」に内定したようだ。これでは改革は不可能だ。経営委員会も一新して、出直したほうがいいのではないか。

ポストコロニアリズム

誤解のないように断っておくが、私は今回のNHK問題の原因となった「女性国際戦犯法廷」を擁護する気はまったくない。というよりも、これは滅びゆく左翼イデオロギーを「ポストコロニアリズム」と衣替えして延命するイベントにすぎないと思っている。

本橋哲也『ポストコロニアリズム』(岩波新書)は、その見本だ。内容のほとんどが他人の本の引き写しで、最後に「日本にとってのポスコロ」として、問題の「戦犯法廷」が登場する。女性で韓国人で人身売買となれば、法廷に参加した日本人はみんな「加害者」として懺悔しなければならないわけだ。

こういうレトリックの元祖は、マルクスとフロイトである。表面的な物語の「深層」にイデオロギーやリビドーなどの「本質」を発見する。ポスコロやカルスタは、そのパロディみたいなものだ。この種の「脱構築」のトリックは、「お前は潜在意識では差別している」といわれると、「していない」と反論しにくいところにある。「あなたはセックスに執着している」という精神分析と同じで、それ自体が物語にすぎないのである。

Re: Contract Theory

Bolton-Dewatripontをざっと読んだ。教科書としては現状でベストだと思うが、私のもっとも関心のあった「完備契約と不完備契約を統一的に説明する」という部分は、Maskin-Tiroleの批判とHart-Mooreの反論を紹介するだけに終わっている。

これは、ある意味ではやむをえないことで、現在の経済学のなかで両者を統一することは不可能といわざるをえない。というのは、争点は「契約後に再交渉しないことにコミットできるかどうか」ひらたくいえば「約束を最後まで守れるかどうか」ということにつきるからだ。契約が終わったあとでPareto-improvingな再交渉が可能な状況というのはよくあることで、普通は再交渉が起こる。

これを最初からrenegotiation-proofな契約を設計しようなどと考えると、恐ろしく複雑な話になり、本書でも結論は出ていない。日本の会社がやっているのは逆に、再交渉することを前提に最初はアバウトに決めて、「細かいことは終わってから詰める」というやり方だ。石油や板ガラスなどでは、取引が終わってから価格交渉をやったりする。

だから最後は、契約理論でブラックボックスになっている契約のenforcementのメカニズムが鍵になる。これを裁判所と考えるのは単純すぎ、現実には暗黙の社会的規範や「お互いに無茶はいわない」という長期的関係が担保だったりする。こういう制度の問題を考えないと、契約だけでcompleteな世界はできないので、むしろ経済学の「下部構造」として法(成文法とはかぎらない)の層があるのだ。

NHK民営化の道(6)

日経新聞のアンケートで「NHKは民営化して受信料制度を廃止すべきだ」という意見が62.9%もあるのには驚いた。逆に「番組の質が高い」という意見は30%弱しかなく、意外にNHK民営化の議論の機は熟しているのかもしれない。

もともと受信料という制度は、アナログ放送では受信できないようにすることが技術的に不可能なためにできたもので、デジタルになればスクランブルをかけられるので、こういう曖昧な制度は必要ない。事実、BSデジタルでは、BS受信料を払わないと変な字幕が出るようになっている。

問題は、アナログ放送で受信料をやめられるかということだ。これは技術的には簡単である。NHKの映るテレビと映らないテレビをつくり、映らないテレビを買った人は「視聴料」を払わなくてもよいことにするのだ。現実には、そんなテレビをわざわざ買う人はほとんどいないだろうから、視聴料にしても大して減収にはならない。

また民営化するとき、料金の徴収システムも民間に開放してはどうだろうか。BSが1500万世帯も普及したのは「集金のおじさん」の力が大きい。NHK報道・NHK芸能・NHKスポーツというようにチャンネルごとに別会社にし、集金を別会社にして他の有料放送やケーブルテレビなどの集金も代行すれば、競争条件の平等化がはかれるし、有料放送が普及するだろう。

追記:トラックバックで指摘されたが、このアンケートはインターネットによるものだから、これは「インターネット・ユーザーの意識調査」というべきかもしれない。とすると、彼らはもともとNHKも含めてテレビを見てないのだから、この結果にはかなりバイアスが含まれている可能性がある。

NTTとNHK

NTTとNHKは、似ているところがある。どっちも「国会担当」「総務省担当」が経営のもっとも重要な仕事で、政治家や役所をうまく扱える官僚タイプが出世する点だ。ただNTTの場合は、接続料が1円違っても1000億円の桁の差になるのでロビー活動が重要なのはわかるが、NHKの受信料はこの13年間、値上げしていないので、そんなに仕事はないはずだ。

・・・と思ったら大きなまちがいで、政治家も総務省も、実に細かく番組に口を出してくる。それを適当にいなして番組を守るのが「総合企画室」の仕事なのだが、なかには逆に政治家と一体化して現場に圧力をかけてくる人物がいる。今度の事件は、そういう問題が出演者との紛争に発展したために表面化しただけで、こういう改変はそう珍しいことではない。

ただ両方のロビイストの技量をみると、NHKのほうがずっと上だ。それは政治部の記者というこの世界のプロがいるからだ。その腕は、一連の特殊法人改革のなかで、NHKが話題にもならないことでもわかる。他方NTTのロビイストは、まじめすぎて政治家との「腹芸」はうまくない。光ファイバーの開放義務をめぐるやりとりを見ていても、社長が「政策提言」をぶち上げたと思ったら引っ込めたり、ちぐはぐだ。

いずれにせよ、ロビイストが経営の中枢を担うような状況では、通信・放送ビジネスの将来をまともに考えることはできない。NTTもNHKも、まず完全民営化を長期的な目標とし、そのために何が必要かという観点から政策や経営戦略を考えるべきだ。

Re: NHK問題

あえてNHKの立場に立って今回の問題をみてみると、朝日新聞の主張する「中川さんが先で安倍さんの順ではないか。もう1人、途中でどなたかにお会いして車で移動した」とか「圧力とは感じるが、それは一つの意見だったと聞く耳は持つ」という発言は、すべて捏造だということになる。これを聞いた記者は2人なので、示し合わせて嘘をついていることになる。

また会見の前に「録音テープはあるのか」という問いに答えなかったことを松尾氏は「ない」と解釈し、「すり合わせをしませんか」などの話を「誤報だったと認めた」と解釈したのではないか。上の「・・・聞く耳は持つ」という話などは「圧力はあったが相手にしなかった」という解釈も成り立たないわけではない。また「自民党に呼び出された」という話は、朝日も引っ込めている。

週刊新潮も報じているように、この記事を書いた本田という記者は、過去にも小林よしのりと問題を起こしたりして、思い込みの強いタイプのようだから、勇み足があったのかもしれない。それにしても、放送前日に自民党の幹部に番組の「ご説明」をし、その後で再編集したという事実は動かせないのだから、名誉毀損は成り立たないだろう。

むしろ問題は、こういう行動を「当然」とする関根総局長のような姿勢だ。堀田力氏がいっていたが、たとえば検察が自民党に「田中角栄を逮捕しますが、いいですか」と事前説明に行ったら、大事件になるだろう。NHK経営陣の政治との距離感覚が世間の常識と大きくずれていることが、今回の騒動の最大の原因だ。

NHK問題

NHKと朝日新聞の問題は、訴訟に発展する可能性が強まってきた。オフレコで話した松尾氏が会見に出てきて、「録音テープがあるのか」などという公開質問状を出すのも変な話だ。今ごろそれを心配するなら、会見で「圧力は感じなかった」などとしらを切らなければよかったのに。

私の推測でいうと、朝日の記者は内緒で録音していたと思うが、それを法廷で出すかどうかは微妙だ*。出したら「モラルに反する」とたたかれるだろうが、NHKに対して「証拠はあるから、もう矛を収めろ」と取引する材料にはなる。たぶん実際には裁判にはならないで、「大人の決着」がはかられるだろう。

もう一つ、25日の経営委員会で海老沢会長が辞任を表明し、後任に技師長がなるというニュースが出ている。これは海老沢氏が「院政」を敷くということだ。こんなことを許したら、今回の騒動の意味はない。関根総局長以下、政治部出身の理事は総退陣しないと、けじめはつかない。

*かりに録音もメモもとっていなくても、取材後にデスクに必ず報告を出す。この報告は、法廷で証拠能力がある。少なくとも、それがなければ朝日はここまで強い態度に出ないだろう。

文明史のなかの明治憲法

文明史のなかの明治憲法 (講談社選書メチエ)
いつまでも続く不毛な「歴史認識」論争を決着させるには、明治憲法以前にさかのぼる必要があるのかもしれない。本書は明治初頭(1871~)の岩倉使節団までさかのぼり、明治憲法ができるまでに西洋の何を学んだかをたどっている。

岩倉のころは、不平等条約の改正のためにいろいろな国の制度を勉強するというものだったが、その10年後の伊藤博文の憲法調査になると、プロイセンの国制をまねるための調査という色彩が強まり、ここで明治憲法の骨格が固まった。「憲法は花、行政法は根」という青木ドイツ大使の言葉が、そこで構想された「国のかたち」を象徴している。

伊藤の最大の問題意識は、「行政の肝要な部分は法律では決められない」というシュタインの「進化的」国家観だったという。それは「日々転変」する現実に即応するには、君主の命令でも議会の立法でもなく、官僚の裁量がもっとも適しているのだ、というものだった。

昨年のRIETIをめぐる騒動にもみられるように、この「行政中心主義」の遺伝子は、120年後の今日にも受け継がれている。日本が「坂の上の雲」をめざして近代化を急ぐときには、それでもよかったのかもしれない。しかし、坂を登りきった今、この伊藤の国家観まで立ち戻って考え直してみる必要があるのではないか。特に印象的なのは、こうした調査で司法の役割がほとんど問題になっていないことである。

NHK対朝日新聞

NHKの松尾元放送総局長が記者会見して「朝日新聞の報道は捏造だ」と抗議したかと思えば、今度は朝日が朝刊よりも先にウェブで「元総局長、発言翻す」と反撃するなど、問題はNHKと朝日の対決になってきた。

この松尾という人は、教養番組出身だが、これという実績もないのに、するすると出世した。時の権力者に取り入るのがうまいらしいから、海老沢氏のためなら嘘ぐらいつくだろう。放送直前に政治家に注文をつけられて「圧力は感じなかった」とすれば、よほど鈍感だ。

海老沢体制になってから、仕事のできる(海老沢氏の地位を脅かす)人はみんな地方の局長などに出され、松尾氏のような人畜無害な「忠犬」ばかりが経営陣を占めるようになった。今回のお粗末な危機管理も、こういう経営能力の低下のあらわれである。

無線BB研究会

総務省の「ワイヤレスブロードバンド推進研究会」で、「第4世代携帯電話」と並んで、無線LAN、無線MAN(WiMAXなど)などの検討が始まったという。

まず注目されるのは、「第4世代」が他の無線技術と並ぶ選択肢の一つと位置づけられていることだ。これまで総務省は、第3世代の次は第4世代になるとして、4GHz帯を第4世代に割り当てる方針を出していた。それが少し客観的に技術の現状を見るようになったのだとすれば、いいことだ。

しかし問題は、こういう技術を到達エリアで分類して、どの帯域にはどの技術を割り当てるか、という議論をするらしいことだ。これについては、真野浩氏もいうように、伝送をIPで統一してしまえば、どんな変調方式でも相互運用可能になる。そもそも周波数と無線技術を1対1に対応させることがおかしいのである。

どの技術がよいかは、ユーザーが決めればよい。行政の役割は、特定の用途や技術を帯域別に割り当てることではなく、なるべく広い帯域を免許不要で開放し、異なる方式の干渉が起こらないようにチャンネルの規定や基準認証などを行うことに限定すべきだ。







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