信念と事実

「あなたは真だと信じているが証明できないことは何か?」

これがEgdeの2005年の年頭質問のテーマである(ダイジェストがNYタイムズにある)。神とか進化論とか不完全性定理とかいうのはまあ当然として、おもしろかったのはP.W. Andersonの「超弦理論は不毛だ」という話である。彼によれば、これは物理学が実験ではなく「世界はかくあるべきだ」という信念によって理論をつくるベーコン以前の段階に逆行する兆候だという。

だとすれば、新古典派経済学は最初から最後までベーコン以前の段階にあるということになる。さらにマクロ経済学でも、実物的景気循環のような「かくあるべき」理論がノーベル賞をもらったりするのは、この業界の知的退廃がかなり重症であることを示している。私は、むしろ経済物理学のように実証データに徹底的にこだわる方向のほうが健全だと思う。

IPv6

中国で世界最大級のIPv6サイトができるという。もともとv6は、中国向けという側面が強いので、中国が力を入れるのは当然だろう。しかし欧米、特に米国がv6に冷淡である以上、海外には情報を発信できない国内向けサイトとしてしか使えない。

それでも用途はあるだろう。v6はモバイルなどのデバイスに信号を送るための「受動的な」アドレスと考えれば、v4のサイトから見えないぶん安全というメリットもある。逆に、米国防総省がテロ対策で注目しているように、NATに隠れずに危険物を同定できるというメリットもある。これまでのような「ホスト」につけるアドレスというイメージを脱却し、「デバイス」につけるものだと割り切れば、すきま商品として生き残ることは可能だ。

問題は、そういう技術的特性におかまいなしに、国立大学のルータの調達条件は一律に「v6対応」を条件とするような実態だ。WIDEの人々も、最近は「v4をv6に置き換える」という表現はやめて、「v6を普及させる」という現実路線に転換しているようだが、行政は勘違いしたままである。

破壊的技術

VoIPは、クリステンセンのいう「破壊的技術」(disruptive technology)である。この種の技術としては、PCやインターネットなどがあげられるが、いずれも普及のパターンがよく似ている。

1. 最初は「おもちゃ」「安物」「何に使うのかわからない」などとバカにされ、大手メーカーは参入しない。

2. 大して話題にもならないので、特定の規格が「事実上の標準」になり、静かに浸透する。

3. 突然「キラー・アプリケーション」が登場し、爆発的な流行になる。

この3の段階に移行するきっかけが、PCでは表計算、インターネットではブラウザだった。VoIPの場合には、まだ低価格以外の「キラー・アプ」が見えていない。それが出てくれば、ハードウェアも含めて電話を代替するだろう。

他方、こけるパターンは上の逆で、従来よりも高級な「持続的技術」で、市場があるかどうかわからないうちから大手メーカーが参入し、政府も補助金を投入して「実証実験」をやり、日経新聞が騒ぐが、船頭多くして標準化が難航し、いつの間にか忘れられる。この例は、ハイビジョン、TRON、VAN、電子マネー、WAP、Bluetoothなど数多い。IPv6もRFIDも、今のように政府主導だと、この仲間に入るおそれが強い。

Top 10 Trends 2005

Red Herring誌によれば、今年の主役は世界的にもVoIPになりそうだ。これまでのような「すきま商品」ではなく、従来の電話に取って代わることは確実だろう。

重要なのはVoIPが電話よりも安いということではなく、メインの端末が電話機からPC(のようなモニターつき端末)になることだ。これにOutlookのような住所録を統合すれば、電話番号を覚える必要はなくなるし、相手が電話に出られる状態かどうかもわかる。こういう機能やテレビ電話などを統合すれば、VoIPは単に電話をcannibalizeするのではなく、新しい市場を創造する可能性がある。

新しい産業が生まれるために重要なのは、「ユビキタス」の類のお題目ではなく、こういうメリットのはっきりしたアプリケーションが登場することだ。VoIPは、PCを超える「汎用デジタル家電」を生み出す突破口になるかもしれない。

トルストイの法則

「物事を正しく理解している人は同じように正しいが、バカはそれぞれにバカである」

これは私が「トルストイの法則」と呼んでいる経験則である(いうまでもなく『アンナ・カレーニナ』の冒頭の言葉になぞらえたもの)。「戦略的行動」の落とし穴は、すべての人々が問題を正しく理解していると仮定しているところにある。ナッシュ均衡が成立するには、厳密には全員の利得関数についての共通知識を全員がもつことが必要で、これは「真理は一つ」だということを前提にしている。

真理は一つかもしれないが、誤解は無数にある。そしてだれか一人でもバカがいると、ナッシュ均衡は成立せず、システム全体が混乱におちいる。市場の本質的な機能は、こういうバカを「自己責任」で退場させることによって、システムの挙動がバカに依存しないようにして安定を保つことにある。

だから非市場的な組織では、経営者がバカでも組織全体が崩壊しないfool proofに設計することが重要だ。コーポレート・ガバナンスというのも、結局そういうことである。英米型とか日独型とかいうが、パフォーマンスに大した違いはなく、最後は業績の悪化によって経営者がクビになるという実証研究もある。この場合も、最後は市場がバカを淘汰するメカニズムになっているわけだ。

ところが、政府や大学のような非営利組織では、市場メカニズムがきかないので、たまたま執行側と監視側にバカがそろうと、暴走が止まらなくなってしまう。日本経済では、市場の機能している部分から徐々に改革が進んでいるが、残されているのはこうした「バカよけ」装置としての市場の及ばない組織だ。なかでも普通のNPOは組織が崩壊することでバカを駆除できるが、外部から牽制のきかない政府は最悪である。

年賀blog

数年前から、いただいた年賀状への返事以外は書かないことにしている。Eメール時代に、いちいち郵便であいさつするのも時代錯誤だし、出す出さないの人間関係を考えるのも面倒だからだ。そういうわけで、この記事をもって年賀状に代えさせていただく。

このblogも、平均すると毎日1000ページビュー以上という堂々たる「メディア」に成長した。IPアドレス数も毎日400前後で安定しているので、「固定読者」がいるようだ。ご愛読ありがとうございます。

今年の最大の仕事は、博士論文を本にすることだ。版元もほぼ決まったが、内容は全面的に書き換え、一般のビジネスマンにも読める「普通の本」にしたい。順調に行けば、今年の前半には出版できるだろう。

というわけで、新年おめでとうございます。今年もよろしく。

Annus Horribilis

今年は、私の人生で最悪の年(annus horribilis)だったが、時間に余裕ができたおかげで、博士論文も仕上げることができ、学問的には実りある年だった。それ以外にも、いくつか重要な教訓を学ぶことができた。

第一に、RIETIやGLOCOMの経営者の「自爆テロ」に等しい行為をみると、人間は戦略的に行動するという経済学(ゲーム理論)の前提が非現実的であることを痛感した。結果として、どっちの組織も崩壊してしまったが、彼らがそういう(当然の)結果を予測して行動したとは思えない。場当たり的に感情にまかせて行動した結果、「組織防衛」のつもりで「組織破壊」をしてしまったわけだ。

第二に、日本でも司法はちゃんと機能していることが確認できた。たしかに高コストで効率は悪いが、裁判官が公開の場で当事者の主張を聞いてルールにもとづいて判断する制度は、官僚が警察と裁判官を兼ねるような制度より、紛争解決システムとしてはずっとましだ。日本の行政には、第三者へのaccountabilityという概念が欠如している。

Shleiferたちが実証したように、発展途上国や旧社会主義国などの法秩序が未発達な状況では行政中心の集権的なシステムが適しているが、制度が安定してくれば、当事者が分権的に紛争を解決する司法中心のシステムのほうが効率的で柔軟だ。日本の「国のかたち」を変えるうえで最大の課題は、行政を縮小して司法を強化することだという私の仮説を、身をもって検証したという点では、有意義な年だった。

業界用語

テレビ業界の用語には、変な和製英語が多い。最近、民放で目立つのは、放送を「OA」と略す字幕だ。「オン・エア」の略語のつもりらしいが、「放送中」というのはon the airである。他にもたくさんある:

  • フリップ:「めくる」という意味の英語から転じて、スタジオで出す図のこと。NHKでは「パターン」という。これはテスト・パターンから来たらしい。

  • カフ・ボックス:アナウンサーが手元で使うフェイダーのこと。咳(cough)を消すためについた名前だという。NHKではFU(fader-upper?)という。

  • テロップ:これは不透明(OPaque)という言葉の前にTELevisionがついたものだというが...

    「やらせ」のように、そもそも業界では(世間的な意味で)使われていないのは、次のような言葉だ:

  • エア・チェック:「録音」の意味で使われるようだが、これは民放でCMがちゃんと放送されたことを放送同録でチェックすること。

  • ダビング:一般には「コピー」の意味で使われるが、テレビ局では映像に音声を多重録音(overdub)する作業のこと。

  • 均衡選択

    他人が問題を理解しているのを知ることはやさしいが、どう誤解しているのかを知ることはむずかしい。きょう田中秀臣『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)を立ち読みしていて、「リフレ派」が何を誤解しているのかが初めてわかった。

    田中氏によれば、日本経済の直面しているのは、X軸に衰退産業、Y軸に成長産業をとった生産可能フロンティアの上で、社会全体の効用曲線がY軸側にシフトしているような状況である。したがって「構造改革」によってX軸の企業を破壊しなくても、フロンティアに沿って徐々に新しい均衡に移行する「漸進的改革」をすればよいという。

    こういう議論が成立するのは、生産可能集合が凸で、効用曲線も凸集合になっている場合に限られる。もしも生産可能集合が非凸であれば、フロンティアに沿って「漸進的に」望ましい均衡に移行することはできない。そして生産可能集合は一般には非凸だというのが、前述のRobertsの本でも強調されている点である。

    これは図で描くと、高い山と低い山が並んでいるような状態だ。低い山の山頂にいる人は、局所的にはもっとも高い所にいるので、わざわざ山を降りてもう一つの山に登りたくない。まして、もう一つの山が今いる所よりも高いかどうかわからなければ、低い山の上から動こうとしないだろう。日本経済が陥っているのも、こういう「局所最適化」のパラドックスである。

    ゲーム理論で(否定的に)証明されたように、こうした複数均衡のなかから最適な均衡を求める「均衡選択」の問題には一般的なアルゴリズムが存在しない。企業戦略や経済政策に求められているのは、このように個々人の努力では解決できない均衡選択だ、というのが私の博士論文の結論である。構造改革とか制度設計という言葉に意味があるとすれば、こうした戦略的な決断であり、それは現在の日本経済においてはマクロ的な安定化政策よりもはるかに重要である。

    Best CD

    NMEなどの音楽雑誌によれば、ほぼ一致して今年のベストCDは"Franz Ferdinand"だという。日本でも"Take Me Out"は一時よくラジオでかかったから、おなじみだろう。

    個人的には、"SMiLE"やU2の新作なども気に入ったが、これらもベストCDのリストには入っているようだ。ところで、iPodのコマーシャルにも使われているU2の"Vertigo"のサビの部分って"You Keep Me Hanging On"の出だしにそっくりだと思うのだが・・・







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