トルストイの法則

「物事を正しく理解している人は同じように正しいが、バカはそれぞれにバカである」

これは私が「トルストイの法則」と呼んでいる経験則である(いうまでもなく『アンナ・カレーニナ』の冒頭の言葉になぞらえたもの)。「戦略的行動」の落とし穴は、すべての人々が問題を正しく理解していると仮定しているところにある。ナッシュ均衡が成立するには、厳密には全員の利得関数についての共通知識を全員がもつことが必要で、これは「真理は一つ」だということを前提にしている。

真理は一つかもしれないが、誤解は無数にある。そしてだれか一人でもバカがいると、ナッシュ均衡は成立せず、システム全体が混乱におちいる。市場の本質的な機能は、こういうバカを「自己責任」で退場させることによって、システムの挙動がバカに依存しないようにして安定を保つことにある。

だから非市場的な組織では、経営者がバカでも組織全体が崩壊しないfool proofに設計することが重要だ。コーポレート・ガバナンスというのも、結局そういうことである。英米型とか日独型とかいうが、パフォーマンスに大した違いはなく、最後は業績の悪化によって経営者がクビになるという実証研究もある。この場合も、最後は市場がバカを淘汰するメカニズムになっているわけだ。

ところが、政府や大学のような非営利組織では、市場メカニズムがきかないので、たまたま執行側と監視側にバカがそろうと、暴走が止まらなくなってしまう。日本経済では、市場の機能している部分から徐々に改革が進んでいるが、残されているのはこうした「バカよけ」装置としての市場の及ばない組織だ。なかでも普通のNPOは組織が崩壊することでバカを駆除できるが、外部から牽制のきかない政府は最悪である。

年賀blog

数年前から、いただいた年賀状への返事以外は書かないことにしている。Eメール時代に、いちいち郵便であいさつするのも時代錯誤だし、出す出さないの人間関係を考えるのも面倒だからだ。そういうわけで、この記事をもって年賀状に代えさせていただく。

このblogも、平均すると毎日1000ページビュー以上という堂々たる「メディア」に成長した。IPアドレス数も毎日400前後で安定しているので、「固定読者」がいるようだ。ご愛読ありがとうございます。

今年の最大の仕事は、博士論文を本にすることだ。版元もほぼ決まったが、内容は全面的に書き換え、一般のビジネスマンにも読める「普通の本」にしたい。順調に行けば、今年の前半には出版できるだろう。

というわけで、新年おめでとうございます。今年もよろしく。

Annus Horribilis

今年は、私の人生で最悪の年(annus horribilis)だったが、時間に余裕ができたおかげで、博士論文も仕上げることができ、学問的には実りある年だった。それ以外にも、いくつか重要な教訓を学ぶことができた。

第一に、RIETIやGLOCOMの経営者の「自爆テロ」に等しい行為をみると、人間は戦略的に行動するという経済学(ゲーム理論)の前提が非現実的であることを痛感した。結果として、どっちの組織も崩壊してしまったが、彼らがそういう(当然の)結果を予測して行動したとは思えない。場当たり的に感情にまかせて行動した結果、「組織防衛」のつもりで「組織破壊」をしてしまったわけだ。

第二に、日本でも司法はちゃんと機能していることが確認できた。たしかに高コストで効率は悪いが、裁判官が公開の場で当事者の主張を聞いてルールにもとづいて判断する制度は、官僚が警察と裁判官を兼ねるような制度より、紛争解決システムとしてはずっとましだ。日本の行政には、第三者へのaccountabilityという概念が欠如している。

Shleiferたちが実証したように、発展途上国や旧社会主義国などの法秩序が未発達な状況では行政中心の集権的なシステムが適しているが、制度が安定してくれば、当事者が分権的に紛争を解決する司法中心のシステムのほうが効率的で柔軟だ。日本の「国のかたち」を変えるうえで最大の課題は、行政を縮小して司法を強化することだという私の仮説を、身をもって検証したという点では、有意義な年だった。

業界用語

テレビ業界の用語には、変な和製英語が多い。最近、民放で目立つのは、放送を「OA」と略す字幕だ。「オン・エア」の略語のつもりらしいが、「放送中」というのはon the airである。他にもたくさんある:

  • フリップ:「めくる」という意味の英語から転じて、スタジオで出す図のこと。NHKでは「パターン」という。これはテスト・パターンから来たらしい。

  • カフ・ボックス:アナウンサーが手元で使うフェイダーのこと。咳(cough)を消すためについた名前だという。NHKではFU(fader-upper?)という。

  • テロップ:これは不透明(OPaque)という言葉の前にTELevisionがついたものだというが...

    「やらせ」のように、そもそも業界では(世間的な意味で)使われていないのは、次のような言葉だ:

  • エア・チェック:「録音」の意味で使われるようだが、これは民放でCMがちゃんと放送されたことを放送同録でチェックすること。

  • ダビング:一般には「コピー」の意味で使われるが、テレビ局では映像に音声を多重録音(overdub)する作業のこと。

  • 均衡選択

    他人が問題を理解しているのを知ることはやさしいが、どう誤解しているのかを知ることはむずかしい。きょう田中秀臣『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)を立ち読みしていて、「リフレ派」が何を誤解しているのかが初めてわかった。

    田中氏によれば、日本経済の直面しているのは、X軸に衰退産業、Y軸に成長産業をとった生産可能フロンティアの上で、社会全体の効用曲線がY軸側にシフトしているような状況である。したがって「構造改革」によってX軸の企業を破壊しなくても、フロンティアに沿って徐々に新しい均衡に移行する「漸進的改革」をすればよいという。

    こういう議論が成立するのは、生産可能集合が凸で、効用曲線も凸集合になっている場合に限られる。もしも生産可能集合が非凸であれば、フロンティアに沿って「漸進的に」望ましい均衡に移行することはできない。そして生産可能集合は一般には非凸だというのが、前述のRobertsの本でも強調されている点である。

    これは図で描くと、高い山と低い山が並んでいるような状態だ。低い山の山頂にいる人は、局所的にはもっとも高い所にいるので、わざわざ山を降りてもう一つの山に登りたくない。まして、もう一つの山が今いる所よりも高いかどうかわからなければ、低い山の上から動こうとしないだろう。日本経済が陥っているのも、こういう「局所最適化」のパラドックスである。

    ゲーム理論で(否定的に)証明されたように、こうした複数均衡のなかから最適な均衡を求める「均衡選択」の問題には一般的なアルゴリズムが存在しない。企業戦略や経済政策に求められているのは、このように個々人の努力では解決できない均衡選択だ、というのが私の博士論文の結論である。構造改革とか制度設計という言葉に意味があるとすれば、こうした戦略的な決断であり、それは現在の日本経済においてはマクロ的な安定化政策よりもはるかに重要である。

    Best CD

    NMEなどの音楽雑誌によれば、ほぼ一致して今年のベストCDは"Franz Ferdinand"だという。日本でも"Take Me Out"は一時よくラジオでかかったから、おなじみだろう。

    個人的には、"SMiLE"やU2の新作なども気に入ったが、これらもベストCDのリストには入っているようだ。ところで、iPodのコマーシャルにも使われているU2の"Vertigo"のサビの部分って"You Keep Me Hanging On"の出だしにそっくりだと思うのだが・・・

    環境リスク

    ウクライナの大統領選挙で、ダイオキシンが話題になっている。日本でも、ゴミ焼却炉から出るダイオキシンには厳重な規制が行われているが、中西準子『環境リスク学』(日本評論社)によると、焼却炉から出るダイオキシンの環境リスクは、ほとんど無視できるレベルだという。大部分のダイオキシンは、過去の農薬汚染によるものであり、現在のダイオキシン規制の意味は疑わしい。

    化学物質がどれだけ寿命を縮めるかという環境リスクを定量的に比較すると、ダイオキシンの1.3日に対して、喫煙は10年以上で、受動喫煙でさえ120日以上だ。リスクを最小化するという目的に関していえば、タバコを規制するほうがはるかに効果的である。

    こういう調査結果を中西氏が初めて発表したときは、「市民団体」から抗議が殺到したという。その前、彼女が流域下水道を批判したときは、日本の学会誌には論文掲載を拒否され、東大の研究室では「村八分」にされて、彼女は助手を23年間やった。学問的な事実をありのまままに発表することが大きな犠牲をともなうことは、日本では珍しくない。

    Best Business Books

    Economist誌の「今年のベスト経済書」に選ばれたのは、John RobertsのThe Modern Firm (Oxford U.P.)である。

    内容は『組織の経済学』以後の企業理論をやさしく解説したもので、理論的にはあまり新味はないが、BP、ソニー、ノキアなどの具体的なケースでそういう理論を検証しているところは参考になる。特に、新しい企業組織の方向としてdisaggregationとかloose couplingなどの特徴をあげているところは、「モジュール化」の議論と通じるところがある。

    和解

    私と国際大学との紛争が12月21日円満に解決し、私が2004年4月1日から2005年3月31日まで国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの教授であることが確認された。

    ITこの1年

    ワシントン・ポストの"Filter"コラムに、今年のITニュースのランキングが出ている。

    それによれば、今年の主役はGoogleで、脇役はFirefoxとiPodというところらしいが、来年はこれらがすべて「真の主役」マイクロソフトの挑戦を受ける年になるだろう。







    title




    連絡先(取材・講演など)

    記事検索
    月別アーカイブ
    QRコード
    QRコード
    Creative Commons