NHK民営化は、なぜ封印されたのか

けさの朝日新聞のオピニオン面に「受信料『税金化』前面に」という1ページの記事が出ている。最初はNHKの民営化を検討するはずだった通信・放送懇談会の議論が、なぜ受信料の「税金化」に方向転換したのか、を追及する記事だ。

最大の疑問は、昨年12月22日の「2001年の閣議決定でNHKは特殊法人にすると決めた」という小泉首相の発言の背景に、どういう事情があったのかということだ。この記事には「メディア全体を敵に回してどうするんだ、という判断が官邸にあった」という「閣僚経験者」の推測が出ている。民放連もNHK民営化に反対していたから、というのだが、これは怪しい。

民放連の氏家元会長も、NHKについて「何らかの制度改革は避けられないだろう。分割して一部民営化する方向に議論が進むのではないか」(日経12/21)と民営化を許容するような発言をしていた。広瀬会長も、「朝生」の議論では絶対反対という感じではなかった。有料放送であれば、彼らの利権とはあまり競合しないからだ。

この記事には、NHKの川口元会長と私のコメントが並んでいるが、川口氏の話は、あいかわらず「視聴者の信頼」とか「良い番組を作り続ける」とかいう精神論だ。新聞の特殊指定を正当化するのに「活字文化」が出てくるのと同じである。メディアを産業として論じることを忌避し、「文化」や「公共性」を盾にとって現状維持をはかる古いレトリックは、もうやめるべきだ。

いずれにせよ、今のままでは通信・放送懇談会は、NHK改革に関しては後ろ向きの提言をするおそれが強い(チャンネルの削減や国際放送なんて改革の名には値しない)。それどころか、義務化や罰則の導入は、受信料を税金化してNHKを「官報」にしようという自民党のねらいにはずみをつける結果になりかねない。そんなことになるぐらいなら、思い切ってNHK改革に関しては白紙とし、「次の政権に引き継ぐ」と書いてはどうか。

追記:コメント欄にも書いたが、これは官邸内の権力闘争の一環という見方もできるかもしれない。最近、首相と竹中氏の距離が広がり、特に飯島秘書官が彼らが2人きりで話すのを妨害しているといわれる。しかし「2001年の閣議決定」なんて持ち出したのは飯島氏とは思えないから、財務省出身の丹呉秘書官だろう。竹中氏が「懇談会の結論を骨太の方針に盛り込む」としていたのを、経済財政諮問会議の主導権を奪い返した財務省がきらったのではないか。

フィッシャー・ブラック

金融工学者フィッシャー・ブラック

日経BP社

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いわずと知れたブラック=ショールズ公式の発見者、ブラックの生涯と金融工学の発展を重ね合わせて書かれたもの。伝記としては、よく取材していておもしろいが、ついでに金融工学の勉強も、というのはちょっと無理だろう。本書の柱になるCAPMやB-S公式については一応の説明があるが、初心者向きではない。これとは別に金融工学の入門書(*)を読んだほうが、本書のおもしろさもよくわかると思う。

ブラックは、スウェーデン銀行賞(通称ノーベル経済学賞)をもらう前に死んだので、受賞者はショールズとマートンだったが、本書を読むと、本当の発見者はブラックだったことがわかる。彼が公式を見つけたのは1969年だが、それを解くのに1年かかり、さらに論文が学術誌(JPEとREStat)に却下された。ミラーやファーマの口添えで書き直し、2度目の投稿でやっとJPEに発表されたのは1973年だった。

ただブラック自身は、オプション理論には大して関心がなく、主要な興味はCAPMを応用した「一般均衡理論」の構築だった。こっちのほうは、あらゆる学術誌に却下され、今日では忘れられているが、「実物的景気循環」の先駆ともみることができるようだ。ただ、彼は計量経済学がきらいだったので、理論モデルを計量モデルで検証するというマクロ経済学の「作法」に従わなかったことが拒否された理由らしい。

またブラックは、B-S公式も疑っていたようだ。この公式が一般に知られるようになってからは、すべてのトレーダーがこの公式を使って価格を計算するので、B-S理論は「自己実現的な予言」になってしまったのである。彼は、現実の市場が(B-Sの前提である)正規分布よりも裾野の広い「ファット・テール」になることを知っていた。彼は、マンデルブローとも付き合いがあったようだから、もう少し生きていれば「経済物理学」に近づいていたかもしれない。

(*)入門書といっても、「ブラック・ショールズ微分方程式」などと銘打ったものは、やめたほうがよい。野口・藤井『金融工学』(ダイヤモンド社)でも説明しているように、B-S公式は微分方程式なんか使わなくても、初等的な「2項モデル」で理解できる。ブラック自身も、このCox-Rubinsteinモデルを好んでいたようだ。

日本発の検索エンジン?

高田さんからのTBによれば、経産省は「日本発検索エンジンでグーグルを超え目指す」プロジェクトに3年間で300億円の予算を要求するそうだ。ふれこみは「ネット上の画像や映像、音声情報などの検索機能を飛躍的に高める」といったものだが、これは当ブログで「産業政策の亡霊」と評した研究会の産物だろう。

こういうプロジェクトを計画しているのは、日本だけではない。欧州でも、Quaeroという"EuroGoogle"の開発が始まっている。こちらは初期の予算だけで17億ユーロ(約2400億円)と一桁大きいが、中身は映像・音声による「マルチメディア検索」など、似たようなものだ。だいたい官僚の考える(そして予算のつく)キャッチフレーズは、どこの国でも同じらしい。問題は、こういう官民プロジェクトが(特にITの分野では)成功した試しがないことである。

さらに問題なのは、このように政府が特定の企業に補助金を出す産業政策は、WTOで「不公正貿易」とみなされることだ。Quaeroの場合には、補助金ではなく無利子融資にしたり、学術研究費を装うなど、複雑なしくみでWTO違反にならないようにしているらしいが、経産省はどうするのか。WTOで補助金削減を唱えている貿易グループは、この季節はずれの「亡霊」をどうみているのだろうか。

追記:経産省の担当者が、この「情報大航海プロジェクト」について語っている。彼も質問する側も、過去の産業政策の失敗をまったく意識していないことに唖然とする。

インターネットの自由と規制

米議会に「インターネットの自由保護法案」が提出された。その内容は、キャリアやISPがコンテンツを差別することを禁じ、違反した業者にはFCCが「改善命令」を出し、罰金を課すことができるというものだ。これは、この種の法案としては6本目で、議員たちも混乱している。

これまでの「ネット中立性」法案の提出者のほとんどは民主党議員で、これについての反応も党派によってはっきりわかれている。応援団は、グーグル、マイクロソフト、ヤフーなどのIT企業と、なぜかモービーやREMのマイケル・スタイプなどの芸能人。他方、批判的なのはWSJEconomistなど共和党系のメディアだ。

批判派の主張は、要するに「壊れていないものを直すな」ということだ。前に当ブログでも書いたように、インターネットではすでに差別が行われており、それが技術革新をはばんでいるという事実はない。FCCはすでに「ガイドライン」によって差別的な契約を禁じており、これで十分だ。FCCが個別の(キャリアと企業の)契約に介入して「差別」に罰金を課すというのは、きわめて強い規制である。また企業から割増料金をとらないとすれば、ネットワークを増強する設備投資の負担をすべて消費者が負うことになり、不公平だ――という主張は説得力がある。

しかし、現在のインターネットの自由が規制の産物だということは、あまり知られていない。FCCは、1966年から3次にわたる「コンピュータ調査」を行い、コンピュータ・ネットワークをどう規制すべきかについて検討した。その結果、FCCは電話などの「基本サービス」とデータなどの「高度サービス」を区別し、電話会社は高度サービスに介入してはならないという規制を行った。このため、電話会社の"VAN"よりもはるかに低コストでインターネットのサービスが広がっても、電話会社はそれを阻止できなかったのである。

だから問題は、規制するかしないかというall or nothingではないだろう。ネットワークの中立性を守ることは重要だが、行政が個々の契約に直接介入することは望ましくない。規制はゆるやかなガイドラインにとどめ、個別のケースについては民事訴訟や紛争処理委員会にゆだねてもよいだろう。日本でも、キャリアがコンテンツを差別する動きが現実化しているわけではないので、まだ立法措置を考える状況ではない。

追記:シスコシステムズ、3M、クアルコムなどのハードウェア・メーカーは、ネット中立規制に反対する手紙を議会に出した。たしかにルータでは、なんらかの「優先順位」をつけないでパケットを転送することはできないので、完全な中立性はありえない。

新聞は公共財?

新聞の「特殊指定」をめぐる記事を検索していると、こういうインタビューが出てきた。
--新聞の特殊指定制度廃止を急ぐ公取委の動きをどう見ますか。
 ◆公共経済学の問題だと思いますね。公共経済学ってのは要するに、世の中には、市場原理にゆだねてはいけない公共財というものがあるんだってことを経済学的に勉強するんです。
--新聞は公共財だと思いますか。
 ◆もちろん、そう思っています。(毎日新聞4/19)
答えているのは、長尾龍一氏(日大教授)。法哲学者でよかったね。経済学者が公の場でこんな発言をしたら、学者生命を失うだろう。公共財というのは「非競合的」で「排除不可能」な財だ、というのは大学1年生の教科書にも書いてある。新聞は、競合的で排除可能な「私的財」である。

こういう人の頭にある「市場原理」というのは、公共性と無縁なエゴとカネの世界なのだろう。しかし経済学のもっとも重要な発見は、市場原理は公共的な意思決定を分権的に行うメカニズムだ、ということである。取引は一見、個人が私的に行う活動だが、それが一定の条件のもとで市場で集計されると、社会的にも(政府による集権的な決定よりも)効率的な結果をもたらすのである。

もちろん、分権的な決定の集計が非効率的な結果をもたらすこともある。道路や街灯のような公共財は「外部性」が大きいので、私的に取引することは非効率的だ。ところが、NHKが「公共放送」だとか、新聞が「公共的な使命」を果たしているとかいうとき、漠然と「多くの人がともに使う」という意味で使われることが多い。そう使うのは自由だが、それは「市場原理にゆだねてはいけない」ことと無関係である。電力もガスも、多くの人がともに使うが、私的財として従量料金を取っている。

経済学のトレーニングを受けた人とそうでない人の違いは、市場を意思決定や紛争解決のメカニズムととらえるかどうかにあると思う。これは現実の市場をみていてはわからず、それを「財空間」や「生産可能集合」のような抽象化されたモデルで考えないと理解できない。そういう点を系統的に書いた古典としては、T.C. Koopmans, Three Essays on the State of Economic Scienceがある(絶版だが、図書館にはあるだろう)。経済学の教科書を1冊だけ読むなら、私はこの本(の第1論文)をおすすめする。

来週のICPFセミナーでは、新聞協会の幹部に、新聞の「公共性」についてもじっくり話を聞く予定である

Winny排除は「通信の秘密の侵害」

NTT系のISP、ぷららがWinnyによる通信を遮断しようとしたのに対して、総務省は「通信の秘密の侵害にあたる」として、この措置に待ったをかけた。

WinnyなどのP2Pトラフィックが、ISPの総トラフィックの半分以上を占める状態には、各社とも頭を痛めている。ぷららも、以前からトラフィックを制限するなどの措置をとってきたが、情報流出の被害も大きくなったため、全面的にWinnyを排除する方針を決めたという。しかし特定のアプリケーションを排除するのは問題があるし、実際にネットワークを流れる膨大なパケットのなかからWinnyのものだけをピンポイントで止めるのは非常にむずかしい。「誤検知のおそれがある」という総務省の判断は妥当だろう。

「ネットワーク中立性」の問題は、米国ではコモンキャリアの「ただ乗り論」に対する反論として出てきたが、日本ではアプリケーションに対する中立性が問題になってきた。しかしTim Wuもいうように、パケットを差別するよりも通信料金を上げるほうが簡単で無害な対策だ。また私が2年前にも指摘したように、ネットワーク間の「ピアリング」を原則無料とする慣習も改めるべきである。

USENのGyaOも「ただ乗り」として槍玉にあがっているようだが、今後、本格的なブロードバンド時代になれば、ネットワークにかかる負荷は、GyaOの比ではない。全国民がIPマルチキャストでテレビを見ることも想定してインフラを構築すべきだし、そのための投資をユーザー(消費者も企業も)が負担するのは当然だ。

新聞の特殊指定を維持する独禁法改正案

高市早苗氏を中心とする自民党の有志が、新聞の「特殊指定」を維持するための独禁法改正案を議員立法で提出することになった。公取委が特殊指定を検討している最中に、それを検討できないように独禁法を改正するという異常な法案だ。

もっと異常なのは、この問題をめぐる各紙の「翼賛的」な報道だ。新聞だけ読んでいると、まるで特殊指定の解除に賛成している日本人はひとりもいないようだが、ウェブを見ると、逆である。グーグルで「特殊指定」を検索すると、トップは「新聞の再販制度と特殊指定はホントウに必要か?」と題するライブドアの記事で、当ブログの記事も第6位に入っている。その他のブログを見ても、新聞社の主張を支持しているのはほとんどない。

ちょっと前までは、新聞とテレビが「絶対反対」で足並みをそろえたら、国民にはそれ以外の情報は伝わらなかったが、今ではブログが「第2のジャーナリズム」の役割を果たし始めた。今回の問題は、古い寡占型ジャーナリズムと新しいブログ型ジャーナリズムの対決といってもいいかもしれない。そういう観点から、今月のICPFセミナーでは、この特殊指定の問題を取り上げることにした。

追記:自民党の「独禁法調査会」は、この改正案が「独禁法体系の中で異質な部分になる」として、保岡興治会長が公取委と協議することを決めた。公取委も「6月にはこだわらない」としているから、先送りするのだろう。

NHKアーカイブのネット配信

16日の通信・放送懇談会は、NTTの経営形態を「2010年までの中期的課題」として先送りし、当初予定していた最終とりまとめはできなかったようだ。NHKについては、「娯楽・スポーツ番組の制作の外部化」とか「子会社の削減」という話が出た程度で、チャンネル削減については結論が出なかった。

結果的には、通信・放送の融合にあまり関係のないNTT再々編問題に時間をかけすぎたと思う。これは郵政三事業なみに複雑な利害のからんだ政治問題で、半年ぐらいで結論を出すことは、もともと無理だった。他方、NHKについては、経営形態を見直す好機だったのに、官邸から「民営化しない」という縛りをかけられて、目玉がなくなってしまった。

結局、合意事項として出たのは、NHKアーカイブのブロードバンド配信ぐらいだ。しかし、これも通信・放送の融合の起爆薬になることは、とても期待できない。たしかに川口のアーカイブには、番組に換算して59万本のテープがあるが、そのうち閲覧できるのは5700本しかない。しかも、これはアーカイブの館内で見るという条件で権利処理をしているので、ネット配信となると、またやりなおしだ。

今はNHKのネット配信には「過去1週間以内の番組」などの規制があるが、これは撤廃されるだろう。しかし規制がなくなっても、NHKがBBCのように積極的にネット配信をすることは望めない。BBCは「クリエイティブ・アーカイブ」で無料公開しているが、NHKは有料ベースだ。BBCが無料で公開するのは、BBCに対しても民営化の圧力が強いのに対して、BBCの番組は「国民の共有財産」であることをを訴える戦略である。NHKも民営化したくないのなら、せめてBBCのように戦略的に対応してはどうか。

私が前から提案しているのは、政府がNHKのアーカイブを丸ごと買い取り、これをすべて無償で公開することだ。この際、NHK制作の番組については著作権処理はすべて不要にし、その代わりこのアーカイブを使ってつくったコンテンツも著作権は主張できない(料金はとってもよい)という特別立法を行う。これはKremerの提案した「特許買い取り」メカニズムの応用である。

追記:自民党の通信・放送産業高度化小委員会も、NHK受信料の支払い義務化を柱とする素案をまとめた。NTT改革は先送りし、地方民放のデジタル化には「公的支援」が必要、といかにも自民党的だ。専門家を集めた総務省の懇談会の結論が、自民党と「7、8割は一緒」(片山委員長)になるのでは、何のための懇談会だったのか。

グーグルとネット中立性

総務省の「IP懇談会」についてのパブリック・コメントが公表された。やはり米国政府がコメントしているが、注目されるのはグーグルとスカイプが「ネットワーク中立性」についてコメントしていることだ。スカイプはわかるが、グーグルがこれほど中立性に強い関心をもっているのは意外だ。

グーグルの主張は、コンテンツの種類によって優先順位をつけたり超過料金を取ったりするunreasonable discriminationは許されてはならない、というものだ。ただし、ユーザーの通信速度に応じて料金を変えるなどの客観的な基準によるreasonable differentiationは許されるとしている(ちなみに米国政府は、中立性については「興味をもっている」だけ)。

現実のインターネットは、必ずしも中立ではない。AkamaiなどのCDNは、特定のコンテンツを優先するサービスだし、MPLSなどパケットを「差別」するシステムは現にある。グーグル自身も、全世界に1万台以上のサーバを置いた「グリッド」で負荷を分散している。ただ、今まではパケットが複数のキャリアを経由するので完全なコントロールはできなかったが、米国のキャリアが寡占状態になり、インターネットをコントロールしやすくなった。グーグルによれば、米国で電話会社とケーブルテレビ以外のブロードバンド接続は減っており、今はわずか0.5%しかないという。

日本も、DSLではNTT東西のシェアは40%ぐらいだが、FTTHでは60%を超えているから、コントロールしやすくなる。KDDIもソフトバンクも、FTTHではNTTとまともに競争する気がないようだから、このまま行くと採算性の高い都市部はNTTに押えられてしまうのではないか。ネットワークの中立性を守る最善の手段は、グーグルも指摘するように、設備ベースの競争である。

追記:よく考えると、中立性をめぐる議論は、グーグルのChief Internet EvangelistであるVint Cerfの主張で始まったものだから、グーグルが熱心なことは当然だ。

島桂次

昔、NHKの会長に島桂次(通称シマゲジ)という型破りな人物がいた。1991年に失脚し、96年に死んだので、いま放送業界を取材している記者も知らないことが多いようだが、彼のやったことを知っておくのは、今後の通信・放送融合時代にも役に立つだろう。

島は、池田勇人付きの「派閥記者」として頭角をあらわし、大平派では「派閥の序列No.2」として大平の隣に座ったといわれる。NHK政治部の主流からはきらわれ、報道番組部次長やアメリカ総局長に「左遷」されたが、彼はそうした経験を生かして、テレビの演出を変革した。アメリカ流の「キャスター」を使った「ニュースセンター9時」や、職域を超えたプロジェクトによる大型番組「NHK特集」をつくったのも彼である。

1989年に会長になってから島は、住友銀行の磯田一郎(当時の経営委員長)と組んで「商業化」路線を推進した。なかでもNHKエンタープライズの子会社として作った「国際メディア・コーポレーション」(MICO)は、NHKグループの中核会社として、放送法の制約を受けずに事業展開を行う予定だった。将来は、島はMICOの社長となって「日本のマードック」としてグローバルに経営を行い、NHKは逆にMICOの子会社にするつもりだった。その第1弾として、米ABCや英BBCと組んでグローバルにニュースを配信するGNN(Global News Network)という構想を正式に表明した。

島は他方で、NHKを抜本的にスリム化する構想も持っていた。彼は「NHKは波を持ちすぎだ」と公言し、教育テレビやラジオ第2放送を削減しようとした。また報道をのぞく番組制作部門はすべて外注すればよいという方針で、番組制作局の「部」を「プロダクション」と改称した。最終的には、NHKを24時間ニュース専門の「第1NHK」と、娯楽・スポーツなどを中心にする「第2NHK」に分割し、第2NHKは民営化する方針だったという。しかし、こうした構想は、島が失脚すると、すべて白紙に戻ってしまった。

いま思えば、島の構想は大風呂敷すぎたが、「半国営」で受信料収入に制約されたままでは自由にビジネス展開もできないと考え、民間資本を導入して企業としてのNHKを自立させようとした彼の見通しは正しかった。NHKを中心とする放送業界全体が政府に管理された状態では、日本の放送・映画・音楽産業の売り上げをすべて合計してもタイム=ワーナー1社に及ばず、国際的に通用しない質の低い番組を高コストでつくる体質は改善できない。

それなのに、現在のNHK経営陣には、良くも悪くも島のようなリーダーシップはなく、ひたすら既存の制度を守ることに汲々としている。通信・放送懇談会も、日本のコンテンツ産業の足かせになっているNHKと民放の「二元体制」による寡占状態を変えないことに決めてしまった。もしも島がいま生きていれば、懇談会に乗り込んでNHKの「全面民営化」をぶち上げたかもしれない。







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