Web2.0というbuzzword

『ウェブ進化論』に何度も出てくるのが"Web2.0"という言葉だが、その意味ははっきりしない。梅田氏は、それを「ネット上の不特定多数の人々を、能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいく」技術やサービスだとするが、それは今に始まったことではなく、15年前からあるWeb1.0の特徴である。CNET JAPANがWeb2.0を特集しているが、皮肉なことに、その結論としてDeclan McCullaghは、
これは「革命」だろうか。答えはおそらく否だ。むしろ現在の状況は、自生的秩序という単純な概念が、いかに大きな果実をもたらすかを鮮やかに示す例と捉えるべきである。
と書く。私もパソコン通信のころからネットワークを見てきたが、最初にモザイク(WWW)を見たときに受けた衝撃に比べれば、梅田氏などが革命(revolution)だと騒いでいる特徴は、その必然的な進化(evolution)の結果にすぎない。彼の本の表題がそれを語っている。

こういうbuzzwordは、ブームを仕掛けて「エヴァンジェリスト」として講演でもうける人々にとっては必要なのだろうが、状況を客観的にみる上ではじゃまになる。インターネット(TCP/IP)やウェブ(HTTP)のような革命的な変化は、まだ起きていない。「本当の大変化」は、こういうふうにメディアに騒がれないところで、人知れず始まるのだろう。1993年にモザイクがNCSAのサイトでひっそりと公開されたときのように。

NHK民営化

「通信・放送のビッグバン」をめざして始まった通信・放送懇談会だが、早くも暗雲がたちこめている。IP放送については、知的財産戦略本部が著作権法改正の提言を出すことを正式に決めたので、今さら総務省の出る幕はないだろう。NTTについては、「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」で、NTTとソフトバンクの社長が出てきて激論を戦わせるという状況で、有識者が提言する段階を過ぎている。

目玉として残るのはNHKの民営化だけだが、関係者によると、これも官邸から待ったがかかったという。政権末期で、あちこちから「抵抗勢力」が声を上げ始めたわけだ。BSハイビジョンと文字放送を民間に売却する代わりに受信料制度には手をつけない、というあたりが「落としどころ」らしい。

しかし多チャンネル化が進み、IPによってコンテンツとインフラが分離される時代に、テレビを持っている人はすべてNHKの番組を見るという前提で契約を義務づける制度があっていいのだろうか。この問題を解決しないと、ビッグバンどころか、またNHKの子会社の「肥大化」やインターネット配信規制などをめぐって民放連との縄張り争いが繰り返されるだけだろう。

あす開かれる情報通信政策フォーラムのシンポジウムには、通信・放送懇談会の松原座長も登場する。まだ空席があるので、改革のゆくえに関心のある方はどうぞ。

堀江メール(?)の謎

堀江被告が出したと民主党の主張するEメールのPDFファイルが、民主党のサイトに掲載されたが、よく見ると不自然な点が多い。ブログや2ちゃんねるなどで指摘されているのは、次のような点だ:
  • ヘッダにX-SenderとX-Mailerがあるのはおかしい。Eudoraの古いバージョンにはこういう表示があったが、ライブドア社内で使われているEudora6.2ではX-Senderなどは出ない
  • 表示されている時刻には、堀江氏は広島で遊説中で、メールを出す時間はなかった。Dateは受信側のサーバで受信した時刻を表わすので、そのクロックが何時間も狂うことはありえない。
  • Fromフィールドが塗りつぶされているのもおかしい。堀江氏以外の人物の名前が書かれているのではないか。だとすれば、こんな「シークレット」扱いのメールを他人に頼むだろうか。
  • 「シークレット」の「ー」が「―」(ダッシュ)になっている。これも1日5000通もメールを処理する人の表記とは考えにくい。
  • 堀江氏のメールは、最初に「堀江です」と名乗って、署名は自動で入れるのが通例で、最後に「堀江」と書くことはない(彼の昔のメール)。
  • 数字や英字が全角になっているのも奇妙だ。堀江氏の普段のメールは、すべて半角。
  • 最後の「堀江」の左側が塗りつぶしてあるのもおかしい。「掘」と書いてあったのではないか。だとすると、自分の名前を誤記することはありえないから、これは偽物。
これらの特徴から推測すると、堀江氏以外の人物が、Eudoraの古いバージョンでメールを偽造した疑いがある。

永田氏は、2002年の衆議院総務委員会で、NHKから私にきた脅迫状を暴露して海老沢会長(当時)を右往左往させたが、このときは情報源の私が「名前を出してもよい」といっていたので、NHK側は逃げようがなかった。今回は、仲介した「フリーの記者」なる人物が信用できるかどうかが鍵なので、匿名のままではこれ以上、追及できないだろう。

裁判でも、紙に打ち出したメールというのは証拠能力がない。もしもこれが本物なら、もう一度、情報源に頼んで、ヘッダを全部表示して印刷する必要がある。経由したサーバなどが特定できれば、証拠能力が出てくる可能性もある。

追記:自民党の平沢勝栄議員が、同じメールの別バージョンを公開した。それによると、X-Mailerは"QUALCOMM Windows Eudora Version"となっており、バージョン名が塗りつぶされている。5行目の最初は「問題があるようだったら」と書かれ、最後の署名は「@堀江」となっている(20日)。

追記2:民主党が、このメールは偽物だと事実上認めたようだ(21日)。

Winny

村井純氏がWinnyの訴訟で、被告側の証人として証言した。キャッシュなどのWinnyの機能について、検察側が「著作権法違反行為を助長させる目的を持って搭載されたものだ」と主張しているのに対して、村井氏は「これらの技術はネットワークの効率を上げるための洗練された技法であり、これを利用の目的と結び付けて考えるのは理解できない」と述べたという。

たしかに技術そのものは中立だが、それを「利用の目的と結び付けて考える」検察側の意図も理解できないことではない。立証の争点は、金子被告(Winnyの作者)が著作権法違反を助長する目的をもっていたかどうかだから、彼の2ちゃんねるでの発言が、そういう目的と結びつけられることは避けられない(誤解のないように付言するが、私はそれが正当だといっているわけではない)。

金子氏の書いた『Winnyの技術』(アスキー)を読むと、Winnyはソフトウェアとしても革新的であり、インターネットで映像などの重いファイルを共有するうえで重要な要素技術(階層化やクラスタリングなど)を含んでいることがわかる。もしも彼が2ちゃんねるではなく、学術論文でWinnyを紹介していれば、こういうことにはならなかったかもしれない。

チョムスキー

私は学生のころ一時、言語学を志したことがある。もともとは哲学に興味があったのだが、ソシュールやヴィトゲンシュタインなどを読むうちに、言語こそ哲学のコアであるという感じがしたからだ。当時は文科2類からはどの学部へも行けたので、文学部に進学することも真剣に考えた。しかし当時の言語学科は、チョムスキー全盛期で、その単純な「デカルト的」理論には疑問を感じたので、やめた。

初期のチョムスキーは、言語学を応用数学の一種と考え、ニュートン力学のようなアルゴリズムの体系を完成させることを目標としていた。しかし言語を数学的に表現することはできても、そこには意味解釈が介在するため、物理学のように客観的な法則を導き出すことはできなかった。結局、「標準理論」と自称した初期の理論も放棄せざるをえなくなり、その後の理論は複雑化し、例外だらけになる一方だった。

生成文法の黄金時代は、未来のコンピュータとして「人工知能」が期待されていた時期と重なる。日本の「第5世代コンピュータ」プロジェクトでも、日本語を理解するために生成文法の一種を組み込んだパーザ(文法解析機)をつくることが最大の目標だった。しかし、このプロジェクトは、10年で300億円あまりの国費を使って、失敗に終わった。

チョムスキー学派も70年代からは分裂し、当時の対抗文化の影響もあって「生成意味論」や「格文法」など、生成文法を根本から否定する理論が登場した。これらは学派としては消滅したが、「主流派」の側も、拡大標準理論、GB理論、ミニマリスト理論など変化・分裂を繰り返し、何が主流なのかわからなくなった。

結局、生成文法や人工知能が示したのは、「人間の知能は数学的なアルゴリズムには帰着できない」という否定的な証明だった(これはこれで学問的な意味がある)。町田健『チョムスキー入門』(光文社新書)は、こうしたチョムスキー学派の解体の歴史をたどり、「言語学に科学的な論証法をもたらすかのように見えた生成文法は、現在のままでは科学的合理性から遠ざかっていくばかりです」と結論する。

日本では9・11以後、「反ブッシュ」の論客としてチョムスキーが人気を博し、その影響で今ごろ彼の言語理論を賞賛する半可通も出てきたようだ。しかし「絶対自由のアナーキスト」を自称し、ポル・ポトを擁護したチョムスキーの政治的な発言は、欧米では相手にされていない。彼の言語理論も、同じ運命をたどるだろう。

史上最大の合併

NY Timesによると、タイム=ワーナーを分割しようという大株主カール・アイカーンの試みは、失敗に終わったようだ。しかし、AOLが身売り先をさがしている状況には変わりない。最近、訳本が出た『史上最大の合併』(ディスカヴァー)は、なぜこの巨大合併によって2000億ドル近い企業価値が失われたのかを描いている。

日本では、ライブドアのおかげで、企業買収や株式交換のイメージがすっかり胡散臭いものになってしまったが、企業買収の問題点はむしろその際に強調される「シナジー」が本当にあるのかどうかだ。AOLとタイム=ワーナーのように、成立当時は賞賛された合併でさえ、企業文化の違いによって内部崩壊してしまった。創業者の反対を押し切ってコンパックを買収したヒューレット=パッカードのディールも失敗に終わり、カーリー・フィオリナCEOは解任された。

企業買収には、(1)多角化(2)規模拡大(3)事業再構築の3種類がある。このうち、米国で企業買収が始まった1960年代から70年代に盛んになったのが(1)の「コングロマリット」で、これはほとんど例外なしに失敗している。ライブドアの場合も、企業買収のときの株価操作で利益を得ていただけで、事業上のシナジーはなかった。(2)は本業と「補完的」な同業者を買収するもので、AOLやHPがこれに相当するが、ここでも成功率は半分以下である。

成功しているのは(3)だけで、これは(2)とは逆に、LBOやMBOによって不採算部門を売却し、本業に集中するケースが多い。日本では、新生銀行など外資系ファンドが手がけている案件や、ダイエーやカネボウなどの産業再生機構案件がこのタイプだ。今の日本に必要とされているのは、こうした「企業コントロールの市場」で企業を解体・再生することである。

ライブドア事件の新展開?

堀江元社長が、自民党の武部幹事長の次男に「3000万円入金するように」と指示したとされる電子メールを民主党が公表した。武部氏はこれを全面的に否定しており、真偽のほどは定かではないが、事実である可能性は高い。前にもこのブログで書いたように、証取法違反程度の事件に特捜部が「100人体制」でのぞむはずがないからだ。

少なくとも検察のねらいは、政治家と暴力団だろう。後者についても、ホリエモンとヤミ金との関係は以前から噂されており、野口元副社長の事件も、ほんとうに自殺なのかどうか疑問がある。海外のペーパー・カンパニーを使った会計操作にも「その筋」のプロがからんでいたことは十分考えられる。

ライブドア事件の本筋がこの種の話だとすると、これは偽計取引とか風説流布などの逮捕容疑よりもはるかに重大な犯罪である。問題が逮捕容疑の範囲であれば、法廷で闘う余地もあるし、「ルールの不備が問題だ」と主張することもできようが、贈賄や暴力団となると、弁解の余地はない。

それにしても不可解なのは、自民党の対応のお粗末さだ。証券監視委員会は「1年近く前から内偵していた」というのだから、去年の総選挙の段階では、その上部組織である金融庁の竹中大臣に情報が上がるのが当然だろう。少なくとも、あれほど自民党がホリエモンにコミットする前に、監督機関に問い合わせることは考えなかったのか。

今回のように官邸も自民党も知らないうちに検察が政治がらみの強制捜査に入るというのは、異例である。検察の独立性が強まったことを喜ぶべきなのか、政府の情報収集能力の低下を嘆くべきなのか...

ウェブ進化論

梅田望夫『ウェブ進化論』(ちくま新書)が、ベストセラーになっている。アマゾンでは、あの『国家の品格』を抜いて、総合で5位だ。私もきょう買って読んだが、はっきりいって電車のなかで気楽に読めるのが唯一のとりえである。

「本当の大変化はこれから始まる」と銘打っているが、その中身はといえば「インターネット」「チープ革命(ムーアの法則)」「オープンソース」の三大法則だという。こんな話を今ごろ聞いて、感心する読者がいるのだろうか。グーグルがすごい、としきりに書いてあるが、出てくるのは「アドセンス」などのよく知られた話ばかり。その根拠として持ち出してくる"Web2.0"の意味もよくわからない。

要するに、ここ1,2年のIT業界の流行をおさらいして、キーワードを並べただけだ。たとえばロングテールの話などは、ウェブの数学的モデルとして重要な意味があるのだが、それもアマゾンやグーグルなどの事例を並べるだけ。話が横へ横へと滑っていって、ちっとも深まらない。

著者はシリコンバレーに住んでいて、こういう情報が現地でないと入手できないと思っているのかもしれないが、IT業界では、もう日米の距離なんてほとんどないのだ。まあブログもウィキペディアも知らないおじさんが入門書として読むにはいいかもしれないが、当ブログの読者には退屈だろう。

市場原理主義

このごろ、ほとんど毎日のように「市場原理主義」という言葉を目にする。しかも、それが肯定的な意味で使われることはまずない。たとえば今月の『文芸春秋』でも、例の藤原正彦氏が、ライブドア事件の元凶は小泉構造改革であり、日本社会に格差が広がっている原因も、市場原理主義だという。それに対する彼の処方箋は、「武士道」に回帰し「日本型資本主義」を広めることだ。

所得格差は、日本でも多くの経済学者が論じてきたテーマであり、そのほぼ一致した結論は「見かけ上の所得格差は拡大しているが、その主な原因は高齢化だ」ということである。高齢者はもともと所得格差が大きいから、人口の高齢化にともなって所得格差が開くのは当然であって、これは市場原理とも規制改革とも関係ない。

若者にフリーターのような非正規労働者が増えていることは事実だが、その原因は企業が退職者の不補充(新卒の採用抑制)によって雇用調整をしているためである。つまり中高年労働者の既得権を守る「日本型資本主義」が雇用調整を遅らせ、若年労働者の失業率を高めているのである。

市場原理主義が猛威をふるっているはずの日本で、「まちづくり三法」の見直しで郊外への大型店の出店が事実上禁止され、高速道路整備計画では今後9300km以上の「全線建設」が決まった。市場原理をきらい、「弱者保護」を理由にして既得権を守るのは、自民党の古いレトリックだが、藤原氏のような無知な「有識者」がそれを(結果的には)応援しているのである。

産業政策の亡霊

経産省が民間企業を集めて「国産Google」を開発するための研究会をつくったそうだ。こういう「日の丸プロジェクト」は1980年代以降、ひとつも成功したことがなく、もう産業政策はやめようというのが最近までの経産省の立場だった。ところが、そういう「小さな政府」路線でやっていると、予算が削られるばかりだということがわかって、最近また「大きなお世話」路線が復活しているらしい。

こういう「産業政策の亡霊」が一定期間ごとに霞ヶ関を徘徊するのは、過去の失敗を失敗として総括していないからだ。以前、いわゆる「大プロ」(大型工業技術開発制度)の成果についての事後評価を調べたところ、ほとんど記録さえ残っていないことに驚いた。予算を獲得するまでの企画段階では詳細な調査・研究が行われるのだが、その結果(ほとんど失敗)については何も総括が行われていないのである。

こうして過去の失敗は、その責任も問われないまま忘れ去られ、20年もたつと同じような日の丸プロジェクトが登場する。このように歴史に学ぶことのできない「ご都合主義的健忘症」は、霞ヶ関だけの病気ではない。かつての戦争をいまだに総括できないような国民には、この程度の官僚しか持てないのだろう。






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