Re: VoIP


このエントリーに2ちゃんねるからリンクが張られたらしく、いたずらコメントがたくさん来たので、すべて削除した。

ただ、こういう誤解はよくあるので、この際、整理しておく。「ドライカッパー」というのは文字どおりの銅線で、サービスの料金は含まない。鉄道でいえば、運賃のうち線路(物理的なレール)の料金がいくらかという問題だ。

NTTの場合、銅線の減価償却は終わっているので、ほとんどの経費は保守にかかる人件費だ。NTTの保守要員は全国で約1万5000人だが、このうち線路や局舎の保守にかかっているのが1万人とみても、1世帯あたりのコストは月100円ぐらいだ。もちろん設備更新のコストはあるが、接続部分を補修すれば銅線そのものは50年ぐらいもつので、どう計算しても1300円にはならない。

現在の指定電気通信設備の料金算定基準では、線路と交換網を区別していないので、実質的にはドライカッパー料金でサービス部門の余剰人員の人件費を補填しているわけだ。こういう不透明な形で電話網を延命するのではなく、余剰人員は交換網とともに別会社に切り離し、全面IP化にともなって清算するのが本来のありかただろう。

追記:NTTの立場に立って擁護すれば、設備単価は銅よりファイバーのほうが安いし、すべて光になれば保守コストも大幅に節約できる。ところがDSLの普及によって、日本はかえって銅線から逃れられなくなった。高いドライカッパー料金には、こうした「機会費用」が含まれていると考えることはできるかもしれない。

NHK不要論


けさの朝日新聞が、社説でNHK不要論にまで言及している。私のところにも、あいかわらずNHKバッシングの取材(ほとんど断っているが)がくる。不祥事そのものよりも、その後の対応、特に会長の参考人招致を国会中継しなかったことが批判の的になっているようだ。

私にいわせれば「今ごろそんなことに驚いてるんですか」という印象だ。2年前の脅迫状の事件でも、批判を受け止めないで逆に居直る態度は明らかだったし、これは海老沢会長になってから一貫している。特に最近(着服事件の発覚までは)、新聞社などにも「抗議文」や内容証明を乱発していた。

私は、NHKが不要だとは思わない。むしろ「視聴料」ベースの民間企業として出直し、番組のアーカイブをBBCのように公開するなど、そのコンテンツを活用すれば、ブロードバンド時代を切り拓く役割を果たせると思う。

しかし、そういう仕事は海老沢氏にはできない。彼はテレビを知らないからだ。政治部記者だったから番組を作ったことはないし、原稿もほとんど書かない記者(というよりロビイスト)として知られていた。NHKでは「原稿を書く記者よりも押さえる記者が出世する」というのが、冗談のような本当の話である。

VoIP


わが家も「So-netフォン」にしたが、信頼性は必ずしも高くない。特に携帯にかけるのは、よく失敗する。しかし、この程度で電話代が1/3になるのなら、しょうがない。

ブロードバンドの普及のおかげで、日本はIP電話でも世界最先進国になったが、大部分はSo-netフォンのような「バンドル」型だ。他方、電話会社の対応の遅い米国では、VonageやSkypeなどの「アンバンドル」型が主流だ。Economist誌によれば、今後「無線IP電話」が登場するのも時間の問題だ。どのビジネスモデルが勝者になるかはまだわからないが、敗者ははっきりしている。既存の固定電話と携帯電話である。

今後は、電話会社は「銅線リース会社」に限りなく近づいてゆくだろう。しかし「直収電話」でも、1500円前後の基本料金のうち、ドライカッパーのリース料が1300円というのは、べらぼうに高い。ソフトバンクなどが、なぜ「ドライカッパー料金を下げろ」と要求しないのか不思議だ。

UFJ


UFJの検査妨害事件は、ついに元副頭取の逮捕という事態に発展した。もちろん彼らの犯罪(実質的な粉飾決算)は許されないが、彼らを監獄に送ることで、日本の金融システムは改善されるのだろうか。

粉飾決算に刑事罰を課すのは、それが株式市場の信頼性を失わせる「外部性」をもつためだが、事後的なペナルティを強めて犯罪を予防するためなら、巨額の罰金を課してもよい。摘発するほうも、大企業の経営者を監獄に送るには重大な覚悟と強力な証拠が必要なので、実際にはほとんどの事件は立件できない。

これが英米のようなコモンローの国であれば、当局が銀行側と「取引」して、粉飾を認めれば免責するなどの方法で、実質的な事実解明を行うだろう。日本では、監獄に送るか否かという選択肢しかないので、大部分の事件は闇に葬られてしまうのだ。政治家の事件は、もっとひどい。

私も当事者になって感じたことだが、民事訴訟はコストも時間もかかるが、手続きの柔軟性や透明性という点では行政処分よりはるかにいい。リバタリアンには、そもそも経済事件を民事と刑事で二重に罰するのはおかしいという議論もある。日本でも、もっとコモンロー的な解決法が考えられていいのではないか。

セキュリティの費用対効果


国産牛肉の履歴表示が、今日から義務づけられる。BSEの患者が1人も出ていないのに、こんな厳重な「セキュリティ」規制を行う国は他にない。

Schneierの Beyond Fear によれば、リスク管理において単なる「セキュリティの最大化」を目的とするのは間違いである。コストを無限大にかければ、どんな厳重なセキュリティも可能だが、本質的なのはその効果と費用のトレードオフからどう選択するかという経済的な問題だ。

しかしリスクが誇張される一方、費用は(たとえば履歴表示のコストとして)全員が薄く広く負担するので過小評価される傾向が強い。こうした費用対効果の評価をゆがめる主犯が、メディア(特にテレビ)である。

次世代DVD


次世代DVDでは、東芝などの「HD-DVD」がソニーなどの「ブルーレイ」に1歩先行したらしい。消費者にとっては、どっちでもいいから統一してほしいものだ。

このように両者が協調することが望ましいが、どっちに協調するかで意見が一致しないという状況は、ゲーム理論で「両性の闘い」(BoS)として知られている。そのナッシュ均衡は、VTRのようにどっちかが市場を独占してしまう場合と、一定の確率でどっちかに転がる「混合戦略」の3つある。

最悪なのは、初代のビデオディスクのように、規格が乱立して共倒れになるケースだ。最終的にどっちかが消耗戦を生き延びたとしても、「負け組」の規格への投資は浪費である。社会的コストから考えると、サイコロを振ってどちらかに決めるのが最善だ。

ウルカヌス


米国の国務長官がパウエルからライスになって、政権運営が「右寄り」になるという懸念があるようだが、ジェームズ・マン『ウルカヌスの群像』(共同通信社)によると、彼らを含む共和党の外交指導部(チェイニー、ラムズフェルド、ウォルフォヴィッツ、アーミテイジ)は、みずから「ウルカヌス」(Vulcan:ギリシャ神話の火の神)とよぶ集団を形成しており、だれがリーダーになっても基本方針は変わらないという。

彼らの出発点は、ベトナム戦争の失敗と冷戦の勝利だ。戦争を「殺人効率」で考えて戦力を逐次投入したマクナマラや、「力の均衡」によってデタントを推進したキッシンジャーが失敗し、徹底的に「悪の帝国」を敵視して戦力を増強したレーガン外交が勝利したのは、戦争や外交においては機会主義的な経済合理性よりも倫理的原則と力の優位のほうが重要であることを示す――というのが、彼らが冷戦の終結から得た教訓である。

これは対ソ戦略としては、意味があったかもしれない。相手が合理的であり、全面核戦争を恐れていたからだ。しかし、サダム・フセインやオサマ・ビンラディンのような相手にいくら力で威圧しても、向こうは最初から死を覚悟しているのだから、効果は疑わしい。

それにしても、ブッシュ政権は2期目になって、ネオコンの影響力は弱まったが、キリスト教原理主義の影響はますます強まりそうだ。ケインズもいったように、もっとも危険なのは既得権ではなく、理想なのかもしれない。

500 Greatest Songs


Rolling Stone誌の500 Greatest Songs of All Timeという企画は、試聴用ファイルもついていて、なかなか楽しめる。

第1位が"Like a Rolling Stone"で、2位が"Satisfaction"というのは妥当なところだが、3位が"Imagine"というのはちょっと意外だ。ビートルズの曲の評価は意外に低く、最高が8位の"Hey Jude"である。年代順に集計すると
  • 40年代:2
  • 50年代:72
  • 60年代:203
  • 70年代:132
  • 80年代:67
  • 90年代:21
  • 00年代:3
で、60年代と70年代で2/3を占め、90年代以降は5%にもみたない。これは投票した評論家の年齢も影響しているのかもしれないが、やはり60年代後半から70年代前半にロックが「カウンターカルチャー」の中心になったころ、創造性も最も高かったということなのだろう。

電波封建制


私の「電波社会主義」という言葉は、最近は総務省の研究会でも使われるほどポピュラーになったが、先日ある電波関係者に「電波村の実態は、社会主義というより封建制だ」といわれた。

たとえばMXの免許には当初、100社以上が名乗りを上げたが、最終的には(数十社の出資する)1社に「事前調整」された。第3世代携帯電話のときも、3つの枠に3社しか申請がなく、美人投票さえ行われなかった。所定の枠に官僚が資源を割り当てるのが社会主義だとすれば、「お上」の意をくんで民間が談合する日本の現状は、たしかに封建制に近い。

しかしソフトバンクが「パンドラの箱」をあけたことで、封建制も崩壊が始まった。総務省の周波数検討会では、既存業者3社と新規参入組4社が公開の場で大論争を繰り広げている。これでは事前調整は無理だし、美人投票の結果にも、だれも納得しないだろう。

米国でも、1980年代に携帯電話の審査を抽選にしたら何万件も申請が殺到して事務が破綻し、周波数オークションをやらざるをえなくなった。日本の電波行政は、それから20年遅れで「近代市民社会」の夜明けを迎えているのかもしれない。

レゾナント


ひところNTTが提唱していた「レゾナント・ネットワーク」(RENA)という言葉が、中期経営戦略からは消えてしまった(1度だけ引用として出てくるが)。

これは、もともとはGMPLSという光でIP伝送を行うプロトコルをイメージしていたらしいが、「わかりにくい」と評判が悪かった。その中核会社「NTTレゾナント」の社長になった資宗克行氏まで、雑誌のインタビューで「RENAサービスなど存在しない」といって社員を驚かせた。

全光ネットワークというのは、理論的には可能だが、アクセス系まで光を「3000万世帯」にする意味は疑わしい。むしろ光・DSL・無線LANなどの混在するIPネットワークになるのが現実的ではないか。この意味では、BTのように「2009年までにネットワークをすべてIPにする」というほうがわかりやすく、現実的だ。

レゾナントというのは「共鳴」という意味だが、つねに調和して共鳴しているのがいいとは限らない。モーツァルトの有名な四重奏曲のように「不協和音」(dissonance)も音楽的に重要なのである。







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