ロングテール

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CNETの森祐治さんのブログに、おもしろい指摘がある。Googleなどの広告は、従来のマス・マーケティングとは違い、「ロングテール」と呼ばれるカーブの裾野の部分を対象にしているのだという。これは、このブログでも取り上げた「ベキ分布」のことである。

ベキ分布の特徴は、横軸に商品を売れる順に並べ、縦軸にその売り上げをとると、裾野が長いということだ。左端のピークの部分がマス市場だとすると、裾野の部分はニッチ市場だが、この部分がきわめて長いと、その面積がマス市場を上回ることもある。この話題のきっかけとなったWiredの記事によれば、普通の本屋の在庫は最大でも13万タイトルだが、アマゾンの売り上げの半分以上は上位13万タイトル以外の本から上がっているという。

マス・マーケティングでは「20%の商品が売り上げの80%を稼ぐ」といわれるが、これはロングテールの途中で取引費用が売り上げを上回り、尾っぽが切れてしまうためだ。インターネットでは、取引費用が極度に小さくなるため、この尾っぽが果てしなく長くなり、その部分から上がる売り上げが大きくなるのだ。この尾っぽの部分に顧客を誘導するのがアマゾンの「おすすめ」である。

これがインターネットにおけるマーケティングがマス・マーケティングと決定的に異なる点であり、eBayやGoogleのAdSenceが成功した原因である。これから「通信と放送の融合」が進む際にも、インターネットではテレビのような大衆的な番組よりもマニアックな(少数の人に強く支持される)番組のほうが成功するだろう。

国家の品格

数学者の書いた国家論(?)がベストセラーになっているというので、読んでみた(新潮新書)。感想としては、これが売れる理由はよくわかるが、教えられることは何もない。「グローバリズム」を批判して日本の「伝統」を大事にすべきだ、という類の議論は、目新しいものではない。珍しいのは、数学者が「論理よりも情緒が大事だ」と論じていることだが、これも中身は「論理の無矛盾性は仮説が真であることを保証しない」という常識論だ。

この種の議論の弱点は、「市場原理主義」が悪だというなら、それよりよい制度とは何か、という対案がないことだ。著者が提示する対案は、なんと「武士道」だが、それは新渡戸稲造の近代版であって、現実の武士が武士道にもとづいて行動していたわけではない。

数学についての議論はおもしろいが、専門外の問題になると馬脚をあらわす。経済学を批判している部分などは、ハイエクやフリードマンを「新古典派の元祖」とするお粗末さだ。致命的なのは、タイトルに「国家」と銘打ちながら、国家についての考察が欠けていることだ。著者が理想化する「品格ある国家」とは、プラトン的な「賢人政治」だが、そんな国家は歴史上どこにも存在したことはない。

要するに、著者が数学者であることを除けば、フジ・サンケイ・グループの雑誌によくある「床屋政談」にすぎない。ただ著者は新田次郎の息子だけあって、文章は読みやすく、ユーモアもある。オジサンが電車のなかで読むにはいいかもしれない。

追記:この記事は、グーグルで「国家の品格」で検索すると、第6位に出てくる。反響にこたえて、4月3日8日の記事でも本書について書いた。

電波利権

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拙著が刷り上がり、アマゾンにもエントリーした。都内では、週末には本屋に並ぶだろう。タイトルは、ちょっと悪趣味かもしれないが、帯のキャッチフレーズ(私が決めたのではない)はもっとどぎつい。

店頭のポップには「NHKは民営化できる!」と銘打つそうだから、時節柄、数万部ぐらいは売れるかも知れない。『バカの壁』の1割でも売れてくれれば、今年は遊んで暮らせるのだが...

1970年体制の終焉

「情報通信省」の話は、見る見るうちに中央省庁全体の再々編に発展し、来週出される自民党の運動方針案にも急きょ盛り込まれることになった。1999年に再編したNTTの再々編に和田社長が「時期尚早」だとかいっているのに、2001年の省庁再編をもう見直すというのだから、今や自民党のほうがスピード感がある。

これに対しては「朝令暮改だ」という批判も当然あるが、ドッグイヤーのIT業界では、朝令暮改を恐れていては何もできない。政治的にも、かつて橋本政権で行われた省庁再編を台なしにした郵政族が壊滅した今こそ、総務省を解体して津島派(田中角栄以来の利権集団)をたたきつぶそうというのは、郵政民営化の続きとしては一貫しているともいえる。

その再々編を実行することになるのは、下馬評によれば安倍晋三氏になる可能性が高い。彼が岸信介の孫であることは、偶然ではない。これは1970年代から旧田中派によって築き上げられた「大きな政府」路線を否定し、自民党を岸に連なる「保守本流」の路線に引き戻すことに他ならないのである。

「1970年体制」という見方は、かなり前から奥野正寛氏などの経済学者によって提唱され、原田泰氏は『1970年体制の終焉』(東洋経済)という本も書いている。去年、話題になった増田悦佐氏の『高度経済成長は復活できる』(文春新書)も、田中型の「弱者救済」政治が日本の成長率を低下させたという議論だ。

そしてバブルの崩壊とともに1970年体制が終わる、という見通しも彼らに共通している。しかし、それに代わる「2005年体制」(?)はどんな時代なのだろうか。まさか「高度経済成長」ではないだろうが...

通信・放送のビッグバン

NTTドコモがフジテレビに出資した。といっても、その比率はフジテレビ全株式のわずか2.6%である。こういうのを出資というのだろうか。この原因は、NTT(グループ)が放送局に出資する比率を3%以下に制限する「3%ルール」があるからだ。ところが、この3%ルールは、総務省のホームページを検索しても見つからない。法令にもとづかない口頭の「行政指導」だからである。

この背景には「巨大なNTTが放送に進出してきたら、資本力の弱い放送局は呑み込まれてしまう」という放送業界の危機感がある。2001年末にIT戦略本部が「通信・放送の水平分離」を打ち出したときにも、民放連や新聞協会は「抗議声明」を出してこれを阻止した。通信と放送の「垣根」は守る一方、コンテンツとインフラの「分離」は許さないというのが、放送業界の主張である。

他方、NHKのインターネットへの配信にも「1週間以内のニュース・教育・福祉番組に限る」という(同じく法的根拠のない)「ガイドライン」がある。このため、NHKのアーカイブにある(オンラインで提供可能な)180万本もの番組のうち、インターネットで提供されているのは1%にも満たない。こいう規制を要求したのも、NHKと番組内容で競争できない民放連だ。

こういう話は、どこかで聞いたことがないだろうか。金融関係者なら、1980年代の金融制度調査会で似たような論争があったことを覚えているだろう。1984年に日米円ドル委員会で金融自由化が決まったあとも、業界は自由化を銀行と証券の「垣根問題」ととらえた。とくに証券業界は、巨大な資金量とメインバンクとしての強い影響力をもつ銀行が証券業務に進出するのを恐れ、「興銀証券」の名前に「銀」の字を入れるかどうかといった論争を延々と続けていた。

日本でそんな縄張り争いをしている間に、世界では金融技術の急速な発達によって、銀行と証券の垣根がなくなる一方、金融仲介機能と決済機能の水平分離(アンバンドリング)が進み、日本はすっかり取り残された。そのあげく、自由化された大口定期預金の高コスト資金を持て余した銀行は不動産融資にのめりこみ、バブルの発生と崩壊によってファイナンス(金融・証券)業界全体が沈没してしまったのである。

似ているのは、それだけではない。ファイナンス業界にこうした構造変化が起こったのは、オプションなどの派生証券(derivatives)によってすべての金融商品の機能が実現できるようになったからだ。通信・放送業界で派生証券に似た役割を果たしているのがIP(Internet protocol)である。コンテンツをIPのパケットにカプセル化すれば、どんなインフラでも通るので、通信と放送の垣根はなくなり、コンテンツとインフラは自然に水平分離されるだろう。

類比がここから先も続くとすれば、「竹中懇談会」でも3%ルールやNHKのインターネット配信規制などをめぐって不毛な垣根論争が繰り返され、通信も放送も世界の流れに取り残されるかもしれない。それを避けるには、規制を全面的に撤廃する「ビッグバン」を行い、行政は民間のビジネスに介入しないでルール違反を取り締まるだけの機能に縮小するしかない。

かつて英国では、サッチャー政権によって1986年にビッグバンが行われたが、橋本政権で「日本版ビッグバン」が始まったのは1996年である。この10年の差が、ファイナンス業界の競争力に決定的な差をもたらした。日本でも、必要なのは通信・放送の利害調整ではなく、ビッグバン的な抜本改革である。


情報通信省?

冬になると出てくるお化けというのがあるのかどうか知らないが、昨日から話題になっている「情報通信省」という話は、ちょうど2年前の1月にも出て、すぐ消えてしまったものだ。これは、さらに1997年の行革会議にさかのぼる。「橋本行革」も、もとは通信と情報(コンピュータ)を別々の官庁が所管しているのはおかしいというところから始まったのだが、二転三転したあげく、官庁をまるごと合併して看板をかけかえただけで終わってしまった。今度は、その轍を踏まないように「官邸主導」でやろうということらしい。

たしかに、今の「勢い」のある小泉政権なら、「情報通信省」ぐらいはできるかもしれない。しかし、これは間違った方向である。私も2年前のコラムで書いたように、日本はもう発展途上国ではないのだから、情報通信を振興する役所なんていらないのだ。必要なのは、電波政策など最小限の規制だけで、これはFCCのように独立行政委員会にしたほうがよい。通信・放送を独立行政委員会で規制していないのは、OECD諸国のなかでは日本と韓国しかない。

各国で通信・放送の規制を独立行政委員会で行うのは、特に放送局を官庁が所管すると言論・報道の自由が制約されるという理由もある。日本でも、GHQの命令で1950年に「電波監理委員会」が独立行政委員会としてつくられたが、占領体制が終わると、1952年には廃止され、通信・放送は郵政省(当時)の直轄になってしまった。

最近でも、USTRの出してくる対日要求の第1項目は、ほとんど毎年、「通信・放送規制の独立行政委員会への移管」である。総務省はいつも、この第1項目は無視し、そのかわり第2項目以下の「NTT接続料の引き下げ」などの要求には一生懸命に対応してきた。しかし、郵政民営化で現業部門が切り離され、郵政族も「小泉劇場」で蹴散らされた今となっては、総務省もいつまでも抵抗していられないだろう。

率直にいって、今の郵政三事業を民営化するかどうかよりも、通信と放送が過剰に規制され、官庁が時代遅れの「産業政策」によって業界をミスリードしている問題のほうがはるかに重要である。アナログ人間の小泉首相は、この種の問題に興味がないので、これまで放置されてきたが、今や「影の首相」ともいわれる竹中氏がトップダウンでやれば、「日本版FCC」も可能かもしれない。

Google Video

Googleのビデオ・オンデマンド・サービスGoogle Videoが始まった。まだベータ版で、アマチュア・ビデオしかないが、今後はCBSの番組やNBAのバスケットボール中継なども行うという。

おもしろいのは、そのビジネス・モデルだ。これまでのVODサービスは、プラットフォーム側が権利関係を処理し、料金を決める「卸し―小売り」モデルだったため、ややこしい著作権の処理がボトルネックになっていた。これに対して、Google Videoはサイトを提供するだけで、権利処理や料金設定は各コンテンツの提供者にゆだね、プラットフォーム提供の手数料でもうける「直販」モデルである。

これは、いわばeBayの動画版で、著作権者に「自己責任」で配信させることで、権利関係の問題を巧妙に避けている。日本でも、こういう方式でやれば、VODに意地悪しているテレビ局も動かざるをえなくなるかもしれない。

明けましておめでとうございます

年賀状は(返事以外は)出さないことにしているので、このブログでごあいさつ。

去年の最大の収穫は、博士号をもらって論文が出版できたことだった。今年は、1月15日に『電波利権』(新潮新書)を出す。著述業としては順調な1年だったが、学問的にはあまり進歩がなかった。今年は、ちゃんと勉強して学術論文を書きたい。

政策的には、竹中総務相の懇談会で、ようやく通信と放送の融合が国家的なテーマになりそうだ。ただ小泉首相が「NHKは民営化しないと閣議決定した」と発言するなど、官邸の腰が引けているのが気になる。

iCon

『スティーブ・ジョブズ:偶像復活』(東洋経済)を読んだ。大して期待していなかったが、予想以上におもしろかった。アップルの没落については多くの本が出ているが、この本はジョブズという型破りの個性を中心にし、彼のまわりの人間との葛藤を丹念に描いたことで、単なるビジネス書の域を超えた奥行きが出ている。

もうひとつの新味は、ジョブズの復活の過程を描いたことだ。iMacやiPodの開発では彼のデザインへのこだわりが功を奏し、iTunes Music Storeを立ち上げる際のネゴシエーションでは、彼のプレゼンテーションの才能が役に立った。Pixarの成功にも、ハリウッドのアクの強い連中に対抗できるジョブズの個性が貢献した。日本のビジネスマンに欠けているのは、良くも悪くも、このアクの強さだろう。

規制改革会議

規制改革・民間開放推進会議の答申が出た。目玉だったNHK民営化については、「竹中プラン」を待つという結論に後退したが、これまでタブーだった放送業界への競争の導入に言及したことは画期的だ。

これに対して、NHKは早くも原田放送総局長(私の元上司)が「有料放送にすると視聴率優先になる」と反対の意見を表明している。しかし、この多メディア時代に、NHKだけが視聴者に受信契約を強制する制度の存在意義は疑わしい。また「戦時性暴力」の番組改竄騒動でも明らかになったような政治との深いつながりが、NHKのジャーナリズムとしての独立性を危うくしている。

それに民営化するといっても、選択肢は株式会社ばかりではない。いまNHKが持っているテレビ・ラジオ8波のうち、報道チャンネルだけは米国のPBSのようなNPOにするという手もある。とにかく大事なのは、政治家を使ってつぶしたりせずに、国民の前で堂々と議論することだ。






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