IP放送は放送だ

けさの朝日新聞によると、知的財産戦略本部がIPマルチキャストを「有線放送」と位置づけるように著作権法の抜本改正を提言するそうだ。この提言が実現すれば、「IP放送は放送ではない」という奇妙な状況が解消されそうだ。これはICPFでも提言し、拙著でも書いたことだが、気になるのは免許だ。まさかIP放送にも有線放送の免許を取れというのでは...

以前、知財本部のヒアリングを受けたときも、IP放送の差別扱いをなくすよう主張したら、意外に現場のスタッフ(文科省や総務省などからの出向)は賛成してくれた。彼らは特許については「プロ・パテント」だが、著作権についてはオープンだった。

ただ、IP配信に同意するかどうかは、最終的には権利者の判断である。テレビ局は、地上デジタルの行き詰まりを打開するために再配信を認めるだろうが、権利者の団体は反発しているようだ。所属タレントのメディア露出をコントロールしたい芸能事務所も、大きな「抵抗勢力」である。

しかし包括契約でも著作権料は入るのだから、彼らにとってもプラスになるはずだ。今のように著作権を個別に処理するコストが禁止的に高く、結果的に利用されないのは、消費者にとっても権利者にとっても不幸なことである。

監査法人の責任

ライブドア事件の捜査体制が容疑に比べて大げさすぎるという意見は、専門家のブログにも少なくない。証取法158条違反は、懲役5年以下、罰金500万円以下で、過去の判例でもほとんど執行猶予がついているという。エンロンやワールドコムのように経営が破綻したわけでもなく、「偽計」の規模もはるかに小さい。

「風説の流布」というのは、嘘の記者発表で株価を吊り上げたような場合に適用されるもので、今回のように投資事業組合を支配しているという事実を開示しなかったという「不作為」を風説とするのは過去に例がない。同じ証取法でも、159条には「相場操縦」という具体的な規定があるのに、今回それを使わなかったのは、取引の手続きを違法とするのがむずかしいと検察が判断したためだろう。いわば158条は令状をとるための名目で、「ガサ入れさえやれば証拠は出てくる」と踏んで見込み捜査をやった可能性もある。

新聞にはしきりに「本体でも粉飾か」といった観測記事が出るが、これは検察のねらいを夜回りで教えてもらっただけのことで、証拠があがっているかどうかはわからない。少なくとも監査法人は財務諸表に適正意見を出したのだから、彼らが見落としたか、経営陣にだまされたか、それともグルだったのか、のどれかを立証しなければならない。

したがって、エンロン事件でアーサー・アンダーセンが消滅したように、監査法人の責任も追及されるだろう。ライブドアの監査を行っていた港陽監査法人も、家宅捜索を受けたもようだ。これは会計士12人という中小の監査法人で、その代表社員はライブドアの宮内元CFOと共同で「ゼネラル・コンサルティング・ファーム」(通称ゼネコン)という会社を設立した(この会社も家宅捜索を受けたようだ)。

ライブドア・グループの財務は、すべてゼネコンで会計処理され、それを港陽がチェックしていたというから、一連の会計操作を港陽が見落としたということは考えにくく、黙認していた可能性が強い。これはエンロンのときも問題になったように、コンサルティングと監査を同一人物がやるという「利益相反」の疑いがある。

こういう「なれあい」は日本の会社の監査のほとんどに見られることで、この意味ではライブドアもきわめて日本的な会社だったわけだ。今回の事件を「市場原理主義」の結果だとか論評する向きも多いが、粉飾決算は日本企業のお家芸だ。今回はそれが公になっただけ一歩前進である。

自由のコスト

世間的には、もう「有罪」の判決が出たようなホリエモンだが、本人はいまだに全面否認で、検察は「100人体制」だという。弁護士や会計士にも「今まで出た話だけで公判を維持するのはかなり大変だ」という意見がある。今回の逮捕容疑である証券取引法第158条とは

何人も、有価証券の募集、売出し若しくは売買その他の取引若しくは有価証券指数等先物取引等、有価証券オプション取引等、外国市場証券先物取引等若しくは有価証券店頭デリバティブ取引等のため、又は有価証券等の相場の変動を図る目的をもつて、風説を流布し、偽計を用い、又は暴行若しくは脅迫をしてはならない。

という総論的な規定で、何とでも解釈できる。「風説の流布」は、これまでにも株価操縦にからんで立件された例が多いが、「偽計」のほうはあまり聞いたことがない。検察としては、本来は家宅捜索で証拠を固めて粉飾決算(商法違反)のようなはっきりした容疑で逮捕したかったが、株式市場が動揺したので、早く事態を収拾するためにとりあえず「別件逮捕」したのかもしれない。

問題になっている投資事業組合についても、情報開示義務はないので、その実態を隠していたことは違法ではない。したがって、ニッポン放送株のときの時間外取引と同じように「グレーだが違法ではないと考えた」という主張は、論理的には成り立つ。

こういうホワイトカラーの犯罪でむずかしいのは、「意図」の立証である。単なる過失ではなく「偽計」だとするためには、「相場の変動を図る目的をもつて」行ったという故意の立証が不可欠だからだ。エンロン事件の主犯Skillingなどは、証拠固めに4年以上かかり、初公判はこれから始まるほどだ。こういうとき、英米法では司法取引で内部の協力者を使うが、日本ではそれはできない。

そもそも証取法違反ぐらいの事件に検察が出てくるのがおかしい。証券取引等監視委員会は何のためにあるのか。「日本の経済犯罪についての捜査の武器は、ダンビラ(刑事訴追)しかないので、執行するほうも慎重になるし、一罰百戒しかできないので、結果的に残りの九九は見逃されてしまう」と捜査関係者は嘆いていた。

本来は、米国のSECのように日常的に取引を監視し、徹底的な情報開示を求めるしくみが必要だ。SECのスタッフは証券監視委の10倍以上いるが、この分野だけは「小さな政府」の例外である。本質的な行政改革とは、人減らしではないのだ。Rajan-Zingalesも指摘するように、資本市場の健全性を守る仕事には膨大なコストがかかるが、それは必要な「自由のコスト」である。

ボーダフォンの世界戦略

Economist誌によれば、かつて携帯電話で世界を制覇する勢いだったボーダフォンが、世界戦略の見直しを迫られている。これまで、固定網をもたないで携帯だけに特化してグローバルな「規模の経済」を追求してきたが、米国と日本でつまずいた。

米国ではVerizon Wirelessに45%出資したものの、その方式はボーダフォン(GSM)とは違うCDMAのまま。日本ではGSMが使えないので、日本向けの端末を開発するなど、規模の経済が生かせない。大口株主は、日米の現地法人を売却してGSM地域に特化することを求めている。日本から撤退するかもしれない。

また次世代のサービスの焦点が、トリプルプレイとFMCを合わせた"quadruple play"(固定電話・携帯電話・データ・映像)になろうとしているなかで、携帯のみに特化する戦略では展望が見えない。ましてこれらのすべてがIPになるとき、今の電話網ベースの技術では対応できない。

たぶん、これらの要求をすべて満たす技術の候補はWiMAXだが、これが実用化するには、あと3、4年はかかるだろう。W-CDMAなどという中途半端な技術にコミットしないで、しばらくはGSM(GPRS/EDGE)を延命させて様子を見よう、というのが現在のボーダフォンの方針のようだ。

Saving Capitalism from the Capitalists

セイヴィング キャピタリズムRajan-Zingalesの新著の訳本が出た。邦題の『セイヴィング キャピタリズム』では何のことかわからないが、原題は「既得権益を守ろうと金融市場への規制を求める資本家から自由な資本主義を守る」という意味である。

「グローバリズム」が伝統を破壊する、という類の議論は俗耳に入りやすい(『国家の品格』もその一例)。しかし実際の統計をみれば、自由な金融市場が機能するようになったのは、ごく最近(1980年代以降)であり、それも英米など一部の国に限られる。日本やドイツでさえ、自由とはほど遠い。国際金融市場は脅威どころか、むしろ努力して維持しなければ機能しない脆弱な制度なのである。

著者は2人ともシカゴ大学の教授(Rajanは昨年からIMF)だが、彼らはフリードマンのように自由な市場を前提とするのではなく、むしろ市場の基盤となる財産権の保護がいかにして成立するかといった「制度」の問題を理論的・歴史的に分析している。これはHartやShleiferなどのハーヴァード学派の立場に近い。「ケインジアン対マネタリスト」などという対立は終わり、制度の研究では学界全体にコンセンサスができつつあるように思われる。

また問題を市場と政府の二分法ではなく、既存業者との関係で論じているのがおもしろい。これまでの経済学では、政府は「市場の失敗」を補正するvisible handだが、本書では既存業者の意を受けて規制によって新規参入を妨害する(Shleifer-Vishnyのいう)grabbing handである。

しかし彼らは「われわれの既得権を守れ」とは決していわない。「規制によって守られている弱者を救え」と主張するのだ。このような「既得権と弱者の連合」は、どこの国でもみられるありふれた現象だ。そして、こうした既得権益共同体を崩壊させる「蟻の一穴」がグローバルな市場からの圧力である。改革には「外圧」が一番だというのは、日本だけではない。

通信・放送懇談会

竹中総務相の懇談会の第2回会合が開かれた。松原座長によれば、「通信・放送のビッグバンをやろうとしている」のだそうである。その方針は結構だが、「NHKの業務範囲」とか「二元体制を守る」といった業界的な議論ばかり先行すると、このblogでも書いたように、不毛な垣根論争に迷い込みやすい。

ビッグバンに必要なのは、業界の縄張り争いではなく視聴者の立場から考えること、既得権をどういじるかという発想ではなくゼロベースで考えること、そして「原則規制」から「原則自由」に180度転換することだ。「公共放送」が必要だとしても、その担い手が「官営放送局」である必要はない。「民間にできることは民間に」という小泉政権の原則を忘れないでほしいものだ。

サーバー型放送

けさの日経新聞によれば、「サーバー型放送」が2007年度から始まるそうだ。不可解なのは、これがHDDレコーダーに番組を蓄積して見るのとどこが違うのかということだ。記事に出ている表でも、違うのは「メタデータ」をつけるかどうかだけである。

メタデータなんかなくても、今のHDDレコーダーがやっているように、テレビの番組表をデータとして持っていれば、番組予約も検索も容易にできる。すべての番組をサーバで一括して録画し、あとから再生するというしくみは、録画ネットやクロムサイズのシステムと同じだ。彼らを違法だと訴えたテレビ局が、みずから同じビジネスを始めるとはどういうことなのか。

しかも、またもや総務省の指導のもとにコンソーシャムをつくってメタデータを標準化し、「専用受信機」を開発するという。専用機なんか使わなくても、普通のHDDレコーダーで十分である。たとえば、ソニーのVAIO Xなどは1週間の全チャンネルの番組を蓄積できる。こうなればリアルタイムで「放送」する必要はなく、映像を圧縮したままインターネットでファイル転送してHDDに蓄積すればよいのだ。

経営者のヘロイン

ライブドア事件は、米国のエンロン事件とよく似ている。企業買収→株価の値上がり→株式交換が有利になる→さらなる企業買収・・・という悪循環によって株価が過大評価され、最後はその株価に見合った業績を「創造的会計処理」で作り出す。その道具としてエンロンの利用したのがオフバランスの特別目的会社であり、ライブドアの場合は投資事業組合だったわけだ。

これは特殊な犯罪的企業だけの問題ではなく、株価が過大評価された企業には起こりがちな「エイジェンシー問題」の一種である、とJensenは論じている。こうした株価操作は、一度手を染めると、その結果として生じる株価の値上がりを正当化するためにさらに大きな嘘をつかなければならない「経営者のヘロイン」である。

この麻薬を撲滅することはむずかしい。それは古典的なバブルのように市場全体で起こるとは限らず、ライブドアのように特定の(株価を意図的に膨らませている)企業に限って起こることもあるからだ。しかし、それを見分ける方法はある。経営者がメディアの有名人になって「世界一の会社になる」などと大言壮語するのは、悪い兆候である。

NHKのガバナンス

NHKの経営計画案が、来週発表される。その内容は、去年の「新生プラン」の延長上で、経営委員会のなかに「指名委員会」を作るなど、「企業統治」を強化するのだそうだ。民間企業の「委員会等設置会社」にならったものだというが、いくら委員会ばかり作っても、経営陣が劣悪だと役に立たないのは、ソニーをみればわかる。

肝心の受信料については、学生に割引するなど細かい話ばかりで、制度そのものを見直す気はないらしい。竹中懇談会のテーマになりそうな「電波の整理」についても、やめる方向で検討しているのはFMの文字放送だけだという。このように最初から枠組みをせばめてしまったら、思い切った改革などできっこない。問題は一部のCPの着服ではなく、見ても見なくても徴収される受信料という奇妙な制度への不信が高まっていることなのだ。

企業統治を論じるなら、まず検討すべきなのは、予算に国会の承認を得る「特殊法人」という経営形態である。これが変わらないかぎり、政治家に弱みを握られ、海老沢氏のような「国会対策」のプロが実権を握ることは避けられない。たしかに小泉首相のいうように、2001年の閣議決定ではNHKを特殊法人のままとすることになっているが、これは省庁の再編にともなって特殊法人を民営化したり独立行政法人に移行したりしたときのものだ。その省庁の再々編も議論するというのだから、わずか4つだけ残った特殊法人の形態を見直すのは当然だろう。

シンポジウムのお知らせ

第2回ICPFシンポジウム「通信と放送の融合:その真の姿を求めて」

通信と放送の融合が話題になっている。地上波テレビのデジタル化が進むにつれて、通信網を通じて放送コンテンツを送信することが、計画の補完手段として注目されるようになってきた。一方、通信事業者を中心に、ビデオ映像のオンデマンド配信がビジネスとして動き出している。情報通信系企業と放送系企業の間で買収合戦も起きている。これらさまざまな動きを説明するキーワードが「通信と放送の融合」である。

しかし、この言葉は、語る人によって別の意味で用いられているようだ。それを反映するかのように、「通信と放送の融合」が作り出していくであろう未来の姿も、人によってイメージが異なっている。このシンポジウムは、各界の識者の意見を戦わせることで、「通信と放送の融合」の真の姿を明らかにすることを目的とする。

主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
後援:日本経済新聞社
場所:日経ホール 
   東京都千代田区大手町1-9-5 日本経済新聞社8F(地図
月日:2006年2月22日(水)
入場料:無料
入場希望者は、info@icpf.jpまで電子メールでお申し込みください。先着順で締め切ります。

プログラム:
12時40分:開場
13時05分:総合司会兼趣旨説明 池田信夫(ICPF事務局長)
13時10分:講演1 松原聡(東洋大学教授、通信・放送の在り方に関する懇談会座長)
13時35分:講演2 林紘一郎(情報セキュリティ大学院大学副学長)「通信と放送の融合と法制度」
14時00分:休憩

14時15分:パネル討論
  モデレータ:山田肇(東洋大学教授)
  パネリスト:
   鈴木祐司(NHK解説委員 兼 放送文化研究所主任研究員)
   関口和一(日本経済新聞社産業部編集委員)
   中村伊知哉(スタンフォード日本センター研究所長)
   西和彦(尚美学園大学教授)
   藤田潔(情報通信総合研究所代表取締役社長)
   宮川潤一(ソフトバンクBB常務取締役)
  パネリストの発表(各8分)
  討論(各20分ずつ3テーマ程度)
   テーマ1:通信と放送の融合は誰のビジネスチャンスか
   テーマ2:通信と放送の融合の隘路は何か、どう解決するか
   テーマ3:通信と放送の融合と公共性、言論の自由
16時15分:閉会






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