安倍政権は「年金財政検証」を公表して参院選で民意を問え

金融庁の報告書の「年金が2000万円足りない」という試算をめぐって国会が荒れ、麻生財務相(金融担当相)が報告書の受け取りを拒否する異例の事態に発展した。しかしこれは4月に金融審議会の市場ワーキンググループに提出された厚労省の資料に書かれている2017年の総務省「家計調査」のモデルケースで、今ごろ財務相が拒否してもしょうがない。



注目されるのは、厚労省が「社会保障給付が19万1880円」と想定している点だ。この数字は、厚労省が検討中の年金財政検証の標準的なケースの計算結果に近いと思われる。財政検証は5年に1度おこなわれるもので、前回は2014年6月3日に発表されたが、それからちょうど5年たっても発表の予定が決まっていない。

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「一応の目的」だったインフレ目標は終わった

ブルームバーグによると、きょうの参議院予算委員会で、安倍首相は次のように答弁した。
2%の物価安定ということが一応目的だが、本当の目的は例えば雇用に働き掛けをして完全雇用を目指していく、そういう意味においては金融政策も含め、目標については達成している。それ以上の出口戦略うんぬんについては日銀にお任せしたい。
アベノミクスの旗印だったデフレ脱却やインフレ目標は「一応の目的」で、本当の目的は「完全雇用」だったのか。これで日銀はハシゴをはずされ、安倍政権は財政政策に舵を切ったわけだ。それは政治的には正しい。雇用に関心をもつ人は多いが、インフレ率なんてほとんどの人は知らないからだ。

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「財政支配」の時代の経済政策のルール

財政バラマキのMMTが世界的な広がりをみせている背景には、ゼロ金利で金融政策がきかなくなった行き詰まりがある。これはシムズが指摘したことで、国債の残高が大きくなった時代には、貨幣(無利子の政府債務)だけを調節してもマクロ経済はコントロールできない。国債とマネタリーベースをあわせた統合政府の債務管理が必要だ。

今まで政府の債務ルールは単純な均衡財政主義しかなかったが、これには理論的根拠がない。渡辺努氏の整理によると、中央銀行と政府の役割は次のようになる。「能動的な金融政策」はインフレを抑制する中央銀行、「受動的な金融政策」は財政に従属する中央銀行の政策である。「能動的な財政政策」は積極財政、「受動的な財政政策」は均衡財政を示す。

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1990年代以降の先進国のマクロ経済政策は、能動的な中央銀行と受動的な財政を組み合わるCの金融支配だったが、金融政策がきかなくなってDに移行しつつある。これは受動的な中央銀行と受動的な財政の組み合わせなので、経済がコントロールできなくなって不況とデフレが続く。それよりBの財政支配のほうがましだ、というのがシムズの主張である。

Bは受動的な中央銀行と能動的な財政の組み合わせなので、中央銀行の独立性には意味がなく、財政を規律するルールが必要になる。憲法では国会が予算を決めることになっているが、政治家はつねにインフレを好むので、財政支配になるとインフレに歯止めがきかなくなるというのが、1970年代のスタグフレーションの経験だ。しかし今はインフレを心配する時期ではない、とシムズはいう。

続きは6月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

老後の不安を解決する「社会保障国債」

金融庁の報告書が、ちょっと話題になっている。これは夫65歳以上、妻60歳以上の世帯の月収が約20万9000円に対して支出が約26万4000円で「毎月の赤字額は約5万円」なので、95歳まで生きるとすると、貯蓄は2000万円以上必要という計算である。



これを野党が「年金は100年安心じゃなかったのか」と騒ぎ、麻生金融担当相が「あたかも赤字になるような表現は不適切だった」と国会で釈明したが、あやまる必要はない。「100年安心」というのは厚労省の公式見解ではなく、「100歳まで年金だけで生活できる」という意味でもない。それは「100年後も年金財政は破綻しない」という意味である。

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財政政策にこっそり軸足を移したアベノミクス

NYタイムズが、MMTと安倍政権の微妙な関係について、皮肉な記事を書いている。アメリカのMMT経済学者は「日本はMMTの成功例だ」と賞賛するが、日本政府はそれを認めない。国会で「安倍政権はMMTを実行してるんじゃないか」と質問されても、安倍首相も麻生財務相も黒田総裁も否定する。それを認めると、金融政策のタブーになっている財政ファイナンスを認めることになるからだ。

安倍第2次内閣の当初の発想では、日銀が「輪転機ぐるぐる」でお札を印刷すれば、財政赤字を増やさなくてもデフレは脱却できるはずだった。黒田総裁も消費税の増税を延期すると金利急騰の「どえらいリスク」があると反対し、その景気への悪影響を量的緩和でカバーするはずだった。しかし2014年の増税で景気があやしくなり、量的緩和が空振りに終わってから、安倍首相は財政バラマキに回帰し、黒田総裁とのずれが大きくなった。

もともと黒田総裁はどマクロのリフレ派ではなく、日銀が「インフレ期待」を作り出して物価を上げるという(主流派に近い)発想だった。これは財政健全化を進めながら成長を実現する財務省の方針と整合的だったが、素朴ケインズ主義に近い安倍首相とは違っていた。しかし今や量的緩和は、財政ファイナンスの意味しかなくなった。ここで「金融政策は無意味だ」というMMTを認めると日銀は宙に浮いてしまい、アベノミクスを根底から否定することになる。

続きは6月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「頭脳資本主義」で日本は没落する

純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落
1980年代にPCが登場したときは「コンピュータが小さくなるだけだろ」といわれ、90年代にインターネットが登場したときは「電子メールができるだけだろ」といわれた。それによって社会が変わると思った人は少なかった。人工知能(AI)は今、同じような状況にあるが、これによって社会を変える大変革は起こるだろうか。

私は起こらないと思う。なぜなら、すでにITで変化は起こったからだ。いまAIと呼ばれているものは「機械学習」であり、それほど画期的な技術革新ではない。画像認識や音声認識などのインターフェイスはよくなり、日常言語で命令したら動くロボットもできるだろうが、それは今のITの延長上であり、質的に違うことが起こるわけではない。

しかし長期的には、ITは社会を大きく変えるだろう。すでに工場は自動化され、外食ではタッチパネルで注文できるようになった。こういう変化が、あらゆる分野で起こるだろう。労働市場が機能していれば雇用が絶対的に失われることはないが、労働の質は変わるだろう。ホワイトカラーは減り、医療・介護・外食などの対人サービス業が増える。雇用は非正規化し、格差は拡大するだろう。

この意味で変化は1990年代に始まったのであり、それが「長期停滞」の本質である。アメリカはITによるグローバル化の中で「頭脳」に特化して一部の企業が高い収益を上げ、中国は「製造」に特化して成長したが、どっちにもなれなかった日本は没落するしかない。本書はこういう技術のおさらいとしては便利だが、本質的に新しいことが書いてあるわけではない。

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NHKのネット同時配信はなぜ「民業圧迫」なのか

NHKは今年度中にインターネットの常時同時配信を始める予定だが、これに対して民放連は強く反対してきた。その理由は「民業圧迫」だというが、これは変な話である。民放はネット同時配信をしていないので、圧迫すべき民業はないからだ。

TVerという民放共同のオンデマンドのサイトがあるが、その存在すらほとんど知られていない。民放は「ネット配信はもうからない」というが、もうからないならNHKに圧迫されることもないだろう。

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日本は「仮想通貨」の世界最先進国だった

大坂堂島米市場 江戸幕府vs市場経済 (講談社現代新書)
仮想通貨は、最近始まったものではない。実体をもたない仮想的な証券という意味では、株式も債券も「仮想通貨」である。このような広い意味での仮想通貨が、世界で最初に発達したのが日本だった。大坂の堂島には全国の大名が年貢として徴収した米が集まり、1650年ごろまでには市場ができた。

ここで取引されたのは米ではなく、大名が米の代金(銀)を受け取ったという「米切手」と呼ばれる証文だった。これは1枚で1.5トンの米に相当するが、堂島ではこれが米に交換されることはなく、米切手が取引された。したがって堂島は、米市場というより証券市場といったほうがいい。

ここまでは同時代のヨーロッパにもあるが、堂島の特徴は先物取引が行われたことだ。これは「帳合い」と呼ばれ、米切手を売って一定期間後に買い戻し(あるいはその逆)、決済のときその差額を相殺する。今の株式の信用取引のようなものだが、決済しても米は動かないので、日経225のような指数先物取引に近い。

このような洗練された証券市場が日本で発達したのは、契約が確実に実行される信頼関係があったからだ。契約を担保したのは法的な強制力ではなく、商人の濃密な人間関係だった。取引に参加できるのは市場のメンバーと面識のある商人に限られ、帳合いの取引履歴は取引所で集中管理され、一度でもデフォルトした商人は追放された。

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財務省はなぜ自民党に敗北したのか

財務省と政治 - 「最強官庁」の虚像と実像 (中公新書 2338)
消費税は多くの政治家の運命を翻弄した「魔の税」である。最初に「一般消費税」を公約に掲げたのは大平正芳だったが、1979年の総選挙で大敗して「40日抗争」をまねき、翌年の総選挙の最中に急死した。中曽根康弘は総選挙で「大型間接税はやらない」といいつつ売上税法案を出したが、国会で廃案になった。

大蔵省は竹下派の政治力に期待し、公共事業で自民党に貸しをつくって増税の計画を進めた。消費税ができたのは、竹下内閣の1989年だった。大蔵省はその後継者と目された小沢一郎氏に運命を託し、『日本改造計画』の編集長も大蔵省の課長がつとめた。そこには「消費税10%」が明記されていた。

しかし小沢氏は、その直後に離党した。バラバラの細川内閣を束ねたのは大蔵省をバックにした小沢氏の求心力だったが、大蔵省は自民党と対決する結果になった。1993年に小沢と斉藤次郎次官が仕組んだ「国民福祉税」は失敗し、小沢は1年足らずで政権を失った。55年体制では自民党との貸し借りで「夫婦も同然」の関係を築いてきた大蔵省が「下野した途端に冷たくなった」と自民党は恨み、報復が始まった。

大蔵省は不良債権処理で失敗を重ね、その権威は失墜した。政府債務が急速に膨張してGDPの100%を超えたのは、住専への公的資金投入で大蔵省が批判を浴びた1996年である。その後20年余りでさらに倍増した政府債務は、かつての「最強官庁」財務省が自民党との闘いに敗れたことを示している。

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マイナス金利が銀行を袋小路に追い詰める

ブランシャールの提言で驚くのは、日本の影の金利がマイナス8.3%という推定だ。これは量的緩和と同じ効果を金利で出すには政策金利がどれぐらい下がる必要があるかという計算だが、マイナス8%はいくら何でも極端ではないかと思って、元のNZ中央銀行のデータを調べてみると、これほど大きなマイナスは日本だけだ。

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日米欧の「影の金利」

図のようにアメリカでもEUでも一時はマイナスになったが、アメリカは最近はプラスに戻っている(現実の政策金利とほぼ同じ)。ユーロ圏も一時は日本よりひどかったが、最近はマイナス4%程度に戻っている。ところが日本だけは、安倍政権で大きく影の金利が下がったまま戻らない。量的緩和が激しかったため、それと同じ効果を出す金利が下がったわけだ。

理論的には日銀当座預金の金利を大幅なマイナスにすればいいが、これは銀行の経営を悪化させ、逆効果になるおそれが強い。Eggertssonなどの実証分析によると、スウェーデン中央銀行のマイナス0.5%の政策金利で貸出金利は上がり、GDPは下がったという。それは銀行を袋小路に追い詰めるだけなのだ。続きを読む






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