年金制度で若者は損するの?

このごろベーシックインカムがちょっと話題になっています。先日は「1人7万円のベーシックインカムにすれば社会保障はいらなくなる」という竹中平蔵さんの話がネットで炎上しました。おもしろいのは若者のほとんどがベーシックインカムに反対で「今の社会保障を守れ」という意見だったことですが、これは錯覚です。

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日本ではなぜ電波オークションができないのか

今年のノーベル経済学賞は、私の予想通りポール・ミルグロムとロバート・ウィルソンが受賞した。オークションについては1996年のヴィックリー以来、賞が出ていないので、遅すぎるぐらいだ。ミルグロムの理論は数学的には新しいものではないが、これを電波オークションとして実用化した功績は彼のものである。

アメリカでは2016年に600MHz帯をオークションにかけ、T-Mobileが落札して5Gのサービスをすでに開始している。このオークションで一番ややこしかったのは、この帯域をテレビ局が占有しており、それを立ち退かせないとオークションができないことだった。FCCではテレビ局を立ち退かせる制度設計を考えていたが、これは複雑で実用化できなかった。

そこで私は2003年に帯域を買い取るオークションを設計する論文を書いた。これはテレビ局のもっている電波を政府が逆オークションで買い上げるもので、FCCのペッパー局長の参加した会議で発表したら彼が認め、その後FCCがこれを「インセンティブ・オークション」として実用化した。

日本でも同じ問題があるが、逆オークションは必要ない。日本の地デジでは周波数がソフトウェアで変更できるので、テレビ局を立ち退かせなくても、SFNという技術で電波が区画整理できるのだ。テレビ局は今まで通り放送ができ、空いた帯域に入ってくるのは通信業者なのでテレビとは競合しない。これは私が規制改革推進会議で発表して総務省も認めたが、闇に葬られてしまった。

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「2050年CO2排出ゼロ」は原発なしで実現できない

菅首相の所信表明演説の目玉は「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」という目標を宣言したことだろう。これは正確にはカーボンニュートラル、つまり排出されるCO2と森林などに吸収される量の合計をゼロにすることだが、今まで日本政府は公式に約束してこなかった。技術的に不可能だからである。

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憲法は社会主義の代用品

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
学術会議騒動の一つの原因は、任命されなかった6人に宇野重規氏と加藤陽子氏が入っていたことだろう。彼らは極左というわけではなく、宇野氏については私もブログで高く評価したことがある。加藤氏も公文書管理法に協力した「御用学者」で、政権が敵視すべき人物とは思われない。

2人が拒否されたのは、安保法制反対の中心となった「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人だったからだろうが、戦時期の日本を専門とする加藤氏が日米同盟(集団的自衛権)を否定するのは信じがたい。この背景には、日本のリベラル固有のバイアスがあると思われる。

本書も指摘するように、近代戦の勝敗を決めるのは軍事同盟による戦力のバランスであり、日米戦争に突入した最大の分岐点は1940年の三国同盟締結だった。日本の指導者が、来たるべき大戦でドイツが英米に勝つと信じていたからだ。こういう歴史記述はよくも悪くも常識的だが、そこから得られる教訓は、現代でも日米同盟で中国に対する戦力の優位を維持することが重要だということだろう。

ところが終章になって唐突に憲法論が展開され、長谷部恭男氏の孫引きで「戦争の目的は他国の憲法を書き換えることだ」という話が出てくる。この根拠はルソーの草稿だというが、これは最近の研究では文献学的に疑問とされている。最近公刊されたルソーの『戦争法原理』には、そういう記述は見当たらない。

そもそもルソーの時代には、憲法(Constitution)は存在しなかった(世界最初の憲法は1789年の合衆国憲法)。戦争は憲法どころか文字もない石器時代から続いてきた普遍的な現象なのに、日本の左翼はそれを憲法論でしか語れない。第9条の「平和主義」が戦争を防いでいるというフィクションを守らなければならないからだ。

かつての左翼には社会主義という普遍的な思想があったが、冷戦が終わって失われた。日本でその代用品として使われたのが憲法だが、これには思想としての中身も普遍性もない。第9条の一方的非武装主義は、海外の左翼にもない主張だ。

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軍事技術が近代科学を生んだ

学術会議の「軍事研究の禁止決議」が話題になっているが、こんな決議をすること自体が、日本の科学者(正確には一部の文系学者)が科学も技術も理解していないことを示している。

人が外界を認識するとき「裸の事実」を見ることはできず、既存のパラダイムを通じて認識する。それを事実で反証することはできない。コペルニクスが地動説を提唱したのは1543年だが、ローマ教皇がそれを公式に認めたのは1992年である。

古典を暗記して既存のパラダイムを忠実に継承する弟子が出世するのが、世界共通の学問の伝統である。儒学でも四書五経の43万字を暗記することが必修で、文章はそれを引用した四六駢儷体で書くのが知識人の作法だった。この訓詁学の伝統は、学術会議の文系(特に憲法学者)にも受け継がれている。

既存のパラダイムをデータで否定する実証主義は、16世紀以降のヨーロッパだけに生まれた特異な思想である。それはヨーロッパ人が新大陸やアジアを植民地支配するようになったからだ。天動説にもとづく羅針盤では、船の正確な位置がわからず難破してしまうので、まず航海術で地動説が採用されるようになった。

ヨーロッパ以外の世界で秩序を維持する上ではキリスト教の教義は無力なので、実戦で証明された技術が世界制覇の武器だった。16世紀の軍事革命で生き残ったのは、最大の破壊力をもつ重火器の技術を開発した都市国家だった。国家の存亡を決める軍事技術が近代科学を生んだのであり、その逆ではない。

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反緊縮って何?

このごろ政治家に「反緊縮」を掲げる人が増えてきました。山本太郎さんみたいな極左がいうのは昔からですが、このごろ自民党にもそういう政治家が増えてきました。こういう人のいうのは「政府はお札を印刷できるんだから、もっとお金をばらまけ」という話です。

これはよい子のみなさんにもわかりやすいですね。国債(国の借金)をいくら発行しても、日銀がそれを買い取ればいいんだから、借金がいくら増えても気にしなくていい。給付金をどんどん国民にばらまき、インフレになったら止めればいい――というのはだれでもわかる単純な理屈ですが、本当でしょうか?

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マイナポイントで「マイナス金利」ができる

わが家にもマイナンバーカードがやってきた。7月8日に申請して受け取ったのが10月19日という事務処理の能率の悪さにも驚いたが、そのデザインにもあきれた。笑ってしまうのは、裏面のマイナンバーを袋で隠していることだ。これでは袋から出したら丸見えである。

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これはマイナンバーがIDかパスワードかという設計思想に迷いがあるからだが、マイナンバーはIDである。それは本人を識別する記号だから氏名と同じで、隠す必要はない。本人認証はICカードでするので、パスワードがあればいいのだ。パスワードが4種類もあるのも設計が混乱している。

しかしマイナポイントをプリペイドカードなどにチャージできるしくみはおもしろい。これでマイナンバーと銀行口座が紐づけられ、1人5000円の給付金を出すのと同じ効果がある。事務コストはいちいち申請して現金を配るよりはるかに小さいから、永江一石さんのいうように、ポイントを使えば簡単に給付金が出せる。

このポイントを期限つきにすれば、マイナス金利をつけることができる。たとえば国民全員に5万円のマイナポイントをつけ、これが5年間有効だとすると、毎年マイナス20%の金利をつけるのと同じだ。これは2008年にTyler Cowenが提案した期限つき電子マネーと同じで、貯蓄に回らないので景気対策としての効果が大きい。

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自衛官の入学拒否についての毎日新聞の「ファクトチェック」は誤報である

毎日新聞が「ファクトチェック」と称して、櫻井よしこ氏の発言を誤りと断定している。これがファクトかどうかチェックしてみよう。

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学術会議の独立性を制度的にどう担保するか

学術会議をめぐる論争は、安保法制と同じ色分けになってきた。反対派は憲法第9条の代わりに第23条(学問の自由)を振り回し、政府を擁護する側は「反日」だとか「中国と協力した」というが、これは的外れだ。問題はそのいびつな制度設計にある。

学術会議は戦後の混乱期にGHQの指導でつくられたため、内閣直属の政府機関で研究者の直接投票という世界にも類のない制度で発足した。これを最大限に利用したのが共産党だった。直接投票という制度の欠陥を利用して大量の党員を送り込み、極左的な決議を発表させた。

これに対して自民党の反発が強まり、政府は1984年に学会推薦にした。その後も民営化しようとしたが、学術会議はこれを拒否し、2005年に会員推薦に変えただけだ。その結果、会員が自分の後任を決める縁故採用になって政府は口を出せず、民主的統制のまったくきかない治外法権になった。

これは国家公務員の人事としては考えられないので、内閣が選別するのは当然だ。「学術会議だけ特別に無条件で任命しろ」という要求は、法的に認められない。だが任命の基準が明確でないと、恣意的な政治介入が行われるおそれがある。本質的な問題は、研究機関や学術団体の独立性を制度的にどう担保するかということである。

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日米戦争をしたくなかった東條英機

東條英機 「独裁者」を演じた男 (文春新書)
学術会議をめぐる議論では「戦前に回帰するものだ」という話がよく出てくる。こういう人は東條英機がトップダウンで反対派を排除して戦争に突入したと思っているのだろうが、史実は逆である。東條は日米戦争で勝てる見込みがないことを知っていた。彼の迷いを押し切ったのは、ボトムアップの強硬派の圧力だった。

1941年10月14日の閣議で東條陸軍大臣は、中国からの撤兵を求めるアメリカの要求を断固として拒否する演説を行なったが、同じ日に彼は木戸内大臣と会談して「海軍の決心に何か変化ができたのか」と質問し、変化があったのなら「既に定まった国策(日米開戦)がそのままやれるかやれぬか」考えるとのべた。杉山参謀総長にも同じ話をしている。

ところが彼は、閣議では「海軍の肚が決まらぬなら内閣総辞職しかない」という強硬論を主張した。近衛内閣を倒して東久邇宮内閣をつくり、開戦の責任から逃れようとしたのだ。そのもくろみ通り内閣は倒れたが、近衛の後任として大命が下ったのはなんと東條だった。

これは強硬派の東條しか軍を抑えられないと考えた木戸の奇策だったが、東條を高く買っていた昭和天皇も賛成した。天皇の意を受けて東條は外交による打開の道を模索したが、すでに陸軍と参謀本部の大勢は開戦論で固まっており、これを「大臣の変節なり」と攻撃した。東條は自分の主張した強硬論に自縄自縛になってしまったのだ。

10月23日、東條は嶋田海軍大臣に「今更後退しては支那事変20万の精霊に対して申し訳ない。されど日米戦争ともなれば更に多数の将兵を犠牲とするを要し、誠に思案に暮れている」と述懐した。彼は嶋田に「戦争はできない」と言ってほしかったのだろう。

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