「民主的な国家」は存在しない

民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義
デヴィッド・グレーバーが急死した。まだ59歳の若さだった。日本ではあまり知られていないが、英米ではウォール街デモを指導した「アナーキズムの旗手」として有名だ。彼の『負債論』は、貨幣の本質は交換手段ではなく国家権力であることを実証して、この分野のランドマークとなった。

本書はそれと並行して書かれた彼の国家論だが、彼の一貫した思想は、民主的な国家は存在しないということだ。国家は原初的なコミュニティの戦争の中から生まれた暴力装置であり、人民が主体になるという意味の民主的な制度ではない。現代の普通選挙は、その語源以外に古代ギリシャのデモクラシーと共通点はない。

アリストテレスは、政治形態は軍の組織で決まると指摘している。騎兵隊が主力の場合は数少ない馬に乗れる騎兵が支配する貴族制が適しているが、武装した歩兵が主力になる場合には民主制が適している。民主制は歩兵が自分の生死を決める制度であり、戦争に参加しない女性や奴隷とは無関係だった。続きを読む

奴隷制と植民地支配が資本主義を生んだ

資本主義と奴隷制 (ちくま学芸文庫)
Black Lives Matterはウィスコンシン州の銃撃事件で再燃し、トランプ大統領はこれを政治的に利用している。日本人には想像がつかないが、黒人問題はアメリカ人が永久に背負わされた十字架であり、黒人暴動がいかに粗暴であっても、白人は謝罪し続けるしかない。それは資本主義の原罪だからである。

本書は1944年に出版された本の邦訳である。今では実証的に疑問もあるが、西インド諸島の奴隷経済がイギリス産業革命の原因であって、その逆ではないという「ウィリアムズ・テーゼ」は、ウォーラーステインに近代世界システム論の先駆と評価された。著者はカリブ海の黒人解放運動を指導し、のちにトリニダード・トバゴの首相になった。

といっても黒人の恨みつらみが書いてあるわけではなく、客観的データで奴隷制がいかにして資本主義を生んだかを論じている。新大陸のプランテーションで最初に使われたのは先住民だったが、彼らは疫病に弱く、労働力としては役に立たなかった。

そのあと使われたのはヨーロッパから連れてきた白人だったが、劣悪な労働条件では労働者は十分集まらなかった。特にプランテーションの中心だったカリブ海では黄熱病とマラリアが流行したが、白人はこれに弱かった。その穴を埋めたのが、アフリカから輸入した1500万人の黒人奴隷だった。

黒人は黄熱病とマラリアに免疫があったので、カリブ海ですぐれた労働力になった。黒人奴隷は商品として自由貿易の対象だったので、安価で供給量も十分だった。西アフリカから輸入した奴隷を使ってカリブ海で砂糖を生産してイギリスに輸出し、イギリスがアフリカに織物を輸出する三角貿易による膨大な利潤が、資本の「本源的蓄積」になったのだ。

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続きは9月7日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

1ドル=200円で日本経済はよみがえる?

アベノミクスは不発に終わり、安倍首相の辞任会見に「アベノミクス」という言葉は一度も出てこなかった。金融政策にできることはもうないというのが世界的なコンセンサスだが、まだ残された手段があるかもしれない。

日本経済の最大の問題は貯蓄過剰による総需要の不足だという点で、多くの経済学者の意見は一致しているが、その原因は謎である。特に企業がGDP比で25%以上も貯蓄しているのは世界に類を見ない異常な現象だが、先週紹介した深尾京司氏の本にその謎を解くヒントがある。

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図のように1970年ごろまで日本の貯蓄率は高かったが、投資も旺盛だったので、民間貯蓄と民間投資はバランスしていた。それが70年代から投資が落ち込んだため、貯蓄超過というより投資不足が起こったのだ。

その原因として、この時期に変動相場制に移行したことが考えられる。1971年までは1ドル=360円だったが、変動相場制で200円台になり、1985年のプラザ合意で120円台になった。この急激な円高で輸出産業の投資が大幅に落ち込む「円高不況」が起こった。

日本の大きな貿易黒字は貿易摩擦の原因になり、アメリカが「黒字減らし」の圧力をかけた。このとき(私を含めて)多くの人が「貿易黒字を減らすために円高になるのはしょうがない」と思ったが、経常収支がゼロになる必要はない。マクロ経済のISバランスでは

 貯蓄-投資=経常収支黒字+財政赤字

なので、投資が減ったら大幅な貿易黒字が出るのは当たり前である。つまり日本の貿易黒字は多すぎたのではなく、少なすぎたのだ。内需の不足を補うには外需(輸出増)が必要で、そのためには円安が必要だった。その意味では1ドル=360円のほうが貯蓄と投資を一致させて完全雇用を実現する均衡実質為替レートに近かった。

大幅な投資不足になると金利が(自然利子率まで)下がり、投資が増える。それが1980年代後半に起こったバブルである。上の図のように1990年ごろには貯蓄=投資になったが、バブルが崩壊して、また大幅な投資不足に陥った。その最大の原因も円高だった。

経常収支の大幅な黒字は、今も基本的に変わっていない(貿易収支より所得収支の黒字が大きくなった)。1ドル=100円前後というのは均衡レートに比べると大幅に円高なので、もし1ドル=200円ぐらいに誘導できれば、中国との価格差がなくなって生産拠点が国内に戻り、投資不足は解消できるかもしれない。

これは政治的にはきわめてむずかしい問題だが、あとの議論はアゴラサロンで。

安倍首相の憲法改正を挫折させた日本人の「古層」



安倍首相の辞任について、世界中から多くの論評が寄せられている。彼の経済政策についての評価は高くないが、外交・防衛政策についての評価は高い。Economist誌の元編集長ビル・エモットはこう評している:
安倍首相は依然として弱い経済を残して去るが、防衛と外交の問題において日本をより強く、独立した国にした。彼の後継者は誰になろうとその道を続ける可能性が高く、これは東アジア全体の平和とルールにもとづく国際秩序の支持者にとって朗報である。

続きはアゴラで。

世界経済史から見た日本の成長と停滞

世界経済史から見た日本の成長と停滞: 1868-2018 (一橋大学経済研究叢書 67)
アベノミクスが失敗に終わった一つの原因は、安倍首相に学力がなかったことだろう。「輪転機をぐるぐる回してお札を印刷すればインフレになって景気がよくなる」といった幼稚な話を首相が信じ、今井補佐官を初めとする経産省の「官邸官僚」も財政バラマキしか知恵がなかった。

彼らが知っているのはケインズのIS-LM理論ぐらいだろうが、それは短期の理論であって、長期停滞を脱却する役には立たない。いくら給付金をばらまいても減税しても、民間の需要が高まり、生産性が上がらない限り、バラマキが終わったら停滞に戻るだけだ。

本書は1868年から2018年までの超長期の計量分析をもとに現在の長期停滞を分析したもので、その原因は大きくわけて三つある。

第一の原因は貯蓄過剰である。戦後の日本では貯蓄率が高かった。90年代以降、家計貯蓄率は下がったが、民間投資が減退して企業貯蓄率が上がり、ほぼ一貫してGDPの25~30%が貯蓄されている。これが慢性的な需要不足をまねいてデフレの原因になった。

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第二は生産性上昇の停滞である。1990~2015年の平均労働生産性上昇率は1.4%。これは近代日本の歴史上最低であるばかりでなく、英米でもここ100年以上なかった深刻な停滞だ。この原因は、非製造業(特に中小企業)のTFP(全要素生産性)上昇率の低下である。

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第三は国際分業の深化である。特に電機産業は海外生産が国内生産を上回り、輸入産業になった。グローバリゼーションは避けられないが、対内直接投資が強く規制されているため、外資による日本企業の買収がほとんどなく、国内産業の資本効率が低下した。続きを読む

安倍政権の「ブレジネフ時代」の後には何が来るのか


これは言いえて妙である。ブレジネフ時代(1964~82)にソ連の社会主義体制は老朽化し、破綻していたが、既得権を守って問題を先送りし、長期政権を維持した。その後はアンドロポフ(1982~84)やチェルネンコ(1984~85)と短命政権が続いたが、ゴルバチョフ(1985~91)がやった改革で、ソ連そのものが崩壊した。

日本経済が当時のソ連のように破綻しているわけではないが、日本型資本主義の老朽化は社会主義末期に近い。特に問題なのは、大企業から中小企業まで雇用維持を至上命令とする労働者管理企業になっていることで、この点はソ連と似ている。

日本企業の意思決定は内部昇進の経営者(労働者の代表)が行うので、資本が浪費される。ソ連と違うのは市場の競争で浪費に歯止めがかかることだが、長く続いたゼロ金利で金融市場の規律がきかなくなった。資本を浪費する中小企業が保護を受けて生き延び、利益剰余金(いわゆる内部留保)が450兆円にのぼる。

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ソ連の国営企業に相当するのは、この中小企業である。安倍政権を支えた今井尚哉補佐官を中心とする経産省の官僚に一貫した方針があるとすれば、中小企業を税制や補助金で延命して役所の権限を拡大することだった。この点はソ連の「ノーメンクラツーラ」と似ている。コロナ不況でばらまいた巨額の「持続化給付金」は、その集大成である。

ブレジネフのアナロジーが今後も続くとすると、何代か短命政権が続いて混乱しているうちに、日本経済が完全に行き詰まって中小企業が整理・統合されるときが来るだろう。それが金利上昇という形で起こるのか、資産バブル崩壊という形で起こるのかはわからないが。

続きは8月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

安倍政権はリベラルな「弱い内閣」だった



安倍首相が辞任を表明した。外交・防衛の分野では、安保法制で集団的自衛権を認めて日米同盟を正常化したことが最大の業績だと思うが、経済政策ではこれといった成果がない。アベノミクスの結果はみじめなものだ。



続きはアゴラで。

「ゼロリスク脳」とのつきあい方

新型コロナ騒動は客観的には大勢が決したと思うが、世論は意外に動かない。NHK世論調査では「緊急事態宣言を出すべきだ」と答えた人が57%にのぼった。きょう出るとみられる指定感染症の見直しについても、マスコミでは否定的な意見が多い。

こういう現象は9年前の福島第一原発事故のときも起こった。微量の放射能を恐れる人々は「放射脳」と呼ばれてバカにされたが、今回の「コロナ脳」はそれより多い。福島のときは冷静にリスクを見た人が、「ウイルスを根絶しろ」などという非合理的な主張をしている。このような行動様式には法則性がある。

続きはアゴラで。

無差別PCR検査は医療現場を混乱させるだけ



安倍首相は、あすの記者会見で新型コロナの指定感染症の指定を見直し、医療現場の負担を緩和する方向だ。そんなときに世田谷区内の介護施設や保育所の職員など2万3000人に無差別PCR検査を実施する保坂区長の方針は、世田谷区に風評被害を起こし、医療機関の負担増をまねくものだ。

これに対しては、世田谷区医師会もホームページで「世田谷モデルは医師会とは無関係だ」と表明し、こう批判している。
世田谷モデルの提唱する「誰でも、いつでも、何度でも」は、いわゆる社会的検査ニーズに応えるためのものです。渡航前、施設入所前、手術前、介護や保育、教育現場など社会的検査のニーズは高まっていますが、現状受け入れ先が無く、医療的検査の現場に紛れ込んできているのが実状です。そのために医療の必要な患者さんへの対応が遅れるような事があってはなりません

保坂区長は「医師会の協力がなくても検査会社に委託して検査する」というが、病院の協力なしで2万人以上検査して、陽性者をどこに入院させるのか。プール方式なる検査方法は厚労省が認可していないので、陽性になっても隔離できない。擬陰性が30%ぐらいある上に、結果が出るまでに1週間以上かかり、終わったときには体内にウイルスはいないので隔離する意味もない。

特に問題なのは、保育所の職員1万人に行う調査だ。日本で10歳以下の子供がコロナで死亡した例は1人もない。その職員に検査するのは有害無益である。介護施設は今でも必要な職員や入所者は保健所が検査しているので、それに上乗せして無差別検査をするのは、医療現場を混乱させるだけだ。

このように無差別PCR検査は無意味だという点は、米CDCも新しいガイドラインで明記している。「希望者全員PCR検査が世界の常識だ」という評論家がいるが、これは嘘である。CDCはもともと無差別の検査は推奨していない。今回は感染者に接触した人もすべて検査する必要はないと釘を刺した。

続きは8月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

「指定感染症」を解除しないとボトルネックは解消しない

多くの医師が要望し、アゴラでも提案してきた新型コロナの「指定感染症」の見直しが、やっと行われる見通しになった。産経新聞によると、28日にも安倍首相が記者会見して、感染拡大防止に向けた「新たな対策パッケージ」を発表する予定だという。

このニュースをめぐる反応に誤解が多いが、コロナは1月28日に閣議決定された政令にもとづく「指定感染症」であって「2類感染症」ではない。厚労省はこれを感染症法の「2類相当」と説明したが、2月14日に改正された政令で「無症状病原体保有者を新型コロナウイルス感染症の患者とみなして、入院の措置の対象とする」と決めた。これは「1類相当」で、エボラ出血熱やペストと同じである。

感染症法では「都道府県知事は当該患者を入院させるべきことを勧告することができる」と定めているが、これが医療現場では入院義務と受け取られ、無症状の陽性者で病院のベッドがあふれ、ホテルに収容する事態となった。

今回の対策パッケージでは指定感染症の指定解除ではなく、この2月14日の政令を実質的に撤回して、無症状者を入院対象から除外するものと思われる。これによって「1類相当」だったコロナが「2類相当」に格下げされ、無症状の陽性者は入院費が自己負担になる。

続きはアゴラで。









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