日本医師会が「医療緊急事態」を打開するためにできること

きのう日本医師会など9団体が「医療緊急事態宣言」を出した。それによると日本は医療崩壊の瀬戸際で、このままでは「国民が通常の医療を受けら れなくなり、全国で必要なすべての医療提供が立ち行かなくなります」という。

医療が逼迫していることは事実だろうが、日本のコロナ死亡率はヨーロッパの1/50で、人口あたり病床数は世界一である。それが本当に崩壊の危機に瀕しているのだろうか。



続きはアゴラで。

政府が非常事態で命令できない国

医師会などの騒いでいる「医療崩壊」は、アゴラでも書いたように医療資源の絶対的な不足ではなく、医療資源の配分のゆがみである。これは経済問題としては単純で、安倍政権の専門家会議の方針のように、感染症対策の目的はウイルスの撲滅ではなく流行のピークを下げることである。

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上の図の横軸を場所と考えると、ある地域の感染が「医療対応の限界」を超える場合には、その患者を他の地域に移すか、他の地域からの応援で片寄りをフラットにしてピークを下げればいい。ところが日本の医療法では、行政が民間病院の医療資源を配分できない。

この問題を解決する便法として厚労省が使っているのが指定感染症だが、これも指定医療機関にコロナ患者の受け入れを強制できない。感染症法19条は「都道府県知事は感染症指定医療機関に対し当該患者を入院させるべきことを勧告することができる」と定めているだけで、指定医療機関がその勧告に従う義務も罰則もない。

いまだに「ロックダウンしろ」という人がいるが、日本ではヨーロッパのようなロックダウン(罰則つきの外出禁止令)はできない。特措法45条は都道府県知事が住民に「みだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる」と定めているだけだ。

ロックダウンは「移動の自由」という基本的人権の侵害なので、非常事態条項がない憲法では不可能だ。立法論としてはありうるが、やるなら憲法を改正するしかない。その歯止めなしで政府が恣意的にロックダウンすることは危険である。

要するに日本では、非常事態に政府が民間に命令できる根拠法が何もないのだ。これは憲法で戦時体制を想定していないことが原因だが、本物の危機になったとき、これで大丈夫なのだろうか?続きを読む

政府はなぜ指定感染症を延長するのか

厚生労働省の感染症部会は、来年1月末で切れる新型コロナの「指定感染症」扱いを、2月以降も延長する方針を決めた。この理由は「医療崩壊を避けるため」ということになっているが、これはおかしい。



先週の言論アリーナで森田洋之さんも指摘したように、人口あたりベッド数が世界一で、コロナ死亡率がヨーロッパの1/50の日本で、医療崩壊が起こるはずがない。医療が逼迫しているとすれば、問題はコロナウイルスではなく医療資源の配分のゆがみにある。機材よりも医師・看護師の配分が硬直化している。

続きはアゴラ

検閲するGoogleはやめてBingを使おう

グーグルが司法省に提訴され、フェイスブックがFTCに提訴されるなど、最近GAFAに風当たりが強まっている。無料で提供されるサービスに独禁法を適用するのはむずかしいが、情報のバイアスという点ではプラットフォーム独占の弊害は大きい。

グーグルはこのごろ検索結果のバイアスが強くなり、システム管理者を悩ませている。たとえば「感染症 アゴラ」で検索すると、図の左のように「サイエンスアゴラ」が3件も出てきて、「こまばアゴラ劇場」、「アゴラ内科クリニック」が2件、ホルモン焼き「アゴラ」が出てくるが、最初のページに言論プラットフォーム「アゴラ」の記事は1本も出てこない。

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これに対してマイクロソフトのBingで検索すると、右のように最初のページの10本中7本はアゴラの記事である。本来のグーグルのアルゴリズムのように重要な情報を上位にランクすると、ここに出ている記事は数万のアクセスを集めたので、こうなるのが自然だろう。

ではなぜグーグルの検索では、ホルモン焼きがアゴラの記事より上位になるのか。これはグーグルに聞いても教えてくれないが、コロナについては感染リスクを誇張しないサイトの順位を意図的に下げていると思われる。最近はこの検閲が極端になり、アゴラの記事は最初のページに表示されなくなった。

グーグルはYMYLとかE-A-Tとか言っているが、要は役所や大学などの公式サイトを上位にもってくる権威主義である。政府がコロナの脅威をあおっているときは、それに迎合するサイトを上位に表示し、それを疑うサイトを排除するのだ。そういう政治的バイアスのない情報を検索したい人には、Bingをおすすめする。検索アルゴリズムはまったく違うので、自然な重要度に応じて結果が出てくる。

アゴラ経済塾「デジタル資本主義の未来」では、こういう独占の弊害を含めて、GAFAが世界を支配する状況を考える。

死者の減っている日本で緊急事態宣言は必要ない

東京で「過去最多の感染者」が出たと盛り上がり、野党も緊急事態宣言を出せと要求し始めた。「今年のインフル患者は200人なのにコロナは18万人だから大変だ」という人がいるが、これは単純に比較できない。

もし自粛や感染症対策でインフルが減ったとすると、武漢の大流行が報じられた1月後半以降のはずだ。ところが昨年末まで平年を上回るペースで増えていたインフル患者が第1週に下方屈折し、1月後半には昨年の1/4に激減した。


インフルエンザ患者数(国立感染症研究所)

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ニュートン的科学からダーウィン的科学へ

ディープラーニング革命
コロナ騒動は、ニュートン的科学の限界を示す事件かもしれない。ウイルスの複雑な動きを単純なSIRモデルで記述した疫学者が世界中で大失敗し、予測にも対策にも役に立たなかった。ウイルス感染のような非線形の現象をニュートン力学をモデルにした微分方程式で近似する方法論が間違っていたのだ。

計算機科学でも1980年代にニュートン的合理性で人間の知性を再現する試みは失敗し、ダーウィン的なニューラルネットが始まった(著者はそのパイオニアである)。これも最初はだめだったが、インターネットの「ビッグデータ」が使えるようになった2000年代から急成長した。

ディープラーニングは、それまでコンピュータが手も足も出なかった画像や音声のパターン認識を可能にした。こういう「機械学習」はテクノロジーとしては有望である。それが「人工知能」になる見通しは今のところないが、その可能性はゼロではない。

かつて生命という複雑な現象が単純な分子構造で表現できると思った人はいなかったが、その予想は1953年にDNAの発見でくつがえされた。もし人間の脳の機能を完全に再現できる学習アルゴリズムが発見されたら、すべての科学が計算機科学を中心に再編成されるかもしれない。そのヒントは経済学にある。

続きは12月21日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

「ファクターX」は幻想か


岩田健太郎氏が「ファクターXは幻想だ」というので、何か新しい科学的エビデンスが発見されたのかと思って読んでみると、その根拠は
残念ながら現状では、ファクターXを強力に立証する報告はない。細かな、マイナーな報告はなくはないが、それをもって日本人が安全に観光旅行を楽しめる理由付けには到底ならない。

これだけである。エビデンスは何もない。ファクターXが「安心を醸成するキーワード」というのは逆である。彼のような専門家が統計的に根拠のない「不安」をあおったことがパニックを引き起こしているのだ。

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民放連も認めた電波の「区画整理」

高橋洋一氏の「Eテレの電波をオークションにかけろ」という話が、いまだにネット上では話題になっているが、これは素人の与太話だ。次の表を見ればわかるように、Eテレはリモコンでは全国で2チャンネルに割り当てられているが、物理チャンネルは各地でバラバラである。

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たとえば札幌では13チャンネル、赤井川では39チャンネル、赤平では18チャンネル…というように異なる周波数に割り当てられているので、このまま売却しても通信には使えないし、買い手もいない。Eテレの合理化は、電波とは無関係なNHKの経営問題である。

問題は、このようにバラバラになっているのはなぜかということだ。これはアナログ時代には意味があった。札幌の電波が赤井川に届くと干渉(マルチパス)を起こすので、別のチャンネルを使う必要があったからだ。

しかし地デジでは、札幌と赤井川で同じチャンネルを使っても干渉は起こらない。受像機が強い電波だけ受信して、弱い電波をカットするので、北海道の中ではEテレはすべて13チャンネルで放送してもいい。これが2017年に規制改革推進会議で私が提案したSFNによる「区画整理」案である。

それについて規制改革推進会議で民放連の林直樹氏は、技術的には可能だと認めた。
中継局を38キロ以内で置局すると、その家庭に2か所から飛んでくる電波は混信せずSFNが成立します。しかし、もっと遠くでも同じチャンネルを使っていて、38キロ超の差、正確には126マイクロ秒超の時間差で電波が飛び込んだ場合、それは完全に妨害波になってしまいます。
この妨害波の解決策は簡単である。38km以内に簡易中継局を設置すればいいのだ。これは電波を増幅するだけだから、Wi-Fiのモデムのような小さな局でよく、そのコストは微々たるものだ。これで電波を整理すれば、全国で約200MHz、約2兆円の価値のある電波をあけることができる。

続きは12月21日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

感染症の死者は昨年より大幅に減って人口減少が止まる

新型コロナは欧米では深刻な脅威だが、日本では季節性インフルエンザより大きな脅威ではない。感染症のリスクを国際比較するには、コロナだけではなく他の感染症を含めて平年より死者が何人増えたかという超過死亡でみる。


図1 海外の超過死亡(FT.com)


図1を見ればわかるように、アメリカでは12月までに超過死亡が27万3000人にのぼり、これは平年を24%上回る。このうち約20万人がコロナによる超過死亡と推定されている。イギリスでは6万7500人で、37%増である。では日本はどうだろうか。

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言葉の意味はどうやって決まるのか

肉中の哲学―肉体を具有したマインドが西洋の思考に挑戦する
20世紀の社会科学のスターが新古典派経済学だとすれば、人文科学のスターは言語学だった。チョムスキーの生成文法は言語をアルゴリズムに置き換え、自動翻訳や自然言語理解を可能にすると思われた。1980年代には、日本の第5世代コンピュータを初めとして、全世界で人工知能に生成文法を実装する国家プロジェクトができたが、すべて失敗に終わった。

挫折の原因も新古典派経済学と似ている。数学的に記述できる統辞論は言語のごく一部で、大部分は意味や文脈などの例外処理なのだ。それを処理するデータをアドホックに手作業で入力すると、そのコストが膨大になって行き詰まってしまう。

それを批判したのがレイコフだった。彼は1960年代にチョムスキーを批判し、自然言語を記号論理で書き換える「生成意味論」を提唱したが、70年代には一転して、言語の本質は論理ではなくカテゴリーだという認知意味論を提唱した。本書はこの理論にもとづいて、プラトン以来の西洋哲学を批判する。

これ自体はポストモダンによくある「ロゴス中心主義」批判だが、ポストモダンの場合は知的アナーキズムで決定不能になってしまう。言語の意味が相対的だとすれば、なぜ多くの人が同じ意味を共有するのか。それを決めるのがカテゴリーだとすれば、そのカテゴリーはどうやって決まるのか。遺伝的な普遍文法がないとすれば、経験からどうやって言葉が生まれるのか。

本書は、基本的カテゴリーは身体のメタファーで決まるという。脳は思考のためにできたのではなく、身体を動かすために進化したので、その機能は身体の各器官と結びついている。子供は外界を認識するとき、それを自分の身体の一部として認識するので、日常語には「顔をつぶす」とか「手先になる」というように、身体をメタファーにした表現が多い。そういう空間・時間認識が言語の原型になるというのだ。

続きは12月14日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。








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