立民の枝野代表は辞任して「長い55年体制」に決別せよ


時事通信より

今回の総選挙は「勝者なき選挙」だった。与党は293議席と絶対安定多数を維持したが、甘利幹事長が小選挙区で落選(比例復活)して幹事長を辞任する意向を示している。総裁選の論功行賞で金銭疑惑の払拭されていない甘利氏を幹事長に起用した岸田首相の人事が失敗だった。

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日本ではなぜ「税金をごまかす権利」が強いのか

一揆の原理 (ちくま学芸文庫 コ 44-1)
アゴラでも紹介したが、今月から申請の受付が始まったインボイスがちょっと話題を呼んでいる。これは消費税の請求書を各段階で記録するという当たり前の話だが、日本では20年以上それが免除されてきた。このように税金をごまかす権利が公然と主張されるのは日本の特徴である。

民主国家では税は公共サービスの対価なので、問題は負担と受益の関係であって税額ではないが、日本では公共サービスのコストという意識がないので、とにかく増税はいやだ考える。これは税を一方的に取られる年貢のようなものだと思っているからだろう。消費税で政権が倒れるのは、百姓一揆のようなものだ。

本書は一揆の起源を室町時代に求め、初期の一揆は契約にもとづく結社の性格が強かったという。それは戦乱の続く中で農民が自衛する組織で、武士と未分化だったが、江戸時代になると定住して武士が武力を独占したので、百姓が武士に異議申し立てする百姓一揆が起こった。

しかし百姓一揆は、武士には百姓の生活が成り立つようによい政治を行う義務があるという「御百姓意識」にもとづく待遇改善要求であり、体制を打倒する目的はなかった。一揆は万年野党のようなもので、このとき百姓の出した最大の要求は新たに検地をするなということだった。つまり正確に課税しないことが最大の要求だったのだ。

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協同組合としての「家」が長時間労働を生んだ

ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日本経済新聞出版)
「ものづくり」の限界がいわれて久しいが、日本企業はそれをいまだに超えることができない。その原因が部分最適化の傾向である。ゼロ戦や戦艦大和のように見事な兵器をつくっても大量生産できず、戦争には負けてしまう。

このような組織のタコツボ的な性格は、中根千枝や丸山眞男など多くの人々に指摘されてきたが、その一つの原因は江戸時代以降の「家」だろう。中世の農業は比較的大規模な惣村を単位として経営されたが、近世以降は「家」の直系家族(2~3世代)を単位として経営されるようになった。農業生産性が上がり、長時間働いた農民はその収穫をえられるようになったからだ。

徴税の基準となる石高は1700年ごろ凍結され、検地には農民が百姓一揆で抵抗したので、検地はほとんど行なわれなくなった。このため武士は貧しくなったが、新たに開墾した土地や米以外の収穫はすべて農民のものになったのでインセンティブは強まり、長時間労働で果てしなく働く勤勉革命が生まれた。

他方、数百の都市国家が激しい戦争を繰り返していた西洋では、都市の限られた人口を資本で補い、労働節約的な技術を開発する産業革命が起こった。もっとも重要なのは軍事技術であり、戦争に勝つという全体最適が必要なので、西洋の工場は早くから「軍隊化」し、交換可能な労働者で大量生産するシステムができた。

これに対して日本では「現場」が重視され、労働者の企業特殊的な熟練を受け継ぐ伝統が続いてきた。ここで大事なのは個々の製品の品質だから、価格や大量生産などのシステム全体を最適化する発想は生まれにくい。企業買収を防ぐために「持ち合い」が行われ、企業への忠誠心を失わせる雇用流動化は否定される。

この意味で「家」は血縁集団も地縁集団でもなく、一種の協同組合(アソシエーション)だった。日本の企業が労働者管理企業だといわれるのは偶然ではない。それはサラリーマン経営者と労働者の「家」を超える大名のような資本家を拒否する協同組合なのである。

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地球温暖化は食糧生産を増やすメリットがある

麻生副総裁の「温暖化でコメはうまくなった」という発言が波紋を呼び、岸田首相は陳謝したが、陳謝する必要はない。「農家のおかげですか。農協の力ですか。違います」というのはおかしいが、地球温暖化にはメリットもあるという趣旨は正しい。少なくとも北海道の農業には、温暖化はメリットしかない。



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トヨタは「イノベーションのジレンマ」を逃れられるか

EV(電気自動車)推進の罠 「脱炭素」政策の嘘
テスラの時価総額が1兆ドルを超えた。日本の自動車メーカー9社の時価総額の合計の3倍である。このままでは製造業の最後の砦である自動車産業が世界に取り残される――という批判が強いが、本書はそれに対する反論である。

私も本書の指摘そのものは正しいと思う。EVはガソリン車でもハイブリッド(HV)でも日本車に負けたヨーロッパの偽装された保護主義である。今のEV(バッテリー駆動の電気自動車)の性能も価格も利便性も内燃機関に及ばず、消費者の選択としては2030年まではHVがベストだろう。

しかし2050年までの産業政策としてはどうだろうか。これはかつての大型コンピュータからPCへの転換に似ている。1981年にIBM-PCが登場したとき、それはおもちゃのようなもので、IBMもそれが実用になるとは思っていなかった。しかし半導体技術の驚異的な進歩(ムーアの法則)によってIBMは10年で倒産の瀬戸際に追い込まれ、メインフレームはPCに置き換わった。

これは一種のイノベーションのジレンマである。トヨタは、1980年代のIBMに似ている。それは当のトヨタが一番よく知っているだろう。このジレンマの原因は、顧客を無視して高度な技術を追求することではない。逆に、顧客に忠実なすぐれた商品を作り続けることで、その罠にはまってしまうのだ。

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超過死亡の増加の原因はワクチン接種だったのか

国立感染症研究所によれば、今年7月までの全国の超過死亡数(平年のトレンドと比べた死亡数の増加)は6352人~3万4483人だった。幅が広すぎてわかりにくいが、平均すると約2万人。平年に比べて過少死亡だった昨年に比べて、大きく増えている。


全国の超過死亡数


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「ミスター現状維持」の代表する日本の政治

今回の総選挙は、何も争点のない退屈な選挙である。岸田首相が「成長より分配」を打ち出し、野党もバラマキを主張する。外交・国防では、野党も日米同盟を認め、何も対立点がなくなった。もう日本では政党政治は機能しないのかもしれない。

政党は身分制議会でできたものだ。イギリスでトーリー党とホイッグ党ができたとき、前者が地主を、後者がブルジョアを代表する党だった。当初は全体の利益に奉仕する議員が徒党(fraction)を組むことは望ましくないとされたが、エドマンド・バークは、利害の一致する人が政党(party)に結集することに積極的な意義を見出した。

バークは政党を「その連帯した努力により彼ら全員の間で一致しているある特定の原理にもとづいて国家利益の促進のために結合する人間集団」と定義した。社会の全員の利害が一致するまで待っていると何も決まらないので、特定の階級の多数決で決めるのが議会政治である。

ところが日本社会には、こういう利害を共有する大集団(階級)がない。日本社会の単位は人間関係で結びついた小集団(家)なので、それを結びつける共通点は現状維持だけなのだ。「ミスター現状維持」と呼ばれる岸田首相は、その意味では久しぶりに自民党らしい首相である。

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自転する組織

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
第6次エネルギー基本計画が、素案どおり閣議決定された。誰も実現できると思っていないが、目的がわからなくなっても極端な前例主義で、走り出したら止まらない。山本七平のいう自転する組織の見本である。

本書は山本が1944年にフィリピンで砲兵隊の見習士官として体験した軍隊生活を中心に、日本軍の日常を詳細に描いたものだが、山本の特徴はそれを特殊な「狂気」として糾弾するのではなく、普通の日本人による日常的な組織として淡々と描き、同じ欠陥が現代の組織にも受け継がれていることを指摘した点にある。

戦争は全体のために部分を犠牲にするものだから、「自分だけは生き残りたい」という個人の意思を尊重していたら勝てない。しかし日本軍は現場主義で、ボトムアップでものを決めていく。よくも悪くも全体を指揮する超越的主体がなく、インサイダーだけで決めるので、決めるまでに時間がかかるが、いったん決まった前例は律儀に守る。それが自転する組織である。
教壇に立った区隊長K大尉は、改まった調子で次のように言った。「本日より教育が変わる。対米戦闘が主体となる。これを『ア号教育』と言う」と。驚きと、疑問の氷解と、腹立たしさとが入り混じった奇妙な感情のうねりが、一瞬、 私の中を横切った。

欧州では米英軍がシチリアに上陸している。 危機は一歩一歩と近づいており、その当面の敵は米英軍のはず。 それなのにわれわれの受けている教育は、この「ア号教育」という言葉を聞かされるまで、一貫して対ソビエト戦であり、想定される戦場は常に北満とシベリアの広野であっても、南方のジャングルではなかった。(本書p.39)
これは1944年の話である。この自転の原因は何だろうか、という疑問から山本の思索は始まった。

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財政破たんって何?



財務省の矢野事務次官が、文藝春秋に書いた「このままでは国家財政は破綻する」という記事が話題になっています。矢野さんは有名な財政タカ派で、上の図の「ワニの口」というのも矢野さんのアイディアだそうですが、国の財政が破たんするというのは、よい子のみなさんにはわかりにくいと思います。

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【再掲】コルナイ・ヤーノシュ自伝

コルナイ・ヤーノシュ自伝―思索する力を得て
コルナイが死去したので、2006年7月14日の記事を再掲。本書は私のこれまで読んだすべての本の中のベストワンである。

経済学者の伝記がおもしろい本になることはまずないが、本書は例外である。1928年生まれの著者の人生は、20世紀の社会主義の運命とそのまま重なる。著者は共産主義者として青春を過ごし、戦後はハンガリーの社会主義政権のもとで、ナジ首相のスピーチライターもつとめた。

しかしハンガリーの民主化運動は、1956年にソ連の軍事介入によって弾圧された。著者はマルクス主義と決別し、政治の世界を離れて研究者になり、線形計画法を使って計画経済を効率化する研究を行う。続きを読む





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