「異次元緩和」の失敗した単純な原因

金融政策に未来はあるか (岩波新書)今は亡きリフレ派は、このごろ財政拡大派に転向したようだが、彼らが最近よくいうのは「日銀は政府の子会社のようなものだから、統合政府のバランスシートで考えれば日銀が国債をいくら買ってもいい」という話だ。この前半は正しいが、後半は正しくない。その根拠は、本書58ページの次の式でわかる。FTPLで政府と日銀の統合B/Sを考えると、物価は「名目政府債務/実質政府財源」すなわち

   M+B
P= ―――
    S

で決まる。ここでPは長期的な均衡物価水準、Mはマネタリーベース、Bは市中で保有されている国債の評価額、Sは政府の財源(プライマリー黒字の現在価値)である。日銀券も国債も政府債務という点では同じだから、日銀が「買いオペ」でMを増やしても、同じだけBが減るので政府債務(M+B)は変わらず、物価Pは上がらない。これが日銀の「異次元緩和」が失敗した原因である。

黒田総裁は、こんな単純な関係に気づかなかったのだろうか。おそらくそうではないだろう。彼の脳内には、統合政府債務(M+B)が中央銀行のオペレーションで動かせるという伝統的な金融理論があったと思われる。上の式でBは時価なので、日銀が国債を買うと価格が上がり(金利が下がり)、物価Pが上がるのだが、ゼロ金利になるとそれ以上は価格が上がらない。それが今の袋小路である。

続きは7月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「危険地帯に住まない」という災害対策



西日本豪雨で最大の被害が出たのは、雨量が最大だった高知県ではなく、広島県と岡山県だった。特に被害の集中した倉敷市の真備町では1/4の地域が浸水したが、そのエリアは倉敷市が浸水区域や避難場所をまとめた「洪水・土砂災害ハザードマップ」で想定されていた。

次の図は日本経済新聞がハザードマップと実際に浸水したエリアを比較したものだが、小田川流域で「100年に1度程度」とされる雨が降った場合に「2階の軒下以上まで浸水する」(5.0メートル以上)と想定していた「想定浸水域」が、被災地とほぼ一致している。このマップは2016年につくられ、倉敷市は全世帯に配った。つまり水害は予想できたのだ。

hazard

だから最善の水害対策は、想定浸水域に住まないことだ。人口の減少している日本でこれから必要な政策は、インフラ整備で「国土強靱化」することより、危険地帯に住まないように制度を変更することだ。土地利用計画を見直し、危険地帯から引っ越す人に補助金を出すなど、コストをかけないでできる対策はたくさんある。

続きは7月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

第二次世界大戦 アメリカの敗北

第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ (文春新書)
「コミンテルンのスパイがルーズベルトを操った」という話はネトウヨの愛好する陰謀史観だが、まったく荒唐無稽というわけでもない。少なくとも1995年から公開され始めた「ヴェノナ」と総称される膨大な秘密文書(ソ連と米国内のスパイの暗号電文)によれば、ルーズベルト政権の中枢に多くのスパイがいた事実が明らかになっている。

その最大の大物が、ハリー・ホワイト(財務省ナンバー2)だった。彼はハル・ノートの原案を書いた人物として知られているが、財務長官モーゲンソーの腹心だった。ルーズベルトもモーゲンソーも経済には素人だったので、ハーバード大学の経済学博士だったホワイトが、ニューディールを立案した。彼がソ連に情報を提供したのは、社会主義に対する共感があったためだろう。

1945年初めには、ルーズベルトは癌で政治的な判断ができなくなっていたので、彼の信頼するモーゲンソーが(実質的にはホワイトが)戦後処理案をつくった。彼らはユダヤ系だったので、ナチスを激しく憎み、ドイツの工業を破壊して農業国にする占領案「モーゲンソー・プラン」をつくった。これによってドイツの工場は壊滅し、ソ連軍が食糧を国外に持ち出し、多くのドイツ人が餓死した。その犠牲者は、戦後5年間で900万人と推定されている。

続きは7月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

AIが「人間を超えるか」なんて大した問題ではない

AI原論 神の支配と人間の自由 (講談社選書メチエ)
最近よく「人工知能(AI)が人間を超えるか」という類の議論がある。この答は、AIの定義による。それを「人間の脳」と考えるなら、コンピュータで脳を完全にコピーすることはできないし、そんなことをする意味もない。他方、AIを「脳の機能」と考えると、コンピュータの能力が人間を超える分野はすでに多い。

だから「ビッグデータ」を使って「ディープラーニング」で学習すれば、コンピュータの(判断や類推などを含む)認識能力が人間を上回る日が来るかもしれない。今でも人間より速く走れる機械や、人間より重い荷物をもてる機械はある。人間より速く考える機械ができるのも同じような変化で、本質的な問題ではない。脳の機能を身体の他の機能とちがう特権的なものと考えるのは「脳中心主義」の錯覚である。

ところが世の中には、これをまじめに論じる人がいる。本書はその極めつけで、なぜかAIと「思弁的実在論」を結びつける。これは近代哲学の主流である「相関主義」を否定して、主観を超えた実在を認識できると主張するが、AIはそんなことを目標にしてはいない。彼らはコンピュータの総合的な認識能力が高まるというだけで、その認識が客観的実在と一致する必要はない。本書の問題設定はトンチンカンなのだ。

続きは7月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

使用ずみ核燃料を「安全なゴミ」として処理するとき

日米原子力協定が自動延長されたが、「プルトニウムを削減する」という日本政府の目標は達成できる見通しが立たない。青森県六ヶ所村の再処理工場で生産されるプルトニウムは年間最大8トン。プルサーマル原子炉で消費できるのは年間5トンが限界なので、今のまま再処理が始まるとプルトニウムは増えてしまう。

続きはアゴラで。

「学歴のインフレ」は終わらない

The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money
本書のメッセージは単純明快だ:大学の私的収益率は高いが、社会的には浪費である。大卒で高い所得を得られるのは学歴のシグナリング効果であり、教育で能力が上がるからではない。したがって学校教育に税金を支出することは正当化できない。

これは経済学の通説に近いが、本書はそれを多くの統計データで検証している。大学教育が役に立たないことは多くの人が知っているが、高校教育も(少なくともそれに投じられる公費以上に)役に立つという証拠がない。初等教育は役に立つが、その私的収益率は高いので、コストは親が払えばよい。

だがこの過激な提言は実現しないだろう、と著者も認める。多くの人が学歴のメリットを知っており、子供への教育投資を増やしているからだ。このため世界中で学歴のインフレが拡大しているが、それはバブルではない。この壮大な浪費は、どこの国でも巨額の補助金で支えられているからだ。

続きは7月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

地球温暖化は経済問題である

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)
京都議定書が2002年に国会で承認されたとき、私はそれに反対を表明した数少ない準公務員(経済産業研究所フェロー)だったので、環境保護の活動家から「地球温暖化懐疑派」と批判された。そのころ温暖化を疑うのは「化石燃料をジャブジャブ使いたい財界の手先」で、異常気象で人類が滅びると信じる人が真のエコロジストだった。

ところが3・11のあと、状況が変わった。民主党政権が原発を止めたおかげでCO2排出量が増えたのに、エコロジストは反原発に転じて温暖化のリスクをいわなくなり、原発推進派が温暖化のリスクを強調するようになった。この分類でいうと、懐疑派の私は反原発派ということになるが、実際にはどっちでもない。

本書も指摘するように、ここ100年の長期でみると地球温暖化が起こっていることは明らかだが、それが異常気象を生むのか、その最大の原因は人間の産業活動なのか、という科学的な因果関係は不確実性が大きい。その防止にどれだけコストをかけるべきかもはっきりしない。それは温暖化による災害リスクより防災のコストが低いかという経済問題だからである。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

集中豪雨の原因は地球温暖化か

最近の集中豪雨について「地球温暖化が原因だ」という話がよくあるが、本当だろうか。これについては国連のIPCCが、2011年に気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理という報告書を出し、熱帯低気圧(台風や集中豪雨)については、次のように書いている。
いくつかの地域では、激しい降雨の発生数に統計学的に有意な傾向が出てきている。発生数が減少している地域よりも増加している地域のほうが多い可能性が高い。但し、これらの傾向は地域間及び地域内でのばらつきが大きい。これまでの観測能力の変遷を考慮すると、熱帯低気圧活動について、観測されている長期的な増加はいずれも、確信度は低い

続きはアゴラで。

「中世」の生んだデモクラシー

デモクラシーは普遍的な制度ではなく、これからそうなるとも限らない。それは歴史的には、西ヨーロッパだけに生まれた特殊な制度だ。歴史の教科書では、今も世界の歴史は古代→中世→近代という順で発展してきたと教えるが、古代とも近代とも区別される「中世」は、中国にもロシアにもイスラム圏にも存在しない。

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中世と呼ばれる時代があったのは、日本と西ヨーロッパだけだ。その原因は、図のような梅棹忠夫の「生態史観」によると、日本と西ヨーロッパが乾燥地帯から離れていて、戦争のために集権化する必要があまりなかったからだ。つまりもともと一つだった世界が、18世紀以降に「大分岐」でヨーロッパとアジアにわかれたのではなく、もともと別の世界だったのだ。

アジアの中で日本だけが西ヨーロッパと似ているのも、遊牧民の脅威が大きくなかったため、平和な連邦国家ができたからだ。これを「封建制」と呼ぶのはミスリーディングで、中国には分権的なfeudalismはなかった。特殊ヨーロッパ的なデモクラシーが、アジアで日本だけに根づいたのも偶然ではない。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「小さな政府」は日本で可能なのか



夏の合宿に出演していただく浅尾慶一郎さんは2009年にみんなの党が結成されたときの結党メンバーだが、みんなの党は日本では珍しい「小さな政府」をめざす政党だった。浅尾さんも「アメリカの共和党のような政党が日本にも必要だ」というが、最近の安倍政権は経済政策では、金融の超緩和やバラマキ財政など「大きな政府」に傾斜している。

続きはアゴラで。






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