霞ヶ関は「ヒラメ」の養殖場になった

失敗の法則 日本人はなぜ同じ間違いを繰り返すのか
あなたの友達が霞ヶ関にいても、彼が「**法では」とか「**の政策は」という話をしているうちは実態はわからない。彼と「**さんは自民党の**と話ができる本流だが、**さんは理屈だけで根回しのできない傍流だ」といった固有名詞だらけの話ができるようになって、初めて本当の話ができる。もちろん互いに**という名前を知らないと話が通じないので、こういう話はそれを知らない人には暗号でしかない。

私も固有名詞はほとんどわからないが、わかる範囲では霞ヶ関では「ヒラメ」が増殖しているようだ。これは大企業にもたくさんいる「上ばかり見ている」サラリーマンのことだが、こういう現象は本書の第1法則「現場が強いリーダーを許さない」の系(コロラリー)である。日本の組織は強いリーダーを想定していないので、菅官房長官が内閣人事局で人事権を振り回すと、各省の幹部がヒラメばかりになり、現場に不満のマグマが貯まる。

霞ヶ関を総合商社にたとえると、こんな感じだ:人事は鉄鋼や食糧などのグループごとに行われていたが、社長が「戦略的人事局」をつくり、部長級以上の人事はすべて人事担当専務が決定することになった。就業規則では社長に究極の人事権があるので、誰も反対できなかったが、そのうち「**さんは同期のトップだったが、専務にきらわれてアフリカ駐在に飛ばされた」といった話が、アフター5の話題で盛り上がるようになった。続きを読む

「戸籍」に大騒ぎするマスコミのサラリーマン根性



蓮舫問題では朝日新聞が社説で「戸籍謄本の公表は差別につながる」と話をすりかえたが、国籍はプライバシーではない。彼女は「排外主義には屈しない」などと逃げ回ったが、気の毒なことに「2016年10月7日に日本国籍を選択した」という証拠は戸籍謄本しかない。しかたなく出してきたのは、国籍選択の日付以外を塗りつぶした戸籍謄本だった。最初からそうすれば、何の問題もなかったのだ。

戸籍と差別は無関係である。八幡さんも指摘したように、戸籍が差別に使われたのは、明治時代につくられた壬申戸籍の「新平民」や「元非人」などの記述が、部落差別の根拠になったことが原因だ。もちろん現在の戸籍にそんな記述はないので、公開情報である住民票とほとんど同じだ。実務的にも戸籍は意味がないので、廃止しろという意見もある(私も賛成だ)。

ではマスコミがこれほど戸籍に騒ぐのはなぜだろうか。それは彼らのサラリーマン根性が原因だろう。戸籍や個人情報で騒ぐことを職業とする「人権屋」が恐いからだ。

続きは7月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

蓮舫「二重国籍」問題の超簡単なまとめ


蓮舫問題は、本来ここまで大きくなる話ではなかった。去年8月末、八幡さんが「蓮舫にまさかの二重国籍疑惑」という記事を書いたとき、私は「大丈夫ですか? 代表選挙の前だから名誉毀損でやられると面倒ですよ」といって事実をチェックしたほどだ。ところがその後、彼女が自分でどんどん問題を大きくした。話を時系列で簡単にまとめておこう。

続きはアゴラで。

安倍首相は違法ではないが蓮舫代表は違法である


国会の閉会中審査が終わった。加計学園についての集中審議で何か出てくるのかと思ったが、野党は何も出せなかった。そもそも最初から、これは何が違法なのかわからない事件だった。首相の問題だから多少の疑惑が追及されるのはしょうがないが、森友学園の用地買収にからむ不正のような違法性の疑惑さえなかった。

続きはアゴラで。

「帝国大学」モデルの終わり

帝国大学―近代日本のエリート育成装置 (中公新書)
文学部バイアスの記事が思わぬ反響を呼んでいるので、誤解のないように補足しておこう。私は国立大学に文学部は必要ないと思うが、もっといえば文系学部はすべて必要ない。経済学部の最初の半年ぐらいはすべての学生の必修にすべきだと思うが、それ以外の文系の学問は(文学部だけでなく)役に立たないので、学生をキャンパスに集めて教える意味はない。

それは明治期に帝国大学をつくった伊藤博文も承知の上だった。初期の「東京大学」は開成学校などの専門学校の寄せ集めだったが、1886年にできた「帝国大学」は、ドイツから帰国した伊藤が、当時世界最高のレベルを誇ったフンボルト型大学をモデルにして設立したものだ。

ドイツ型の大学は研究者の養成機関だが、その研究費を「授業料」と称して学生から取る詐欺的なビジネスだった。これはアメリカに輸出されて「大学院」というさらに詐欺的なビジネスを生み、20世紀後半にはドイツは競争に敗れた。日本の帝国大学は、最初からドイツ型の教養主義で、高級官僚の地位を約束する代わりに高い学費を取るものだった。

大学の文系学部が役に立たないことは、今では誰でも知っているが、学歴のシグナリング効果(情報節約機能)がある限り、このビジネスは成り立つ。大学の私的収益率は10倍以上なので、無償化なんて必要ない。帝大は発展途上国だった日本がエリートを養成する役には立ったが、もうその役割は終わったのだ。

続きは7月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

霞ヶ関で爆発した終身雇用の「不満のマグマ」

NewsPicksが「官僚たちの逆襲」という特集をやっている。官邸主導から官僚を解放し、雇用が流動化してろくな人材のいなくなった役所にエリートを取り戻せというが、これは問題を真逆に見ている。

アメリカでは、官僚は自由に動く。トランプ大統領になると1000人以上が民間から政治任用され、オバマ政権の幹部はクビになるが、彼らは「回転ドア」で民主党系のシンクタンクに行ったり、民間企業に行ってロビイストになったりする。

こういう雇用流動性があれば政治任用の弊害は少ないが、日本のように終身雇用だと、安倍政権に逆らって左遷されると不満がたまり、加計学園のようなしょうもないネタをマスコミに売り込んで騒ぎを起こす。内閣人事局のできたときから、こういう人事に対する不満のマグマが官僚に貯まっていたようだ。いま官僚の標的になっているのは菅官房長官で、各省の官僚は「内閣の意向を振り回す」とか「安倍政権にゴマをする幹部が出世する」という。

続きはアゴラで。

自衛隊は「日陰者」のままで戦ってくれるのか

誰も知らない憲法9条 (新潮新書)
著者の提唱した「今の憲法に自衛隊を書き加える」という憲法改正案が、安倍首相案の原型になったらしい。元自衛官の著者がこんな微修正を提案するのは意外だが、その理由は自民党がどこまで本気なのか、はっきりしないからだ。安倍首相は積極的だが、政権の足元がふらついてきた。彼以外の自民党「ハト派」は池田勇人以来、改正をまじめに検討したことがない。

おかげで国民の意識の中に、深刻な「ねじれ」ができてしまった。野党も自衛隊を認める一方で、学校の教科書ではいまだに「自衛隊は憲法違反だ」と教えている。こういう教育を受けた子供は自衛隊を敵視し、自衛官の子を「人殺しの子供」と呼ぶ。

続きはアゴラで。

ガラパゴス平和主義というモラル・ハザード

アゴラの記事が反響を呼んでいるので、ちょっと補足しておこう。「憲法9条で戦力をもたないで平和を守る」というガラパゴス平和主義は、日本が孤立した国だったらナンセンスだが、日米同盟があればアメリカに戦争のリスクを押しつけることができる。これをタレブの理論でいうと、次のようなペイオフの非対称性がある。

option

日本が戦力をもっていないと平時には利益を得るが、戦争になると(点線のように)損害が出る。その利益の期待値をゼロに基準化すると、戦争のとき在日米軍でリスクヘッジできれば、利益の平均(期待値)はFになる。この「平和に賭けるギャンブル」は、賭け金が大きいほどもうかるのだ。

このペイオフ構造は株式市場のコール・オプションと同じだが、株式の場合にはその保証料(オプション価格)を取られる。ところが日米同盟は「思いやり予算」というわずかな保証料で、日本が米軍にただ乗りする不平等条約になってしまった。これは吉田茂のモラル・ハザードだったが、あまりにも快適なので与野党とも抜けられなくなった。

続きは7月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

マスコミを極左化させる「文学部バイアス」

最近マスコミの人と話すと、よく出てくるのは「新聞がワイドショー化した」という話題だ。森友学園や加計学園は中身のない話で、今週出てきた防衛省の日報も河野太郎氏によるとフェイクニュースだ。ロッキード事件やリクルート事件とは比較にならないが、扱いはそのとき並みである。

続きはアゴラで。

台湾政府は民進党の弱みを握った

JBpressで蓮舫問題の経緯をざっとおさらいしたが、今週の会見で疑惑はむしろ深まった。最大の疑問は、この1984年に失効したパスポートで、台湾政府の国籍喪失証明書が取れるのかということだ。

民進党は記者レクで「台湾政府の特別な配慮で喪失許可がおりた」と説明したが、その意味ははっきりしない。有効な旅券がなかったのに台湾政府が超法規的に許可した、といいたいようだが、それは考えにくい。

続きはアゴラで。






title




連絡先(取材・講演など)

記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons