3・11は朝日新聞の「満州事変」

原発とメディア 新聞ジャーナリズム2度目の敗北
かつて朝日新聞は原発推進のリーダーだった。本書は震災後の連載を2012年に書籍化したもので、朝日の「黒歴史」の記録としては貴重だが、問題を取り違えている。著者は朝日の原発推進キャンペーンを満州事変と比べて「2度目の敗北」と書いているが、これは逆である。満州事変に相当するのは3・11なのだ。

1931年9月まで朝日は軍縮論だったが、一夜にして主戦論に変わった。福島第一原発事故の前は、朝日の社内でも賛否両論だったようだが、事故後は反原発一色になり、「プロメテウスの罠」を初めとする放射能デマを大量に流した。放射能による人的被害はなく、ほとんどの被害は朝日を中心とするマスコミが作り出した風評被害である。そういう報道の原因も満州事変と同じで、反原発でないと売れないからだ。

ところが当の記者は、著者のように自分が正義だと思い込んでいる。結果論で放射能デマを正当化するうちに、嘘が正義にすり替わったのだ。かつての戦争のときも、慰安婦問題のときも、こうだったのだろう。それをリアルタイムで検証することは大事である。

続きは9月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

地球温暖化といかに共存するか



きのう放送した言論アリーナでは、杉山大志さんと有馬純さんとともに地球温暖化を経済問題として考えた。今後、地球温暖化が起こることは確実で、その一部が人為的な原因によるものであることも確実だが、そのリスクははっきりしない。

続きはアゴラで。

「サン・チャイルド」の小さな事件が示す大きな変化


サン・チャイルド像(作者ホームページより)

福島市長が、福島駅の近くに設置した「サン・チャイルド」という像を撤去することを決めた。これ自体は大した事件ではないが、福島をめぐる「空気」の変化を示している。作者のヤノベケンジ氏は、2011年にこれを制作した動機をこう語っている。
黄色い放射能防護服を着ていますが、ヘルメットを脱いで左手に抱え、顔に傷を負い、絆創膏を貼りながらも、空を見上げて逞しく立っています。胸のガイガー・カウンターは、ゼロを表示しています

子供は未来を表しており、それらは放射能の心配のない世界を迎えた未来の姿の象徴でもあります。そして、右手に持つ「小さな太陽」は、次世代にエネルギー問題や放射能汚染が解決される「未来の希望」を象徴しています。

続きはアゴラで。

核燃料サイクルをめぐる経産省と電力会社の攻防

電力と政治 上: 日本の原子力政策 全史
原子力の問題は、政治の問題である。だから「電力と政治」の関係を学問的に解明することは重要だが、政治的なバイアスをまぬがれることはむずかしい。『日本の原子力外交』はその貴重な例外だが、本書は第2章が「活発化する反原発運動と暗躍する原子力ムラ」と名づけられているように、バイアスを隠そうともしていない。

中身も新聞記事の孫引きばかりで、学問的オリジナリティはないが、網羅的な新聞の切り抜き帳としては便利だ。特に重要な転換点となった2003年の核燃料サイクル見直しについては、電力会社の中でも意見がわかれていたことを指摘している。技術部門は核燃料サイクルを推進しようとしたが、企画部門は採算性に疑問をもっていた。

最初に核燃料サイクルを止めようとしたのは、電力会社だった。2002年5月に、東電の荒木会長・南社長・勝俣副社長が、経産省に六ヶ所村再処理工場の稼働中止を申し入れ、広瀬事務次官と大筋で合意したという。ところが8月に原発のトラブル隠しが発覚し、後任の村田事務次官が荒木と南を辞任に追い込んだため、話がこじれた。

2003年には資源エネルギー庁と電力会社の首脳が、核燃料サイクル撤退について何度も会合を開いたが、物別れに終わり、電力会社は再処理コストを電気料金に転嫁しようとした。経産省はこれに反対し、「19兆円の請求書」をマスコミに配布して、核燃料サイクルをつぶそうとした。これに対して電力会社は自民党の族議員を使って反撃し、戦いは経産省の敗北に終わった。

続きは9月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本国憲法に正統性はあるのか

異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
正統という概念は日本人にはなじみがないが、キリスト教では「正統か異端か」をめぐって、血で血を洗う戦争が続けられた。丸山眞男はこの概念を日本にも適用しようとして、教義上のO正統(Orthodoxy)と事実上のL正統(Legitimacy)という対概念を考えたが、40年かかっても著作は完成しなかった。本書の前半は、キリスト教神学の立場からこれを批判する。

正統としてもっとも有名な三位一体説は聖書に根拠はなく、イエスを神と考えるローマ帝国の民衆の信仰と、神は父なる神だけだとするユダヤ教の教義の妥協だという。それは初期には多くの人々の合意によるL正統だったが、教義として確立するとO正統になり、それを批判する人々は異端として排除されるようになった。

つまりO正統とL正統に本質的な違いはないのだ。これは丸山批判としては成功しているが、それを現代に適用する後半は、お約束の反原発とか新自由主義批判が出てきて、陳腐になってしまう。むしろ問題が大きいのは(本書が避けている)日本国憲法だろう。それを「押しつけ憲法」だと考える人々は民主的正統性がないと批判し、それを守ろうとする人々は「八月革命」で正統性が与えられたという倒錯した論理で擁護する「ねじれ」が続いてきた。

続きは8月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

福島第一原発のデブリ処理は「石棺」方式で

福島第一原発のデブリ(溶融した核燃料)について、東電は「2018年度内にも取り出せるかどうかの調査を開始する」と発表したが、デブリは格納容器の中で冷却されており、原子炉は冷温停止状態にある。放射線は依然として強いが、暴走する危険はなく、今はほぼ安定した状態である。これを取り出す作業は、強い放射線を浴びて危険だ。

そもそもデブリを取り出す必要はない。チェルノブイリ原発と同じように「石棺」方式で密閉すればいいのだ。チェルノブイリの新しい石棺は写真のような高さ約100mのアーチ型のシェルターで、少なくとも100年間は放射性物質を封じ込められるという。コストは21億5000万ユーロ(約2800億円)で、8兆円かかる福島の「廃炉」とは桁違いだ。

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経済学に未来はあるのか

現代経済学-ゲーム理論・行動経済学・制度論 (中公新書)
経済学は、物理学と同じ意味の科学ではない。たとえば「価格が限界効用と等しくなる」という命題は、実験で完璧に反証された。これは物理学でいうと万有引力の法則が否定されたようなもので、厳密な意味の科学ならそこで終わりだが、経済学の教科書は変わらない。

私の学生時代にはもう経済学は終わりだと思われたが、1980年代にはゲーム理論で救われた。90年代以降は行動経済学や実験経済学などが出てきたが、科学としては「収穫逓減」だ。はっきりいって、アカデミックな学問としての経済学の未来は明るくない。これから研究者になることはおすすめできない。

だが社会人の基礎知識としての経済学の必要性は高まっている。たとえば「ゼロ金利でマネタリーベースを増やしても物価は上がらない」というのは大学1年の試験問題レベルだが、安倍首相にも黒田総裁にも理解できない。その実害は、きわめて大きい。

続きは8月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

核兵器の製造は「悪魔の証明」か

原子力委員会がプルトニウムの利用指針を15年ぶりに改正し、「プルトニウム保有量の削減」を初めて明記した。その根拠は使用ずみ核燃料のプルトニウムが核兵器に転用できるといわれているためだが、これは本当だろうか。この問題について原子力委員会のメルマガで、岡芳明委員長はこう書いている。
商業用プルトニウムでは核爆弾はできないとの意見が国内にあるが、できないことの証明は悪魔の証明と言われているように無理である。のみならず、核爆弾製造経験のない日本が核爆弾は作れないということ自身が無理である。「民生用プルトニウムで核爆弾ができないと思っているのか」と米国人にからかわれた経験があるが、もしそう述べている日本の原子力関係者がいるとしたら恥ずかしい事である。核燃料サイクルに携わる日本の原子力専門家はよく勉強し論理的に考えてほしい。
核兵器ができるかどうかは(存在しないものを示す)悪魔の証明ではない。一般論として、プルトニウムを起爆できれば、核兵器をつくることはできる。問題は起爆装置も含めた「実用的な核兵器」ができるのかということだ。日本にある商業用のプルトニウムでは核兵器として使える爆弾はできない、というのが河田東海夫氏などの専門家の証明である。

この問題について、日本でも有数の専門家に聞いてみた。一つの疑問は「原子炉級プルトニウム(プルトニウム239の純度60%以下)を濃縮して兵器級プルトニウム(純度93%以上)に変えることができる」という田母神俊雄氏などの議論だが、これは誤りである。ウランとプルトニウムは違うのだ。

続きは8月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

終戦記念番組の映し出すマスコミの幼児性

潮さんの記事を読んで、ちょっと考えさせられた。私もJBpressに書いたが、原爆投下を主語の不明な「人類の悲劇」として描くのは、NHKだけでなく日本のマスコミに共通の問題である。これを「GHQの洗脳」だとかWGIP(War Guilt Information Program)だとかいう陰謀史観で語るのは的外れだ。

私もNHKで終戦記念番組をつくったことがあるが、そういう特定の方針でつくれという指示が出るわけではない。そういう企画しか通らない暗黙のタブーがあるのだ。そのベースになっているのは、太平洋戦争は日本の侵略戦争だったという歴史観である。

続きはアゴラで。

世界の金余りが逆転するとき

過剰債務というと政府債務ばかり問題になるが、Financial Timesによると、民間を含む世界の総債務は247兆ドルと史上最大になった。過剰債務は2008年の世界金融危機の前と似ているが、債務の規模は1.5倍だ。

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このうち最大の伸びを示しているのは、新興国の非金融セクターである。これは2010年代の金融緩和で資金が新興国にばらまかれたためだが、先進国ではインフレにならない一方で、新興国ではトルコの通貨危機のような危険な兆候が見えている。この状況でFRBが利上げし、ECBが今年中に量的緩和を終了すると「リスクオフ」で新興国から資金が引き上げ、金余りが逆転するだろう。

これまで世界の景気回復は、先進国の銀行が低利で借りた資金を新興国に投資することで維持されてきたが、それが巻き戻されると、債務危機に発展するおそれがある。こういう危機は非対称で、巻き戻されるときは速い。図のように2000年から2008年まで続いた金余りが逆転したのは、わずか半年ほどの出来事だった。

続きは8月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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