伊藤詩織事件を「慰安婦問題」に仕立てるBBC

BBCが28日夜、「日本の秘められた恥」と題する約1時間のドキュメンタリーを放送した。これは伊藤詩織氏を主人公にして、山口敬之氏を「加害者」と想定し、伊藤氏の立場から性犯罪として描くものだ。

内容はステレオタイプの「古い日本人」を一方的に糾弾するだけで、新事実が指摘されているわけではないが、この事件を日本のマスコミが取り上げなかったことを「日本の恥」と批判している。これは逆である。昔だったら、山口氏が容疑者になった段階でマスコミが犯人扱いして、大騒ぎになっただろう。

続きはアゴラで。

本当は凶暴なイギリス人

大英帝国の歴史 上 - 膨張への軌跡 (単行本)
ニーアル・ファーガソン
中央公論新社
★★★★★



韓国ではいまだに「日帝36年」の恨みが語られるが、それは東アジアだけの問題ではない。世界最大の帝国主義は大英帝国であり、本書はその歴史を肯定的に描いて批判を呼んだ。今では大英帝国の歴史も、大っぴらに誇ってはいけないのだ。

続きはアゴラで。

「ガイア」を守るエネルギーは何か

地球温暖化の問題には、科学的に不確実な要因が多い。「ガイア仮説」を提唱し、かつては地球温暖化の脅威を強く主張していたジム・ラブロックは、最近この点について考えを変えたという。

「地球温暖化の原因は人間の排出するCO2である」という因果関係が成り立つには、少なくとも次の事実を証明する必要がある。

 1.地球の平均気温が上がっている
 2.大気中のCO2濃度が上がっている
 3.CO2増加の原因は人間活動である

続きはアゴラで。

無内容な「反アベ」のアジテーション

国体論 菊と星条旗 (集英社新書)
本書の内容は、私が資源ゴミに出した『永続敗戦論』の「対米従属論」を繰り返しているだけで、語るに足りない(リンクは張ってない)。日本が安保条約でアメリカの属国になったというのは、50年代から自民党も左翼もいってきた話だ。本書の唯一の新味はそれを「戦後の国体」という言葉で語っていることだが、これは篠田英朗氏の次の記述とまったく同じだ。
憲法は誰が制定したのか?という伝統的な問いは、自衛権は誰が行使するのか?という現代的な問いと直結している。その答えは、「表」側では「国民」である。「裏」側では「アメリカ(とともに)」または「日米安保体制」という「戦後日本の国体」であろう。(『集団的自衛権の思想史』p.61)
これが本書の要旨だといってもよいが、篠田氏の本は2016年7月であり、著者がそれを知らないはずはない。ところが本書では、篠田氏の名前は一度も言及されていない。これは学術論文なら「盗用」として職を失うレベルだ。それ以外に本書の中身は何もなく、ひたすら「反アベ」のアジテーションが繰り返される。

続きは7月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

財政ファイナンスの何が悪いのか

日銀の若田部副総裁が国会で、日銀による長期国債の買い入れについて「物価2%目標の実現に向けた金融政策上の目的で行っている」とし、「政府による財政資金の調達を助けることを目的とする、いわゆる財政ファイナンスではない」と語った。これは彼の過去の言論と矛盾する。

彼は『ネオアベノミクスの論点』で、「デフレからの脱却には、財政ファイナンス的な政策がじつはもっとも効果的なのです」(p.96)と書いた。財政ファイナンスが効果的なら、日銀がそれをやらないのは職務怠慢である。財政ファイナンスで日銀が国債をすべて買えば「無税国家」ができ、納税者もハッピーだ。

続きはアゴラで。

潜在意識の中の丸山眞男



7月からのアゴラ読書塾のテーマは「丸山眞男と戦後日本の国体」(申し込み受け付け中)。いま丸山を読む人は少ないが、あなたの心の中には丸山が住んでいる。たとえば「戦争を起こしたのは軍部やファシストで、それをリベラルな知識人が防げなかった」という丸山の「悔恨共同体」は、いまだに朝日新聞を初めとするマスコミの歴史観だ。

しかし戦争を指導したのはファシストではなく、東京帝大や朝日新聞のリベラルだった。帝大法学部教授の宮沢俊義は「大政翼賛会は合憲だ」という論文を発表し、朝日新聞論説委員の笠信太郎は戦時体制の設計図を書いたが、彼らは戦後は丸山とともに全面講和や憲法擁護の論陣を張った。それが戦後政治のアジェンダになり、今も国会では不毛な憲法論争が続いている。夏の合宿では、そういう問題を論じたい。

「1945年8月に革命が起こり、国民が主権者として憲法を制定した」というのも丸山に始まる神話だ。いまだに長谷部恭男氏は「8月革命が憲法学界の通説」だというが、日本国憲法は大日本帝国憲法73条にもとづいて勅令で召集された帝国議会で、2/3以上の多数で可決された。それを書いた実質的な主権者はアメリカであり、革命なんか起こっていない。

丸山が民主主義を「永久革命」と呼んだのは、このように矛盾した戦後民主主義を国民の行動で変えていこうという理念だったが、革命は永遠に続くものではない。戦後民主主義の青春期は60年安保で終わったが、丸山のつくった神話は日本人の潜在意識に定着し、今も人々を呪縛している。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

なぜインフレが望ましいのか


これはもっともな疑問だが、教科書的なマクロ経済学(DSGE)には「物価上昇が望ましい」という理論は存在しない。日銀の黒田総裁も「インフレ目標2%がグローバル・スタンダードだ」というだけで、その根拠は説明したことがない。それが望ましいのは、次のような「異常事態」が起こっている場合だ。

 1.名目賃金の下方硬直性が強い
 2.自然利子率がマイナスになっている
 3.コーディネーションの失敗が起こっている

1は初等マクロ経済学の教科書にも書いてあるが、名目賃金が労使交渉で決まる場合、賃下げは困難なので、インフレで実質賃金を下げ、労働生産性の上がった労働者だけ賃上げすることで調整がやりやすくなる。ただ定常的なインフレになると、労働者はそれを織り込んで賃上げを要求するので効果はなくなる。

2の自然利子率というのは経済に中立的な金利で、これがマイナスになっていると、名目金利がゼロ以下にならないときは「意図せざる金融引き締め」になる可能性がある。こういう場合はインフレで実質金利をマイナスにする意味があるが、最近の日銀の計測では、自然利子率は0.3%程度であり、マイナス金利も可能なので、インフレにする意味はない。

3がおそらく黒田総裁の想定しているケースで、「ピーターパンが空を飛べないと思うので飛べない」という均衡と「飛べると思うので飛べる」という複数均衡があるとき、だれもが空を飛べると期待すると飛べる可能性がある。問題は空を飛ぶ能力があるのかどうかである。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

誰がテレビを殺すのか

誰がテレビを殺すのか (角川新書)
物騒なタイトルだが、本書の結論は「テレビは容易に死なない」。インターネットのアクセスがいかに多くても、広告の効果はテレビにかなわない。たとえば首都圏ローカルのスポット広告料金は100万円ぐらいだが、深夜番組でも視聴率が1%取れれば、30万人ぐらいが見る。同じアクセスをヤフーで取ろうとすると、トップバナーの広告料金は2000万円だという。

もちろんテレビの視聴者は漫然と眺めているのに対してヤフーのユーザーは積極的にアクセスしているとか、そのままクリックするなどの違いはあるが、数百万人という規模の大衆にアピールできる媒体として、地上波テレビにまさるものはない。広告は確率のビジネスだから、分母が大きいほうがいいに決まっている。

そして1日中テレビを見ているのは、60歳以上の老人だ。かつてテレビは専業主婦のものだったが、今は男性も7割以上が無職だ。テレビを見る時間は女性より多く、平日でも平均4時間も毎日テレビを見ている。そういう「することがない人々」が時間をつぶす道具に特化しているのが民放だ。それが左傾化した最大の理由も、視聴者の高齢化である。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本は核武装できるのか

米朝首脳会談の直前に、アメリカが「プルトニウム削減」を要求したという報道が出たことは偶然とは思えない。北朝鮮の非核化を進める上でも、日本の核武装を牽制する必要があったのだろう。しかし日本は核武装できるのだろうか。

もちろん核兵器の保有は、日米原子力協定のみならず核拡散防止条約(NPT)にも違反するが、これは条約を離脱すればよい。そういう事態は常識的には考えられないが、今の日米同盟の枠組が崩れた場合には、そういうオプションも必要になる可能性はあるので、頭の体操はしておいても無駄ではない。

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原子力の失われた半世紀

Fallout: Disasters, Lies, and the Legacy of the Nuclear Age
原爆と原発は別だが、無関係ではない。核分裂は最初は発電技術として研究されたが、1942年にルーズベルトがマンハッタン計画を立ち上げ、それからわずか3年で広島と長崎に原爆が投下された。その後も原子力は軍事技術として開発され、軽水炉も原潜の技術として普及した。このように政府が研究開発投資を負担したことが、原発が急速に普及した原因だ。

しかし軍事技術として開発されたことは、原子力の短所ともなった。軍事機密を理由にして事故が隠され、特にソ連では1957年の(おそらくチェルノブイリを上回る)キシュテム事故の存在さえ、ソ連が崩壊するまで秘密にされていた。英米でも「事故隠し」が行われ、秘密主義が疑心暗鬼をまねき、放射能の恐怖が誇張されるようになった。

本書は環境ジャーナリストが、世界の原子力の現場をたずねたものだ。著者は科学的データにもとづいて、核兵器以外の原子力は安全だと考えるが、その将来については悲観的だ。すべての人が合理的に判断するわけではない。放射線は目に見えないので、専門家の話を信用できない一般人が恐怖を抱くのは当然だ。原子力産業はこの半世紀で、社会の信頼を失ってしまった。

続きは6月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。




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