ヒューマニズムは人道主義ではない

ヒューマニズム考 人間であること (講談社文芸文庫)
本書の原著は1964年。半世紀以上たった復刊だが、今でも「ヒューマニズム」についての古典として読むに値する。Humanismは「人道主義」という意味で使われることが多いが、原義は聖書を研究する「人文学」という意味である。

ルネサンスのユマニスト(人文学者)は、中世の神学者が些末な論争に没頭しているのに対して「それはキリスト教と何の関係があるのか」と問いかけた。彼らはカトリック教会を批判したが、ルターやカルヴァンのような宗教戦争の指導者とも対立した。ユマニストの批判は聖書にもとづく人文主義的な批判であり、プロテスタントの教義とは必ずしも一致しなかったからだ。

それを象徴するのが、エラスムスの弟子カステリヨンとカルヴァンの対立である。カルヴァンは1553年、三位一体説を批判した神学者セルヴェを投獄し、拷問のすえ火刑に処した。これに対してバーゼル大学の神学者カステリオンは、批判者を処刑するのはカトリック教会の異端審問と同じだ、とカルヴァンを批判したため、教団から追放された。

宗教改革を実現したのはユマニストではなく、カルヴァンの教団の軍隊的な規律だったが、それはヨーロッパに果てしない宗教戦争を生み出した。その戦争を終わらせたのはユマニストの主張した寛容の精神だった、と本書は指摘する。

続きは11月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「真水で10兆円」の大型補正がやってくる

国会は5500万円の「桜を見る会」で大騒ぎだが、 年末に出る今年度の補正予算では真水で10兆円という数字が取り沙汰されている。これは自民党の二階幹事長と世耕参院幹事長が言及した数字だが、2012年以来の大型補正である。大不況でもないのにこんな大規模な財政出動が行われるのは異例だが、その背景には金融政策の挫折がある。

だが日銀の大規模な量的緩和のおかげで長期金利までマイナスになり、財政出動がやりやすくなった。マクロ経済的には、企業が大幅な貯蓄過剰になっている現状では、政府が金を使うのは合理的である。財政赤字が高金利やインフレを招くという批判は、マイナス金利では説得力をもたない。

かつて財政支出は政治腐敗の温床になると批判されたが、今は公共事業などの裁量的支出の比率は低下しており、一般政府でみると財政支出の半分以上を占めるのは社会保障である。これは長期の所得再分配であり、ケインズ的な財政政策にはなじまない。所得再分配を短期的にコントロールするしくみは可能だろうか。

理論的には可能である。いま政府のやっている「5%のポイント還元」を、すべての店舗に拡大して、全国民に配る「ヘリコプターマネー」にすればいいのだ。それを止めるのは財源と関係なく、たとえば「インフレ目標2%に達するまでポイント還元を続ける」と決め、その財源は日銀が国債を買い取ってファイナンスする。

続きは11月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

桜を見る会「前夜祭」の不自然な会計処理

野党とマスコミは「桜を見る会」の疑惑で盛り上がっているが、決定的な話は出てこない。確かに公費で首相の後援会の関係者を800人以上も招待したのはいかがなものかと思われるが、違法ではない。来年は中止すると決めたのだから、再来年どうするか安倍首相がゆっくり考えればいい。それだけの話である。

問題は、その前日にホテルニューオータニで開かれた「前夜祭」だ。5000円という会費が格安だというのは、宿泊費込みで考えるとホテルの営業上の問題に過ぎないが、その会計処理が異例である(少なくとも一般人には不可能だ)。

続きはアゴラで。

ガラパゴス化するネット企業

2050年のメディア
ヤフーとLINEの経営統合が発表された。ソフトバンクとNAVER(LINEの親会社)が50%ずつ出資する合弁会社(非上場)を設立し、これがZホールディングス(ZHD)の筆頭株主となり、ヤフーとLINEはZHDの100%子会社になる。

…と聞いても、普通の人にはどうなっているのかわからないだろう。実質的にはSBが業績の悪化しているLINEを救済したとみられているが、「対等合併」の形をとるために50%ずつ出資し、ZHDの上場を維持するために新会社を噛ませるややこしい形になったものと思われる。

本書はこういう日本のネット業界の「ヤフー1強」の歴史をまとめた業界物で、タイトルのような未来の話ではない。ここに出てくるのは読売新聞の人事抗争を中心とする、きわめて日本的なメディア業界の話だ。読売の「主筆」は紙面を私物化してネット企業の成長を阻害しているが、それに反抗する者は排除される。

ヤフーの強さは読売と似ている。日本語の壁に守られてマスコミの亜流に徹してアクセスを集め、企業買収で多角化を進めてきた。買収した企業も日本では各部門でトップだが、世界では物の数に入らない。そういう「ガラパゴス多角化」のたどりついた先が今回のLINEとの経営統合だが、これで「世界と戦う」ことができるのだろうか。

続きは11月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

在日米軍を「ビジネス」にするトランプ大統領

アメリカは日本の払う米軍駐留経費の日本負担の大幅な増額を求めている、とForeign Policyが報じている。日本の米軍経費負担(いわゆる思いやり予算)は2019年度予算で1974億円で、駐留経費の75%にのぼる。7月に日本を訪問したボルトン国家安全保障担当大統領補佐官(当時)はそれを4倍以上の80億ドルに増やせと要求したという。

同盟国が米軍のコストをもっと負担しろという要求は、トランプ大統領の持論である。今年3月にも「トランプは全同盟国の駐留経費負担を1.5倍に増額するよう求めている」という報道があった。これは国防総省が否定したが、NATO諸国は米軍の撤退を織り込んで防衛費を大幅に増額する。アメリカは韓国には駐留経費負担を5倍に引き上げるよう求めているという。

だが80億ドルというのは実際にかかる経費の3倍以上であり、今までとは意味が違う。これは共同防衛のコストを各国が負担するのではなく、米軍を他国の防衛で利益を上げる「ビジネス」にしようという発想だ。価格が安ければ、米軍が撤退することもありうる。

河野防衛相は「そういう事実関係はない」と否定したが、これから2021年の日米地位協定改定に向けて、こういう話がアメリカから出てくることは十分ありうる。高く吹っかけて交渉するのもトランプの不動産屋的な手法だが、最終的には満額ぐらいで落ち着くとしても、日米同盟は大きく変質する。日本はアメリカの極東戦略に「ただ乗り」できなくなるからだ。

続きは11月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「反日種族主義」という偽のアイデンティティ

反日種族主義 日韓危機の根源本書は今年7月、韓国で出版され、2ヶ月で10万部を超えるベストセラーになったが、中身はそれほどセンセーショナルではない。李承晩TVで行われた連続講義をまとめた、韓国の近代史を論じる論文集である。

その内容は韓国では論議を呼んだが、日本人が読むとあまり違和感はない。日本と韓国の歴史認識が大きくわかれる植民地時代については、本書の見方は日本寄りといってもいい。韓国の教科書に書かれている「土地の40%が朝鮮総督府の所有地として収奪された」という話には実証的な根拠がない。

総督府は朝鮮半島全土の測量事業を行ったが、それは朝鮮人の土地を収奪するためではなく、日本の領土として永久に支配し、朝鮮人を日本に同化させるためだった。そのため測量は精密なもので、そのとき作られた土地台帳は、今も韓国で使われている。

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「初代の天皇」は二人いた

ヤマト王権〈シリーズ 日本古代史 2〉 (岩波新書)
即位の礼をきっかけに、皇位後継問題がまた話題になっている。男女同権派が女性・女系天皇も認めるべきだというのに対して、保守派は「男系が日本の伝統だ」と主張する。これは『日本書紀』以降の建て前論としては間違っていないが、現実の天皇家が男系で継承されたとは限らない。

その最大の反例は、天照大神が女神であることだ。皇統が男系なら神話で男系の正統性を語るはずだが、天照大神には性別の記述もない。これは『日本書紀』の出典となった古い層の神話では、男系という思想がなかったことを示唆する。

そもそも600年ごろまでの日本に「大和朝廷」という統一国家があったわけではなく、複数の王権が並立して戦争していたと考えられる。これを本書は「ヤマト王権」と呼ぶが、その実態は古墳が(宮内庁に管理されて)発掘できないため、よくわからない。

『日本書紀』にも、いろいろな神話が混在している。第10代の崇神天皇には「ハツクニシラススメラミコト」という名前がつけられている。これは「初めて国を統治した天皇」という意味だが、神武天皇にも同じ名前がつけられている。初代という意味の称号が2回使われたのはなぜだろうか?

続きは11月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

マスコミが「プロレス野党」を生み出す

野党は今度は首相主催の「桜を見る会」を追及するらしいが、別に違法性があるわけでもない。こんな会に公平性を求めてもしょうがない。誤解を招くというなら、来年からやめても国政には何の支障もない。

それより問題は、国会で野党が法案も予算案も議論しないで、こういうスキャンダルばかり取り上げることだ。その理由は単純である。マスコミがそれしか報じないからだ。


細野豪志氏もいうように、マスコミは野党の政策論を取り上げない。その理由も単純である。読者が興味をもたないからだ。政策論はわかりにくく、どうせ野党の政策なんか実現しない。

続きはアゴラで。

「定住革命」の終わり

人類の歴史上最大の変化は産業革命ではなく、約1万年前に狩猟採集生活から定住生活に移行した定住革命である。従来はこれを「農業革命」の結果と考えたが、最近の研究では農耕の始まりは定住より数千年も遅いことがわかってきた。つまり農業革命は定住革命の結果であって原因ではないののだ。

では定住が始まった原因は何か。今のところ決定的な説はないが、戦争だったという説が有力である。近代国家も基本的には国境で区切られた領土の中で土地の所有権を分配する農業国家であり、それを発展させる方法は対外的な領土の拡張、すなわち植民地支配だった。 土地は産業革命でも生産要素の一つになったが、その供給量には制約があるので、今では大して重要ではない。

20世紀は人的資源がもっとも重要な生産要素になった時代といえようが、21世紀に重要になったのは情報や権利などの無形資産(intangible assets)である。これをコントロールする上では土地は無意味であり、人的資源もITで代替できる。GAFAに代表されるグローバルIT企業の資産の大部分は知的財産権と個人情報であり、その配分を最適化するように人間がグローバルに移動する。1万年前に始まった定住革命が終わろうとしているのだ。

こういう時代には国家の役割も物理的な領土を守ることではなく、独占を守ることである。この点でアメリカ政府の姿勢はきわめて戦略的であり、特許や著作権は一貫して強化し、個人情報は一貫して規制しなかった。それに対して日本政府は個人情報保護法という世界にもまれな規制強化をやって、インターネット時代に大きく立ち遅れてしまった。

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強そうで弱い政治家と弱そうで強い官僚

官僚のブラック労働の最大の原因は与野党なれ合いの「国対政治」だが、官僚が一方的な被害者というわけではない。日本の役所の最大の問題は、その完璧主義と無謬主義である。これは彼らが「天皇の官吏」として間違いを許されなかった明治憲法からの伝統だろう。

20年ほど前、役所で同僚になって印象的だったのは、官僚の強いエリート意識だった。政治家や大学教授を「先生」と持ち上げるが、裏に回ると「おれのほうが知っている」という。政治家には「レク」で根回しし、法案の中身は官僚が決めてしまう。審議会の答申も官僚が決め、会合でも「事務方」が延々と説明する。

そのエリート意識の源泉は、東大の知的権威だった。「通産省が日本株式会社を指導する」と言われた時代も役所にそれほど法的権限はなかったが、知的権威で業界を指導し、業界団体に天下ってロビイストとして活躍した。それはウェーバー的な合理的官僚ではなく、科挙官僚のように精神的権威で庶民を指導する東洋的エリートだった。

他方で明治憲法の時代から、政治家には実質的な権限があまりなかった。帝国議会には政府の提出した法案に「協賛」する権限しかなく、1930年代には政府や軍部から干渉を受けることも多かった。それに対する反省から新憲法では国会は「国権の最高機関である」と定められたが、実態はあまり変わらなかった。

続きは11月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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