ニュートンはなぜ万有引力を発見したのか

ニュートンの海―万物の真理を求めて
ニュートンがリンゴの実が木から落ちるのを見て万有引力を発見したという話は、世界一有名な科学的発見についてのエピソードだろう。彼の著作にはそういう記述はないが、彼がそう語ったと同時代の少なくとも4人が証言している。そのポイントは、リンゴが落ちたことではない。

ペストが流行した1666年、ケンブリッジ大学は休みになり、ニュートンは故郷に帰って月の軌道について考えていた。小さなリンゴが地上に落ちるのに、それよりはるかに重い月が地球に落ちてこないのはなぜだろうか、と彼は考えた。それは地球から遠い月に働く力が、リンゴよりはるかに小さいからではないか。

この話をニュートン自身が語ったとすれば、彼の世界観の特徴を示している。それはリンゴと月に同じ力が働くという発想である。凡人はリンゴと月に共通点があるとは思わないが、ニュートンは同じ法則をリンゴと月に適用したらどうなるかと考え、重力が距離の2乗に反比例するという法則を発見したのだ。

しかし彼がそれを『プリンキピア』で発表したのは1687年だった。発表まで20年もかかった原因は、彼の宗教的信念だった。20世紀になって競売にかけられた彼の遺稿には、膨大な錬金術と神学についての論文が発見され、それを買い取ったケインズはニュートンを「最後の魔術師」と呼んだ。遠く離れた天体が互いに引き合うという理論は、異端的な魔術思想だった。

さらに彼はユニテリアンだった。これは三位一体説を否定して世界を一元的な神の秩序として理解する神学だが、当時ケンブリッジ大学教授は国教会の聖職者でもあったので、このような異端は大学から追放されるおそれがあった。このため彼は自分の神学思想を秘密にし、万有引力の概念を封印したのだ。

続きは11月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

科学革命の構造

科学革命の構造
「パラダイム」という言葉は今では日常語だが、1962年に本書が初めて使ったときは大論争が起こった。それは当時まだ主流だった論理実証主義やポパーの反証理論を否定する概念だったからだ。この論争は学問的には決着がついているが、「ビッグデータ」が万能のように思われている現代では、思い出す意味もあるかもしれない。

たとえば西内啓氏は「統計学は原データから帰納して法則を導き、計量経済学は理論から演繹する」という。このように演繹と帰納のサイクルで理論が検証できるというのは、100年前の論理実証主義と同じ錯覚である。いくら膨大なデータを集めても、そこから法則は帰納できないのだ。

きょうまで太陽が東から昇ったとしても、それを根拠にしてあすも昇るという事実は証明できない。きょう何かの理由で地球の公転軌道が変わって、太陽が地球から見えなくなるかもしれない。これはヒュームの問題として知られる近代科学の最大のパラドックスである。

ポパーは理論は観測で証明できないが「反証」できると考えた。これについては、本書のあげている年周視差のエピソードが有名である。地球が太陽のまわりを回っているとすると、遠くの恒星の見える角度は季節によって少しずれるはずだ。そう考えた16世紀のティコ・ブラーエは恒星の位置を実際に測定したが、年周視差は観測できなかった。これは地動説の反証といえるだろうか?

もちろんそうではなく、年周視差はあるが、恒星との距離が非常に遠く位置の差が小さいので、当時の観測技術では測定できなかっただけだ。事実は仮説によってつくられるのであって、その逆ではない。この仮説をクーンが「パラダイム」と名づけ、本質的に宗教と同じだとのべたことが論議を呼んだ。

続きは11月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

新しい独占資本主義?

バイデン政権の大きなテーマは、巨大企業との対決である。ウォーレンやオカシオ=コルテスなどの民主党左派は、格差の元凶として敵視するGAFAを分割しようとするだろう。10月には司法省がグーグルを反トラスト法違反で提訴したが、この背景には独占についての考え方の変化がある。

マルクスは資本主義は必然的に独占に向かうと予言し、20世紀前半は彼の予言が当たったようにみえた。企業は垂直統合されてGMやIBMのような巨大企業が世界を支配し、競争政策も独占企業を分割することがテーマだった。

しかし1980年代から巨大企業は没落し、マイクロソフトやアップルなどの新しい企業が恐竜を倒した。インターネットで新しいスタートアップがたくさん登場して企業は競争的になると思われ、規制改革で参入を自由化して競争を促進することが競争政策の主流になった。

fig2
アメリカの公開企業の利潤率(青線)と上位5社の売り上げ比率(右軸)

ところがインターネットの生み出したGAFAは、国境を超えた超独占企業になった。これはIT業界だけではない。図のようにアメリカの各業界上位5位までの企業の売り上げ比率は、2000年代に大きく増えてほぼ50%になり、労働分配率は下がった。

しかし成長率は上がらず、投資は減り、金利はマイナスになった。大企業はもはや成長のエンジンではなく、その敵だという考え方が、最近の反企業的な動きの原因だろう。しかし本当に企業の独占レントは増えたのだろうか?

続きは11月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

トランプが退場してもアメリカの分断は終わらない

アメリカの政党政治-建国から250年の軌跡 (中公新書)
アメリカ大統領選挙ではようやくバイデンが勝利宣言したが、彼が誓ったように「分断するのではなく団結させる大統領」になれるかどうかはわからない。トランプはアメリカ社会の分断の原因ではなく、その結果だからである。

アメリカの政治システムは「三権分立」といえば聞こえはいいが、バラバラである。大統領には法案提出権も予算編成権もなく、宣戦布告もできない。立法するのは議会だが、上下両院のねじれが恒常化している。今回の下院議員選挙では民主党が過半数を守ったが、上院では共和党が過半数を取り、今後もねじれが続く見通しだ。

民主党も共和党も、他の国の政党とはかなり異質な組織である。トランプは2016年の大統領選挙に出馬したとき共和党員ではなく、サンダースも民主党員ではないが、予備選挙に勝てば大統領候補になれる。組織も指揮系統も地域ごとにバラバラの個人の集合体なのだ。

この状況を変え、大統領の権限を強化したのがルーズベルトだった。彼は戦時体制で「ニューディール連合」をつくり、議会の多数派を民主党が占めた。戦後アメリカ経済は急速に成長したので、その恩恵を貧困層に分配する「大きな政府」が半世紀にわたって主流になり、共和党が上下両院で多数派になったのは2回だけだった。

しかしベトナム戦争やスタグフレーションで1970年代には政府への信頼が失われ、レーガン大統領が「小さな政府」を提唱して、共和党が連邦議会の多数派になった。他方で貧富の格差が拡大し、オバマ大統領がマイノリティの支持を集めて当選したが、連邦議会は共和党が多数のままで、提出された法案の成立率はわずか2.7%に低下した。

続きは11月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

バイデン大統領で「もっと大きな政府」がやってくる



アメリカ大統領選挙はバイデン元副大統領の勝利が確実になったが、熱狂はみられない。「バイデンの最大の長所はトランプではないことだ」という評価が妥当な所だろう。

事前にはバイデンが楽勝とみられていたが、トランプは意外に健闘した。その最大の原因は、彼が選挙制度の欠陥を最大限に利用したことだろう。選挙人制度のもとでは、共和党の候補がニューヨークやカリフォルニアで選挙運動しても意味がない。彼がねらったのは中西部のスウィングステートに住むプア・ホワイトである。

アメリカはまだ人口の60%以上が白人であり、彼らは「おれたちの国だ」と思っているが、口には出せない。そのルサンチマンを刺激してマイノリティや移民に対する差別意識をあおるのが、トランプの一貫した選挙戦術だった。

続きはアゴラ

スマホ料金はなぜ高いのか

スマホ料金はなぜ高いのか(新潮新書)
菅政権の目玉政策は「携帯電話料金の4割値下げ」だが、これはいささか奇妙な話だ。今でも格安SIM(MVNO)の料金は、データ通信なら普通の携帯キャリア(MNO)の半分以下なので、無理に値下げさせなくても、MVNOに乗り換えればいい。

このMVNOの料金は国際的にみても安く、20社以上あって競争も激しい。不思議なのは、MVNOのシェアが合計12%と低いことだ。これは大手MVNOの親会社がMNOで、競合を恐れて積極的に宣伝しないためと思われる。むしろMNOが4割値下げすると価格差が小さくなり、MVNOの経営が苦しくなるおそれが強い。

EC851095-6A9C-41D2-8820-C79DE353FC8A
価格コムより

本書はこの問題を中心に通信業界の現状を書いたものだが、最後に私の規制改革推進会議の資料を5ページにわたって引用し、「テレビ局の占有しているプラチナバンドを電波オークションで開放すれば、競争が促進されてスマホ料金は安くなる」と結論している。これが技術的にできることは総務省も認めたが、なぜ関係者は沈黙しているのだろうか。

続きは11月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

パッチワークの合衆国憲法が世界を混乱させる

アメリカ大統領選挙は、初日が終わってもまだ情勢が混沌としている。ペンシルベニアとウィスコンシンの開票率が低く、郵便投票でひっくり返る可能性があるからだ。特にペンシルベニアは6日までかかりそうで、トランプ大統領は「4日以降に届いた票は無効だ」という訴訟を起こすと表明しているので、連邦最高裁が大統領を決めるブッシュ対ゴアのときのような展開になるかもしれない。

こういうややこしいことになる原因は、大統領選挙人という特殊な制度にある。ほとんどの州は各州ごとに勝者総取りになっているので、ニューヨークやカリフォルニアのような大きな州(民主党が必ず勝つ)はどうでもよく、両党の勢力が伯仲している中西部のスウィングステートを取ったほうが勝つ。

ここに住んでいるのは、貧しい白人の労働者が多い。彼らはマイノリティや移民に仕事を奪われるという被害者意識が強いので、白人中心主義をとなえて移民を差別し、保護貿易を主張すれば、彼らの支持を得ることができる。トランプの選挙戦術は、それに特化した点で徹底していた。

この奇妙な制度ができた原因は、合衆国憲法ができたときは、各州が独立国だったからである。当時は大統領の選出は連邦議会が行なうべきだという意見が強かったが、それでは各国の独立性が失われるという反対論があったため、各国が独自に選挙人を選出し、その投票で決める折衷案になったのだ。

こういう「三権分立」がデモクラシーの理想だと思っている日本人が多いが、それはGHQの洗脳である。このパッチワークの統治機構のおかげで、大統領選挙のたびに混乱が繰り返され、スウィングステートに迎合するトランプのような大統領が生まれ、中西部の田舎者が世界情勢を決めてしまう。

続きは11月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

マイナポイントで「使わないと消える給付金」ができる

政府は年内にも10~15兆円の第3次補正予算を組む見通しだが、GoToのような裁量的補助金は政治的ゆがみが大きいので、これ以上やるべきではない。特別定額給付金10万円のような直接給付が望ましいが、これは麻生財務相のいうようにほとんど貯蓄に回り、貯蓄率は45%にのぼる。



現状ではまだ大きな需給ギャップがあるので追加給付が必要だが、これも貯蓄されては意味がない。それを消費に回すしくみとして、永江さんの提案したマイナポイントを使う給付金という案はおもしろいと思う。

続きはアゴラ

経済学は「科学革命」の前夜か

リフレ派がいなくなったと思ったら反緊縮やらMMTやら、ニセ経済学の種は尽きない。その最大の原因は、20年以上ゼロ金利が続いていることだろう。「財政赤字が大きくなると金利が上がり、財政が破綻する」と主流派の経済学は警告してきたが、何も起こらなかった。これは日本だけの現象ではなく、今はアメリカでもコロナ対策で世界金融危機の2倍の財政赤字が出ているが、何も起こらない。

aizenman27octfig1

このように経済学の常識に反する現象が続くのは、1970年代のスタグフレーション以来である。このときは、財政赤字でインフレになっても失業率が下がらないのはなぜかが謎だった。これはフリードマンの自然失業率の理論で見事に解決され、このパラダイムがその後40年近く続いた。

いま世界が直面しているのは、財政赤字が増えても金利が上がらないのはなぜかという謎である。主流派の経済学がこれを説明できないので、永遠に金利はゼロと(理由もなく)仮定するMMTが正しいようにみえる。これはフィッシャーやサマーズもいうように70年代以来のマクロ経済学の危機だが、今は新しいパラダイムの生まれる「科学革命」の前夜かもしれない。

続きは11月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

暗黙知と「言語論的転回」の逆転

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)
かつて日本的経営が世界を席巻したころ、日本人が会社の中で「暗黙知」を共有していることが日本企業の優位性の原因だといった話が、野中郁次郎氏などによって流行した。この流行はその後の日本企業の凋落で終わったが、いまだに経営学業界では信じられているようだ。

しかしポランニーが暗黙知という言葉で呼んだのは、学校で習う「形式知」と違う職人芸のような技能ではなく、人が外界を認識するとき共有する枠組である。化学者だった彼はこの概念を科学的発見の論理として考え、これがクーンに影響を与えて「パラダイム」の概念になった。

本書を読み直すと、人間の認識の基礎に非言語的コミュニケーションがあり、その過程は生物の進化に似ていることが強調されている。当時の生物学ではこれはトンデモだったが、今では文化的遺伝子として学問的にも論じられるようになった。

これは20世紀の思想の主流だった言語論的転回の逆転ともいえる。ソシュールに始まってポストモダンまで受け継がれた記号論のドグマは、記号(シニフィアン)に先立つ意味(シニフィエ)はなく、意識は言語で構造化されたものだということだ。本書はそれを逆転し、意味は身体と事物の衝突から生まれる創発(emergence)だという。ここでは意味が記号に先立つのだ。

続きは11月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。








記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons
  • ライブドアブログ