私立大学は「裏口」だらけ

文部科学省の局長が逮捕された事件は、まだ事実関係がはっきりしないが、「贈賄側」の東京医大の理事長と学長は、「入試の点数に加点した」ことを認めているようだ。賄賂は現金に限らず、職務上の地位が賄賂と認定された判例もあるらしいが、「裏口入学」が贈賄と認定されたら、私立大学は賄賂だらけになる。

続きはアゴラで。

科学者はなぜ神を信じるのか

科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで (ブルーバックス)
本書は科学史のおさらいだが、おもしろいのは著者(物理学者)がカトリックの聖職者でもあることだ。だから彼は「物理学が神の存在を証明している」というのだが、これはある意味では正しい。キリスト教の神の正体はよくわからないが、宗派を超えて共通なのは、それが唯一神だということだ。それは物理学の前提でもある。

この宇宙が一つしかなく、アンドロメダ星雲でも地球と同じ万有引力が通用するという事実は証明できない。今のところそういう推測に反する事実は見つかっていないが、見つかる可能性は否定できない。本書によると、ジョルダーノ・ブルーノは「無数の宇宙が存在する」と主張して異端審問にかけられたという。

この宇宙に法則が一つしかないというのは物理学者の信仰にすぎないが、その法則を「神」と呼べば、キリスト教とほとんど同じだ。ニュートンも彼の運動方程式は神の存在証明だと考えていた。ここで本質的なのは法則が唯一だという信仰であって、それをどう呼ぶかではない。カント以降の近代哲学の目的は、その信仰を証明することだったが、いまだに成功していない。

続きは7月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

ビル・ゲイツと原子力の未来

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私が西和彦さんと一緒にビル・ゲイツに会ったのは、2011年9月だった。彼は第4世代原子炉に巨額の投資をしているが、原発推進派ではない。彼は気候変動が人類の最大の脅威だと考え、再生可能エネルギーにも投資したが、蓄電技術がボトルネックだった。

エネルギー産業は、ITの次の大きなフロンティアだ。アメリカでは古い地域独占の電力会社が残っているおかげで、イノベーションの余地は大きい。新興国はクリーンで安いエネルギーを求めており、重量あたり石炭の100万倍のエネルギーを出せる原子力には、非常に大きなポテンシャルがあるという。

「原子力についてのシンクタンクをつくりたい」という私の提案に対して、彼は「原子力技術や放射能の影響は科学的によくわかっているので、問題はそれを一般市民に伝えることだ。研究員を雇う必要はなく、ウェブサイトで情報を共有する仮想シンクタンクをつくるべきだ」といって寄付してくれた。その資金で設立したのがGEPRだ。

彼はPCソフトウェアで世界を変えた。そしてもう一度、原子力で世界を変えられると信じているが、その舞台は中国に移った。原子力の最大の問題は技術ではなく、政治だからである。

続きは7月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

中国が世界の原子力のリーダーになる


三門原発(CNNCサイトより)

最新鋭の「第3世代原子炉」が、中国で相次いで世界初の送電に成功した。中国核工業集団(CNNC)は、浙江省三門原発で稼働した米ウェスチングハウス(WH)社のAP1000(125万kW)が送電網に接続したと発表した。他方、広東省台山原発にできたフラマトム社の欧州加圧水型炉(EPR)175万kWも送電に成功したと発表した。

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デモクラシーは生き残れるのか

政治の衰退 上 フランス革命から民主主義の未来へ
議会によるデモクラシーはここ200年ほどヨーロッパに生まれた制度であり、近代国家の必然ではなく、唯一のモデルでもない。今のところは成功モデルとされているが、多重のチェック機構があるので、合意形成に時間がかかり、効率が悪い。もっとも効率的に意思決定できるのは独裁国家である。

この効率とチェックのトレードオフが、近代国家の抱える問題である。チェックを重視する権力分散がアメリカ型で、意思決定を内閣に集中するのがイギリス型だが、著者はアメリカ型を高く評価していない。政府と議会がバラバラに意思決定し、官僚制が機能しないので金のかかる司法が強く、政治家は腐敗している。

これに対してイギリス型に近い日本では、清潔で優秀な官僚機構に権力が集中し、成功したというが、「決められない政治」は似たようなものだ。政治家が金で動く傾向はアメリカほどひどくないが、政権交代がないので政治の転換がむずかしい。

世界全体をみるとデモクラシーは少数派で、21世紀に入って中国やロシアのような独裁国家が成長している。欧米人は「自由のない国家はいずれ没落する」といい続けてきたが、その兆候はみえない。中国は、デモクラシーの次の国家モデルになるのだろうか。

続きは7月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

山口敬之氏の逮捕状はなぜ執行されなかったのか



伊藤詩織事件がまだ延焼しているが、この動画でも説明したように、これは刑事事件としては決着がついている。刑法で「準強姦罪」が成立するのは「心神喪失または抗拒不能となった女性を姦淫した場合」だが、山口氏の証言によれば伊藤氏がベッドに入ってきたので、心神喪失にはあたらない。伊藤氏も「記憶がない」というのでは、立証は困難だ。

これは山口氏が安倍政権に近いかどうかとは関係ない。彼が左翼の活動家だったとしても、公判が維持できないと考えたら検察は起訴しない。本件も書類送検になった段階で、警察は無理とあきらめていたのだろう。それが「有罪率99%」の日本の司法の特徴だが、本件の場合は起訴して、裁判で決着をつけたほうがすっきりしたと思う。

特に釈然としないのは、伊藤氏が2015年4月に警察に被害届けを出した直後に、TBSが山口氏をワシントン支局長から解任し、彼が帰国するとき高輪署の取った逮捕状を警視庁の刑事部長が執行させなかったことだ。これは警察の手続きとしても異例で、政治的配慮があった疑いが強いが、それは「安倍政権への忖度」ではない。

続きは7月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

安倍首相の意図せざる財政革命

夏の合宿でも議論する予定だが、戦後の日本に二大政党ができなかったのは中選挙区制のせいではなく、政策の対立軸がなかったからだ。戦前も中選挙区制だったが、政友会と民政党の二大政党で政権交代が起こった。それは税金を使う政府の党である政友会と、納税者を代表する民政党が対立したからだ。

議会は近世ヨーロッパで、納税者(地主・ブルジョア)と税を使う貴族の対立から生まれた制度だ。アメリカの共和党と民主党も、イギリスの保守党と労働党も、納税者の党と使う党で、その対立は「福祉国家」になると先鋭化した。自民党の支持基盤も高額納税者だったので、1980年代以降は財政再建が最大の課題になり、野党はそれを「新自由主義」と批判した。

ところが安倍首相は、日銀の財政ファイナンスで国債発行の上限を踏み超え、「大きな政府」に舵を切った。それは今までの常識では金利上昇とインフレで財政破綻を招くはずだが、今のところ金利は下がっている。これは財政の歴史の中では革命的な出来事だが、安倍首相が斬新な経済理論でやっているようにはみえない。この革命を可能にしたのは何だろうか。

続きは7月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

【早割優待中】アゴラ夏合宿「ポスト平成の民主主義を問う」



国会はここ1年半、森友・加計問題で空転し、政策論争はほとんど行われていません。官邸主導の改革も役所の「面従腹背」で停滞し、それを監視するはずのマスコミもスキャンダルを追いかけるばかり。日本の民主主義は、どこへ行くのでしょうか。

今年のアゴラ夏の合宿では、浅尾慶一郎さん(前衆議院議員)、田原総一朗さん、八幡和郎さんをお招きし、池田信夫とともに「ポスト平成」の民主主義について徹底議論します。テーマは

 ・国会はなぜ政策論争ができないのか
 ・官邸主導にはなぜ抵抗が強いのか
 ・マスコミはなぜスキャンダルばかり報道するのか

など、みなさんの疑問をぶつけてください。6月30日まで、早期割り引き優待中です。

続きはアゴラで。

大英帝国はなぜ世界を支配できたのか

ファーガソンの『大英帝国の歴史』を紹介した直後に、BBCの伊藤詩織事件についての番組が放送されたのは、おもしろい偶然だ。この番組には、大英帝国が数百年にわたって世界を支配した秘訣が描かれているからだ。それは白人以外は人間として扱わないという原則である。

黒人を同じ人間として扱ったら、1500万人もアフリカから新大陸に輸送することも、奴隷として労働させることもできない。イギリス人はインドでも工業化を徹底的に妨害し、教育もインフラ建設もしなかった。彼らは心の中ではアジア人を蔑視しているが、それを露骨に表現しない。セックスが好きだが、それもBBCでは扱えない。慰安婦問題とかセクハラとか「人権問題」の建て前で、日本人を攻撃するのだ。

それをアプリオリに悪と決めつけることはできない。19世紀までは民族自決などという原則はなく、戦争は合法であり、強い国が弱い国を支配するのは当たり前だった。原住民を同じ人間として扱うと、植民地支配には膨大なコストがかかり、採算がとれない。その失敗例が日本だった。

続きは7月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

伊藤詩織事件を「慰安婦問題」に仕立てるBBC

BBCが28日夜、「日本の秘められた恥」と題する約1時間のドキュメンタリーを放送した。これは伊藤詩織氏を主人公にして、山口敬之氏を「加害者」と想定し、伊藤氏の立場から性犯罪として描くものだ。

内容はステレオタイプの「古い日本人」を一方的に糾弾するだけで、新事実が指摘されているわけではないが、この事件を日本のマスコミが取り上げなかったことを「日本の恥」と批判している。これは逆である。昔だったら、山口氏が容疑者になった段階でマスコミが犯人扱いして、大騒ぎになっただろう。

続きはアゴラで。




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