進化論って何?



朝日新聞がまた自民党の広報マンガを批判しています。今度は人間行動進化学会が反対声明を出したというのですが、この記事ではこんな子供向けの一問一答がついています。
Q キリンは高い木の葉を食べられるように進化した、というのは正しい?

A 「○○のために進化した」という表現も誤りだ。生物の進化は、生物が何かを意図して行うものではない。世代を重ねる中で結果として起きる現象だ。アニメのキャラが変身して強くなることや、スポーツ選手のパワーアップ、製品の性能向上なども「進化」と表現されるけど、生物の進化とは関係ない

これはまちがいです。

続きはアゴラで。

イエスは「社会的隔離」を否定した

イエスとその時代 (岩波新書)
新型コロナの死者は累計で50万人を超えたが、これは毎年100万人以上が死んでいる結核やマラリアなどに比べれば、史上最大の疫病というわけではない。疫病は人類の最大の脅威であり、その正体は19世紀末までわからなかったので、病人を隔離する「社会的隔離」が共同体を守る唯一の手段だった。この点では現代も古代とあまり変わらない。

医療は病人を安静にして回復を祈ることぐらいしかできなかったので、医師と呪術師に本質的な区別はなかった。その意味でイエスは医師だった、と本書はいう。福音書に数多く描かれているイエスが病人を癒やしたという奇蹟物語は、キリスト教会では「ご利益宗教」として軽視されているが、むしろそこにイエスの特色がある。

それまでの預言者が「神の国」の到来を告げて権力を批判したのに対して、イエスは民衆の中に入って病人を救済した。もちろん現代的な意味で治療したわけではないが、家族から隔離された病人に「家族のもとに帰ってよい」という帰還命令を出すのがイエスの特徴だった。
そして彼のもとに一人の癩病人が来る。彼に頼んで、膝まづき、言う、「もしもお望みなら、あなたは私を清めることがおできになります」。彼は怒って、手をのばしてその男にさわり、言う、「望む。清められよ」。そしてすぐに、癩はその男を離れ、その男は清められた。そしてその男をきつく叱りとばし、すぐに追い出した。(マルコ1:40~43 田川建三訳)

ここで問題は、彼が癩病(ハンセン病)患者を治療したかどうかではなく、ユダヤ教の律法で罪人として隔離されていた患者を家族のもとに帰したことだ。それは公然たる律法の否定であり、差別されていた障害者や貧困層の共感を呼ぶ一方、ユダヤ教徒の反発を招いた。

今週の金曜から始まるアゴラ読書塾「疫病と文明」では、このような感染症という角度から宗教や差別の問題を考えたい(申し込みはまだ受け付け中)。

「8割おじさん」は本当は「1%おじさん」だった

アメリカの新型コロナ感染者は累計250万人を超え、毎日3万6000人以上増えている。東京では感染者が毎日50人になったと騒いでいるが、これは桁違いだ。陽性が増えた最大の原因はPCR検査を増やしたことで、検査を増やせば感染者はいくらでも増える。国際比較できる数字は死者である。


各国の累計死者数(FT.com)

累計でみると日本の死者は971人で、アメリカ(11万8000人)の1/120。線形目盛でみると、図のように日本は横軸に埋もれて見えない。日本のコロナ騒動で盲点になっていたのは、このように感染者の絶対数が圧倒的に少ないことだ。

続きはアゴラで。

理論は事実で変えられない

コロナ騒動は、政府がマスコミにあおられてゼロリスクを求めた点では福島第一原発事故と似ているが、違う点も多い。最大の違いは、専門家会議を初めとする専門家が当てにならなかったことだ。

福島のときは原子力の専門家の意見は一致しており、あの程度の事故で死傷者は出ないとみていたが、専門知識のない活動家が民主党政権を乗っ取って大混乱になった。それに対して今回は感染症の専門家の中でも、大したことないという意見と感染爆発が起こるという意見が対立した。

福島で騒いだ「放射脳」はトンデモの類で原子力の専門家はほとんどいなかったが、今回騒いだ「コロナ脳」には専門家もいた。特に医療クラスタ(医クラ)が、こんな感じで私にもからんできた。

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この予想に従えば、5月28日に日本のコロナ死者は3万5000人になっていたはずだが、6月24日現在でも967人。このようにわかりやすい無知蒙昧は大した問題ではない。よくあるのは「何もしなかったら42万人死ぬ」という予測は何かした場合のデータで否定できないという話だ。

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これは論理的には正しい。「何も介入しなかったら42万人死ぬ」という命題は仮定が偽なので、どんな結論も真になる。たとえば「何も介入しなかったら1億人死ぬ」という命題も真である。この対偶は「1億人死ななかった場合は何か介入したはずだ」という無意味な命題である。

このように素人だけでなく専門家にとっても、理論は事実で変えられない。実証主義というのは、人々が思っているほど自明の原理ではないのだ。

続きは6月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

人間は文化的遺伝子で進化する

most_adaptable_to_change_poster-p228339548256655541tdcp_400自民党のマンガをめぐって専門家もまじえた論争が続いているので、このブログでも書いたことをおさらいしておく。引用された言葉はダーウィンの著書にはないが、これは誤用ではない。『種の起源』には次のような言葉がある。
すべての生物は自然界の経済秩序の中での居場所を求めて闘争しているという言い方ができるわけだが、競争相手との関係でそれ相応の変化や向上ができない種は、たちまち滅んでしまうだろう。(第4章)
ここでダーウィンが述べているのは「種」の変化だが、これは厳密にいうとおかしい。自然淘汰の単位は個体であって種ではないからだ。しかし種を「集団」と解釈すると、これは最近の新しい集団淘汰の理論と共通点がある。

こういう理論を人間の社会に適用することも誤用ではない。これを「獲得形質が遺伝する」というルイセンコ説と混同して批判するのは誤解だ。獲得形質が遺伝しなくても、人間は文化的遺伝子で進化するというのが最近の生物学の結論である。

生物の突然変異はランダムで目的がないが、人間の集団には目的がある。これは蟻のような社会性昆虫のコロニーと同じだ。蟻はその目的を知らないが、人間はそれを言葉で共有し、文化的遺伝子(ミーム)として蓄積して急速に進化できる。それが人類が数百年で地球の生態系を大きく変えた原因である。

こういう社会ダーウィニズムを「人種差別だ」と排除するのも誤りである。すべての集団はダーウィン的な競争で生き残ってきた。その最たるものが戦争である。いま先進国の多くがデモクラシーを採用しているのは、それが国民を動員する総力戦にもっとも強い政治体制だからである。この点でダーウィニズムを国家に適用する自民党のマンガは間違っていない。

続きは6月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

変化できる集団だけが生き残る

自民党のツイッターが炎上している。憲法改正をダーウィンにからめたマンガに朝日新聞が「進化論の誤用だ」とケチをつけ、 その後も毎日新聞などが取り上げ、文春オンラインまで取り上げた。

「唯一生き残れる者は変化できる者である」というのは、有名なダーウィンのフェイク引用である。これは私も去年12月のツイートで指摘したが、茂木外相の好きな言葉らしい。

マスコミはこれを「進化論の誤用」だと批判しているが、これは間違いだ。たとえば佐倉統氏は「進化論は優生学などに悪用された歴史があり、社会的な問題を進化で論じることには慎重な上にも慎重であるべきだ」というが、これこそ進化論の誤用である。

続きはアゴラで。

ヨーロッパ人はなぜコロナウイルスに弱いのか

銃・病原菌・鉄 上巻新型コロナは南米に拡大し、ブラジルでは死者が累計5万人を超えた。他方で日本の死者は21日は1人。アジア・アフリカに拡大する兆候はない。どうやらコロナは世界的なパンデミックではなく、ヨーロッパ文化圏に固有の風土病のように思われる。

こういう現象は歴史的には珍しくない。いま黒人の怒りの対象になっているコロンブスが新大陸に到着したあと、スペイン人がわずかな軍勢でアメリカ大陸を支配できた原因は軍事力ではなく、彼らの持ち込んだ天然痘が新大陸に急速に広がったことだった。

先住民の人口は、その後100年間に95%減ったと推定されているが、これは彼らにはヨーロッパ人の持ち込んだ疫病に対する免疫がなかったことを示す。先住民はモンゴロイドで、ベーリング海峡が陸続きだった時代にアジアから渡ったといわれている。遺伝的にはアジア人とほぼ同じなのに、なぜ彼らには免疫がなかったのだろうか?

本書はその原因を家畜に求める。ユーラシア大陸は東西に長いので、広い地域で同じ穀物を栽培して多くの家畜を飼育できたが、アメリカ大陸は南北に長いので大型哺乳類に適さず、1500年ごろには家畜が5種類しかいなかったという。このためユーラシアでは家畜からの感染で免疫ができたが、新大陸ではできなかったというのが本書の仮説である。続きを読む

パンデミックが「隣人愛」を生んだ

キリスト教思想への招待
新型コロナはWHOにパンデミック(世界的流行)と認定されたが、それまで世界的に流行する疫病がなかったわけではない。治療法のなかった古代には多くの疫病がパンデミックになり、長期にわたって世界に流行した。ローマ帝国では、西暦165年ごろから天然痘(と思われる疫病)が大流行し、その後もたびたび流行を繰り返した。

歴史上有名なパンデミックは、皇帝ユリアヌス(在位361~63年)のときの大流行である。命を守れないローマ帝国の権威は失墜し、信者は天国で救われると説くキリスト教が疫病のように流行した。ユリアヌスはローマの土着信仰を否定するキリスト教徒を「無神論者」と非難して弾圧したが、その強さを次のようにたたえた。
無神論者をこの上もなく発達させた理由は、他者に対する人間愛、死者の埋葬に関する丁寧さ、よく鍛錬された生き方のまじめさである。[…]それぞれの町に病院を多く設置せよ。外来者が我々の人間愛にあずかることができるように(本書p.123)。
ここで「他者に対する人間愛」と訳されているのは親子の愛情ではなく、恋人の恋愛でもない。それは地域や親族集団とは無関係に信者を歓迎する隣人愛(philanthropia)であり、それを制度化したのが病院(hospice)だった。キリスト教はローカルな集団を超える普遍的な医療共同体として急速な発展を遂げたのだ。

7月からのアゴラ読書塾「疫病と文明」では、医療や感染症の歴史から宗教や文明の意味を考えたい。

戦後日本の「弱い国のかたち」

戦後日本政治の総括
コロナ騒動で印象に残ったのは、日本の強さと弱さである。アメリカでは罰則をともなう外出禁止令で暴動が発生したが、日本では緊急事態宣言の要請だけで乗り切った。その強さをたたえる人が多いが、それは憲法に非常事態条項がないための弱さであり、日本が望んだものではない。

本書も指摘するように、こういう「弱い日本」は「強いアメリカ」と表裏一体だった。このため反米の首相は短命で、親米の首相は長期政権になる。第1次安倍内閣と第2次内閣の違いが、それを端的に示している。第1次内閣は「戦後レジームからの脱却」をめざして挫折したが、第2次内閣以降は自民党ハト派に近い親米路線である。

タカ派政策の最たるものと思われた安保法制も、アメリカから極東の防衛負担を求められたためだった。集団的自衛権を容認したあとは「アメリカがうるさくいわなくなったので憲法は改正しなくてもいい」と安倍首相はいったという。憲法改正は日米同盟を支えるためだったので、今はもう必要ないのだ。

首都上空の管制権をアメリカがもつ日米地位協定は占領体制の延長であり、最悪の戦後レジームだが、安倍政権は手をつけない。それはアメリカという世界最強の傭兵をやとうコストとしては安いものかもしれない。この「弱い国のかたち」は日本人の心にすっかり定着したが、本物の危機に強いかどうかはわからない。

続きは6月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

厚労省と共謀して失敗をごまかす8割おじさん

厚労省の「第2波」対策が、都道府県への事務連絡という形で発表された。「東京で感染者が8万人」とか「42万人死ぬ」とかいう誇大な予測がはずれた反省を踏まえているのかと思ったら、今度も「再生産数1.7か2.0」を想定しろという。



これは概要版の図だが、ここでは3月後半に東京だけでみられた実効再生産数Rt=1.7が全国に一般化され、それが「都道府県のアラート」で0.7に激減したことになっている。

続きはアゴラで。








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