「東京大停電」は起こるか

東京大停電 電気が使えなくなる日
地震は避けられないが、大停電は避けられる。北海道大停電は避けられた事故だった。苫東厚真発電所に過度に依存した北海道電力の運転管理にも問題があったが、最大の原因は3・11前には北海道の電力供給の半分以上を占めた泊原発が動かせないことだ。こういう「片肺飛行」の状況は全国で同じなので、大停電のリスクは他の地域にもある。

東電の送電能力は北電の10倍以上あり、他の電力会社からも電力の融通を受けられるので、首都圏全体が大停電にはならないだろうが、ぎりぎりの状況は同じだ。今年1月下旬、大寒波で東電の電力使用率は99%を超え、融通でしのいだ。この状態で大きな火力発電所が事故で止まると、ブレーカーが落ちるように「東京大停電」が起こる可能性がある。

このように電力供給が綱渡りになった一つの原因は電力自由化だ。太陽光や風力のように安定供給の責任を負わない事業者と競争するには、電力会社も送電網に余裕をもたせないでぎりぎりにするしかない。だが短期的な原因は、運転できる原発を運転していないことだ。ところが本書は原子力の問題から逃げるので「電源を多様化せよ」という一般論になってしまう。

続きは9月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本の「初期近代」の知的インフラ

江戸の教育力 近代日本の知的基盤
今年は明治150年なので、明治維新の画期的な意義を強調する行事が多いが、最近の歴史学では江戸時代との連続性を重視する見方が多い。これは西洋史で初期近代(early modern)と呼ばれる時代と重なっているが、ヨーロッパのこの時期が戦争の連続だったのに対して、日本の初期近代を特徴づけるのは、その長い平和である。

その政治的な原因は徳川幕府が徹底的に戦争を抑止するシステムをつくったことだが、文化的には高い教育水準だろう。本書は特に文字の習得がその鍵だったという。江戸時代末の識字率は成年男子で70~90%だったと推定されているが、これは同時代の世界でも驚異的に高い。

その原因は教育が普及したことだ。中世の武士は在地領主で、農民は隣合わせに住んでいたが、江戸時代に兵農分離で武士が城下町に住むようになると、公的な告知は文書でするようになった。それを読むために庶民が文字を習得したので、証文や手形などの文書による契約が近代日本の知的インフラになった、というのが本書の見立てだ。

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冬までに泊原発を再稼動して命を守れ



北海道の地震による大停電は復旧に向かっているが、今も約70万世帯が停電したままで、事故を起こした苫東厚真火力発電所はまだ運転できない。古い火力発電所を動かしているが、ピーク時の需要はまかないきれないため、政府は計画停電を検討している。北海道の電力は足りてないのだ。北海道の電力供給がぎりぎりで危険な状態にあることは、以前から多くの専門家が指摘してきた。

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泊原発が動いていたら大停電は避けられた

北海道は地震によって全世帯が大停電という前代未聞の事態になったが、これは地震の発生した午前3時の消費電力300万kWのうち、震源に近かった苫東厚真火力発電所(165万kW)の送電設備が壊れて3基がすべて送電できなくなり、その影響で他の火力発電所も送電を停止したためだ。本州との連系線も(起動する電力がなくて)動かなかった。

この直接の原因は苫東の変電所に事故が起こって送電網から切り離され、周波数が低下したことだ。電力網は需要と供給が一致しないと周波数が乱れ、設備が壊れるおそれがあるため、送電が自動的に遮断される。このため苫東につながっていた他の系統も、連鎖的に停止したものだ。苫東に負荷を集中させた北海道電力のマネジメントにも問題があるが、これを「電源の分散配置を怠った」と批判するのは筋違いだ。

供給が不安定になる最大の原因は、泊原発(207万kW)が安全審査中で動かせないことだ。泊が動いていれば深夜のベースロードを供給するので、苫東が落ちても全道に波及することはなかっただろう。泊は震度2だったので、緊急停止しなかったはずだ。分散配置した電源の半分が動かせない「片肺飛行」が、今回の事故の原因だ。

しかし泊の安全審査は、今年の冬までには終わりそうにない。原子力規制委員会が「12~3万年前から断層が動いたかどうか」を調査しているからだ。真冬の北海道でまた大停電が起こったら、多くの凍死者が出るだろう。人命尊重の観点から優先すべきことは何か、安倍政権が決断するときではないか。

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就活ルールを廃止して「大学入学」を就職の条件に

経団連の中西会長が「就活ルールを2021年春から廃止する」と述べたことが話題になっている。この種の協定には拘束力がなく、規制と廃止を繰り返してきた。今は説明会は3月、面接は6月に解禁することになっているが、実際には3年生の年末から就活は始まっており、アンケート調査では5月までに内定を出した企業が4割近い。

経団連に入っていないIT企業や外資系企業は、通年で採用している。たとえばユニクロ(ファーストリテイリング)は1年生の4月から内定を出し、在学中は店舗でアルバイトをしてもらい、卒業と同時に店長にする。財界系企業だけ協定を守っていては、競争にならないという危機感があるのだろう。

新卒一括採用という日本独特の雇用慣行がなくなるのは、学生にとっても企業にとってもいいことだ。就活の前倒しは「学業のさまたげになる」という批判が強いが、それほど学業が重要なら、成績も確定しない3年生に内定を出すはずがない。

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民主主義の内なる敵

民主主義の内なる敵
20世紀は、民主主義が全体主義と闘った時代だった。民主主義の勝利は自明のようにみえたので、冷戦の終結以降、東欧や途上国で多くの国が民主主義を採用した。しかし2010年代には「アラブの春」は挫折し、先進国では民主主義はポピュリズムになった。民主主義の敵はもはや社会主義ではなく、その内部にあるのだ。

その原因は民主主義と一体で語られる自由主義にある、と著者はいう。その起源を彼は、5世紀初めのアウグスティヌスとペラギウスの神学論争に求める。アウグスティヌスは「原罪」の概念を確立したが、これをペラギウスは批判した。神は自分に似せて人間をつくったのだから、人間が罪を犯すはずがない。そもそも人間の運命が神の意志ですべて決まっているのなら、罪を犯すこともできない。

これは論理的には強力な批判だったが、ペラギウスは論争に敗れ、異端として追放された。しかし18世紀の啓蒙思想は彼を再発見し、「個人が自由意思で政権を選択し、その結果に責任を負う」というペラギウス主義が民主国家の原理になった。それを大規模に実験した最初の試みがフランス革命だが、結果は悲惨だった。何が間違っていたのだろうか。

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被害者の再生産する「風評差別」の構造

福島のトリチウム水をめぐって、反原発派も最近は「危険だ」とはいわなくなった。トリチウムは環境基準以下に薄めて流せば人体に害はなく、他の原発ではそうしている。福島第一原発でも事故までは流していた。それをゼロにしろという科学的根拠はない。その代わり彼らがいうのは「風評被害で魚が売れなくなる」という話だ。

これを聞いて私が思い出したのは、子供のころの出来事だ。私の実家は京都の大きな被差別部落の隣にあり、子供のころよく差別事件が起こった。中でも根強く残ったのが結婚差別だった。このとき親が反対したのは「部落出身者と結婚してはいけない」という理由ではなかった。「私はかまわないが世間には偏見がある」という理由だった。

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「敗戦革命」の危機はあったのか

日本占領と「敗戦革命」の危機 (PHP新書)
戦後史を国際的な文脈で理解することは重要である。1945年、東ヨーロッパを支配下に収めたソ連は、次に東アジアをねらった。敗戦を機に軍部の中の「共産勢力」がソ連と呼応して「敗戦革命」を起こす可能性がある、と昭和天皇に進言したのが1945年2月の近衛上奏文だった。
敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存侯。[中略]敗戦だけならば、国体上はさまで憂うる要なしと存侯。 国体護持の立前より最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴うて起ることあるべき共産革命に侯。
敗戦の後に起こる共産革命を防止するために軍の中の共産勢力を一掃して戦争を早期終結すべきだ、というこの提言は天皇に却下されたが、「敗戦革命」への警戒はアメリカの占領統治にも影響を及ぼした。アメリカはソ連の参戦前に戦争を終結し、単独で日本を占領しようとした。天皇の在位を認めたのも、共和制にすると共産勢力が強まると考えたからだ。

しかし当時の日本に「敗戦革命」を実行できる政治勢力はあったのか。1946年の総選挙で日本共産党が得たのは5議席だった。GHQ民政局は社会党を支援したが、それは短命な片山内閣を生んだだけに終わった。知識人の中には社会民主主義に共感する人もいたが、大部分の国民は共産主義も社会主義も知らなかったのだ。

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日本型資本主義は江戸時代に生まれた

日本型資本主義-その精神の源 (中公新書)
非西欧世界で日本だけに資本主義が自生したのはなぜか、というのは多くの歴史学者が取り組んできた問題だが、明快な答は出ていない。最近では資本主義は普遍的な経済システムではなく、18世紀のヨーロッパに一度だけ出現した突然変異のようなものだった、というのが通説的な理解になりつつあるが、だとすれば極東の日本がそれを輸入してうまく行ったのはなぜか。

その原因が江戸時代にあったことは、ほぼ間違いないだろう。本書はその答を社会資本(social capital)の蓄積に見出すが、その源泉は何だったのか。一つの有力な答は勤勉革命説だが、著者はこれを「おそらく経済理論的に整合的な仮説としては成立しない」としりぞける。もう一つは日本を含む東アジアを「儒教資本主義」とする説だが、これも実証的に成り立たないという。

では社会資本が蓄積された原因は何か。それは「鎌倉新仏教による道徳律の確立」だというのが本書の仮説である。著者はそれがプロテスタンティズムに似た役割を果たしたというのだが、この仮説には疑問が多い。そもそも元のウェーバー説が、現在ではほぼ否定されている。プロテスタントの国だけで資本主義が成功したわけではなく、その教義(予定説)が資本主義の精神になったという証拠もない。

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トリチウム水を止めているのは福島県漁連だ



福島第一原発に貯蔵された「トリチウム水」をめぐって、経産省の有識者会議は30日、初めて公聴会を開いた。これはトリチウム貯蔵の限界が近づく中、それを流すための儀式だろう。公募で選ばれた14人が意見を表明したが、反対意見が多数を占め、福島県漁連の野崎会長は「海洋放出されれば福島の漁業は壊滅的な打撃となる」と反対した。

福島第一原発で1000基近いタンクに貯水されているトリチウム水は92万トン。それを毎日5000人が取水してタンクに貯水する作業をしている。他の原発ではトリチウムを環境基準以下に薄めて流しており、福島だけまったく流さないことには科学的根拠がない。

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