日本で「納税者の党」は可能か

政友会と民政党 - 戦前の二大政党制に何を学ぶか (中公新書)
10年前は二大政党ができるかと思われた日本の政治はどんどん劣化し、立民党は55年体制のような「1.5党体制」に戻ろうとしているようにみえる。それに対して一時期は二大政党ができた戦前の政治は、まだましだった。

日本は明治時代にヨーロッパから立憲君主制を輸入したが、それがどう機能しているのかよくわからなかったので、帝国議会には立法権もなく、内閣も組閣できなかった。この結果、議会の争点は政策論争ではなく、議員の腐敗やスキャンダルを暴くことになり、政党は政策集団としては機能しなかった。

これに対して伊藤博文は、官吏とともに国家のために政策を立案する「吏党」として立憲政友会をつくり、それに対して自由民権運動は民政党という「民党」に結集し、政権交代も行なわれた。1927年に浜口雄幸の結成した立憲民政党の理念は「議会中心、軍縮、健全財政」であり、彼らの集票基盤は地主や財閥などの高額納税者だった。

政友会が「税金を使う党」だとすると、民政党は納税者の党だった。超高齢化社会になった日本にも必要なのは、社会保障を負担するサラリーマンの党だが、それは可能だろうか。

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「カーボン植民地主義」の敗北


COP26では、1.5℃目標が焦点になった。G20では中国とロシアとインドが反対して葬られた1.5℃目標が生き返った原因は、カリブ海など島国の支持だった。彼らは海面上昇の被害を受ける一方、石炭を禁止しても失うものがない。それを議長国イギリスを初めとする旧宗主国が利用したのだ。

しかしボリビア代表は「2050年ネットゼロを強要するカーボン植民地主義を拒否する」と宣言した。それに呼応して、旧植民地のインドが反撃したのが決定的だった。結果的には最終文書では1.5℃は努力目標にとどまり、石炭火力も"phasedown"という無意味な表現になった。

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明治維新は「居抜き」の革命

愛国・革命・民主:日本史から世界を考える (筑摩選書)
今が江戸時代の後期だとすると、衰退は200年ぐらい続くことになる。平和でゆるやかに衰退するのも悪くないと思うが、若い世代には耐えられないだろう。かつてそれを変えたのは明治維新だったが、それはいったいどのようにして成功したのだろうか。

私の学生のころは、明治維新は将軍の代わりに天皇が君主になった「上からの革命」だったので本物ではないと教えられたが、300の藩を廃止して統一国家にし、身分制度をやめて支配階級だった武士はほとんど失業したのだから大きな革命だった。

しかし革命のやり方は大衆蜂起ではなく、宮廷革命だった。当時の武士は人口の10%程度の特権階級で、その中で徳川藩から長州藩などに権力を移すだけというのが当初の多くの武士の了解だったので、大した変化だとは思われていなかった。むしろ最初は「攘夷」というナショナリズムが前面に出ていた。

ところが攘夷をやろうとすると、相手が強すぎて歯が立たない。ここで普通なら路線論争とか内紛が起こりそうなものだが、もともと目的がはっきりしていないので、攘夷を捨てて尊皇だけで行こうという西郷隆盛の合従連衡策にみんな乗ってしまう。

天皇が日本の正統的な君主であるということは、武士はみんな勉強して知っていたので、大政奉還には反対できない。最大の分かれ目は江戸城の明け渡しだったが、これも西郷隆盛と勝海舟の話し合いで無血開城してしまう。中国では王朝が代わるごとに前の王朝の宮廷を焼き払ったが、明治政府は江戸城を居抜きで譲り受けて皇居にしてしまった。ここに現代にも通じる秘訣がある。

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飽食した欧州が途上国に石炭を禁止する「偽善の祭典」

COP26が閉幕した。最終文書は「パリ協定の2℃目標と1.5℃の努力目標を再確認する」という表現になり、それほど大きく変わらなかった。1日延長された原因は、土壇場で「石炭火力を"phase out"させる」という表現にインド代表が反対し、"phase down"という表現に修正したためだ。

これにシャーマ議長が謝罪して言葉を詰まらせたが、泣きたいのは途上国だろう。彼の生まれたインドでは、今も2億人が電力なしで暮らしている。世界では30億人が薪や木炭を料理や暖房に使い、毎年380万人が木材の煙による室内汚染で死亡しているのだ。

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インフレって何?

このごろ久しぶりに「インフレ」ということばを聞くようになりましたが、よい子のみなさんは何のことかわからないと思います。



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文明としての江戸システム

文明としての江戸システム 日本の歴史19 (講談社学術文庫)最近つくづく日本は「江戸時代化」していると思う。平和が長く続き、人口が減少し、経済が停滞する。本書の推計によれば、1600年には1200万人程度だった日本の人口は、1721年には3100万人に増えたが、そのあと人口増は止まり、1846年には3200万人にしかなっていない。

前半の人口増と急成長の原因は、市場経済化だった。この最大の原因は、15世紀後半から続いた戦乱が収まり、平和が実現したことだ。この時代に勤勉革命のエートスが形成され、労働集約的な技術で農業生産性も上がった。この時期に、4~5人の家族による小農経営が定着し、「家」が農村の単位になった。

これに対して、後半ピタっと人口増も成長も止まった一つの原因は、間引きだったと推定される。人口爆発によって農地が不足したため、堕胎や「子返し」と呼ばれる嬰児殺しが、なかば公然と行なわれた。「姥捨て」は深沢七郎の小説の世界で、口減らしのために現実に行なわれたのは子殺しだったのだ。

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なぜ人手不足なのに低賃金なのか

日本人の年収が(ドルベースで)少ないという問題は、最近よく話題になる。たしかに図1のように、G7ではイタリアと並んで最下位である。

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図1 OECD諸国の平均賃金(OECD調べ)

その最大の原因は製造業の空洞化である。これはすぐ隣に中国という「世界の工場」をもつ国としては避けられない運命で、避けるべきでもない。

だが雇用が海外に奪われると、保護主義が強まるのが普通である。アメリカでは1990年代から「メキシコが雇用を奪う」という反発が強まり、トランプは大統領選挙でNAFTA脱退を主張した。ところが日本ではそういう経済ナショナリズムがあまり起こらない(ネトウヨがTPPに反対しても、誰も相手にしない)。

その一つの理由は、失業率が低いことだろう。9月の完全失業率は2.8%。昨年はコロナで3%近くに上がったが、ほとんど変わらない。これは雇用調整助成金などで、行政が社内失業を補助しているためだ。

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図2 職業別の有効求人倍率(ディップ総合研究所)

むしろ警備・建設・介護などの3K職場では、図2のように求人倍率が4~6倍という深刻な人手不足が続いている。この原因は明らかに賃金が安すぎるからだが、図1のように賃金は上がらない。それはなぜだろうか?

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グレタが告発する「グリーンウォッシュ」の偽善


COP26の会場の外で行われたデモのあと、環境原理主義のアイドル、グレタ・トゥーンベリはこう宣言した。
これはもはや気候会議ではない。北半球の先進国によるグリーンウォッシュの祭典だ。指導者は何もしていない。彼らは自分の利益のために抜け穴を作っている。拘束力のない約束はこれ以上必要ない。COP26が失敗であることは秘密ではない。

その通りである。水素やアンモニアを燃やすゼロエミッション火力などというのはまやかしだ。それは化石燃料を先進国で燃やす代わりに海外で燃やし、CO2排出源を付け替えて企業をグリーンに見せる「グリーンウォッシュ」にすぎない。CCSなどで炭素会計上「ニュートラル」にするのは膨大な浪費である。

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一揆のリゾームから家のツリーへ

武士とはなにか 中世の王権を読み解く (角川ソフィア文庫)
日本社会には、古代から一貫して小規模な集団を超える権力を拒否する日本的アナーキズムともいうべき傾向がみられる。その一部は小集団を守る遺伝的な集団主義(利他主義)かもしれないが、大部分は日本人の文化的遺伝子だろう。

古代には、律令制でも荘園でも農民は自律的な集団ではなく、領主の提供する土地や農業技術なしで生活することはできなかった。それが中世から自律性が高まり、「加持子」と呼ばれる余剰農産物を地元に貯蔵できるようになった。

このとき荘園領主と戦って農作物を守ったのが初期の一揆だが、土地の所有権は明確なものではなかったので、一つの土地を複数の領主が支配するリゾーム的な支配構造になっていたと著者はいう。

このように所有権の重複している状態は「職(しき)の体系」と呼ばれる。経済学でいうとアンチコモンズだが、この状態は不安定で、紛争が起こりやすい。農民は村(惣村)を結成し、土地を支配する領主と戦った。リゾームには特定の支配者や指導者はなく、初期に「一味同心」を団結させたのは神仏だった。

それに対して、神仏の代わりに武士が一揆の支配者になったのが戦国大名だった。ここでは領主によるツリー状の「家」ができた。それは命令系統が確立していたので戦争に適しており、一向一揆や島原の乱などを通じて、ボトムアップのリゾームからトップダウンの家が主流になった。

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行政のデジタル化は電子投票から

先の総選挙で、立憲民主党と国民民主党がともに略称を「民主党」としたため、投票用紙に「民主党」と書いた400万票が迷子になった。これは両党の得票数に応じて比例配分されたが、400万票という誤差は共産党の得票に近い。

他方、島根1区では、立憲民主党の「亀井亜紀子」氏に対して無所属の「亀井彰子」氏が立候補し、混乱を起こした。これも「亀井あきこ」と書いた票は比例配分された。過去には同姓同名の候補者が立候補したこともある。

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