「ブログ経済学」が政治を変えた

アメリカでもMMTは人気があり、民主党のサンダースは「雇用保障」(MMTのスローガン)を公約に掲げている。主流派の経済学者は全面否定に近いが、Cochraneはおもしろい考察をしている。彼がMMTについて調べると、査読つき学術誌ばかりか、NBERのワーキングペーパーにさえMMTの論文は1本もないのだ。ネットで検索しても、ブログ記事しか出てこない。

リフレ派も同じだ。世界中の学術誌に"reflation"についての学術論文はなく、Google Scholarで検索してもブログ記事しかない。リフレもMMTと同じような「ブログ経済学」だが、経済学は純粋科学ではない。物理学では学界で認められることがすべてだが、経済理論は政策を実行する政治家や官僚に認められないと意味がないのだ。

この点で主流派のマクロ経済学(DSGE)には、致命的な欠陥がある。それはむずかしすぎて、政治家には理解できないのだ。彼らにわかるのは大学1年レベルの「どマクロ」経済学や、素朴な貨幣数量説までだった。リフレ派やネトウヨは、そういう情報弱者にターゲットを絞って宣伝した。

この作戦は成功だった。日本では主流派は政策にほとんど影響を与えなかったが、リフレ派は安倍政権に入り込み、日銀の金融政策を変えてしまった。それが空振りで窮地に陥っているのを見て主流派は笑っているが、こうなった責任は主流派にもある。政治家に魅力的な経済理論が正しいとは限らないが、彼らに魅力のない経済理論は意味がない。政策として実現できないからだ。

続きは6月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

アゴラ経済塾「長期停滞の時代」第2部

アメリカ経済 成長の終焉 上大好評で受講生がアゴラセミナー史上最多になった、アゴラ経済塾「長期停滞の時代」の第2部です。世の中の関心が短期的な景気から年金などの長期の問題に移り、「年金が2000万円足りない」という問題が騒がれています。団塊の世代が社会保障を「食い逃げ」すると、現役世代には高負担・低福祉が残されます。

1990年代から世界経済に起こった最大の変化は、情報革命グローバル化でした。インターネットは情報を民主化しましたが、それが生み出したのはグローバル独占でした。これによって資本主義は大きく変質し、グローバルな水平分業と規模の経済が極大化したのです。

続きはアゴラで。

年金のための国債増発で「財政インフレ」は起こるか

「2000万円の赤字」報告書で年金問題に火がついた。この問題は短期的な景気しか眼中にない安倍政権の弱点だった。それが報告書の受け取りを拒否するという異常な対応の原因だろう。マクロ経済スライドをしないで給付額を維持したまま、年金保険料も消費税も上げないとなると、残る財源は国債の増発しかない。

国債を大量発行するには、今の「2025年プライマリー赤字ゼロ」という中期財政計画を修正しないといけないが、これは金利上昇とインフレをもたらすおそれがある。それをコントロールできるかどうかが、安倍政権の勝負所だろう。これによって起こる問題は2種類ある。一つは資金需給の逼迫による金利上昇、もう一つは財政不安による財政インフレである。

このうち前者は金融市場の問題なので、日銀が国債を買い支えればコントロールできるが、後者はわからない。年金会計の隠れ債務は800兆円ある。もし日本政府が年金財政を支えるために今後も数百兆円の赤字を出すと債券市場の多数派が予想すると、国債が暴落して財政インフレが起こるかもしれない。それをインフレ目標2%以内にコントロールするのは、ガラスを2%割るぐらいむずかしい。

外為市場で円売りが激増すると、日銀が国債を買い支えても、海外の投機筋が先物で空売りをかけるだろう。今までもヘッジファンドが、国債の空売りをかけたことがあった。アメリカの住宅バブル崩壊を的中させて大もうけしたカイル・バスは、2012年1月に「日本国債バブルは18ヶ月以内に崩壊する」と予言した。

続きは6月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

安倍政権は「年金財政検証」を公表して参院選で民意を問え

金融庁の報告書の「年金が2000万円足りない」という試算をめぐって国会が荒れ、麻生財務相(金融担当相)が報告書の受け取りを拒否する異例の事態に発展した。しかしこれは4月に金融審議会の市場ワーキンググループに提出された厚労省の資料に書かれている2017年の総務省「家計調査」のモデルケースで、今ごろ財務相が拒否してもしょうがない。



注目されるのは、厚労省が「社会保障給付が19万1880円」と想定している点だ。この数字は、厚労省が検討中の年金財政検証の標準的なケースの計算結果に近いと思われる。財政検証は5年に1度おこなわれるもので、前回は2014年6月3日に発表されたが、それからちょうど5年たっても発表の予定が決まっていない。

続きはアゴラで。

「一応の目的」だったインフレ目標は終わった

ブルームバーグによると、きょうの参議院予算委員会で、安倍首相は次のように答弁した。
2%の物価安定ということが一応目的だが、本当の目的は例えば雇用に働き掛けをして完全雇用を目指していく、そういう意味においては金融政策も含め、目標については達成している。それ以上の出口戦略うんぬんについては日銀にお任せしたい。
アベノミクスの旗印だったデフレ脱却やインフレ目標は「一応の目的」で、本当の目的は「完全雇用」だったのか。これで日銀はハシゴをはずされ、安倍政権は財政政策に舵を切ったわけだ。それは政治的には正しい。雇用に関心をもつ人は多いが、インフレ率なんてほとんどの人は知らないからだ。

続きはアゴラで。

「財政支配」の時代の経済政策のルール

財政バラマキのMMTが世界的な広がりをみせている背景には、ゼロ金利で金融政策がきかなくなった行き詰まりがある。これはシムズが指摘したことで、国債の残高が大きくなった時代には、貨幣(無利子の政府債務)だけを調節してもマクロ経済はコントロールできない。国債とマネタリーベースをあわせた統合政府の債務管理が必要だ。

今まで政府の債務ルールは単純な均衡財政主義しかなかったが、これには理論的根拠がない。渡辺努氏の整理によると、中央銀行と政府の役割は次のようになる。「能動的な金融政策」はインフレを抑制する中央銀行、「受動的な金融政策」は財政に従属する中央銀行の政策である。「能動的な財政政策」は積極財政、「受動的な財政政策」は均衡財政を示す。

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1990年代以降の先進国のマクロ経済政策は、能動的な中央銀行と受動的な財政を組み合わるCの金融支配だったが、金融政策がきかなくなってDに移行しつつある。これは受動的な中央銀行と受動的な財政の組み合わせなので、経済がコントロールできなくなって不況とデフレが続く。それよりBの財政支配のほうがましだ、というのがシムズの主張である。

Bは受動的な中央銀行と能動的な財政の組み合わせなので、中央銀行の独立性には意味がなく、財政を規律するルールが必要になる。憲法では国会が予算を決めることになっているが、政治家はつねにインフレを好むので、財政支配になるとインフレに歯止めがきかなくなるというのが、1970年代のスタグフレーションの経験だ。しかし今はインフレを心配する時期ではない、とシムズはいう。

続きは6月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

老後の不安を解決する「社会保障国債」

金融庁の報告書が、ちょっと話題になっている。これは夫65歳以上、妻60歳以上の世帯の月収が約20万9000円に対して支出が約26万4000円で「毎月の赤字額は約5万円」なので、95歳まで生きるとすると、貯蓄は2000万円以上必要という計算である。



これを野党が「年金は100年安心じゃなかったのか」と騒ぎ、麻生金融担当相が「あたかも赤字になるような表現は不適切だった」と国会で釈明したが、あやまる必要はない。「100年安心」というのは厚労省の公式見解ではなく、「100歳まで年金だけで生活できる」という意味でもない。それは「100年後も年金財政は破綻しない」という意味である。

続きはアゴラで。

財政政策にこっそり軸足を移したアベノミクス

NYタイムズが、MMTと安倍政権の微妙な関係について、皮肉な記事を書いている。アメリカのMMT経済学者は「日本はMMTの成功例だ」と賞賛するが、日本政府はそれを認めない。国会で「安倍政権はMMTを実行してるんじゃないか」と質問されても、安倍首相も麻生財務相も黒田総裁も否定する。それを認めると、金融政策のタブーになっている財政ファイナンスを認めることになるからだ。

安倍第2次内閣の当初の発想では、日銀が「輪転機ぐるぐる」でお札を印刷すれば、財政赤字を増やさなくてもデフレは脱却できるはずだった。黒田総裁も消費税の増税を延期すると金利急騰の「どえらいリスク」があると反対し、その景気への悪影響を量的緩和でカバーするはずだった。しかし2014年の増税で景気があやしくなり、量的緩和が空振りに終わってから、安倍首相は財政バラマキに回帰し、黒田総裁とのずれが大きくなった。

もともと黒田総裁はどマクロのリフレ派ではなく、日銀が「インフレ期待」を作り出して物価を上げるという(主流派に近い)発想だった。これは財政健全化を進めながら成長を実現する財務省の方針と整合的だったが、素朴ケインズ主義に近い安倍首相とは違っていた。しかし今や量的緩和は、財政ファイナンスの意味しかなくなった。ここで「金融政策は無意味だ」というMMTを認めると日銀は宙に浮いてしまい、アベノミクスを根底から否定することになる。

続きは6月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「頭脳資本主義」で日本は没落する

純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落
1980年代にPCが登場したときは「コンピュータが小さくなるだけだろ」といわれ、90年代にインターネットが登場したときは「電子メールができるだけだろ」といわれた。それによって社会が変わると思った人は少なかった。人工知能(AI)は今、同じような状況にあるが、これによって社会を変える大変革は起こるだろうか。

私は起こらないと思う。なぜなら、すでにITで変化は起こったからだ。いまAIと呼ばれているものは「機械学習」であり、それほど画期的な技術革新ではない。画像認識や音声認識などのインターフェイスはよくなり、日常言語で命令したら動くロボットもできるだろうが、それは今のITの延長上であり、質的に違うことが起こるわけではない。

しかし長期的には、ITは社会を大きく変えるだろう。すでに工場は自動化され、外食ではタッチパネルで注文できるようになった。こういう変化が、あらゆる分野で起こるだろう。労働市場が機能していれば雇用が絶対的に失われることはないが、労働の質は変わるだろう。ホワイトカラーは減り、医療・介護・外食などの対人サービス業が増える。雇用は非正規化し、格差は拡大するだろう。

この意味で変化は1990年代に始まったのであり、それが「長期停滞」の本質である。アメリカはITによるグローバル化の中で「頭脳」に特化して一部の企業が高い収益を上げ、中国は「製造」に特化して成長したが、どっちにもなれなかった日本は没落するしかない。本書はこういう技術のおさらいとしては便利だが、本質的に新しいことが書いてあるわけではない。

続きは6月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

NHKのネット同時配信はなぜ「民業圧迫」なのか

NHKは今年度中にインターネットの常時同時配信を始める予定だが、これに対して民放連は強く反対してきた。その理由は「民業圧迫」だというが、これは変な話である。民放はネット同時配信をしていないので、圧迫すべき民業はないからだ。

TVerという民放共同のオンデマンドのサイトがあるが、その存在すらほとんど知られていない。民放は「ネット配信はもうからない」というが、もうからないならNHKに圧迫されることもないだろう。

続きはアゴラで。






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