安倍政権の「一国ケインズ主義」はなぜ挫折したのか

アゴラが2009年1月1日にスタートしてから間もなく10周年になるが、この10年の世界経済の最大の課題は「リーマンショック」からの回復だった。アメリカは未曾有の危機を乗り切ったが、日本のアベノミクスは空振りに終わった。

それでもこりない安倍政権は、来年度予算でも「ポイント還元」などのバラマキを続けている。こういう一国ケインズ主義は20世紀のレガシーだが、日銀の黒田総裁も経産省の官僚も、その欠陥を理解していない。

続きはアゴラで。

バブル崩壊は防げないが金融危機は防げる

バブル崩壊は10年ごとにやってくるという経験則から考えると、来年は危険信号だ。相場の動きも不気味になってきた。NYダウは10月の最高値から20%近く下げ、日経平均も昨年末より下げて終わった。バフェット指数(時価総額/名目GDP)でみると、ダウは2013年以降は一貫して割高で、今でも2008年の「リーマンショック」前より高い。

キャプチャ


このチャートを見てもう一つ気づくのは、今年の相場が2000年のITバブルに似ていることだ(時間軸の違いに注意)。株価でみるとアメリカの戦後最大のバブルはITバブルだったが、その後遺症は3年ぐらいで終わった。それに対してリーマンショックの後遺症は今も世界的に残り、金余りの中で長期停滞が続いている。

ITバブルとリーマンの違いは、前者が株式市場で起こったのに対して、後者が債券市場(住宅ローン)で起こったことだ。株価は値下がりしたらあきらめるが、債務不履行になると債務者は破産して資産が差し押さえられ、企業は倒産し、銀行は債務超過になる。銀行預金は元本を保証しているので取り付けが起こり、社会全体に危機が波及する。

金融危機の本質は取り付けなので、資産価格の崩壊は防げないが、金融危機は(理論的には)防げる。取り付けの原因は決済機能をもつ銀行が企業に融資してリスクを取ることにあるので、コクランの提案するように、金融機関を決済専門の「ナローバンク」とリスク資産を扱う「投資銀行」に分割し、ナローバンクにはリスクテイクを禁止すればいいのだ。

続きは12月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本人が豊かになれない単純な理由

株式市場が世界的に変調を来している。私の金融資産の8割はドル建ての投信なので、かなり売ったが、この10年で(ドル高効果も含めて)2倍ぐらいになった。ところが日本人の家計金融資産は、この20年で1.47倍にしかなっていない。同じ時期に、アメリカ人の金融資産は3.11倍になった。

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米英日の家計金融資産(金融庁調べ)

これほど大きな差がついた原因は明らかである。日本人が金融資産の51%をゼロ金利の銀行預金で運用しているからだ。アメリカ人の預金比率は13%で、株式・投信が29%だ。その(労働所得を除いた)運用リターンだけで、20年間に2.32倍になっている。日本人が豊かさを実感できない大きな原因は、この現金志向にある。

政府がキャッシュレス決済の「ポイント還元」などの政策で現金志向を是正しようとしているが、決済なんて大した問題ではない。最大の問題は、金融資産の60%以上をもつ高齢者の現金志向が特に強いため、高齢化で個人投資家が減っていることだ。ゼロ金利と長期停滞はその結果であり、日銀がいくら資金を供給しても変わらない。

続きは12月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

韓国の「反日感情」は合理的である

韓国の駆逐艦による自衛隊機へのレーダー照射が、アゴラでも話題になっている。韓国側の説明は二転三転しているが、今まで報道されている事実から判断すると、偶然や過失とは考えられない。しかしそれを「敵意のあらわれ」とはいえない。その理由は自明である。日本と韓国が交戦する状況にはないからだ。

だから韓国政府が謝罪すればよかったのだが、日韓の局長級協議では謝罪を拒否した。これも今までの韓国政府の行動から予想されたことだ。もし今回の事件で韓国政府が謝罪したら、国内から「弱腰だ」と強い批判を浴びるだろう。韓国はそういう国なのだ。

続きはアゴラで。

ニヒリズムはヨーロッパ的現象である

ニーチェ2 (平凡社ライブラリー)
感性より理性が重視されるようになったのは、近代ヨーロッパに固有の現象である。その原因はニュートン以来の科学の勝利だ。キリスト教は世界を説明して意味を与えるシステムだが、科学によって世界が合理的に説明できるようになると、アドホックなキリスト教の説明は説得力をなくし、人生は意味を失う。

それがニーチェのいうニヒリズムだが、彼はそれを単なる世俗化と考えたわけではない。ニヒリズムが深刻な問題になったのは、感性を超える普遍的な真理が存在するというキリスト教の原理が信用を失ったからで、その意味でニヒリズムの元凶はキリスト教(パウロ主義)にある。ニーチェによればキリスト教は「民衆向けのプラトニズム」なので、本質的な問題はプラトンにある。

ニーチェが否定したのはヨーロッパのニヒリズムであり、それはプラトン以来のヨーロッパの哲学を否定する壮大な思想だった、というのがハイデガーの評価である。ニーチェがそれに対比したのは、ソフィストだった。プロタゴラスの「万物の尺度は人間である」という命題に、ヨーロッパのニヒリズムを乗り超える契機をニーチェは見出した。プロタゴラスが万物の尺度としたのは「臨在性」だった、とハイデガーはいう。

続きは12月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

狩猟採集社会と定住社会の「ミスマッチ病」

サピエンス異変――新たな時代「人新世」の衝撃
最近の調査によると、運動不足は喫煙より危険らしい。糖尿病や腰痛や肥満の最大の原因も運動不足で、旧石器時代にはほとんどなかった。人類が定住生活に入った約1万年前から、狩猟採集社会に適した遺伝子と定住社会に適応した生活習慣のミスマッチが始まったのだ。

ホモ・サピエンスの歴史の大部分は移動生活だったので、その身体は運動してエネルギーを消費しないと劣化する。移動生活では糖質はほとんど摂取しなかったが、農耕生活に入ってからはカロリーの多い炭水化物を大量にとるようになった。このため糖質をとって運動しないと太り、心臓病や糖尿病で早く死ぬ原因になる。現代人の死因の多くは、こうした「ミスマッチ病」である。

ミスマッチは、人新世(Anthropocene)でさらに大きくなるだろう。これは人類が地球環境を大きく変えて新たな地質時代が始まるという考え方で、国際地質学会でも1万1700年前からの「完新世」の次の地質時代として採用することが検討されている。近代文明が地球環境にもたらした変化は、氷河期に匹敵するほど大きいからだ。その環境変化は産業革命のころから始まったが、変化の大きさは20世紀が最大だという。

続きは12月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「ゼロリスク」を求める合理的な感情

原子力をめぐる誤解の最大の原因は、リスクが確率的な期待値だということを理解できない人が多いことだ。リスク(期待値)=ハザード(被害)×確率である。原発事故のハザードは大きいが、あなたがそれに遭遇する確率は低いので、原発事故で死ぬリスクは、戦後60万人以上が死んだ交通事故よりはるかに小さい。これは自明だが、小林よしのり氏から河野太郎氏まで、リスクの意味を理解できない人が多い。

なぜこんなにリスクを理解できない人が多いのか、という問題は自明ではない。その原因は、人間が恐怖という感情でリスク管理をしているからだろう。あなたが道を歩いていて、工事中のビルから大きな棒が落ちてきたら、それが何か確認しないで、とっさによけることが正しい。それが鉄筋だったら、死ぬこともあるからだ。他方、逃げて損するコストは小さい。落ちてきたのがボール紙だったとわかっても、笑い話ですむ。

だから恐怖は反射的に起こる感情で、理性的な計算を介さない。そういう恐怖をもたない人間は、進化の中でとっくに淘汰されたはずだ。つまり「ゼロリスク」を求める恐怖は合理的な感情であり、それはすべての人にそなわっている。他方で確率を計算できる人は1%もいないので、すべての人のもつ恐怖にアピールするマスコミは正しいのだ。

続きは12月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

今年の良書ベスト10

中央銀行: セントラルバンカーの経験した39年毎年このリストを書くたびに思うが、経済学の学問的生産性は明らかに落ちている。特に21世紀の世界的な低成長・低インフレ・低金利などの新しい問題について、正統派の経済学は答を出せない。このため半世紀以上前の「どマクロ経済学」の亡霊が日本を徘徊し、政権にまで影響を及ぼしている。
  1. 白川方明『中央銀行』
  2. フランシス・フクヤマ『政治の衰退』
  3. ロバート・フランク『ダーウィン・エコノミー』
  4. 武田悠『日本の原子力外交』
  5. ニーアル・ファーガソン『大英帝国の歴史』
  6. 森本あんり『異端の時代』
  7. 有馬哲夫『原爆 私たちは何も知らなかった』
  8. Fred Pearce "Fallout"
  9. 細谷雄一『自主独立とは何か』
  10. マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』
続きはアゴラで。

民衆の感情をあやつる技術としてのレトリック

ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫)
ソフィストは古代ギリシャのソクラテス以前の思想家、という程度しか知らない人が多いだろう。日本でソフィストを主題にした研究書は、本書の前には1冊しかない。この原因は、プラトンがソクラテスを「最初の哲学者」として描いたとき、それと対比して彼以外の思想家に「詭弁をもてあそぶソフィスト」というレッテルを貼ったためだ。

しかし当時そういう学派の対立があったわけではなく、ソフィストがソクラテスを攻撃したわけでもない。彼らの仕事は民会や法廷で弁論を駆使して人々を説得することだったので、真理には興味をもたなかった。ソクラテスのように真理を語って告発者を論破しても、裁判に負けては意味がない。必要なのは多くの民衆を味方につけることなので、ソフィストは逆説や背理法などさまざまなレトリック(弁論術)を駆使した。

政治で何が真理かはわからないので、大事なのは聴衆の感情を読み取って即興的に言葉をつないでいく技術や、民衆の心をとらえるタイミング(時宜)である。それは哲学のような時を超えた真理ではなく、書物にも残らないが、よくも悪くも民主政を動かした。古代ギリシャの昔から、政治を動かしたのは感情をあやつる技術だったのだ。

続きは12月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

理性を超える「無意識」の正体は何か



来年1月からのアゴラ読書塾は「感情の科学」というテーマだが、人間を動かすのが理性を超える感情だという思想は新しいものではない。ニーチェはロゴスを超える「力への意志」が人類を動かすと考え、フロイトは意識を超える「無意識」が人間を動かすと考えた。こういう二元論は20世紀の思想に大きな影響を与え、構造主義やポストモダンにも受け継がれている。

ドゥルーズ=ガタリはフロイト的な発想で資本主義を精神分析し、「欲望機械」としてのグローバル資本主義が国家を破壊すると考えた。彼らは非合理的な感情を「コード化」して抑圧するのが国家であり、それをイノベーションで破壊して「脱コード化」する資本主義との矛盾が分裂病(統合失調症)をもたらすと主張した。

しかし最近の脳科学が示すのは、逆に感情が人格を統一し、理性をコントロールしているということだ。感情をつかさどる機能を失った患者は対人関係が崩壊し、支離滅裂な言動を繰り返すようになる。その知的能力が保たれていても、社会人としての生活ができなくなる。「私は私である」という同一性を維持しているのが感情なのだ。

続きは12月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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