原子力規制委員会はなぜ「バカの壁」になったのか

電力危機の中で、原子力規制委員会が特重(特定重大事故等対処施設)の審査で原発の運転を止めていることに対する批判が高まっている。細野豪志氏のいうように「特重のバックフィット適用を延期すべきだ」という意見が妥当なところだが、実は法的には5年の期限が来ても委員会には止める権限がない。

アゴラでも書いたように、原子炉等規制法で規制基準を適用するのは「原子炉施設の起動前」であり、「起動後」は運転しながら審査するのが原則である。今でも毎年4回の保安検査は運転しながら行われ、倉庫の建設などの審査で運転を止めることもない。「新規制基準に違反するから止める」という規定はないのだ。

これは電力会社側もわかっているが、今の運用は菅直人首相が「お願い」で止め、田中前委員長が「定期検査に入ったら新規制基準を即時適用する」と非公式に決めたまま、動かせないで今に至っている。

この運用がおかしいことはエネ庁も知っているが、規制委員会は三条委員会(国家行政組織法第3条に定める各省と同格の委員会)なので手が出せない。これを私は8年前に民主党が政権に残した「バカの壁」と書いたが、なぜこんな壁ができたのか。

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洋上風力の入札が始まってからルールを変えた再エネ議連

経産省と国交省が進めていた洋上風力発電をめぐって、いったん決まった公募入札のルールが、1回目の入札結果が発表されてから変更される異例の事態になった。

これは2020年から始まった合計4500万kWの大プロジェクトで、2021年12月に最初の3件の入札結果が発表されたが、その結果に業界は驚いた。



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原発は今すぐ再稼動し、「特重」は運転しながら審査せよ

電力注意報が毎日出て、原発再稼動への関心が高まっている。きょう岸田首相は記者会見で再稼動に言及し、「(原子力規制委員会の)審査の迅速化を着実に実施していく」とのべたが、審査を迅速化する必要はない。安全審査と原子炉の運転は無関係だから、今すぐ動かせるのだ。

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再エネ賦課金は大臣告示でゼロにできる

アゴラで書いた再エネ賦課金の話で業界の人も驚いたのは、2020年度に発電開始したメガソーラーの6割が2014年以前に設備認可された36円/kWh以上の設備だったことだ。

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2020年度に運転開始をした太陽光(20kW以上)の認定年度の内訳

これは運転開始期限が決まっていなかった法の盲点をついた「再エネ利権ころがし」の結果だが、これを阻止するには今年度以降は今年度決まった調達価格で買い取るというルールに変えればいい。

今年のメガソーラーの調達価格は10円だから、すべて10円で買い取る。これには法改正の必要はない。再エネ特措法の第2条の3の3では

交付期間は、交付対象区分等に該当する再生可能エネルギー発電設備による再生可能エネルギー電気の供給の開始の時から、その供給の開始後最初に行われる再生可能エネルギー発電設備の重要な部分の更新の時までの標準的な期間を勘案して定めるものとする。

としており、「20年固定」とは書いていない。経産省告示で調達期間は「二十年間」と書かれているが、特措法2条の3の10では

経済産業大臣は、物価その他の経済事情に著しい変動が生じ、又は生ずるおそれがある場合において、特に必要があると認めるときは、基準価格等を改定することができる

と定めているので、告示だけで変更できる。これはテクニカルには賦課金の廃止ではなく、今年スタートした太陽光の基準価格と同じにするだけだが、賦課金はほぼゼロになるだろう。

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再エネ賦課金って何?

国民民主党が参議院選挙の追加公約として「再エネ賦課金の徴収停止」を提案しましたが、よい子のみなさんには何のことかわからないと思うので、解説しましょう。

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「再エネ賦課金の全面停止」に賛成する

国民民主党の玉木代表が「再エネ賦課金の徴収停止」という緊急提案を発表した。

これは私のきのうの記事の提案と実質的に同じだが、さすがに私も賦課金の打ち切りまでは考えなかった。玉木氏の提案はそれより大胆なものだ。これで標準家庭で年間1万円以上、電気代の負担が軽減される。

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戦後民主主義の原点は「小農」だった

幻視のなかの社会民主主義―『戦後日本政治と社会民主主義』増補改題
今回の参議院選挙も、ほとんど争点らしい争点がない。それは自民党がすぐれた党だからではなく、野党がその対立軸にならないからだ。その原因は、もともと日本社会には階級対立がなかったからである。

戦前の保守政党は地主の党だったが、GHQが農地改革で地主の土地を小作人に分配したため、戦後の農村には多数の小農が生まれた。自民党は地主の既得権を守る小農の党になったが、社会党は戦前から続く農民組合(小作人)の党で、その支持基盤はほとんど同じだった。

社会党は片山内閣のように政権を取ったこともあり、自民党に先んじて左右社会党が統一したので、政権を取れる見通しもあった。しかし左右対立に悩まされ、左派の中心はマルクス・レーニン主義やプロレタリア独裁を掲げる社会主義協会だった。

60年代以降、日本でも労働組合が「昔陸軍・今総評」といわれるほど大きな力をもつようになった。これにともなって社会党は「5万人の党員で1000万票を集める」といわれる労組依存の党になったが、それは遅れてきた階級政党だった。階級闘争のない日本で、それが自民党に代わる勢力になることは、もともと無理だったのだ。

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節電ポイントより「再エネピーク課金」を

夏の電力不足の対策として、政府が苦しまぎれに打ち出した節電ポイントが迷走し、集中砲火を浴びている。「原発を再稼動したら終わりだ」という批判が多いが、問題はそう簡単ではない。原発を動かしても電力危機は終わらないのだ。



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ファクターXは「幸運」だった

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
日本のコロナ致死率は、OECD諸国の中で最少だった。その原因として、マスクとか公衆衛生とか遺伝とか、いろんな理由があげられたが、どれも100%説明できない。ファクターXは幸運だったのだ。

日本の歴史は、宝くじに続けて当たったような幸運の連続だった。大陸から隔てられたおかげで、縄文時代には1万年も平和が続いた。戦争には弱かったが、海のおかげで遊牧民の攻撃をまぬがれ、たった2回の攻撃も悪天候などの幸運で助かった。

幕末にはアメリカの植民地になってもおかしくなかったが、たまたま南北戦争が起こって助かった。日清・日露戦争も弱体化した帝国との戦いで、勝ったのは幸運だった。それを実力と勘違いした日米戦争は大失敗だったが、戦後の占領は幸運だった。戦争のへたな日本人が、世界最強のアメリカという用心棒を雇うことができた。

なぜ日本人はこんなに幸運なのだろうか――というのは愚問である。成功のほとんどはまぐれ当たりなのだ。経済学では、株式市場の情報はすべて株価に織り込まれているので、市場に勝つことはできないと教える。ではバフェットやソロスは、魔法でも使ったのだろうか?

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明治政府はなぜ昭和に暴走したのか

軍事の日本史 鎌倉・南北朝・室町・戦国時代のリアル (朝日新書)
近代史の最大の謎は、明治維新で奇蹟的な成功を収めた日本が、なぜ昭和に暴走したのかという問題である。司馬遼太郎はこの謎が解けず、昭和を舞台にした小説はほとんど書かなかった。その後も右派は「自虐史観」を批判するだけで、この問題の答を出せない。

よくいわれるのは、学歴社会が日本をだめにしたという説である。明治政府は長州閥だったが、帝国大学や陸軍士官学校は点数主義だったので、次第に官僚機構も軍も秀才が集まるようになった。特に陸軍が反長州閥で結束した結果、組織を掌握できない学校秀才がエリートになり、軍が暴走したという。

しかしこれだけでは、昭和の戦争の国民的エネルギーを説明できない。戦争はエリートだけではできない。それは何よりも国のために死ぬという不合理な行動であり、江戸時代までは武士だけの仕事だった。農民は一生平和に暮らしたので、戦争を恐れる。

それを戦争に(精神的にも経済的にも)動員することが、近代戦の最大の課題であり、ナポレオンの最大の革新は、国民主権という物語で全国民を戦争に動員したことだった。デモクラシーとは、何よりも「国民が自衛する」という意識をつくる戦争装置だったのだ。

それに対して傭兵に頼る帝政は国民意識が弱く、デモクラシーに勝てなかった。だが大日本帝国は、民衆を戦争に動員することに成功した。それはなぜだろうか。

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