池田信夫 blog

Part 2

2009年11月25日 00:44
経済

根拠なき強気

大西宏氏からコメントをいただいたが、「競争さえ促進すれば経済は成長するのだろうか」という問いへの答は、もちろんNOである。競争を促進しなければ成長しないが、その裏(競争を促進すれば必ず成長する)は正しくない。むしろ本質的な問題は、日本人がみんな「草食系」になってアニマル・スピリッツを失っていることだ。この点、中国人はみんな元気だ。たとえば当ブログへのコメントで趙秋瑾さんは
日本より中国のこれからを懸念する意見が多いのですが、私は中国人として、日本人が中国の将来を懸念してくれてるなんてぜ~んぜん思っていません。これらの意見は、池田先生が鳴らした警鐘に対して、そうは言ったって中国も危ないんじゃないの、日本だけが心配する必要はないんじゃないの、というモラトリアムの暗示を自分にかけているだけに見えます。
と書いている。ケインズもいったように、こういう強気が投資を生み、それが強気の予想を実現してさらに投資を増やす。それに金銭に対する執着という点でも、中国人のアニマル・スピリッツは世界一だろう。中国の旧正月に香港に行くと、「明けましておめでとう」の代わりに「恭喜発財!」と書いた垂れ幕が街中にかかっている。東南アジアでは、どこの国でも華僑が金融や財界の中枢を握っている。華僑の影響を受けていないのは、日本と韓国ぐらいだろう。

日本人も生まれつきリスクがきらいというわけではなく、80年代には世界中の不動産を日本が買い占めると恐れられたこともあった。しかしその強気が崩壊してから20年、いまだに立ち直れない。このアニマル・スピリッツの不足が日本の最大の問題で、デフレの根本原因も投資機会の不足による慢性的な需要不足だ。これを雇用規制や返済猶予などの温情主義で変えることはできないし、弱気のままで日銀がいくらお札をばらまいても投資は起こらない。「デフレのときは起業も困難だから、まずデフレを止めよう」などという話は、因果関係をまったく逆にみているのである。

では投資機会を増やすには、どうすればいいのか。これはむずかしい。アニマル・スピリッツとは、ある意味で根拠なき強気だからである。ケインズもナイトも言ったように、起業の平均リターンは(失敗した企業を含めれば)マイナスだから、起業家は不合理なrisk loverだが、そういう人口の数%のイノベーターによって社会全体が利益を得る。したがって成長のためには、リスクを取りやすい環境(資本市場や金融システム)をつくることが大事だ。ところが最近の過剰コンプライアンスは、人々をますますrisk averterに追いやっている。

もう一つは、人の流動性だ。40歳を過ぎたら労働市場では価値がないので、30代のうちに会社に見切りをつけて動けるしくみを作る必要がある。今の「会社に貯金」する年功序列システムは最悪だ。地方に対する補助金もやめて、むしろ地方から都市への人口移動を促進すべきだ。またOECDもいうように、子ども手当のようなバラマキではなく、保育バウチャーなどによって女性の就業率を高める戦略的な少子化対策が必要だろう。

このように規制改革で政府がやるべきことは山ほどある。それは実は、小泉内閣でやりかけて自民党の抵抗勢力につぶされたものだ。菅氏は「小泉改革は失敗だった」と思っているようだが、私の知っている民主党の若手議員は「小泉改革が民主党の政策のモデル。自民党だからといってすべて否定するのは野党ボケだ」といっている。たぶん鳩山・菅の世代が退場しないと、本当の成長戦略は立てられないだろう。
日本の競争戦略菅副総理は、いま日本の成長戦略を「深く考慮中」だそうである。「小泉・竹中路線が失敗した」という評価には疑問もある(2003年以降、成長率は上がった)が、それはともかく、日本の成長戦略を考える上での必読書を紹介しておこう。

本書は、2000年にマイケル・ポーターと一橋大学のチームが日本企業の高度成長期の成功と90年代の失敗の原因を分析したものだ。特に一時「日本株式会社」などといわれて過大評価された政府の役割を検証し、次のような結論を出している:
われわれは、広範にわたる成長産業において、日本型政府モデルに通じるような政府の役割は、全くといっていいほど存在しなかったことを発見した。[自動車・家電・精密機械などの]成功産業では、政府による大規模な補助金制度は存在せず、競争への介入もほとんど存在しなかった。
日本経済の長期的な成長力(潜在成長率)を引き上げるためには、企業の国際競争力や収益性を高める必要があるが、それを特定産業の保護によって実現することはできない。政府が補助金で「育成」しても、企業が自力で競争できる力をつけないかぎり、成長を長期的に維持することはできない。むしろ農業に典型的にみられるように、政府が介入して競争を制限することは産業を壊滅させてしまう。
日本型政府モデルの根幹にある諸政策が、失敗産業においては顕著にみられる。たとえば民間航空機産業は、産業全体が実質的には一つの共同事業体のようなものであった。通産省の重点育成政策の対象であった化学産業では、価格統制が広く行なわれていた。ソフトウェア産業においては、広範な補助金と税制優遇があった。コンピュータ・サービス会社に対する融資保証は、情報処理振興協会を通じて与えられた。[・・・]これらの競争制限的な政策は、生産性向上に寄与するどころか、むしろそれらを妨げる方向に働いたのである。
この産業政策に対する全面否定には、異論もある。たとえば自動車産業には政府の補助金は出なかったが、高率の関税は60年代まで残り、興銀などの産業金融は自動車産業に重点を置いた。また繊維・造船などの構造不況業種の退出に際して、設備の共同廃棄などのカルテルによって廃業を円滑化した。これは資本市場による事業売却が困難だった時期には、生産要素を移転する役割を果たした。

いずれにせよ成長戦略とは、環境とか福祉とか特定の産業を政府がターゲティングして補助金で育成することではない。そういう政策は(主観的には善意であっても)結果的には競争を制限し、国内市場を海外から隔離し、企業の生産性を下げてしまう。スパコンを競争力のないITゼネコンから海外に売れない高価格で調達することは、ミルトン・フリードマンのいう「死の接吻」である。成長戦略とは、規制改革によって(資本・労働市場を含む)市場を競争的にする競争戦略であり、そのための予算はほとんどいらないのだ。
気候変動データについてIPCCの科学者が議論したEメールが、イギリスの大学のサーバへのハッカーの攻撃によって外部に持ち出され、Google documentとして公開された。NYタイムズなど主要紙もこれを報じ、大学もEメールが本物だと確認している。内容は1999年から現在に至るまでの膨大なものだが、温暖化懐疑派のサイトの分析によれば、その中にはIPCCの中立性を疑わせるものがある:
From: Phil Jones
To: ray bradley ,mann@virginia.edu, mhughes@ltrr.arizona.edu
Subject: Diagram for WMO Statement
Date: Tue, 16 Nov 1999 13:31:15 +0000
Cc: k.briffa@uea.ac.uk,t.osborn@uea.ac.uk

Dear Ray, Mike and Malcolm,
Once Tim's got a diagram here we'll send that either later today or first thing tomorrow. I've just completed Mike's Nature trick of adding in the real temps to each series for the last 20 years (ie from 1981 onwards) amd from 1961 for Keith's to hide the decline. Mike's series got the annual land and marine values while the other two got April-Sept for NH land N of 20N. The latter two are real for 1999, while the estimate for 1999 for NH combined is +0.44C wrt 61-90. The Global estimate for 1999 with data through Oct is +0.35C cf. 0.57 for 1998. Thanks for the comments, Ray.

Cheers
Phil

これはホッケースティック曲線として知られる、20世紀になって急速に地表の平均気温が上がったとするデータについての議論である。文中の"Mike's Nature trick"とは、Michael Mannが科学雑誌"Nature"に発表したホッケースティックについての論文で、「80年代以降の気温上昇を過大に見せ、60年代からの下降を隠す」工作を行なったとのべている。ホッケースティックのデータが捏造されたのではないかという疑惑については、全米科学アカデミーが調査し、IPCCの第4次評価報告書からは削除された。このEメールは、捏造疑惑を裏づけるものといえよう。

このように「初めに結論ありき」で研究が進められることは珍しくない。特にIPCCのように一つの大学に数億ドルの補助金が出るような大プロジェクトでは「結果を出す」ことが求められるので、なるべく温暖化が起きているようにデータを解釈するインセンティブが生じるが、このホッケースティックのように意図的に原データを改竄するのは、科学的な論争のルールを逸脱している。

来月、コペンハーゲンで気候変動枠組条約会議(COP15)が開かれるが、新興国は「温暖化問題は新興国の成長を抑制するために先進国の仕組んだ統制経済カルテルだ」と批判しており、IPCCのデータの信憑性についても疑問を表明している。COP15で合意が実現する見通しはないが、この事件は合意をさらに困難にするだろう。
2009年11月21日 19:36
法/政治

攘夷か開国か

きのうの記事におもしろいTBをもらった。たしかに今度の政権交代は、明治維新というより幕末の混乱に似ていると思う。今の民主党は、反グローバリゼーションや規制強化を求める「尊皇攘夷」派と、構造改革の継続を求める「開国」派に分裂し、鳩山首相がイニシアティブを発揮しないために政策が迷走している。

しかし明治維新との最大の違いは、今度の「黒船」は東ではなく西から来ているということだ。日本にとって最大の脅威は中国である。日米同盟が続くかぎり、軍事的に中国が日本を征服することはないだろうが、経済的には今年、中国はGDPで日本を抜き、2026年にはアメリカを抜いて世界一の経済大国になると関志雄氏は推定している。

思えば日本は1000年以上にわたって、中国の衛星国家の一つにすぎなかった。この140年ぐらいは逆転したが、これは中国の政治的不安定に助けられた面が大きい。今も社会主義という制約は残るが、台湾や韓国のように経済的に安定すれば一党独裁はなくなるだろう。経済面では、すでに社会主義というより「国家資本主義」といったほうがいい。中国が普通の国になれば、規模でも政治力でも日本はとてもかなわない。

中国が日本に追いつき追い越す過程で起こるのは、生産要素(特に労働)の移動と賃金の均等化だ。中国より高い賃金で生産している産業は没落し、非貿易財やサービス業に労働人口が移動せざるをえない。これによって単純労働者の賃金は中国に鞘寄せされ、グローバルな格差拡大の傾向が日本でも出てくる。いま「格差」と騒いでいるのは中高年社員と非正社員の差にすぎないが、そのうちすべての年代で技能労働者と単純労働者の所得格差が拡大するだろう。

最大の問題は、経済的な力関係の逆転だ。今は日本に本社機能があって中国に工場が移転するという関係だが、今でも日本の高い法人税をきらって本社を海外移転する企業が出ている。そのうち人民元が変動相場制に組み込まれて切り上げられると、東アジア経済圏は「人民元圏」になり、本社機能を中国に移す企業が増えるだろう。このような中枢機能(コントロール権)が資本主義のコアであり、これが中国に移動すると、投資も利益も中国に集中することになる。

こういう盛衰は、どこの国も経験したことであり、いったん衰退の坂を転がり始めてから元に戻った例はほとんどない。唯一の例外はアメリカだが、これは若い国だからで、日本や欧州のように長い歴史があると既得権に足をひっぱられ、立ち直るのはむずかしい。日本が中国の「支店」になる流れは、長期的にはたぶん避けられないだろう。

だから「アゴラ」でも書いたように、日本が成長戦略を考える場合、まずこのグローバルな変化にどう対応するかという長期戦略を立て、その上で日本の成長率を上げる中期戦略を考える必要がある。雇用とかデフレはGDPの従属変数なので、成長率を上げないで短期の財政・金融政策ばかりやっても効果がない。「無駄の削減」だけで財政を再建することはできないし、GDPを上げないで「まずデフレを止めよう」なんて不可能なのだ。

明治維新との最大の違いは、こういう長期的なビジョンをもった政治家がいないことだ。幕末にも、日本が侵略される危機はそれほど切迫していたわけではないが、それを見通して手を打った政治家がいた。個人的には民主党内の開国派に少し期待しているが、これも今の「小沢体制」では動きがとれないだろう。あと何度か選挙して政党が政策にそって再編され、危機が顕在化して世論が本気で改革を求めることを期待するしかない。

追記:コメントで教えてもらったが、Economist誌も、日本がデフレを脱出するには成長率を引き上げる政策が重要だと助言している。
Boulevard of Broken Dreams: Why Public Efforts to Boost Entrepreneurship and Venture Capital Have Failed--and What to Do About It (The Kauffman Foundation Series on Innovation and Entrepreneurship)次世代スパコンをめぐる論議は、事業仕分けで打ち切りの方向が出てから、文科省がパブリックコメントをつのって巻き返しをはかり、科学者からも「次世代スーパーコンピュータ開発に関する緊急声明」という反対の声が上がっている。彼らは「スパコンによるシミュレーションが基礎科学に重要だ」というが、なぜそれを国産メーカーに国際相場の4倍もの価格で発注するのか、理由が説明されていない。

本書はハーバード・ビジネススクールのIT専門家であるJosh Lernerが世界各国のベンチャー振興策を調査し、その成功例と失敗例を分析したものだ。多くの政府がシリコンバレーを手本にした「国営ベンチャーキャピタル」を設置したが、その成果は惨憺たるものだ。VCの比率でいうと、アメリカを上回るのはイスラエルだけで、日本は主要国でイタリアに次いで低い。失敗の原因はいろいろあるが、著者の強調するのは次のような点だ:
  • 政府が直接VCのような仕事をしてもうまく行かない:政府は大学などの環境整備や税制などの制度設計を行なう裏方に徹すべきだ
  • ベンチャーは白紙からは生まれない:優秀な人材の集まっている地域で、得意分野に特化したほうがよい
  • 「国策プロジェクト」は失敗する:すべて自国で開発しようと考えるのではなく、なるべく国際標準にそったオープンな技術を採用すべきだ
  • 投資は内外から広くつのるべきだ:政府の出資は最小限にとどめ、なるべく民間投資でやったほうがいい。日本のように「外資」を敵視する国では、イノベーションは生まれない
今回のスパコンについての科学者の声明にあらわれている「日の丸技術」志向は、失敗のもとである。逆にイスラエルのように欧米の資本を積極的に受け入れている国では、アメリカの2倍以上の比率のVCが活動している。ただ政府の介入がすべて失敗というわけでもなく、シンガポールは外資規制を撤廃し、法人税を下げるなどの環境整備で政府が大きな役割を果たした。

基礎科学を政府が支援することは重要であり、科学的真理の探究に必ずしも実用的な成果は必要ない。しかしスパコンは研究の手段にすぎないのだから、費用対効果だけが問題だ。バカ高いハードウェアを買う予算をソフト開発(研究)に回したほうが合理的であり、調達先が国産メーカーである必要もない。このような自前主義がイノベーションの最大の敵だ、というのが本書の指摘である。
きのう慶応のシンポジウムで「日本版FCC」の議論をしていて、中村伊知哉氏から10年前の橋本行革の話が出てきた。これは覚えている人も少ないだろうが、1997年に始まったころは大改革を行なう予定だった。行政改革会議では「発展途上国型の産業振興を、市場原理を中心に据えた経済運営に転換した行政を行う」という方針のもとに、通信放送の規制を独立行政委員会に分離して産業振興機能は「経済省」に集約するという中間報告が出された。

その後、紆余曲折をへてこの改革は自民党の郵政族につぶされ、2001年に1府22省庁を1府12省に集約して看板をかけかえただけの省庁再編が行なわれた。私はそのとき「独立行政法人」として出発した経済産業研究所に入ったのだが、これも経産省につぶされた。独立とは名ばかりで、人事も予算も「本省」に握られた研究所が、自由に研究できるはずもなかったのだ。

そのとき初代の研究部長だった松井孝治氏は、橋本行革で通産省から首相官邸に出向して行政改革会議の事務局をつとめたのだが、改革がつぶされたあと通産省を辞めて民主党の参議院議員になり、いま官房副長官として政権の中枢にいる。彼が起草した鳩山首相の所信表明演説には、こういう一節がある:
日本は、140年前、明治維新という一大変革を成し遂げた国であります。現在、鳩山内閣が取り組んでいることは、言わば、「無血の平成維新」です。今日の維新は、官僚依存から、国民への大政奉還であり、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試みです。
この認識には、私も賛成だ(大政奉還という表現はいただけないが)。岩倉使節団がプロイセンの制度を勉強したころには、エリート官僚が国民を指導する大陸型のシステムが適していたかもしれないが、経済が成熟すると、行政が立法も司法もかねる集権的構造では変化に対応できない。戦略的な意思決定は「政治主導」で行ない、行政はその執行に特化し、その監視は司法が行なう役割分担が必要だ。

シンポジウムでも、日本版FCCについて出席者の意見が一致したのは、「目的の不明な組織いじりは意味がない」ということだった。国のかたちを変えるという観点からは、独立行政委員会よりもBPOや電気通信紛争処理委員会のような司法機能(ADR)を強化したほうがいい。むしろ通信放送分野をパイロットケースとして、公務員制度改革や司法との役割分担を含めた省庁の再々編を考えてもいいのではないか。
bpo
きのう取材に来た、あるプロダクションのディレクター(兼カメラマン)が、「BPOのレポートが業界で話題になっている」というので、17日にBPO(放送倫理検証委員会)が出した「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」を見てみた。確かにおもしろい。マンガ入りで文体も型破りで、こんな調子だ。
これだけガンバってきたバラエティだが、最近の話になるにつれ、関係者の口調はだんだん愚痴っぽくなる。

曰く、バラエティはあらゆることをやりつくし、いまや何をやっても既視感がつきまとう。曰く、タレントとその予備軍は相変わらず少なくないが、突出したカリスマ的才能、ビッグな芸人が少なくなった。曰く、放送界にコンプライアンスを矮小化した事なかれ主義、サラリーマン的保身がはびこって、ムチャなこともできなくなった。曰く、バラエティの制作者も、旬の芸人やタレントのキャスティングができるというだけの要領のいい連中ばかり跋扈しているんじゃないか。
民放のバラエティをつくっているプロデューサーは、意外に楽しそうな顔をしていない。彼らだって偏差値の高い大学を出てテレビ局に就職したのだから、本当はドキュメンタリーのような社会的に評価される番組や、ドラマのように芸術的な完成度の高い番組をつくりたいのだが、このごろは上から「制作費*割減」という号令ばかりかかるので、ローコストのバラエティが増えた。それもギャラの高いタレントが使えないので、局アナと新人お笑い芸人の内輪ネタで埋める。レポートは、こういう状況をまじめに分析する。
ここに漂っている閉塞感は、おそらくバラエティだけの問題ではない。経済の先詰まり感、政治の停滞感、行政の不透明感・・・私たち一人ひとりはこうしたさまざまに気を滅入らせる現実に囲まれて暮らしている。せいぜい内輪の話題で盛り上がり、憂さを晴らすことぐらいしかやることがない。面白くない出来事、不愉快なノイズ、癪に障る連中のことなんか知ったことか。無視を決め込むか、イジメてやってせせら笑ってりゃいい・・・とばかりに、あっちでもこっちでもサディスティックな冷笑的な気分がわき上がり、広がっていく。
つまりバラエティのつまらなさは、今の世の中の閉塞感の鏡なのだ。だから世の中がちっとも前向きにならないのに、バラエティだけにうるさく「倫理」を求めてもしかたがない・・・という開き直りとも読めるが、恐いのは「視聴者がそんなにバカじゃない」ことだ。「同じパターンの繰り返しで、ついまんねえよ」という声が、彼らには一番つらい。限られた予算の中では、それしかできないのに・・・

BPOは、1997年にできたころは苦情処理機関という位置づけで、なるべく仕事をやりたくない感じだったが、最近テレビへの逆風が強まり、「自分たちで何とかしないと視聴者に見捨てられる」という危機感が出てきた。取材に来たディレクターもいっていたが、「数字」を求める上の要求と番組の質の板ばさみで悩んでいるのは、現場の彼らなのだ。

これは行政が介入して改善するような問題ではない。むしろBPOは、日本で機能している数少ないADR(裁判外紛争処理機関)として育てたほうがいい。日本版FCCを国家公安委員会のような組織にするとか意味不明なことをいっている原口総務相には、このレポートを読んで業界の実情を少しはわかってほしい。
2009年11月18日 22:58

賃金を上げる最善の方法

過去50年間に、アメリカの時給(実質ベース)は3倍になった。その原因は?
  1. 最低賃金の上昇
  2. 労働生産性の上昇
  3. 労働組合の強化
  4. 差別を禁止する法律
  5. 賃金格差の是正
正解はは2。くわしくは、テイラー教授のブログへどうぞ。
政府が第2次補正予算の方針をまとめた。それによれば、
  • 雇用:雇用対策など国民の安心確保を目指す
  • 環境:成長戦略として地球温暖化対策を推進
  • 景気:金融対策等による景気下支えを図る
という方針だそうだが、景気対策である補正予算に「成長戦略」が混在しているのは混乱している。このようなバラマキによって「二番底」を防ぐという発想は、自民党政権と変わらないが、それが役に立たないことは理論的にも実証的にも明らかだ。たとえばJohn Taylorが景気対策について検証した結果では、ブッシュ政権(昨年3月)とオバマ政権(今年1月)の財政支出によって、次の図のように可処分所得(DPI)は上がったが、個人消費支出(PCE)は増えていない。


これは恒常所得仮説としてよく知られるもので、人々が計画的に消費するなら、一時的に所得が増えてもそれが消費にまわることはないので、景気刺激の効果はない。さらに公共投資の長期的効果についてTaylorたちがシミュレーションした結果によれば、乗数効果は1以下である。これは公共投資が民間投資をクラウディングアウトするためだ。

Barro-Redlickも、1940年代以降の財政政策についての包括的な実証研究にもとづいて、財政政策の乗数は一貫して1以下だったと結論している。財政も貨幣も長期的には中立なので、政府が税金をばらまいても、日銀がお札をばらまいても、実体経済への効果はキャンセルされてしまうのだ。「補正で景気の底割れを防ぐ」なんて、今どき兜町でも使われなくなった陳腐なストーリーで、納税者をあざむくことはできない。
2009年11月17日 10:42
経済

ベッカーとポズナー

Uncommon Sense: Economic Insights, From Marriage to TerrorismBecker-Posner blogは、私のRSSリーダーに入っている数少ないブログの一つである。ベッカーはノーベル賞受賞者、ポズナーは連邦高裁判事。このような(日本的にいえば)学界の大御所が、ブログで一般読者と議論するなんて、日本では考えられない。本書は、その記事を集めたものだ。

序文では「かつてハイエクは知識を社会全体に分散したままコーディネートして利用するシステムとして価格を考えたが、インターネットは価格なしで知識をコーディネートするハイエク的システムだ」と、拙著の序文とほとんど同じことを書いている。先週の記事でポズナーは、「アメリカは日本のあとを追うか?」と問うている。
日本の政府債務はまもなくGDPの2倍を超え、国内資金だけでファイナンスできなくなるだろう。海外から資金を調達するようになると、債務不履行のリスクが出てくる。今はデフレによる低金利に救われているが、日本国債のCDSスプレッドは民主党政権になってから倍増し、0.75%になった。他方、アメリカも財政赤字が拡大したが、GDPの半分程度だ。これは管理可能であり、それを減らす最善の手段は成長率を引き上げることだ。ところがオバマ政権は、成長より所得分配に関心があるようだ。際限ない政府支出は将来のインフレの原因となる。
ベッカーの意見も、ほぼ同じだ。
日本の財政赤字の大部分は円でファイナンスされているので、債務不履行の心配はない。最悪の場合でも、政府が紙幣を印刷してインフレによって帳消しにできるからだ。アメリカの財政は日本に比べれば健全だが、財政赤字から脱却するには、成長率を高める必要がある。それには銀行やGMなどに莫大な公的資金を注入する政策をやめ、政治問題に労組が介入するのをやめさせ、保護主義を止めなければならない。アメリカの成長力は大きいので、民主党政権が成長を阻害する政策さえとらなければ、経済は回復する。
両者とも、不況と財政赤字を成長を高めることによって脱却する戦略を描いている。これが世界の常識だ。「4K」とかいう意味不明の成長戦略をのべている菅直人氏も、参考にしてはどうだろうか。さいわいアメリカの潜在成長率は3%強と推定されているので、その水準に戻すだけで財政赤字は長期的には解決できる。日本の最大の問題は潜在成長率が1%未満しかないことで、これを上げないまま「2次補正」などでバラマキを続けても、財政赤字が増えるだけだ。


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