アベノミクスの歯車はどこで狂ったのか



きのう発表された7月のコアCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)は3ヶ月続けてゼロだった。原油はさらに下がっているので、8月は確実にマイナスになるだろう(先行指標である東京都区部は-0.1%)。おまけにこのVlogでみたように、4~6月期の実質成長率は前期比-0.4%(年率-1.6%)と予想以上のマイナス成長だった。

gdp

これを民主党政権の時代(2009~12年)と比べると、青で描いた民主党政権の平均成長率は1.9%だったのに対して、赤で描いた安倍政権の平均は0.8%と、その半分以下だ。これは内閣府の今年の楽観的な見通し(1.04%)をもとに計算しているが、昨年は0.06%とほぼゼロ成長で、今年もこの調子ではそれに近くなるだろう。黒田総裁のシナリオは

 マネタリーベース増→予想インフレ率上昇→物価上昇→円安→輸出増

というものだったと思われるが、残念ながら資産インフレは起きたが、CPIは上がらなかった。おまけに円安で輸出はほとんど増えなかった。どこに計算違いがあったのだろうか?

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法案審議が終わってから騒ぐ法学者の「知性の危機」


きのう私がこう書いたら、いまだにしつこく「去年の閣議決定で安保法制は決まってない」とか「自民党の公約になかった」とか書いてくる人々がいるので、事実を確認しておく。

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歴史を偽造する中国


AFPによれば、中国政府による日本降伏70年記念行事の一環として中国人民解放軍の制作した映画「カイロ宣言」(The Cairo Declaration)には、なんと毛沢東が登場するという。

カイロ会談は1943年に英・米・中の3ヶ国が日本に対する和平条件を話し合った会議だが、上の写真でもわかるように、この会談にチャーチル・ルーズベルトとともに参加したのは左端の蒋介石であり、毛沢東はこの時期には延安にいた反政府ゲリラに過ぎない。

遠藤誉氏もいうように、9月3日が中国の「戦勝記念日」だというのは何の根拠もなく、毛沢東はそういう式典もやったことがない。彼は共産党が抗日戦争の当事者ではないことを知っていたからだ。彼がやったのは国民党との内戦であり、蒋介石を打倒して毛沢東を勝利に導いたのは日本軍だった。

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中国の株安は「引き金」にすぎない

大恐慌が始まったのは1929年の「暗黒の木曜日」だったが、それは世界経済を10年以上にわたって大混乱に陥れた原因ではなかった。本質的な問題は、当時の企業の過剰債務であり、その崩壊による金融危機だった。


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フランス革命が生んだ「ドイツ観念論」

ドイツ観念論 カント・フィヒテ・シェリング・ヘーゲル (講談社選書メチエ)
カント哲学は歴史から超然としているようにみえるが、『純粋理性批判』が出たのは1781年、『判断力批判』は1790年と、フランス革命と同時期に書かれた。フィヒテやシェリングの著作が出たのはドイツがフランス軍に占領された時期で、ヘーゲルの『法哲学』が出たのはナポレオン戦争の終わる1812年である。

こうした哲学を「ドイツ観念論」と総称するのは後世の呼び名で、カント哲学はフランス革命の啓蒙思想の完成だった。ヘーゲルはフランス革命とナポレオンの熱烈な支持者で、彼の弁証法は三位一体の教義でドイツの宗教戦争を収拾しようという哲学だった。彼らの思想は、フランス革命によって生まれた歴史哲学なのだ。

しかし多くの領邦(社団)に分裂して戦争を繰り返していたドイツ・オーストリアで、人類の歴史に残る普遍的な哲学やベートーベンやゲーテなどの偉大な芸術が生まれたのはなぜだろうか。同じ時期に西鶴や浮世絵しか生まれなかった日本と何が違うのだろうか?

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世界同時株安のゆくえ



上海指数・日経平均・ドル/円のリアルタイムチャート(ヤフー!ファイナンスより)

きょうの上海指数(青)は6%安で始まったが、おそらく当局の介入で下げ止まった。11時現在で、日経平均(赤)は1万8000円台を回復したが、ピークから15%安。日銀もGPIFも巨額の評価損を抱えたので、彼らがこれ以上買い支えるのはむずかしい。

ドル/円(緑)も一時116円まで下がり、今は120円近くに戻したが、リスクオフで今後も円高になるだろう。もうアベノミクスは死んだ。くだらない安保国会はやめて、経済政策と財政再建を真剣に考えてほしい。

公共性の構造転換

公共性の構造転換―市民社会の一カテゴリーについての探究
フランス革命にあって明治維新になかったのは、福沢諭吉のいう国民(ネーション)である。それはイギリスでは17世紀いっぱいかけてゆるやかにできたが、フランスでは18世紀末に暴力的に形成された。ドイツでは19世紀末に変則的な「国民国家」がつくられたが、日本にはついに生まれなかった。

本書はこうした国民意識の形成を、公共圏という概念で論じた古典である。初版は1962年で、一時は日本でも流行した「市民社会論」の元祖だが、「古典的な公共圏を過度に美化した左翼的プロパガンダ」と批判されて忘れられた。しかし本書につけられた1990年版の序文で、ハーバーマスはこうした批判を率直に認め、マルクス主義を放棄している。

昨今の安保や原発などをめぐる幼稚な議論も、大衆化した左翼メディアが公共圏を独占する一方、人々が親密圏(家族や職場)に撤退したからだろう。このギャップを「自由主義国家から社会福祉国家へ」移行して埋めようという著者のビジョンは古く、いま求められているのは逆に自由主義国家を再建することだ。

しかしその鍵となるのが公共圏の構築だという本書の指摘は、今でも重要である。インターネットは劣化したマスメディアを解体して「新たな公共圏」となる可能性もあるが、その移行には(かつてのように)100年近い時間がかかるかもしれない。

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野党は「自衛隊廃止法案」を出せ

津田氏がこういう誤った情報を流しているので、訂正しておく。自民党が集団的自衛権の行使を容認することは、昨年12月の選挙公約には明確に書かれていた。なぜなら、それは7月にすでに閣議決定されていたからだ。これに対して野党も公約でそれに反対し、与党が圧勝したのだから、民主制のルールでは「国民は集団的自衛権の行使を認めた」と考えるのが当然だ。

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フランス革命と明治維新は何が違ったのか

フランス革命はなぜおこったか―革命史再考
安保法案と戦後70年談話をきっかけに盛り上がった歴史論争をみると、左右どちらの側も歴史観が古い。ここ20年ほど歴史学は大きく変わり、唯物史観の影響を脱し、非文書的な史料や数値データをもとにして、従来の通念が書き換えられている。

フランス革命もその例外ではなく、今ではそれを「ブルジョア革命」と呼ぶ歴史学者はほとんどいない。本書はその専門家の遺著で、前半で終わっているが、序文が「われわれ日本人にとって、フランス革命とは何か」と題されているように問題意識は明確である。

フランス革命が200万人もの犠牲者を出して、よくも悪くも徹底的にアンシャン・レジームを破壊したのに対して、明治維新は大政奉還による不完全な「上からの革命」だった、という通説を著者はしりぞけ、両者は社団国家(封建社会)の解体という点では共通の革命だったと論じる。では明治維新は、なぜフランス革命と大きく違う結果になったのだろうか?

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廣松渉――近代の超克

再発見 日本の哲学 廣松渉――近代の超克 (講談社学術文庫)
戦後を振り返るとき、日本のオリジナルな思想家としてほとんどの人が共通にあげるのが、丸山眞男と廣松渉である。そのうち私は廣松に直接学ぶ幸運に恵まれたが、彼についてのいい入門書はいまだにない。本書は彼の生涯をたどった伝記に近く、その思想内容にはあまり深く立ち入っていないが、ここでも最後に丸山との対比が出てくる。

たしかに両者は、互いに参照することはなかったが、似た面がある。それはヘーゲルやマルクスなどのドイツ的な普遍主義の強い影響を受ける一方、日本人の特殊性に関心をもち、「日本の哲学」を構築しようとしたことだ。それは廣松の『<近代の超克>論』に顕著にあらわれている。

『資本論の哲学』は、デリダの『マルクスの亡霊たち』より20年も早く価値の「亡霊性」を指摘していたが、デリダが「マルクスは最後は労働価値説という実在論に戻ってしまう」と突き放すのに対して、廣松はマルクスの実在論を救おうと試みる。それは成功していないのだが、最近のポストモダン以降の新しい実在論に通じる面もある。

続きは8月23日配信の池田信夫ブログマガジンでどうぞ。








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