沖縄返還と「非核三原則」は佐藤栄作のスタンドプレーだった

他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス 〈新装版〉
きょうは沖縄の返還50周年。また返還のときの「核持ち込みの密約」が蒸し返されているが、最近の研究では、密約が必要だったかどうかもあやしい。もともと日米安保条約では核持ち込みを認めていたので、沖縄は特別な存在ではなかったのだ。

1969年に日米共同声明で「核抜き・本土並み」の返還が決まったのと同時に「有事の核持ち込み」を日米首脳の「議事録」で約束した。その存在は佐藤の密使としてキッシンジャーと交渉した著者(若泉敬)が明らかにし、「密約なしで沖縄返還は実現できなかった」と主張した。

2009年に民主党政権の岡田外相が密約の存在を確認したが、正式の外交文書とは認めなかった。それは日米首脳が私的にかわしたメモであり、のちの首相にも引き継がれていないからだ。

実際には返還以降、沖縄に核が配備されたことはない。沖縄に配備された米軍の戦術核(メースB)は旧式で、核兵器の主力は原潜に搭載したSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)になっていたからだ。では返還交渉で「核抜き」が最大の争点になり、密約までかわされたのはなぜか?

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脱炭素化の前に「地球温暖化懐疑論」が必要だ

気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?
一昔前は「地球温暖化懐疑論」というと、右派ジャーナリストの書いたあやしげな本というイメージが強かった。日本でも、人為的温暖化説が「世紀の大ウソ」だといったセンセーショナルな本が多く、相手にされていない。

本書はそういう「温暖化否定論」ではなく、気候変動の専門家がこれまでのデータをサーベイした本である。著者はカリフォルニア工科大学の副学長をつとめ、オバマ政権ではエネルギー省の科学次官に任命された。

彼がそういうデータを詳細に検討して出した結論は、「気候変動の原因も将来の影響もまだ正確にわからない」という平凡な答である。1900年以降、地球の平均気温が上がっていることは事実だが、それは人類の歴史上最高気温ではない。その原因に人間活動が関与していることは明らかだが、それが主要な原因かどうかは不明だ。

図のように人間の出す温室効果ガスが地球を温暖化する一方、大気汚染で地球を寒冷化する影響もある。差し引きすると、気候システムの中で人間活動の占める比重は1%程度で、あとの99%がちょっと変動しただけで相殺されてしまうのだ。

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人間による地球温暖化と寒冷化の影響

こういう科学論争にはまだ決着がついていないのに、20年ぐらい前の誇大な被害想定を前提にし、多大なコストをかけて「脱炭素化」が進められているが、それは人類の最優先の問題とはいえない。エネルギー問題を政治利用する前に、本書のような科学的な「温暖化懐疑論」を検討すべきだ。

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ウクライナ戦争の責任はバイデン政権にあるのか

ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか (PHP新書)
ウクライナ戦争についての本はまだ少ないが、本書は戦争が始まってから書かれた本である。内容はかなり荒っぽいが、マスコミの主流とは違う。反ロシアという点では主流に近いが、アメリカの責任を重くみる点では異端派である。

著者が注目するのは、バイデン大統領の役割である。彼はオバマ政権の副大統領としてウクライナを担当し、2009年にはキエフを訪れて「ウクライナがNATOに加盟するなら、アメリカは支持する」と約束した。

この背景には、2008年のブカレスト宣言があった。このときアメリカは「ウクライナとジョージアが参加するだろう」と発表したが、実際にはドイツとフランスの反対で実現しなかった。その後もバイデンはウクライナを6回も訪問して工作を続け、息子ハンター・バイデンはウクライナのエネルギー企業の取締役になった。

2014年の「マイダン革命」では、オバマ政権はウクライナに介入して親米政権をつくった。その後も「NATOに加盟する努力義務」を憲法に書かせるなど、ウクライナの政権を実質的に支配し、軍事援助や共同軍事演習など、ロシアに対抗する方針を打ち出した。

この点ではアメリカがウクライナの政権をあやつっていたともいえるが、2021年12月にバイデン大統領は、プーチン大統領との首脳会談のあと「ウクライナで戦争が起こっても米軍は派遣しない」と、ウクライナ侵略を容認するともとれる発言をした。これはどういうことだろうか。

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政府と日銀を連結した「統合政府」の債務管理が必要だ

安倍元首相の発言が論議を呼んでいる。発言の内容は「日銀は政府の子会社だから、国債の60年の満期が来たら借り換えられるので心配ない」とのことだが、これは安倍氏の持論で、間違いではない。

野党が「日銀の独立性を侵害する」と騒いでいるのは見当違いである。正しく理解しているのは、国民民主党の玉木代表だけだ。

中央銀行の独立性は普遍的なルールではなく、1970年代のスタグフレーションのとき、中央銀行が財政従属になり、政府の景気対策の財源を調達するために金融を過剰に緩和したことからできたルールである。

日本でも1980年代のバブルを日銀が止められなかったという反省から、1998年に日銀法が改正されたが、このときは政府機関に国会からの「独立性」を保障するのは憲法違反だという議論もあった。

しかし今は政府が「悪い円安」を恐れて「物価対策」の補正予算を組む一方で、日銀がインフレを起こすために量的緩和をやるという逆転が起こっており、日銀の独立性というルールは時代錯誤である。むしろ日銀が関東軍になるのを防ぐために、統合政府の債務管理が必要だ。

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円安で東京を「国際金融センター」に

金融化の世界史 ――大衆消費社会からGAFAの時代へ (ちくま新書)
FRBが0.5%の利上げを決めたが、マーケットは織り込みずみで、ドル円は落ち着いている。しかし日銀の金融抑圧が変わらない限り、日米の金利差は拡大する。その長期的な水準が何によって決まるかはむずかしい問題だが、日本の貯蓄過剰が続く限り、自然利子率もゼロに近いので、海外の金利が上がると円安になる傾向は止まらないだろう。

このように金融が世界経済の均衡水準を決める変化は、それほど新しいものではない。本書も指摘するように、経済の金融化は18世紀に大英帝国が始めたものだ。実物資源は植民地に置き、資本家は海外投資で大きなリスクを負担する代わりに金利を得る。その意味では、資本主義は生まれたときから金融資本主義だった。

それがITで加速したのが、1990年代以降のグローバル化である。金融技術の発達でリスクと資産が分離されると、国際資本移動で実質金利が均等化する。ゼロ金利とインフレで実質金利を抑える日銀の一国ケインズ主義は、海外の金利が上がると大幅な円安をもたらすのだ。

これは輸入インフレで大多数の国民を窮乏化するが、対内直接投資のコストを低下させる。東京を「国際金融センター」にするという小池知事の構想は、今は夢物語だが、1ドル=150円ぐらいになれば不可能ではない。それには法人税の引き下げが必要だ。

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赤字国債の禁止は「戦後レジーム」か

ウクライナ問題を受けて、来年度予算の防衛費増額が焦点になっているが、WiLL6月号の安倍元首相と北村滋氏(前国家安全保障局長)の対談の中に、ちょっとおもしろい話がある。安倍氏は「赤字国債の発行を禁じる財政法4条は戦後レジームそのものだ」というのだ。財務省の逐条解釈にはこう書かれている。

第四条は、健全財政を堅持していくと同時に、財政を通じて戦争危険の防止を狙いとしている規定である。

戦争と公債がいかに密接不離の関係にあるかは、各国の歴史をひもとくまでもなく、我が国の歴史を見ても、公債なくして戦争の計画遂行の不可能であったことを考察すれば明らかである。公債のないところに戦争はないと断言し得るのである。したがって、本条はまた憲法の戦争放棄の規定を裏書保証せんとするものであるとも言い得る。

安倍氏はこれについて2016年の衆議院本会議で、共産党の質問に対して「これは財政の健全性の規定であり、戦争の防止は立法趣旨ではない」と否定した。逐条解釈は役所の法令解釈だから、それを首相が否定するのは異例だが、この解釈は誤りである。

財政法4条で定めているのは、公共事業に使う建設国債(特例公債)である。それ以外の経費については、毎年国会で特別法を立法して国債を発行する。これが赤字国債であり、予算案とは別に議決が必要だ(財務省の解説)。

これも儀礼化した手続きなので、実務的には建設国債と赤字国債の区別は無意味だが、来年度予算では重要になる。防衛費は将来世代の資産になるので、社会保障のように今の老人が食いつぶす消費支出とは違い、公共事業に近いのだ。

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「保安規定」の変更認可は再稼動の条件ではない

4月29日のアゴラの記事について、関係者からコメントをいただいたので、細かいことだが補足しておく(業界関係者以外は読む必要がない)。

全国の原発を止めている田中私案には法的根拠がないが、唯一の根拠とされているのは保安規定(発電所の安全設備などについて電力会社が書いた文書)である。

特重(特定重大事故等対処施設)の審査で、関西電力の美浜3号機では「新規制基準への適合性確認に係る保安規定変更認可申請を行い、本日、原子力規制委員会より認可をいただきました」と書かれている。

関電も保安規定の認可が運転開始の条件だと解釈しているが、これは誤りである。それは原子炉等規制法(第43条-3-24)の条文からも明らかだ。

発電用原子炉設置者は、原子力規制委員会規則で定めるところにより、保安規定を定め、発電用原子炉施設の設置の工事に着手する前に、原子力規制委員会の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

安念潤司氏が指摘したように、保安規定は最初に原発を設置するときの規定で、運転とは無関係である。続きを読む

日経新聞の知らない再エネの「本当のコスト」は1万倍

最近の電力危機で、日経も「カーボンゼロ」のキャンペーンをやめておとなしくなったと思ったら、また「太陽光の電気落札価格、火力の半分以下」という記事を書いている。それによると平均落札価格が今年3月の入札で初めて9円台になり、図のように火力を下回ったという。

図表(太陽光の電気落札価格、火力の半分以下 再エネに追い風)

これが本当なら朗報である。ただちにFIT(固定価格買取)を廃止して、自由に競争すべきだ。そうすれば燃料費のかかる火力は、燃料費ゼロの太陽光に勝てないので撤退し、夜間の発電はほぼゼロになるだろう。いま起こっている電力危機の本質的な原因は、このような過少投資である。

こういう問題が起こるのは、再エネ業者がコモンズ(共有資源)である電力インフラにただ乗りしているからだ。日経は「蓄電池などの付帯設備を考慮しても10円を割る」と書いているが、これは再エネが電力の一部だけを供給している場合だ。太陽光だけで電力を100%供給するには蓄電池が必要だが、そのコストは図のように9.8万円/kWh。火力の1万倍だが、これでも2時間しか蓄電できない。

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業務用の蓄電コスト(エネ庁資料より)続きを読む

日本は世界最古の「定住社会」

縄文人からの伝言 (集英社新書)
考古学では、いま大きな時代の書き換えが起こっている。20世紀末まで「縄文時代」といえば、1万2000年前以降の「完新世」に始まった新石器時代の後期と考えられていたが、最近の放射性同位元素(14C)による正確な年代測定の結果、最古の土器は1万6500年前のものだとわかったからだ。それが発見されたのは日本である。

これは「完新世に地球が温暖化して農業が始まり、人々が定住して土器をつくるようになった」という従来の歴史観をくつがえした。氷河期にも土器があったことは、定住生活の開始が従来の想定よりはるかに早かったことを示唆している。

他方で日本で農業が始まったのは、いくらさかのぼっても2500年前の弥生時代からなので、日本では、最長1万4000年も農業なき定住社会が続いたことになる。著者はそれが昭和30年ごろまで続いたという。世界最長の定住生活を続けた日本人は、それに適応する文化を形成したのだ。

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原子力規制委員会に「再稼動の是非」を判断する権限はない

東洋経済オンラインに掲載された細野豪志氏の「電力危機に陥る日本「原発再稼働」の議論が必要だ」という記事は正論だが、肝心のところで間違っている。彼はこう書く。
原発の再稼働の是非を判断する権限は原子力規制委員会にある。原子力規制委員会の頭越しに政府が再稼働を決めることは法律上できない。原子炉等規制法で「原子力規制委員会の確認を受けた後でなければ、その発電用原子炉施設を使用してはならない」、すなわち再稼働することはできないと規定されている。

これは誤りである。内閣は2014年2月21日の答弁書で「発電用原子炉の再稼働を認可する規定はない」と表明しているからだ。再稼動を認可する規定がないのに、原子力規制委員会にその「是非を判断する」権限があるはずがない。

マスコミでは再稼動という言葉は「新規制基準を満たして運転する」という意味で使われるが、そんな言葉は法律にない。新規制基準に適合しなくても、既存の基準にもとづいて運転できるからだ。

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