「ベースロード電源」の比率なんて意味がない

今月中にもエネルギー基本計画の方針が出る見通しだが、エネルギー・ミックスをめぐってよく話題になるのがベースロード電源という言葉だ。「原発はベースロード電源として重要だ」とか「ベースロード電源は60%以上は必要だ」といった話がよくあるが、baseloadとはWikipediaによれば、"minimum level of demand on an electrical supply system over 24 hours"で、「基礎的な電源」という意味はない。

o-BASELOAD-POWER-570
続きを読む

共産党が極左冒険主義だった時代

メルマガで紹介した今週のアゴラ読書塾のテキストだが、今の若い世代には日本共産党員が街頭で火炎瓶を投げ、山村工作隊に入って地主を包囲して武装闘争をやっていた時代というのは信じられないかも知れない。

本書の解説で(当時の党員だった)堤清二が回想して「果たしてあれは共産主義の運動だったのだろうか。学生運動から出発し、次第に労働運動とも深くかかわってゆく主人公の闘争の軌跡を彩っているのは、正義感に裏づけられた情熱であり…」と書いているように、いつの時代にもある青春の祝祭だったのかもしれない。彼らを駆り立てたのはイデオロギーではなく、大人の欺瞞への怒りだった。堤はこう書いている。
続きを読む

なぜ野党は社会を変えられなかったのか



古賀茂明氏の「官房長官が圧力をかけた」という発言をめぐって、今度は自民党がテレビ朝日の幹部を呼び出し、本当に圧力をかける騒ぎに発展した。当の官房長官が否定して、テレ朝の会長が謝罪したのに自民党がからむのは、与党の存在意義は野党もマスコミもバカだということにしかないことを彼ら自身が知っているからだ。
続きを読む

戦後リベラルの終焉

戦後リベラルの終焉 なぜ左翼は社会を変えられなかったのか (PHP新書)
はじめに

戦後70年の歴史を振り返るとき、かつての戦争についてそれぞれの思いを抱くことだろう。ひところは「自虐史観」を否定する人々が物議をかもし、彼らは「歴史修正主義」と呼ばれた。しかしそういうイデオロギー対立から、そろそろ自由になってもいいのではないだろうか。

とりわけ修正主義をたたくことに熱心だった朝日新聞が、2014年8月の慰安婦問題についての特集記事で「自爆」を遂げた事件は、日本のメディアの歴史に残るだろう。それは単にジャーナリズムの問題ではなく、日本人の歴史意識を規定していた一方の極が、みずからの欺瞞を告白した、まれにみる出来事だった。
続きを読む

基準地震動は「あってはならない地震動」ではない

朝日新聞に高浜原発の仮処分決定の要旨が出ているので、その重大な事実誤認を指摘しておく。決定では次のように書いている。
基準地震動を超える地震はあってはならないはずである。[しかし]活断層の状況から地震動の強さを推定する方式の提言者である入倉孝次郎教授は、新聞記者の取材に応じて、「基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値のように思われることがあるが、そうではない」「平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある」と答えている。
続きを読む

樋口英明裁判官の知らない「法の支配」

高浜3・4号機の再稼動差し止めを求める仮処分申請で、きのう福井地裁は差し止めを認める命令を出したが、関西電力はただちに不服申し立てを行なう方針を表明した。昨年12月の申し立てから1度も実質審理をしないで決定を出した樋口英明裁判官は、4月の異動で名古屋家裁に左遷されたので、即時抗告を担当するのは別の裁判官である。
続きを読む

福島のカフカ的状況

カフカの「掟の門前」という短編がある。門が開いているのだが、男が入ろうとすると、門番が阻止する。なぜかときいても、彼は「私は下っ端で、そう言われているだけだ」と答える。男は門番に懇願したり賄賂を渡したりして入ろうと試みるが、やがてあきらめ、門の前で老衰して死んでしまう。
続きを読む

被災者の地獄への道は村上春樹の善意で舗装されている

キャプチャかつて私は村上春樹の小説の熱心なファンだったが、彼の社会的な発言は単なる平和ボケの団塊オヤジだ。いま話題になっている「原発NO!に疑問を持っています」という話でも、「交通事故で毎年5000人近くが亡くなっているのに、原発だけを取り上げてNO!というのはどうかと思う」という読者の質問に、村上はこう答える。
福島の原発(核発電所)の事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人です。桁が違います。[…]もしあなたのご家族が突然の政府の通達で「明日から家を捨ててよそに移ってください」と言われたらどうしますか? そのことを少し考えてみてください。原発(核発電所)を認めるか認めないかというのは、国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題なのです。
続きを読む

主権国家というアナーキー

王国と栄光 オイコノミアと統治の神学的系譜学のために
官僚機構が肥大化する現象は、日本に固有の問題ではない。これまで政治学は「国民主権」とか「法の支配」という建て前にこだわり、実際の統治の大部分が官僚の裁量で行なわれている事実を軽視してきた。本書は、晩年のフーコーが逢着したアポリアもこれに起因するという。

後期のフーコーのテーマは権力だったが、その研究として予告した『性の歴史』が挫折したあと、彼は8年間沈黙した。その時期の彼の講義では「生権力」とか「生政治」といった概念を使っているが、それも行き詰まり、結局まとまった著作にはならなかった。
続きを読む

朝日新聞グループで何が起こっているのか

いまだに古賀茂明氏の妄想があちこちで取り沙汰されているが、官邸が圧力をかけたという証拠は何一つ出てこない。当たり前だ。官房長官がそんな稚拙な形で圧力をかけるはずがないし、そんな必要もない。むしろメディアの側から、政権にすり寄ってくるのが普通だ。
続きを読む




logo-kobetsu

連絡先


記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons