すべての疲労は脳が原因

すべての疲労は脳が原因 (集英社新書 829I)
このごろ〆切が重なったせいか、夜あまり寝られなくなった。オフィスに行く以外はほとんど運動してないのに疲労感がたまるのはなぜだろうか、と思ってこの本を読むと、疲労とは何かはまだよくわかっていないという。

今まで疲労は筋肉を動かして出る乳酸が原因だといわれていたが、これは間違いとわかった。疲労の原因は筋肉ではなく、体内でもっともエネルギーを消費する器官――脳なのだ。集中して作業するときは、体をコントロールする自律神経に負荷がかかり、活性酸素が増えて酸化物をつくるのが原因らしい。

まだはっきりした結論は出ていないようだが、これで私のように肉体労働をしなくても疲れる原因が説明できる。〆切に追われて集中するときも、同時に多くの神経を動かすコントロールが必要なので、自律神経に負荷がかかるのは陸上競技と同じなのだ。

これはカーネマンも指摘している行動経済学の知見とも符合する。人間は論理的な「システム2」で考えないで、反射的な「システム1」で行動することが多い。これはシステム2で思考を集中する自律神経の消費エネルギーを節約していると考えることができる。人々が合理的にものを考えないことは、エネルギー的には合理的なのだ。

続きは7月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

防衛費は「人を殺すための予算」なのか

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共産党の藤野政策委員長は、NHKの番組で防衛費について「人を殺すための予算」と発言したことへの責任をとって政策委員長を辞任した。これは常任幹部会による更迭であり、共産党として自衛隊を認知したわけだ。

しかしこれは共産党の「自衛隊の増強と核武装、海外派兵など軍国主義の復活・強化に反対し、自衛隊の解散を要求する」という綱領と明らかに矛盾する。また共産党は一貫して「自衛隊は憲法違反だ」と主張しており、自衛隊を合憲と認める民進党と共闘することはできないはずだ。

続きはアゴラで。

「令外の官」が明治政府の方針を決めた

元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)
Brexitをめぐるドタバタは、民主主義(特に直接民主主義)がいかに信頼できない制度かという教訓になった。このような民主主義の暴走に対する歯止めとして、立憲主義によるエリート支配があるが、そのバランスの中でどっちを重視するかは、その国の民度に依存する。

明治維新の直後の日本では、武士以外の一般民衆に統治能力はなかったので、伊藤博文や山県有朋を中心とする薩長の幹部が政治を指導した。これは公式の制度ではなかったが、そのうち「元勲」とか「元老」と呼ばれるようになった。

彼らが「内閣」を構成したが、奇妙なことに明治憲法に内閣制度は明記されず、各省の大臣がそれぞれ天皇を「輔弼」し、内閣総理大臣も閣僚の一人として天皇から「大命が降下」する制度になった。本書はこの問題にほとんどふれていないが、これによって首相の権限が弱まり、議院内閣制が不可能になった。

天皇が指名するといっても、実際には元老が首相を決めたので、元老が中枢機能を果たしていたが、それは法的根拠のない「令外の官」だった。その正統性の根拠は伊藤や山県などの維新の「創業者」としての権威だったので、山県が世を去った昭和期になると最終決定者がいなくなり、政治の混乱が始まった。

続きは7月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

イスラム難民がEUを破壊した

ヨーロッパから民主主義が消える (PHP新書)
Brexitについて、ロンドン在住の日本人のブログ記事がいろいろ出ているが、「ビザがいらないのでヨーロッパ中から貧乏人が集まってくる」とか「ドイツがヨーロッパを支配する」とかいう与太話が多い。本書はドイツ在住の日本人が今年1月に出した本なので、当然Brexitには言及していないが、EUの現状を理解するには役に立つ。

EUの出発点は、何百年も戦争を繰り返してきたヨーロッパの歴史に終止符を打つため、1952年にできたECSCだった。これは戦争の原因になった石炭や鉄鋼などの資源をフランス、西ドイツなど6ヶ国で共同管理するものだった。これがEEC(欧州経済共同体)からECに発展し、1993年にマーストリヒト条約でEUという「統一ヨーロッパ」の国際機関になった。

このときEUを統合していたのは、キリスト教という共通の価値観だったが、その後、崩壊した東欧諸国などを吸収してEUは膨張を続け、今は28ヶ国になった。スウェーデンからキプロスに至る多様な国が、一つの価値観を共有することは困難であり、ユーロ危機でその亀裂は顕在化したが、EUを決定的に破壊したのはイスラム難民の急激な流入だった。

続きは6月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「短期的デモクラシー」が世界をおおう

今回のイギリスの国民投票で印象的なのは、次の図だ。教育程度が低く、年齢の高い人ほど離脱派が多い。前者は移民に職を奪われるのが単純労働者だという感情で説明できるが、後者はちょっとわかりにくい。

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続きはアゴラで。

大英帝国は世界を「文明化」した

Empire: How Britain Made the Modern World
きのうのBrexitは、まさか本当に離脱するとは思っていなかったので驚いた。Vlogでも言ったように、主な原因はイスラム難民に職を奪われるのを恐れる労働者階級だが、キャメロン首相を国民投票に追い込んだのは、ピーター・バラカンのいう「昔は大英帝国として七つの海を支配した」というプライドをもつ保守党内の離脱派だった。

本書はニーアル・ファーガソンが、そういう大英帝国の歴史を肯定的に描いて批判を呼んだ。もちろん彼も大英帝国が世界各地を植民地化し、現地人を虐殺したり奴隷として売買したりした罪は認めているが、そういう「オリエンタリズム」批判にあえて異を唱え、もし大英帝国が征服しなかったら、まだムガール帝国やオスマン帝国のような専制国家が残り、世界の人々は貧困に苦しんでいたのではないかという。

特に彼が強調するのは、大英帝国がアメリカ合衆国を生み出したことだ。南米を征服したスペイン人は資源を強奪しただけだが、北米を征服したイギリス人は資本主義や民主政治を生み出し、それが近代国家のモデルとなった。いま多くの人が当たり前と信じている近代的な価値観を創造し、世界を文明化したのは大英帝国なのだという。

続きは6月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

【7月1日スタート】アゴラ政治塾「シルバー民主主義をどうする」


今年夏の参議院選挙は、与党が消費税の再延期を決めたのに対して、野党が増税再延期法案を出すという、まるで大政翼賛会のような選挙になりそうです。これは1930年代に圧倒的な力をもつ軍部に与野党とも翼賛せざるをえなかったように、今は圧倒的な多数派である老人に翼賛せざるをえないからです。

このような政治を「シルバー民主主義」という上品な名前で呼びますが、露骨にいえば投票者の過半数が60歳以上になった時代には、老人に迎合しないと選挙に勝てないという民主主義の現実です。しかし本当に老人は勝者なのでしょうか?

続きはアゴラで。

資本主義は不可能か

ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性: 世界システムの思想史
日本が直面している危機は、トランプ騒動のアメリカやEU離脱にゆれるイギリスと通じる面がある。それを予言したのは、ローザ・ルクセンブルクが100年前に書いた『資本蓄積論』だった――といっても信じてもらえないだろう。

しかし今ではすっかり忘れられたこの大著は、私も『資本主義の正体』で紹介したように、ケインズ理論の先駆であるとともに、グローバル資本主義のゆくえを論じてウォーラーステインにも影響を与えた。

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周回遅れの「知の欺瞞」

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このツイートがゆうべから反響を呼んで、いろんなフォローがついたが、傑作は「千葉雅也のアンチ・エビデンス論について」という解説だ。それによれば、彼の文章はこんな調子らしい。
分身から分身へと移ろう不安のマゾヒズムを再起動させること。すなわち、あらゆることがあらゆるところに確実に届きかねない過剰な共有性の、接続過剰のただなかで、エビデンスと秘密の間を揺らぐ身体=資料体を、その無数の揺らぎの可能性を、ひとつひとつ別々の閉域としてすばやく噴射する。柑橘系の匂いで。
難解な文章には2種類ある。たとえばハイデガーの文章は、本質的にむずかしい問題を論じているのでどう書いても難解だが、この文章は書いた本人も何を書いているのかわかっていない。彼はドゥルーズを論じた著書も出しており、こんな悪文で数百ページ埋めるのは特異な才能だが、この手の文章は私の学生時代には流行した。
人生はゼロが無理数=不合理であるような微積分学として定義できるでしょう。この式はほんのイメージ、数学的隠喩です。私が「無理数=不合理」と言うとき、何も私はある種のはかり知れない情動の状態を指しているのではなく、正確に虚数といわれているものを指しているのです。
これは『知の欺瞞』に引用されたラカンの文章だが、意味不明なだけでなく、無理数と虚数を混同している。こういう無知を衒学的にごまかすフランス的悪文は80年代で終わり、最近の思弁的実在論などは――英米が中心になったこともあって――普通の散文で書かれている。思想と称して思いつきを文学的に飾るレトリックは、もうファッションでさえないのだ。

続きは6月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

民の声は天の声か

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舛添知事があす辞任する。彼のやったことを擁護する気はないが、違法行為もないのに「人民裁判」が知事を辞任に追い込んだこの事件は、よくも悪くも日本にデモクラシー(大衆支配)の伝統が強いことを示している。

これは世界的な傾向でもある。ドナルド・トランプやイギリスのEU離脱派に共通しているのは、イスラム系移民に職を奪われる大衆の拒否反応だ。そういう人々が人口の多数を占めていることは事実だが、それは彼らの判断が合理的であることを意味しない。

こういうときデモクラシーの暴走に歯止めをかけるのが、立憲主義による法の支配である。ところが朝日新聞の根本清樹氏は「憲法は国家権力を拘束するものだから国民は守らなくてもよい」と書き、外岡秀俊氏は「立憲主義と民主主義の危機」というように両者を同列に置いて「リベラリズム」を語る。

ここには日本の「戦後リベラル」に特有のバイアスがある。それは根本氏が執筆していた「天声人語」というコラムに代表されるように、「民の声は天の声だ」というナイーブな大衆への信頼だ。しかし丸山眞男が民主主義は永久革命だといったのは、近代国家は民の声が必ずしも正しくないという懐疑にもとづいて設計されているという意味である。

続きは6月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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池田信夫の「オフレコ政経ゼミ」
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