消費増税をやめて「痛税感」を最小化する方法

消費税がきらわれる原因は、それが誰でもわかる痛税感の大きい税金だからだろう。これは公明党の発明した言葉だが、その最大の支持基盤である創価学会婦人部のバイアスをうまく示している。

専業主婦は所得税や社会保険料は源泉徴収で「保険料」だと思っているので、負担感がないが、厚生年金保険料と健康保険料を合計すると所得の約30%。マクロ経済的にみると、次の図のように社会保険料の負担は消費税の約4倍だ。


社会保障の負担と給付(2016年度予算ベース)出所:内閣府

続きはアゴラで。

中央銀行の独立から財政政策との協調へ

Evolution or Revolution?: Rethinking Macroeconomic Policy after the Great Recession (The MIT Press) (English Edition)
本書は2017年の会議の論文集で、Blanchard-Summersはその内容をアップデートしているが、日本についての言及が目立つ。20年前にゼロ金利が世界で最初に始まったのが日本だが、今はそれが先進国全体に広がっているので、他の国は日本の経験に学ぶ必要がある。

日本の政府債務の激増と過激な量的緩和は、おおむね正しかったと彼らは評価しているが、それでもゼロ金利は脱却できない。財政政策の余地は限られ、金融政策はきかなくなった。もっと大きなマイナス金利にすることも(理論的には)考えられるが、銀行の経営不安をまねき、かえって貸し出しが減るリバーサル・レートの問題が発生するおそれがある。

GDPの1.5倍を超えた日本の政府債務を、これ以上増やすのは危険だ。今のところ国債は順調に消化されているが、投資家が不安を抱いて金利が上がると大幅な歳出カットを迫られ、財政が混乱するおそれがある。そのリスクを減らすには、国債以外の(返済しなくてもいい)政府債務を増やすことが考えられる。その一つの方法は、賦課方式の社会保険料を増やすことだという。

日本に必要なのは、民間の貯蓄を減らすことだ。その方法としては(彼らは具体的に書いていないが)預金課税も考えられる。いずれにせよ金融政策は有効性を失い、財政政策との協調が必要になったので、中央銀行の独立性というドグマを捨てるときだ。経済政策は1970年代のスタグフレーション以来の転換期を迎えている。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

遊牧民から見た世界史

遊牧民から見た世界史 増補版 (日経ビジネス人文庫)
ヨーロッパ中心主義の世界史が批判されるようになって久しいが、その裏返しで語られるのは、『大分岐』に代表される中国中心史観である。そこではChinaが歴史の大部分で最先進国だったという世界史が語られるが、このChinaとは何だったのか。

「漢民族」が北方の「夷狄」と戦うために専制国家をつくったと思われているが、中国の歴史の中で(狭い意味での)漢民族が支配した王朝は、漢と宋と明ぐらいしかない。つまり農耕民と遊牧民の戦争で漢民族は夷狄に敗れ、その支配下に入ったのだ。漢民族の最初の王朝といわれる秦も西方の遊牧民族が樹立した王朝であり、その後も北魏や隋や唐は遊牧民族の王朝だった。

そして世界史上最大の「遊牧民の帝国」を樹立したのが元である。これはモンゴル人のつくった特異な征服王朝だと思われているが、中国の王朝の大部分は(漢民族からみると)征服王朝だったので、元は例外ではない。モンゴル帝国の版図は最盛期には現在のモスクワやバグダッドまで及び、ユーラシア大陸の半分以上を支配した。これが世界最初のグローバリゼーションだった。

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モンゴル帝国がわずか100年足らずで、これほど急速な拡大を遂げたのは、凶暴な遊牧民族が騎馬戦で他民族を虐殺したためと思われているが、モンゴルの世界支配はヨーロッパ諸国のやったような植民地支配ではなく、それほど多くの戦争はしていない。他民族がモンゴルの支配下に入ったのは、そのメリットが大きかったからだ。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「独立財政委員会」は可能か

景気があやしくなって、また増税延期論が盛り上がってきた。「赤字財政を許すとバラマキ財政の歯止めがなくなる」という批判に対して「議会制民主主義では、主権者たる国民の選んだ議会が財政赤字を決めればいい」という人がいるが、これは間違いである。政治家の目的は正しい経済政策ではないからだ。

政治家の目的は次の選挙で再選されることなので、自分の任期中に財政支出を増やして負担は先送りする短期バイアスがある。このため財政政策は時間非整合的になるので、ケインズ政策をやめて中央銀行が金融政策で調整しようというのが、1980年代以降のマクロ経済政策である。ここでは中央銀行の独立性が時間整合性の担保だった。

しかしゼロ金利で金融政策がきかなくなると、独立性にも意味がなくなる。そこで最近はまた財政政策が注目されているが、ここにも問題がある。現実の財政実務は財務省に委任されているが、彼らには過剰な時間整合性を求める硬直バイアスがあるのだ。最近ではEU(特にドイツ)の緊縮財政が南欧諸国の財政危機を深刻化させ、域内各国の「反緊縮」運動や右翼政党の台頭をまねいた。

財政政策をコントロールするには、議会から独立して強い権限をもつ「独立財政委員会」が必要だ、とロゴフは論じているが、これは政治的には困難だ。予算編成権は財務省の権力の源泉だからである。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「現金マイナス金利」で貯蓄過剰は解決できる

世界的に金融政策が手詰まりになる中で、ロゴフは「もう財政政策しかない」という見方に反論し、「もっと大きなマイナス金利は可能だ」と論じている。その方法は簡単である。日銀当座預金のマイナス金利をすべての現金に適用するのだ。

続きはアゴラで。

紙幣を廃止して大幅なマイナス金利を

現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?
ゼロ金利で伝統的な金融政策はきかなくなったが、理論的にはもっと大きなマイナス金利にすることができる。政策金利を(たとえば)マイナス2%にして、日銀が市中銀行に貸し出すとき2%の金利を払うか、預金に2%課税すればいいのだ。これによって預金者は貯蓄を取り崩して消費し、貯蓄過剰は解消されるだろう。

この解決策の難点は、預金者が取り崩した預金を消費しないで、紙幣のまま保有することだ。そこで著者は紙幣の廃止を提案する。通貨をすべて電子化したら、タンス預金は不可能になり、マイナス金利をつけるのも簡単になるので、試しにマイナス3%にして、インフレになったらすぐゼロに戻すこともできる。

日銀券を全面電子化したら、金融政策の自由度が飛躍的に高まるだけでなく、脱税は不可能になり、地下経済もなくなる。しかしそれが、この種の提案が実現しない政治的障害だ。本書はそういう難点を解決する具体策もいろいろ提案している。仮想通貨などの技術は飛躍的に発展したので、向こう50年ぐらいを考えると、これが究極のマイナス金利問題の解決策かもしれない。

続きは5月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

ヘリマネは「政府の債務整理」で将来への不安を減らす



アベノミクスが行き詰まる中で、MMTが注目されている。これはマクロ経済理論としては新しい話ではないが、ヘリコプターマネーを公然と主張している点が論議を呼んでいる。これはそれほど突飛な話ではなく、不換紙幣は返済しなくてもいいという政府の特権を利用するものだ。

続きはアゴラで。

企業の過剰債務が政府の過剰債務に置き換わった

「追われる国」の経済学: ポスト・グローバリズムの処方箋
著者の「バランスシート不況」論は、1990年代には経済学者に理論的根拠のない胡散臭い話だと思われたが、最近はクルーグマンやサマーズも取り上げるようになった。これは企業の貯蓄過剰(投資不足)が長期不況の原因になったという話で、長期停滞論の先駆ともいえる。

これ自体は多くの経済学者が同意するだろうが、それが日本の場合は1990年代末から20年以上も続いているのはなぜだろうか。初期には銀行の不良債権処理のとき企業が自衛策として現金保有を増やしたのだろうが、2000年代前半に過剰債務の処理が終わったあとも貯蓄過剰が続いている原因は、それだけでは説明できない。

著者の答は、グローバル化による投資機会の減少である。国内の需要が拡大していた時期には日本企業の債務は収益を生んだが、今は製造業の生産拠点はアジアに移転し、国内に残っているのは生産性の低いサービス業ばかりになった。このため経済が正常化しても、企業は昔のように銀行から金を借りなくなったのだ。

これはさほど斬新な話ではないが、日本が「追われる国」になった今、過剰に蓄積された資本をいかに有効に活用するかが最大の問題である。日本はその点でも、世界のトップランナーだった。1990年代までに企業が過剰に貯蓄した資金を、2000年代には政府が借りたのだ。しかしそれは企業の過剰債務が、政府の過剰債務に置き換わっただけだった。

続きは5月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「徳政令」は日本を救うか

MMTが学界からも実業界からも十字砲火を浴びる中で、世界最大のヘッジファンドの経営者レイ・ダリオの記事が話題を呼んでいる。彼はMMTそのものを支持するわけではないが、財政政策と金融政策を整合的に運営する財政=金融政策の協調が必要だという。それを彼はMP3(Monetary Policy 3)と呼んでいる。

mp3

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日銀は債務超過にはならない

長期停滞の問題は「なぜゼロ金利が続くのか」に尽きる。「それは日銀が国債を爆買いしているせいで、日銀が撤退したら金利が急上昇する」という話がよくあるが、日銀の国債購入は2016年の年80兆円から18年には30兆円に減ったのに、長期金利は低下してマイナスになった。それは買う投資家がいるからだ。こういう資金需給は日銀がコントロールできる。

「日銀の保有する国債が暴落すると債務超過になって日本経済が崩壊する」というのも誤りだ。日銀の保有有価証券は時価評価ではなく、額面と取得原価の差を満期まで毎年均等に算入する償却原価法だから、たとえ評価損が日銀の自己資本(約8兆円)を上回ったとしても、決算で債務超過になることはありえない。

問題は国債が借り換えられなくなるリスクである。今の日本でそんな心配をする人はいないが、2010年代のユーロ圏のようにデフォルトの確率が上がると長期金利(国債のリスクプレミアム)が上がり、これによって将来の(利払いを含む)政府債務が増え、それによって国債が暴落し、円安になってインフレが増幅する。

このような財政インフレは、通貨への信認の毀損である。それは資金需給のような短期の問題ではなく長期にわたる政府債務の予想によるものなので、日銀はコントロールできない。中央銀行の独立性を守ることは役に立たない。財政危機は政府の問題なのだ。

続きは5月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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