二審判決についての補足

きのうの判決は「双方の控訴を棄却した上で一審判決を失効とする」というわかりにくい形になっているので、ちょっと解説しておこう。

これは原告(上杉)が二審で請求を変更し、「著作権を侵害していないので、記事をすべて削除して賠償を200万円にしろ」という荒唐無稽な要求をしたためだ。これにともなって原告は一審の削除請求を放棄したので、自動的に一審判決が破棄され、私の控訴も無効になった。しかし裁判所はこの二審の請求をすべて却下した。判決のコアは、最後の下線の部分である。

キャプチャ

「一審本訴原告の当審における新たな請求は理由がないから、これを棄却する」というのは、二審における上杉の請求をすべて棄却するという意味だ。「本件各記事の削除を命じた原判決主文第2項及び第3項は、その効力を失っている」ので、一部の記事の削除を命じた原判決も失効して、私の記事はすべて残る

事実認定もほぼ私の主張の通り、上杉が読売の著作権を侵害したという事実に「真実相当性」があると認め、「これに基づく法的評価や意見論評を含めて、不法行為は成立しない」とし、「原告の当審における新たな請求は理由がない」と却下している。

あとはテクニカルな問題なので、8月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

【更新】読売の著作権を侵害した上杉隆

きょう東京高裁で、上杉隆との訴訟の控訴審の判決が出た。結論は一審判決の破棄、つまり私の勝訴である。原判決が事実誤認にもとづいて求めた記事の削除命令は、すべて棄却された。裁判所の勧告で一部修正した記事を再掲する。

むずかしい話が続いたので、息抜きにお笑いネタを一つ:「郡山市には人が住めない」という記事でWSJ記者談話の件で批判を浴びた上杉隆が、今度は「上杉氏の記事・著作は読売新聞記事からの盗用である疑いが強い」という指摘を受けて窮地に陥っている。

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高橋洋一氏のとことん外れた経済予測

高橋洋一氏によれば、「経済学者は自分たちの意見が政権に受け入れられないと嘆くより、経済予測を誤ったことを反省すべき」だという。彼自身は「経済学者」の中に入っていないようだが、確かに日本の学界で彼を経済学者と認める人はほとんどいない。リフレ派と称する人々の論文も、学会誌には1本も掲載されない。

「経済予測を誤った」のは誰だろうか。2013年11月のコラムで、彼はインフレ率が「あと1年半の間(つまり今年4月の黒田緩和から2年のうち)には、2%まで達するのはほぼ確実だ」と書いている。つまり「2015年4月までに2%のインフレ目標が達成される」という岩田副総裁と同じ経済予測をしたわけだ。これは反証可能な命題だが、結果は次の通りだ。

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消費者物価上昇率(出所:総務省)


続きはアゴラで。

反原発派というファシスト

経済産業省の敷地内に5年前から反原発派が泊まり込んでいた「脱原発テント」が21日未明、撤去された。立ち退きを命じた判決が7月に最高裁で確定したためだが、朝日新聞はこれを「寝込みを襲うとは卑劣」と報じ、国会議員までこうツイートしている。
続きはアゴラで。

江戸時代の停滞を破った「そうせい公」

歴史の読み解き方 江戸期日本の危機管理に学ぶ (朝日新書)
日本の潜在成長率を制約している要因のうち、雇用慣行はよく話題になるが、これは「解雇規制」とは同一視できない。たとえ解雇規制が撤廃されても、大企業がどんどん従業員を解雇することはないだろう。それは日本人の潜在意識(システム1)に、長期的関係と共有知識で組織を維持するメカニズムが埋め込まれているからだ。

こうした無意識の慣行には、江戸時代から継承されているものが意外に多い。その典型が、今も役所や大企業に受け継がれている稟議書に代表される現場主義とボトムアップの意思決定だ。本書はこうした「江戸レジーム」の具体例を、各藩の古文書で検証している。

おもしろいのは、長州の強さの秘密をその意思決定システムに求めていることだ。「そうせい公」と呼ばれて部下のいいなりになるバカ殿だと思われている幕末の藩主、毛利敬親は実は名君だったという。普通の藩では意思決定を行なうのは家老以下の官僚で、その会議に藩主は出なかったので、紛糾すると決定者がいなかった。

これに対して敬親は、自分も出席して御前会議を開き、議論がわかれたときは自分の意見を表明して、「そうせい!」と鶴の一声で決めた。このように藩主が部下と議論するしくみは制度化され、藩主の私的な居住空間とは別の「政事堂」という建物ができ、そこで藩主と下級武士から選抜された専門家が藩政について議論するようになった。

続きは8月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

誰もが拒否権をもつ「超民主的」意思決定

日本の国会――審議する立法府へ (岩波新書)
日本経済の最大の課題は生産性の向上だが、そのボトルネックは非効率的な意思決定だと思う。その典型が、時間ばかりかかって大きな改革のできないガラパゴス国会だ。憲法41条では「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定め、内閣提出法案(閣法)についての規定がない。これはGHQがホワイトハウスに法案提出権のないアメリカの制度をモデルにしたのだが、実際には8割以上が閣法である。

国対委員長会談で法案の優先順位が決まり、議院運営委員会で審議日程が決まる。内閣が国会審議をコントロールできないので、自民党は政調会や総務会で事前審査を行ない、審議を党内で前倒しでやってしまう。これは誰もが(野党も)法案に口を出せる「超民主的」なしくみだが、意見のわかれる大改革はできない。小選挙区制のような野党のいやがる法案は、何度も審議未了で廃案になった。

たまに自民党が野党を無視して可決すると「強行採決」と騒がれる国会は、誰もが拒否権をもつ日本的意思決定システムの象徴だ。このシステムを知らないで「政治主導」を振り回した民主党政権は、大混乱を起こしただけで何も実現できなかった。

続きは8月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「蓮舫代表」では政権は取れない



民進党の代表選挙は9月2日告示だが、いまだに蓮舫氏以外に出馬表明した候補がなく、このままでは無投票で「蓮舫代表」になるおそれが強い。私は民進党の支持者ではないが、「強すぎる自民党」とともに「弱すぎる野党」も日本の民主政治のためによくない。

蓮舫氏は、万年野党の「職場の花」としてはいいだろう。美人で話も歯切れがいいので、そこそこの票はとれるかもしれない。しかし最大の問題は、彼女が岡田代表の決めた共産党との共闘路線を継承することだ。長島昭久氏も指摘するように、政権戦略もなく選挙戦術として共産党を利用しても、「民共政権」ができる展望はない。共産党は「共産主義革命」をめざす党だからである。

続きは8月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

平和ボケはなぜ宗教になったのか

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吉永小百合氏は中立な優等生のようにみえるが、意外に政治的だ。もう70歳を超える世代としては当然だが、姜尚中氏との対談は彼らの非論理性を端的に示していておもしろい。彼女はこう語る。
「『憲法9条を守ってほしい』と友人に言ったら『よその国が攻めてきたらどうするのか』と言われて、言葉に詰まってしまいました。なんと返せばよかったのでしょうか」って。姜先生は、「あの天文学的な軍事力を持っているアメリカでも、9.11のテロを防げなかった。だから日本も、アメリカ以上の軍事力を持たないと、武力で抑止するのはむずかしいし、それは不可能。憲法9条を持っていることのほうが、より安全を守れるんですよ」と答えてくださったんです。
「よその国が攻めてきたらどうするのか」という問いに対して「憲法9条を持っていれば安全を守れる」というのは、答になっていない。戦争もテロも暴力だが、憲法は法律にすぎない。法律で暴力を止めることができるのは、双方がその法律を守る国内だけであり、中国や北朝鮮に日本国憲法は適用できない。

こんなことは自明だが、なぜこういう宗教的な平和ボケが戦後70年も続いているのかは自明ではない。

続きは8月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

日本国憲法はGHQが書いたのか

076-e005rアメリカのバイデン副大統領が「私たちが日本国憲法を書いた」と発言したことが話題になっている。これはドナルド・トランプの「日本は核武装しろ」という発言への批判として「憲法のおかげで核武装できない」といったのだが、「私たち(アメリカ人)が憲法を書いた」と副大統領が公式に発言したのは初めてだ。

これが事実だとすれば主権侵害だが、日米の建て前では憲法は日本国民が書いたことになっている。マッカーサーも回想録で、1946年1月24日の幣原首相との会談で幣原のほうから「戦争放棄」を言い出したと書いている。

これが「憲法の平和主義は幣原が発案した」と一部の人が主張する根拠だが、五百旗真氏などの最近の研究では否定されている。その後の1月30日の閣議で了承された「松本案」にはそういう条項はないからだ。

続きはアゴラで。

丸山眞男の敗北

丸山眞男の敗北 (講談社選書メチエ)
丸山論の本は多いが、すぐれたものは少ない。優良可で採点すると、優をつけられるのは『丸山眞男を読みなおす』ぐらいで、ほとんどは可である。本書も残念ながら、可をつけざるをえない。

丸山眞男の敗北というから何に負けたのかと思って読むと、さっぱりその答が出てこない。ほとんどは彼の全盛期の「戦後民主主義」の旗手だったころの話で、既存の丸山論で論じ尽くされたテーマだ。60年代以降の彼の「本店」である日本政治思想史については40ページ余り紹介があるだけで、いきなり最後の「おわりに」で答が出てくる。

それを書くとネタバレになるので、興味のある方は8月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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