バリアフリーを強要する「当たり屋」が交通弱者を増やす

先週の私のブログのモンスター弱者の記事がいまだに大きな反響を呼んでいるが、事実関係を簡単に整理しておこう。

4月1日、社民党の常任幹事である伊是名夏子氏は、家族やヘルパーなど5人で来宮神社へ「家族旅行」に出かけた。しかし来宮神社は参道に長い石段があって車椅子で参拝できる所ではなく、来宮駅も無人駅なのでバリアフリーではない。

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安倍首相が自民党を「合理化」した



福島第一原発をめぐる「処理水」の問題で重要なのは、その海洋放出が決まったことではない。それしかないことは、2013年に言論アリーナで田原さんと私が東電の姉川常務から話を聞いたとき、わかっていたことだ。

驚くべきなのは、その自明の意思決定がそれから8年もできなかったことである。これについて原子力規制委員会の田中俊一元委員長が、細野豪志氏との対談で貴重な証言をしている。
田中:当時私が海洋放出を申し上げた時、ある程度はやむを得ないだろうという結論に達していたんですよ。後はもう、問題が起きたら政治が責任を取ります、と言ってもらえばいいんだ、と。官邸まで私、行ったんですよ。

細野:お辞めになる随分前ですよね。

田中:原子力規制委員長に就任して2年目、2014年ごろですね。それで当時の経産大臣が、「じゃあ私がやる」と約束したから、これで片付くと思ったら、やらなかった。そしてその後、「汚染水処理対策委員会」ができて…

田中氏が福島第一原発を視察したのは2014年の12月12日なので、この「経産大臣」は宮沢洋一氏だと思われるが、原子力規制委員会がOKを出し、経産省も海洋放出するつもりだったのに、その上のレベルで立ち消えになった。規制委員会と経産省の決めた答をくつがえせる人は、一人しかいない。

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マスコミを利用して社会に寄生する「モンスター弱者」

昔からわからないのは、日本社会で「活動家」と呼ばれる人々は超少数派なのに、なぜこれほど影響力があるのかということだ。そういう活動家の巧妙な手口がかいま見られるのが、最近ちょっと話題になった車椅子「乗車拒否」事件である。

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伊是名夏子(朝日新聞より)

朝日新聞によると問題の経緯はこうである。
伊是名夏子さんは4月、子ども2人と介助者、友人の計5人で1泊2日の旅行に出かけることにした。静岡県の熱海で、最寄り駅はJR来宮駅だった。小田原駅で行き先を告げたところ、直前になって無人駅の来宮駅には階段しかなく、ご案内できないと駅員から言われた。

1時間のやり取りを続けたが事態は変わらず、伊是名さんたちは仕方なく電車に乗ったところ、途中の熱海駅で駅員らが待ち受け、来宮駅でも車いすを運んだ。帰りも同様に駅員が乗車を手伝った。

伊是名さんはてんまつをブログで明かしたところ、ソーシャルメディアでは賛否が割れた。「事前連絡がない」「感謝の言葉がない」などの反発が出たほか、伊是名さんを誹謗中傷する投稿も相次いでいる。

これを読むと、たまたま思いついて家族旅行で行った来宮駅で事件が起こったようにみえるが、なぜ障害者がわざわざ最寄りに無人駅しかない来宮神社を旅行先に選び、しかも熱海駅からタクシーに乗らないで、駅員が補助できない来宮駅まで電車で行ったのだろうか?

ここには巧妙なトリックがある。伊是名氏は社民党の常任幹事で、党のナンバー4である。つまり普通の母親ではなく、社民党の活動家なのだ。

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グーグルはコロナ情報を検閲して科学的真理を独占する

このごろコロナに関するグーグルの検閲がひどくなり、アゴラの記事は検索で最初のページにほとんど出てこなくなった。YouTubeで小林よしのり氏の動画は削除され、松田政策研究所チャンネルも動画を削除されてニコ生に引っ越した。



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アメリカの「外圧」は現代の天皇である

日米首脳会談を前に、いろいろな宿題がバタバタと動き始め、福島第一原発の「処理水」は8年ぶりに海洋放出が決まった。このように外圧がないと決まらない日本の政治の特徴を「対米従属」と批判する人が多いが、アメリカがそれほど決定権をもっているわけではない。その役割は戦前の天皇に似ている。

日本社会の「古層」には、イエ型の分権的な意思決定が根強く残っている。その基盤となった長子相続は制度としてなくなったが、「家長」が一族郎党を指導し、他のイエと利害調整するスタイルは、大企業にも役所にも残っている。これはメンバーの行動についての知識を共有する点でゲーム理論のナッシュ均衡に近い。

ナッシュ均衡が成立するには、相手がどういう場合にどう行動するかを予想して行動し、相手もそれを知っている…という共有知識が必要だ。これは教科書に出てくる2×2ぐらいのゲームならいいが、10×10になると1010=10億通りの戦略空間を全員が完璧に知っている必要がある。

もちろん現実にはそんな共有知識は不可能なので、ナッシュ均衡は数百人以上の集団では維持できない。生物学的にも、人間が顔を覚えられるのは150人ぐらいのダンバー数が限度とされる。これが古代の親族集団(ウジ)に近い。

集団の規模がダンバー数を超えたとき、ウジを超える機能集団(社団)ができてウジを結びつけるが、その形態は地域によって異なる。多くの場合は地縁集団(村落)だが、その紛争が頻発すると、社会全体を統合する君主が必要になる。これはナッシュ均衡とは異なる相関均衡に近い。

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水素とアンモニアは「夢のエネルギー」か



日本経済新聞は、このところ毎日のように水素やアンモニアが「夢の燃料」だという記事を掲載している。宇宙にもっとも多く存在し、発熱効率は炭素より高く、燃えてもCO2を出さない。そんな夢のようなエネルギーが、なぜ今まで発見されなかったのだろうか?

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大インフレ時代は再来するか

バイデン政権の大規模な財政支出は、1.9兆ドルのコロナ対策法案が議会を通ったあと、さらに8年間で3兆~4兆ドルのインフラ整備法案を検討している。この手の問題については、だいたい民主党系は大きな政府に賛成で、共和党系は反対だが、今回は必ずしもそうではない。INSIDERの整理によると、1.9兆ドルの案に対して

 反対:サマーズ・ブランシャール・マンキュー
 賛成:パウエル・クルーグマン・スティグリッツ

となっている。特に注目されるのは、長期停滞論を主張していたサマーズが、1.9兆ドルの財政支出に反対したことだ。彼はこう書いている。
リーマン破綻後のオバマ政権の財政支出(月間400億ドル)は需給ギャップ(月間800億ドル)の半分で少なすぎたが、今回は需給ギャップが月間500億ドルなのに対して、財政支出が月間1500億ドルと3倍になる。

FRBのパウエル議長は「インフレ目標は2%をオーバーシュートしてもいい」という方針だ。FRBはインフレ率は今年末に2.4%でピークアウトし、2022年に2%に戻ると予想しているが、インフレ率は、次の図のように直近では2.6%になった。これが金融政策でコントロールできるかどうかはわからない。財政インフレはインフレ予想で起こるからだ。

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戦前の日本はなぜ成長できなかったのか

イエの問題は奥が深い。これは日本が明治時代に非西洋圏で唯一、自力で近代化できた原因であり、その成長に限界があった原因でもある。梅棹忠夫や村上泰亮が指摘したように、日本社会の構造は中国とは異なり、西欧に似ている。どちらも「封建社会」(最近では社団国家)と呼ばれる分権的な社会が成熟し、その集合体として国家ができた。

しかし戦前の日本の成長率はそれほど高くなかった。図のように一人あたりGDPは明治以来、70年かかってアメリカの4割(対数目盛)ぐらいになっただけで、それにキャッチアップした高度成長は戦後の現象である。なぜ戦後これほど成長したのか、という問題には多くの答があるが、なぜ戦前これほど成長しなかったのか、についてはほとんど答がない。

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その数少ない答が、Hayashi-Prescott(2006)である。彼らの答は単純だ。次の図のように日本の農業人口が1940年まで約1400万人で変わらず、生産性の高い都市への人口移動が起こらなかったからだ。これは近代化とともに人口の都市集中が起こる発展途上国とは異なる日本の特徴だが、なぜ人口移動が起こらなかったのだろうか?

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戸籍を廃止して「イエ社会」を卒業するとき

選択的夫婦別姓は、法的には大した問題ではない。1996年に法制審で別姓の選択を認める民法改正案が答申されたが、閣議決定に至らなかっただけだ。菅内閣が閣議決定して法案を国会に提出すれば、自民党の一部議員を除いて公明党も野党も賛成するので、改正できるだろう。

これは「家族の絆」とは無関係だ。日本以外に夫婦別姓を禁止している国はないが、そういう国で家族の絆がなくなったという話は聞かない。「戸籍制度がなくなる」というのも誤解で、100%夫婦別姓の台湾にも(日本以外で唯一)戸籍がある。これは日本統治時代の遺物で、韓国では廃止された。

問題は、こんな当たり前の話が、なぜ25年ももめ続けているのかということだ。かつては「日本古来の伝統だ」という説もあったが、これは保守派の歴史学者も認める通り、学問的には問題にならない。日本古来の伝統にのっとるなら、夫婦別姓を義務づけるべきだ。

自民党右派が反対している(隠れた)理由は、旧民法の「戸主」を中心とする「家」制度を守るためだが、これにも誤解がある。戸主は明治31年(1898)に初めて定められたもので、このとき夫婦同姓(実質的には妻の同姓義務化)が定められたが、これは日本の伝統に反する制度だったのだ。

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文明としてのイエ社会

村上泰亮著作集 (4)
夫婦別姓をめぐる論争は、無知な保守派が旧民法の家制度を日本古来の伝統と取り違えただけで、学問的には論じるに値しない。何度も書いたように、日本の伝統は夫婦別姓である。というより律令制度の戸籍では、成年男子以外に姓はなかった。北条政子も日野富子も、同時代には単なる「政子」や「富子」だった。

苗字(氏)は姓とは別である。現代では姓=氏なので混同しやすいが、姓が先祖代々の家系(親族集団)の称号で変えられないのに対して、苗字は日本独特のイエをあらわす通称で、勝手につけてよかった。

イエは親族集団ではなく、村上泰亮の表現によれば「平安末期に東国で発生した超血縁的な社団」である。その第一義的な機能は農地を守る武装集団なので、一族郎党には血縁が必ずしもなく、婿取りも普通だった。イエは基本的には能力主義的な機能集団だったが、その正統性には血統を使う擬似親族集団だった。

親族集団が大規模化するとき、擬似親族集団ができることはよくある。その一つが同姓を一族とみなす中国の宗族で、数万人という規模になる。それに対して日本のイエは数百人の社団で、共同で農作業や戦争をすることが重要だった。互いに名前を覚えられる規模を超えると分家し、別の苗字を名乗ることも多かった。国も大名家というイエの擬制で統治された。

この世界に類をみないイエが、中世以来の日本社会の根底にあり、現代の政治にも企業にも生きている。それが丸山眞男の指摘したタコツボの構造である。国を「国家」と呼ぶ和製漢語は、まさに国=家という日本の伝統を示している。

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