伊藤和子のスラップ訴訟について

きのうからネット上で話題になっているので、少し説明しておく。今週、私のところに伊藤和子弁護士を原告とする訴状が届いた。主張はいくつかあるが、主要な論点は次の私のツイートが彼女に対する「名誉毀損行為」にあたるというものだ。
これについて、伊藤は私に440万円の賠償金を払って「謝罪文」を書けと主張している。その理由は「原告がブキッキオ氏に対して“日本の女子学生の30%が援助交際をしている”との情報を提供した旨の事実を摘示するものである」からだという。

これは単純な誤読である。上のツイートで、私は伊藤が(国連の権威を利用して日本社会に)ブキッキオ氏の発言をネタとして売り込んでいると書いたのであって、「伊藤が30%という情報を提供した」とは書いていない(他の記事でもそういう主張はしていない)。したがって伊藤には、このナンセンスな訴訟を取り下げることを勧告する。

このように他人を脅迫して言論を封殺するための訴訟をスラップ訴訟(Strategic Lawsuit Against Public Participation)と呼ぶ。こういう訴訟を許すと、ネット上の言論に対する萎縮効果が大きい。まして「人権派」を自称する弁護士がこのような人権侵害を行なうことは弁護士の職業倫理に反するので、彼女が訴訟を撤回しなければ、弁護士懲戒請求も検討する。

あとは訴訟戦術上の問題もあるのでオフレコ政経ゼミで。

平和憲法という「空体語」

日本教について (文春文庫 155-1)
民進党と共産党の「共闘」の唯一のスローガンは「戦争法反対」らしいが、本書を書いたイザヤ・ベンダサン(山本七平)なら、これこそ中身のない空体語の典型だと笑うだろう。

本書は、三島由紀夫の自殺から始まっている。その遺書となった「檄」は狂気によって書かれた文ではなく、理路整然としている。彼が特に問題にするのは、「平和憲法」の欺瞞だ(原文のまま)。
法理論的には、自衞隊は違憲であることは明白であり、國の根本問題である防衞が、御都合主義の法的解釋によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廢の根本原因をなして來てゐる。

われわれは戰後のあまりに永い日本の眠りに憤つた。自衞隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衞隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によつて、自衞隊が建軍の本義に立ち、眞の國軍となる日のために、國民として微力の限りを盡すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
このように軍が「自衛隊」という空体語で「戦力ではない」とされている状態では、国民を防衛する任務が果たせない。憲法を改正して、軍を国家のコントロールのもとに置くべきだ――という三島の主張は正論だ。少なくとも「自衛隊は戦力ではないが集団的自衛権を行使したら戦力になる」などという憲法学者の詭弁より、はるかに論理的である。

ベンダサンは、三島が命がけで指摘したこの欺瞞は、戦後始まったものではないという。自衛隊が軍でありながら戦力でないように、君主でありながら君臨しない天皇も、シニフィエなきシニフィアンとしての空体語であり、日本人は昔から空体語と実体語(普通の言葉)を使いわけてきたのだ。

続きは5月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

『今さら聞けない経済教室』本日発売

今さら聞けない経済教室―こどもに聞かれても困らない60の疑問と答え
池田信夫『今さら聞けない経済教室』が本日(4月29日)発売されました。Kindle版も、同時発売です。

はじめに

安倍政権で一時的によくなったようにみえた日本経済は、2016年に入って雲行きがあやしくなってきました。中国株の暴落に始まって円高が進み、日本銀行がそれに対応して「マイナス金利」を実施したところ株価が暴落し、アベノミクスも転換を迫られています。

…といったニュースを聞いても、どういう出来事が起こっているのか、またなぜ起こるのか、わかる人は少ないと思います。経済の世界は専門用語が多く、また金利や為替といったなじみのない数字がたくさん出てくるからです。円高だとなぜ困るのでしょうか? 金利がマイナスになるってどういうことなんでしょうか? アベノミクスって何ですか?続きを読む

立憲主義に反する志賀原発への死刑宣告

もしある日、あなたの家に区役所の人が来て、こう言ったらどうするだろうか。
  • 区役所「建築基準法が改正されて、断層の上に家を建ててはいけないことになりました。あなたの家の地下に12万年前に動いた断層があるらしいので、家を取り壊します」
  • あなた「私の家を建てた20年前には、建築基準法にもとづく建築確認をもらって建てたんですよ」
  • 区役所「法律が変わって、昔建てた家にもさかのぼって適用することになったんです」
  • あなた「それは法律の第何条に書いてあるんですか?」
  • 区役所「書いてありません。有識者会合で決まったんです」
  • あなた「その有識者会合の決めたことに区役所は従えと法律に書いてあるんですか?」
  • 区役所「書いてありません。区役所がそう決めたんです」

続きはアゴラで。

「吉田清治」はサハリン訴訟で生まれた

文庫 サハリンの韓国人はなぜ帰れなかったのか: 帰還運動にかけたある夫婦の四十年 (草思社文庫)
「従軍慰安婦」という言葉は、1965年の日韓基本条約にはなく、70年代までは誰も知らなかった。「私が慰安婦狩りをやった」という当事者が名乗り出てきたのは、本書のテーマになっているサハリン訴訟が最初だ。これは終戦直前にソ連軍がサハリンを占領したとき、現地に住んでいた日本人と朝鮮人を抑留した事件だ。

その帰還をめぐって各国政府や赤十字がソ連と交渉していた中で、高木健一などが「韓国人帰国訴訟」を起こした。これは韓国人を日本に帰国させる費用を日本政府が負担せよという請求だった。その理由は日本軍が韓国人をサハリンに強制連行したからだというのだが、そんな事実はない。彼らを抑留していたのはソ連なのだから、日本政府が受け入れを表明しても帰国はできない。

この荒唐無稽な主張を裏づける証人として登場したのが「吉田清治」だった。これは彼の本名ではなく、国籍も不明である(韓国人という説が強い)。彼は1977年に『朝鮮人慰安婦と日本人』という本で「韓国人をだまして慰安婦にした」と書いたが、サハリンの話は出てこない。ところがサハリン訴訟では一転して、1982年9月30日に「済州島へ行って204人の若い女性を連行し、サハリンにも送った」と証言した。

これは朝日新聞が彼の講演を報道した82年9月2日とほぼ同時だが、証言の内容についてはかなり前から打ち合わせが行なわれるので、弁護団がサハリンと結びつけるために吉田に「慰安婦狩り」の話を吹き込んだ疑いが強い。

それまで歴史に存在しなかった「慰安婦狩り」が初めて公式文書に登場したのは、サハリン訴訟だった。その証言内容が1983年の『私の戦争犯罪』という本で詳細に描かれ、朝日新聞が報道して社会に広まったが、吉田の「慰安婦狩り」というデマを生み出したのは、この高木が弁護人をつとめたサハリン訴訟だったのだ。

あとはオフレコ政経ゼミで。

慰安婦問題をめぐる北朝鮮と社会党の深い闇

kanemaru

きょう高木健一との訴訟の口頭弁論があった。内容は明らかにできないが、この訴訟を通じていろいろ興味深い事実が確認できた。一つは、慰安婦問題の背後に北朝鮮がいたことだ。この問題を執拗に蒸し返すのは、挺対協という北朝鮮がらみの団体だ。

南北が38度線で分断され、北に離散家族をもつ韓国人は数百万人いるので、韓国政府にも北の工作員が入り込み、日韓の対立をあおる。その最大の材料が慰安婦問題だ。そして「慰安婦の強制連行」という話を吉田清治が最初に語ったのが、高木のやった1982年のサハリン訴訟だった。慰安婦問題は、ここで創作されたのだ。

北朝鮮が慰安婦問題をここまで拡大した理由は、二つある。一つは日韓関係を分断して韓国との関係で優位に立つこと、もう一つは社会党の田辺誠が仲介した1990年の金丸訪朝団で、金丸信が金日成に約束した「1兆円の償い」だ。

もちろん戦後補償は日韓基本条約で外交的には終わっているので、外務省はそんな「償い」は認めないが、北朝鮮はそこを金丸の政治力を使ってやろうとした。それを応援したのが、高木や朝日新聞など「戦後補償」を主張する人々だ。そしてその翌91年から、なぜか慰安婦問題が動き出し、福島みずほが朝日やNHKに金学順のネタを売り込み始める。

当時、社会党の最大の資金源は朝鮮総連=北朝鮮であり、土井たか子は拉致の存在も否定していた。金丸の金庫から出てきた数億円の金塊は、北朝鮮から来たともいわれる。田辺は社会党の委員長を辞任し、北朝鮮については取材を拒否した。福島も、今に至るまで慰安婦問題には完全黙秘だ。そこにはまだ解明されていない戦後史の闇がある。

あとはオフレコ政経ゼミで。

マスコミによる言論統制はこうして行なわれる


朝日新聞が「報道の自由、海外から警鐘」という記事を書いているが、その根拠はこの「国連特別報告者」と称する活動家の無内容な会見と「国境なき記者団」というあやしげなNGOだ(国境なき医師団とは無関係)。彼らのランキングによれば、

 ・香港69位
 ・韓国70位
 ・日本72位

だそうである。ランキングの算定根拠は何も書いてないが、中国政府を批判した出版社の社長が拉致された香港や、朴大統領のスキャンダルを書いた産経の記者が出国禁止になった韓国より、日本が下になった理由を教えてほしいものだ。

なぜ鳩山政権で11位だったのが、安倍政権で72位まで下がったのか。彼らが日本に報道の自由がない理由としていつもあげるのは記者クラブだが、民主党政権ではクラブはなかったのか。そもそもクラブは朝日新聞などが情報独占のためにつくったもので、言論統制をしているのはマスコミ自身である。

その方法は、新聞の宅配や軽減税率、テレビの電波利権などの競争制限を批判する者を排除することだ。私が地デジを批判し始めたころ、出演交渉にきたディレクターが、あとから「すいませんが、先ほどの話はなかったことに…」と電話してくることがよく起った。このごろは「上司の許可を取ってから来てください」ということにしている。

あとはいろいろ固有名詞が出てくるので、オフレコ政経ゼミで。

貞永式目は「立憲主義」だったのか

キャプチャ

このツイートが、多くの歴史学者からバッシングを浴びている。「鎌倉時代から始まる伝統」とは貞永式目のことだが、これを立憲主義と称して安倍内閣と結びつけるのは、歴史学者のいうようにトンデモである。丸山眞男も山本七平も貞永式目を「世界的にも早い慣習法の先駆」として高く評価したが、それを「立憲主義」などとは呼ばなかった。

立憲主義の意味も知らないでデモで絶叫する向きも多いが、これは「個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限する」憲法の考え方(芦部信喜『憲法』第3版 p.13)である。しかし貞永式目には「個人」という概念がない。ここで紛争処理の当事者になるのは「家」である。もちろん「権利」も「自由」も出てこない。主な内容は、土地の相続や分配などのルールだ。

13世紀にできた貞永式目はマグナカルタとほぼ同時で、紛争を司法的に処理する制度は画期的だったが、それは当時の慣習法を記述しただけで、鎌倉幕府のローカルなルールだった。そして戦国時代に入ると、各大名ごとに分国法をつくるようになり、貞永式目は忘れられた。日本がコモンローの原型となる法を独自につくりながら、なぜそれが失われたのかが問題なのだ。

続きは4月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

和辻倫理学を読む

和辻倫理学を読む もう一つの「近代の超克」
ニーチェは19世紀末に「来たるべき200年はニヒリズムの時代になる」と予言したが、その到達点がポストモダンだとすれば、21世紀はニヒリズムを超える価値が求められる時代だろう。メイヤスーの「新しい唯物論」などはその試みだが、哲学としては成功していない。

ジジェクは「ヘーゲルへの回帰」を主張しているが、和辻哲郎の倫理学はそれに似た面がある。彼のデビュー作は『ニイチェ研究』だが、ニヒリズムを克服する哲学として、彼はマルクスに接近した。それもレーニン的な素朴実在論ではなく「人間は社会的関係の総体である」という「フォイエルバッハ・テーゼ」の社会的人間の思想ととらえたのは、当時としては新しい。

和辻はそこからヘーゲルに傾倒し、彼のような倫理学の体系を書こうとする。それが1930年代から戦後までかけて書かれた大著『倫理学』である。『人間の学としての倫理学』と同じく、和辻は個人ではなく「間柄」から出発し、社会の単位を「家」と考える。

これは日本人論としては卓見だが、彼はヘーゲルの市民社会を「打算社会」として否定し、近代の限界を「家族的共同体」によって乗り超えようとする。その最高度に完成された共同体が国家であり、そこから西洋の打算的な帝国主義を超克する東洋的倫理の戦いとして大東亜戦争が肯定されたのである。

続きは4月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「報道の自由」の最大の敵はマスコミ自身である


国連特別報告者のデビッド・ケイ氏が外国特派員協会(実態はフリー記者の集団)で会見した議事録が出ているが、彼の話は何も具体性がない。「記者が匿名を希望するので話が聞けなかった」というが、匿名を条件に何を聞いたのかもいわない印象論だけだ。

続きはアゴラで。






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池田信夫の「オフレコ政経ゼミ」
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