タコの心身問題

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源
邦題は奇妙だが、原題は"Other Minds"。タコなどの頭足類が、人間などの脊椎動物とは別のタイプの「心」をもっているという話だ。進化論的には、頭足類と脊椎動物は5億年以上前の「カンブリアの大爆発」のころ分岐したと考えられている。共通の祖先は体長が数ミリの生物だったが、そのあと独立に神経系が進化した。

したがってタコの体の構造は脊椎動物とはまったく違うが、ニューロンは5億個もある。これは人間の1000億個には及ばないが、犬とほぼ同じで、脊椎動物以外では異例に多い。ニューロンの大部分は脳ではなく8本の足の中にあるが、タコの目は人間とよく似ており、知能も意外に高い。

タコは水槽から出しても自分のいた場所を覚えており、人間を識別できるという。迷路を通り抜けて、餌を取ることもできる。驚くのは瓶に閉じ込められたタコが、内側から足を使って蓋を回転させ、瓶から脱出できることだ。脊椎動物とはまったく別に、こんな高度な知能が進化したのはなぜだろうか。



続きは2月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「グリーン・ニューディール」で喜ぶのは誰か

アメリカ議会では、民主党のオカシオ=コルテス下院議員などが発表した「グリーン・ニューディール」(GND)決議案が大きな論議を呼んでいる。2020年の大統領選挙の候補者に名乗りを上げた複数の議員が署名している。これはまだドラフトの段階だが、公式サイトによると次のような目標を「10年以内に実現する」ことを連邦政府に求めるものだ(今は一時的に削除されている):
  • 電力を100%再生可能エネルギーで供給する
  • すべての住宅や建物のエネルギー効率を改善する
  • 製造業や農業の温室効果ガス排出をなくす
  • 自動車や航空機など交通機関の温室効果ガス排出をなくす
続きはアゴラで。

小沢一郎という悪夢

ozawa自由党の小沢一郎代表は、安倍首相の「悪夢のような民主党政権」という発言に対して、記者会見で「もう一度、悪夢を見てもらわなければならない」と語った。民主党政権が悪夢だったことは認めたわけだが、私にいわせると「小沢一郎」が平成の最大の悪夢だった。私も一度はその夢を見た者として、反省することが多い。

「小沢氏には最初から政治理念はなかった」という人が多いが、私はそうは思わない。彼の『日本改造計画』は自民党の最高幹部だったとき書いたもので、彼は憲法を改正して軍事的に自立した普通の国になることを主張し、英米で始まった保守革命を継承して小さな政府を実現しようとした。それは冷戦後の日本のエリートの合意だった。

本来は彼が首相になって自民党ハト派を追い出し、「保守二党」で政権交代を実現するはずだったが、竹下派の跡目争いで小沢氏が敗れて離党したため、彼の構想は大きく狂った。1993年に細川政権は実現したが、連立政権の足を引っ張る社会党を追い出そうとして失敗し、政権が崩壊した。最後のチャンスだった新進党も内部抗争で解党し、彼の政治理念は終わった。

最初の自由党のころまでは過剰に理念的だった小沢氏は、民主党と合流したころから左傾化し、かつて自分で提唱した消費増税に反対して離党し、反原発で新党を結成するなど支離滅裂になった。今の彼は政治的にはゾンビのようなものだが、彼が1990年代に主張した政治理念にはまだ価値がある。それが悪夢に終わったのはなぜだろうか。

続きは2月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

民主党政権は「悪夢」だったのか

安倍首相が自民党大会で「悪夢のような民主党政権」と評したのに対して、立憲民主党の枝野代表が「自殺者数が減るなど、よくなった部分もある」と反論したことが話題になっている。公平にみて民主党政権が悪夢だったことは事実だが、安倍政権はそれほどいい政権なのだろうか。

次の図は日経平均株価に完全失業率(右軸)を逆に重ねたものだが、失業率が最悪(5.5%)だったのは麻生政権の末期で、2009年8月の民主党政権から下がり始めた。自殺率も失業率と相関が強いので、同じころ減り始めた。その後も単調に雇用は改善した。



続きはアゴラで。

AIが「知能」になる日は来ない

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
人工知能(AI)のブームは、今まで2度あった。1950年代に始まった「第1次ブーム」はすぐ挫折したが、80年代の「第2次ブーム」では世界中で巨額の投資が行われた。そのトップランナーが、通産省の第5世代コンピュータだったが、成果は何も出なかった。今は「第3次ブーム」だが、第2次ブームを同時代に見た私には既視感がある。投資を集めるために、プロジェクト・リーダーがAIの成果や将来性を誇大に語ることだ。

著者は東大入試をロボットに解かせることを目標にした「東ロボくん」というAI開発のリーダーで、これは「MARCHレベルの大学入試に合格するところまで行った」というが、東大合格は無理だと判断してプロジェクトは終わった。

著者はAIの将来性には懐疑的で、コンピュータが人間の知能を超える「シンギュラリティ」は今後とも来ないという。その理由としてあげているフレーム問題や「意味が理解できない」などの問題は昔から指摘されているAIの本質的な限界で、これを突破する革命的なイノベーションが起こらない限り、AIが意思決定や自己意識のような「知能」をもつ日は来ない。

いまAIと呼ばれているのは深層学習の応用技術で、これは機械学習の改良版にすぎない。著者は事務労働が「AI技術」に置き換えられてホワイトカラーが大量に失業する「AI世界恐慌」がやってくるというが、これも錯覚だ。どんな人にも比較優位があるので、労働市場が機能すれば仕事はなくならない。ただ雇用が製造業から対人サービス業にシフトし、コンピュータを使うエリートとそれに代替される「教科書が読めない子どもたち」の所得格差が開くおそれがある。

続きは2月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

最低賃金を全国一律にすると何が起こるか

自民党に「最低賃金一元化推進議員連盟」が発足した。人材の都市に集中する問題を是正して地方を活性化するため、全国の最低賃金を一律にすべきだという。これは経済学の常識には反するが、日本経済でコーディネーションの失敗が起こっているとすると、ナンセンスな話とはいいきれない。

私もアゴラの記事で書いたことがあるが、日本の中小企業は1990年代末から始まった過剰債務の解消の中で「低収益→低賃金→人手不足」という「悪い均衡」に陥っているおそれがある。これを「よい均衡」に乗せるには、最低賃金で高賃金にして人手不足を解消し、収益を上げるショック療法も、一時的には考えられる。

しかし最低賃金を2年で29%も上げた韓国では深刻な不況になって失業率が上がり、政権がゆらいでいる。最低賃金を上げたら労働需要が減るので、失業が増えることは明らかだ。東京と地方の賃金を一律にしたら、地方に立地している工場が海外移転して(政治家の期待とは逆に)地方の人口は減る可能性が高いが、悪いことだけではない。

続きは2月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

人間はチンパンジーとどこが違うのか

Becoming Human: A Theory of Ontogeny (English Edition)人類は現在の地球ではもっとも繁栄している大型の動物だが、それは他の動物と何が違うのだろうか。人類の特徴だと思われていた次のような能力は、最近の研究ではゴリラやチンパンジーのような大型類人猿にもみられることがわかってきた:
 
 ・言葉を使う
 ・道具を使う
 ・集団で狩猟をする
 ・友達をつくる
 ・他の個体を助ける

もちろん人間と同じではない。チンパンジーに言葉を教えても使えるのは単語だけで、複雑な文はつくれない。石などの道具を使うことはできるが、石器をつくることはできない。友達の範囲は、毛づくろいできる程度に限られている。しかし人類だけができて、大型類人猿にまったくできない能力はほとんどない。

では人類がここまで繁栄した原因は何だったのか。本書はその秘密は個体発生にあるという。多くの動物の能力は肉体的なハードウェアで決まるが、人間は「半製品」で生まれ、知能の大部分は子供が育つ段階で、環境との相互作用で形成される。その成果は文化として次の世代に継承され、社会に蓄積される。これが人類の驚異的な進歩の原因だという。

続きは2月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

厚労省の官僚は無能か嘘つきか

国会では統計不正問題をめぐって見当はずれの質疑が行われているが、「アベノミクス偽装」という類の陰謀論はすべて誤りだ。2018年1月からの毎月勤労統計のシステム更新は、統計的精度も安定性も上がる改善だった。このとき結果として賃金が「上振れ」したが、問題はそれより2017年まで賃金が「下振れ」していたことだ。

立憲民主党にアドバイスしている明石順平という弁護士は、上振れが「ベンチマーク更新」の影響だというが、システムを更新したら影響が出るのは当たり前だ。2018年の場合は経済センサスに合わせて大企業を増やし、サンプルを毎年1/3入れ替える「ローテーション・サンプリング」にしたが、それで数字が上振れしても法的な問題は発生しない。

続きはアゴラで。

「韓国化」する沖縄

米軍基地の辺野古移設のための埋め立て工事の賛否を問う県民投票が、2月24日に実施される。最初は一部の市が参加しないなどもめて、「どちらでもない」を含む三択にして全市町村が参加することになったが、この県民投票には三重に法的根拠がない。
  1. 辺野古移設は日米の政府間協議で決定され、沖縄県も2013年に承認した
  2. その承認を取り消した沖縄県の決定は2016年に最高裁で違法とされた
  3. したがって承認を撤回する沖縄県の決定にも法的効力がない
続きはアゴラで。

死の恐怖という錯覚

自殺について (角川ソフィア文庫)
死の恐怖は人間のもっとも強い感情だが、すべて「本能」だとは限らない。それが文献に出てくるのは意外に新しく、16世紀にモンテーニュが死について考え続けたのが最初だ。多くの社会では人は死を自然に受け入れ、キリスト教では死後に永遠の生命が得られることになっているので、死の恐怖はありえない。

死が恐怖の対象になったのは、近代ヨーロッパで人々が神を失ってからだ。ヘーゲルは神の代わりに「絶対精神」にもとづく壮大な観念論を構築したが、ショーペンハウエルはそれを否定する「反ヘーゲル主義」の元祖であり、ニーチェから20世紀のポストモダンに至るニヒリズムの元祖でもある。

本書はショーペンハウエルの主著『意志と表象としての世界』の付録のようなもので、根本的実在は意志だとする。これはプラトンのイデアやカントの物自体と同じ普遍的な概念だが、それ自体は認識の対象ではなく、世界を動かすエネルギーである。意志のみが本質で表象はすべて幻想であり、生は意志の長い歴史の中で、ほんの一瞬この世に現われる閃光のようなものだから、個人は死ぬことによって本質的な意志の世界に帰る。

個体を超えて増殖を続ける意志というイメージは、生物学の「利己的な遺伝子」に似ている。個体は遺伝子のコピーを最大化するための乗り物であり、個体が死んでも遺伝子は子供に受け継がれて増殖を続ける。人間が死を恐れるのは子供をつくって遺伝子を残すためだから、子供が生まれたら死んでもかまわない。死の恐怖は、個体を保存するための錯覚なのだ。

続きは2月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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