再エネ賦課金って何?

国民民主党が参議院選挙の追加公約として「再エネ賦課金の徴収停止」を提案しましたが、よい子のみなさんには何のことかわからないと思うので、解説しましょう。

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「再エネ賦課金の全面停止」に賛成する

国民民主党の玉木代表が「再エネ賦課金の徴収停止」という緊急提案を発表した。

これは私のきのうの記事の提案と実質的に同じだが、さすがに私も賦課金の打ち切りまでは考えなかった。玉木氏の提案はそれより大胆なものだ。これで標準家庭で年間1万円以上、電気代の負担が軽減される。

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戦後民主主義の原点は「小農」だった

幻視のなかの社会民主主義―『戦後日本政治と社会民主主義』増補改題
今回の参議院選挙も、ほとんど争点らしい争点がない。それは自民党がすぐれた党だからではなく、野党がその対立軸にならないからだ。その原因は、もともと日本社会には階級対立がなかったからである。

戦前の保守政党は地主の党だったが、GHQが農地改革で地主の土地を小作人に分配したため、戦後の農村には多数の小農が生まれた。自民党は地主の既得権を守る小農の党になったが、社会党は戦前から続く農民組合(小作人)の党で、その支持基盤はほとんど同じだった。

社会党は片山内閣のように政権を取ったこともあり、自民党に先んじて左右社会党が統一したので、政権を取れる見通しもあった。しかし左右対立に悩まされ、左派の中心はマルクス・レーニン主義やプロレタリア独裁を掲げる社会主義協会だった。

60年代以降、日本でも労働組合が「昔陸軍・今総評」といわれるほど大きな力をもつようになった。これにともなって社会党は「5万人の党員で1000万票を集める」といわれる労組依存の党になったが、それは遅れてきた階級政党だった。階級闘争のない日本で、それが自民党に代わる勢力になることは、もともと無理だったのだ。

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節電ポイントより「再エネピーク課金」を

夏の電力不足の対策として、政府が苦しまぎれに打ち出した節電ポイントが迷走し、集中砲火を浴びている。「原発を再稼動したら終わりだ」という批判が多いが、問題はそう簡単ではない。原発を動かしても電力危機は終わらないのだ。



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ファクターXは「幸運」だった

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
日本のコロナ致死率は、OECD諸国の中で最少だった。その原因として、マスクとか公衆衛生とか遺伝とか、いろんな理由があげられたが、どれも100%説明できない。ファクターXは幸運だったのだ。

日本の歴史は、宝くじに続けて当たったような幸運の連続だった。大陸から隔てられたおかげで、縄文時代には1万年も平和が続いた。戦争には弱かったが、海のおかげで遊牧民の攻撃をまぬがれ、たった2回の攻撃も悪天候などの幸運で助かった。

幕末にはアメリカの植民地になってもおかしくなかったが、たまたま南北戦争が起こって助かった。日清・日露戦争も弱体化した帝国との戦いで、勝ったのは幸運だった。それを実力と勘違いした日米戦争は大失敗だったが、戦後の占領は幸運だった。戦争のへたな日本人が、世界最強のアメリカという用心棒を雇うことができた。

なぜ日本人はこんなに幸運なのだろうか――というのは愚問である。成功のほとんどはまぐれ当たりなのだ。経済学では、株式市場の情報はすべて株価に織り込まれているので、市場に勝つことはできないと教える。ではバフェットやソロスは、魔法でも使ったのだろうか?

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明治政府はなぜ昭和に暴走したのか

軍事の日本史 鎌倉・南北朝・室町・戦国時代のリアル (朝日新書)
近代史の最大の謎は、明治維新で奇蹟的な成功を収めた日本が、なぜ昭和に暴走したのかという問題である。司馬遼太郎はこの謎が解けず、昭和を舞台にした小説はほとんど書かなかった。その後も右派は「自虐史観」を批判するだけで、この問題の答を出せない。

よくいわれるのは、学歴社会が日本をだめにしたという説である。明治政府は長州閥だったが、帝国大学や陸軍士官学校は点数主義だったので、次第に官僚機構も軍も秀才が集まるようになった。特に陸軍が反長州閥で結束した結果、組織を掌握できない学校秀才がエリートになり、軍が暴走したという。

しかしこれだけでは、昭和の戦争の国民的エネルギーを説明できない。戦争はエリートだけではできない。それは何よりも国のために死ぬという不合理な行動であり、江戸時代までは武士だけの仕事だった。農民は一生平和に暮らしたので、戦争を恐れる。

それを戦争に(精神的にも経済的にも)動員することが、近代戦の最大の課題であり、ナポレオンの最大の革新は、国民主権という物語で全国民を戦争に動員したことだった。デモクラシーとは、何よりも「国民が自衛する」という意識をつくる戦争装置だったのだ。

それに対して傭兵に頼る帝政は国民意識が弱く、デモクラシーに勝てなかった。だが大日本帝国は、民衆を戦争に動員することに成功した。それはなぜだろうか。

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EVは内燃機関を駆逐するか

ガソリンエンジンが電気自動車(EV)に置き換わるかどうかは、日本の産業の今後を左右する重要な問題である。日本電産の永守会長の発言が、大きな反響を呼んでいる。


これは技術的には正しい。ドライバーの9割は航続距離30km未満なので、1000kmも走る車のマーケットは小さい。そういう特殊な車を除外すれば、今ある技術で十分で、大量生産すればコストは下がる。これは日本電産のようなモーターの市場では明らかだ。

これに対して賛否両論が湧き上がった。今のEVは、内燃機関にはるかに劣る。燃費だけ考えても、10万km走行まではハイブリッド(HV)のほうが効率的だ。次世代の主流がHVになることはすべてのメーカーのコンセンサスだと思うが、そこから先は意見がわかれる。

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消費税の増税は法人税減税のためではない

NHKの日曜討論で、高市政調会長が切れた。


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西欧圏とユーラシア圏の「再分岐」

道徳と宗教の二つの源泉 (ちくま学芸文庫)
いま日本が直面している変化は、江戸時代から続いてきた閉じた社会が、いろんな意味で開かれた社会にならざるをえないということだろう。本書はこの二つの概念を最初に提示した本である。

ベルクソンは、閉じた社会は過去に終わった社会ではないと指摘し、それは今も人々の心に中に残り、偏狭な愛国心として戦争の原因になると考えた。しかし閉じた社会は、戦争を抑止するシステムだった。それは農業なき定住社会として1万年の平和を維持した縄文時代が示している。

それに対して中国の開かれた社会は、軍事国家だった。梅棹忠夫の図式でいうと、遊牧民から農耕文明を守るために中国(Ⅰ)、インド(Ⅱ)、ロシア(Ⅲ)、イスラム圏(Ⅳ)では専制国家が発達し、18世紀以降、西欧とユーラシアの大分岐が起こった。

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冷戦の終了をわれわれは「民主国家の勝利」と考え、中国がグローバル市場に参入して大収斂が起こると考えたが、今ウクライナで起こっているのは、その再分岐である。この二つの文明圏は、和解不可能なのだろうか。

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1ドル=150円で「人と資本のインバウンド」を

ゆうべはスイス中銀の利上げで一時的に円高になったが、きょうの金融政策決定会合で日銀は、0.25%のYCC(イールドカーブ・コントロール)の維持を決め、1ドル=134円台に戻した。これは金融政策としては異常だが、長期的には1ドル=150円ぐらいになると、ISバランスは均衡するかもしれない。



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