風邪を引いただけで「PCR検査」は必要ない

新型コロナウイルスの問題で注意が必要なのは、サンプルに大きなバイアスがあることだ。 マスコミの騒いでいる「ダイヤモンド・プリンセス」の感染は公海上で発生したもので、日本国内の問題ではない。国内では(2月24日現在)147人が検査で陽性になり、1人が死亡した。それに対して韓国では700人以上の感染者が発見され、7人が死亡した。この差の原因は、PCR検査の数である。


PCR検査のイメージ(メルクのウェブサイトより)

PCR(polymerase chain reaction)検査は、インフルエンザの検査のように簡単にできるものではない。製薬会社メルクのウェブサイトによると、これは検体のDNAを加熱して変成させ、遺伝子解析するもので、一つの検体に6時間ぐらいかかる。検査キットは1台数百万円で、各県の環境衛生研究所に数台しかなく、この機材がボトルネックになっている。

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キリスト教は疫病から生まれた

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)
新型コロナをめぐる騒ぎで、私を攻撃してくるツイートを見て驚いたのは「インフルエンザには特効薬があるが、新型コロナにはないから怖い」と信じているネトウヨが多いことだ。ウイルス性の感染症に特効薬はない。インフルエンザにもタミフルなどの対症療法しかないから、毎年1000人以上死んでいるのだ。

治療法も予防法もなかった古代には、こういう未知への恐怖はもっと大きかったに違いない。ローマ帝国では西暦165年ごろから疫病が大流行し、帝国の人口の1/4から1/3が死んだと著者は推定する。その病名は不明だが、天然痘か麻疹(はしか)ではないかと考えられている。

疫病は大量死という点では戦争と同じだが、その原因をコントロールできない。戦争は国家によって防げるが、疫病は隔離するしかなかった。細菌もウイルスも目に見えないので、ある人は急に病に倒れ、ある人は生き残るのはなぜか。ローマ帝国の多神教でも合理的な自然哲学でも、その原因は説明できなかった。

こういう状況で、キリスト教は急速に信者を増やした。それは目に見えない神を信じる者だけが天国に行けるという非合理主義だったが、死に意味を与えることはできた。キリスト教徒は他から隔離されて共同生活し、互いに救護したので、結果として免疫ができて生存率が上がったと推定される。このような開かれた共同体が、初期キリスト教会の特徴だった。

続きは2月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

「財政と金融の協調」へのレジームチェンジが必要だ

新型肺炎で自粛とパニックの連鎖が続いている。まだ正確な統計は出ていないが、観光業や外食業は壊滅的な状況だ。中国からの外需も大幅に減っており、日本経済へのダメージは大きい。昨年の第4四半期の成長率はマイナス1.6%(年率マイナス6.3%)だったが、今年の第1四半期は年率マイナス10%ぐらいになるのではないか。

日銀の黒田総裁は「必要があれば躊躇なく追加緩和する」とお決まりのコメントをしたが、マイナス金利の状況でこれ以上緩和しても何の意味もない。それより大型の補正予算を組む必要がある。名目は「新型肺炎緊急対策」 なら数兆円出せるだろう。そのためには国債の増発が必要だ。黒田総裁も認めた財政と金融の協調を実行するときである。

これは伝統的なポリシーミックスではなく、財政赤字を日銀が埋める財政ファイナンスであり、日銀はそれを明示的に宣言したほうがいい。従来の量的緩和の延長だと思われると市場は何も反応しないので、フィッシャーの提言するように「これは財政政策だ」という目的を明示すべきだ。

このとき最大のリスクは「財政赤字が無限に拡大する」と市場が判断して国債を売ることなので、それを防ぐために日銀が財政を監視するルールをつくってはどうだろうか。たとえば名目成長率の目標を3%と決め、そこに到達するまで財政赤字を拡大する。金利が急上昇した場合は補正予算の執行を停止する。その判断は日銀政策委員会が行なって財務省に助言する。

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自粛パニックで「新型コロナ不況」がやってくる



新型コロナウイルスの感染者はきのう100人を超えたが、クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」を除くと、国内で陽性になった人数は1日10~20人で、激増しているわけではない。激増しているのは、集会やイベントなどの自粛による2次災害である。

コンサートや会議が中止になり、レストランやホテルがキャンセルされ、就活の面接まで中止された。加藤厚労相は「政府として一律の自粛要請はしない」といいながら「主催者に開催の必要性を改めて検討していただきたい」と実質的に自粛を求めた。

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リスク・コミュニケーションの反面教師

「感染症パニック」を防げ!~リスク・コミュニケーション入門~ (光文社新書)
いま話題の岩田健太郎氏の2014年の本だが、新型コロナウイルスの騒ぎで版元が急きょ重版したらしい。彼のキャラクターに興味があったので読んでみたが、中身は常識的だ。リスク・コミュニケーションの一般論としては、「起こりやすさ」 と「起きると大変」をごっちゃにしないという話が大事である。

「起こりやすさ」は確率、「起きると大変」は致死率と考えると、人間の感覚には後者を重視するバイアスがある。特に感染症では、エボラ出血熱のように致死率の高い病気が重視され、インフルエンザのようなありふれた病気は注目されないが、患者にとっては「起こりやすさ」が大事で、日本に存在しないエボラよりインフルのほうがリスクは大きい。

皮肉なのは、今回の「ダイヤモンド・プリンセス」の騒ぎがリスク・コミュニケーションの典型的な失敗例だということだ。まずリスクを正確に見積もることがリスコミの条件だが、彼は船の中に2時間ほどいただけで「ゾーニングがまったくできていない」と事実誤認し、「エボラ出血熱のときより恐ろしい」などと最大級の言葉で厚労省を批判した。

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新型肺炎に「ゼロリスク」を求めてはいけない

世の中では新型肺炎(COVID-19)を理由にしたイベントのキャンセルが相次いでいるが、国の専門家会議は現状は「国内発生の早期の段階」で、「まだ流行期ではない」という。この判断がわかりにくいと批判されているが、新型肺炎は流行しているのだろうか。

インフルエンザの「流行」には定義がある。全国約5000の病院で定点観測し、1週間に平均1人以上の新患者が一つの病院で報告されると流行である。今シーズンのインフルエンザは昨年11月に厚労省が「全国流行が始まった」と発表したが、このとき(第46週)の患者数は約9000人(平均1.8人)だった。

今のインフルエンザ患者数は、大流行といわれた昨シーズンの1100万人より少ないが、2月3日からの第6週で約30万人(平均60人)。今シーズンの累計で約650万人と推定される(国立感染症研究所)。



これに対して新型コロナウイルスの感染者は2月17日現在で520人だが、このうち約450人はクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客・乗員で、国内にいるのは60人余り。インフルエンザの基準を当てはめると、この150倍に増えないと流行の定義を満たさない。今はインフルエンザのほうが10万倍危険なのだ。

続きはアゴラで。

黒死病が資本主義を生んだ

日本中が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で大騒ぎだが、こういう疫病は歴史的には珍しいものではなく、それがパンデミック(世界的流行病)になって歴史を変えたことも少なくない。史上最大の帝国を築いたモンゴル帝国が14世紀にあっけなく崩壊した一つの原因は、黒死病(ペスト)の大流行だと考えられている。

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地球の平均気温の推定(Wikipedia)

図のように地球は14世紀から小氷河期に入り、寒さで免疫力が低下し、農業生産も激減した。黒死病はアジアで発生したが、シルクロードを通ってヨーロッパに広がったので、それを伝えた遊牧民のモンゴル帝国は崩壊し、ヨーロッパの人口も黒死病で半減した。

この時期に生まれたのがプロテスタンティズムである。治療の方法もない疫病が多くの人を殺す時代には、誰が死ぬかは神があらかじめ決めた運命だというルターやカルヴァンの宿命論が説得力をもった。それを信じる者だけが天国に行けるという単純な教えは疫病のようにヨーロッパに流行し、凄惨な宗教戦争を生んだ。

この宗教戦争に勝ち抜いたのは重火器で武装した国であり、その経済力を支えたのが資本主義だった。黒死病は宿主を殺し尽くすと終わったが、資本主義は国家に寄生して世界に広がった。それはウォーラーステインのいうように富の追求という単純な原理で国家を包摂する世界=経済を築き、植民地に寄生する疫病になったのだ。

続きは2月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

日本共産党はなぜ「暴力革命」の方針をとったのか


安倍首相が「共産党の暴力革命の方針に変更はない」と答弁したことに、志位委員長が怒っている。彼が「全面的に反論済み」という共産党国会議員団事務局の見解にはこう書かれている。

1950年から55年にかけて、徳田球一、野坂参三らによって日本共産党中央委員会が解体され党が分裂した時代に、中国に亡命した徳田・野坂派が、旧ソ連や中国の言いなりになって外国仕込みの武装闘争路線を日本に持ち込んだことがあります。

しかし、それは党が分裂した時期の一方の側の行動であって、1958年の第7回党大会で党が統一を回復したさいに明確に批判され、きっぱり否定されました。

彼らも1950年代に暴力革命をめざしたことは認めているが、それは「党が分裂した時期の一方の側の行動」であり、「党の正規の方針として「暴力革命の方針」をとったことは一度もない」という。これは歴史の偽造である。

続きはアゴラで。

グローバル化で格差は縮小する

2000年以降の日本で物価が上がらない最大の原因は、先進国の中で日本だけ名目賃金が下がったことだ。これは製造業の賃金が中国に引っ張られて下がり、生産拠点の海外移転が進んだからで、中国の人件費が上がって日中の単位労働コスト(ULC)は2012年ごろ逆転した。

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各国の単位労働コストの比較(経産省「ものづくり白書」)

名目賃金は日本が約2800ドル、中国(都市部)が約500ドルとまだ大幅な差があるが、賃金を付加価値で割ったULC(名目雇用者報酬/名目GDP)でみると、日本は中国より低くなった。これは2012年以降の人民元レート上昇の影響もあるが、2000年ごろ3倍以上だった日本と中国の賃金格差が、大幅に縮まったことは明らかだ。

これは1990年代から始まった大収斂の必然的な結果で、この傾向は逆転しないだろう。上の図でもわかるように、OECD諸国でもアジアでも、ULCが収斂する傾向は一貫している。「グローバル化で格差が拡大する」という通念とは逆に、賃金格差はグローバルには縮小しているのだ。

その結果、日本では中国と競合する単純労働者の賃金が下がり、中間層が没落して国内の格差が拡大している。このグローバルに生産要素が一物一価になる要素価格均等化の傾向を「デフレ」と誤解して、マクロ経済政策で止めようとしたことが安倍政権の失敗だった。

続きは2月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

幻の「70年安保」という危機

佐藤栄作-戦後日本の政治指導者 (中公新書)
アゴラにも書いたように、安倍首相は岸信介より佐藤栄作に似ている。佐藤は兄の岸ほど優秀だったわけではなく、確たる政治信念もなかったが、人事をあやつる手腕は超一流で「人事の佐藤」と呼ばれた。初期には右派の核武装論者とみられたが、政権につくと「社会開発」を重視する左派になった。

そういう佐藤の路線を決めたのは「70年安保」だったと本書はいう。60年安保のように70年安保でも大衆運動で内閣が倒れると考える人は、60年代後半には少なくなかった。ベトナム戦争に協力した佐藤首相は、今の安倍首相よりはるかにダークな悪役で、「ストップ・ザ・サトウ」という変なスローガンで各地に革新自治体が生まれた。

ベトナム反戦運動から始まった学生運動が世界的に大きな盛り上がりをみせ、70年安保は「保守政治の全面的危機」と意識されていた。沖縄の「核抜き本土並み返還」や「非核三原則」などの佐藤の平和主義的な装いは、こうした危機を乗り越える対策だったので、自民党も派閥を超えて協力した。これが佐藤内閣が長期政権になった原因である。

しかし学生運動は1969年の東大安田講堂の攻防戦をピークに退潮し、その年の末の総選挙で自民党は300議席を超える圧勝だった。1970年6月の安保条約の自動延長は何事もなく過ぎたが、そのあと佐藤の求心力は急速に衰えた。凧のように強い逆風で維持されていた政権は、風がやむと落ちていくしかなかったのだ。

続きは2月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。






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