「定住革命」の終わり

人類の歴史上最大の変化は産業革命ではなく、約1万年前に狩猟採集生活から定住生活に移行した定住革命である。従来はこれを「農業革命」の結果と考えたが、最近の研究では農耕の始まりは定住より数千年も遅いことがわかってきた。つまり農業革命は定住革命の結果であって原因ではないののだ。

では定住が始まった原因は何か。今のところ決定的な説はないが、戦争だったという説が有力である。近代国家も基本的には国境で区切られた領土の中で土地の所有権を分配する農業国家であり、それを発展させる方法は対外的な領土の拡張、すなわち植民地支配だった。 土地は産業革命でも生産要素の一つになったが、その供給量には制約があるので、今では大して重要ではない。

20世紀は人的資源がもっとも重要な生産要素になった時代といえようが、21世紀に重要になったのは情報や権利などの無形資産(intangible assets)である。これをコントロールする上では土地は無意味であり、人的資源もITで代替できる。GAFAに代表されるグローバルIT企業の資産の大部分は知的財産権と個人情報であり、その配分を最適化するように人間がグローバルに移動する。1万年前に始まった定住革命が終わろうとしているのだ。

こういう時代には国家の役割も物理的な領土を守ることではなく、独占を守ることである。この点でアメリカ政府の姿勢はきわめて戦略的であり、特許や著作権は一貫して強化し、個人情報は一貫して規制しなかった。それに対して日本政府は個人情報保護法という世界にもまれな規制強化をやって、インターネット時代に大きく立ち遅れてしまった。

続きは11月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。


強そうで弱い政治家と弱そうで強い官僚

官僚のブラック労働の最大の原因は与野党なれ合いの「国対政治」だが、官僚が一方的な被害者というわけではない。日本の役所の最大の問題は、その完璧主義と無謬主義である。これは彼らが「天皇の官吏」として間違いを許されなかった明治憲法からの伝統だろう。

20年ほど前、役所で同僚になって印象的だったのは、官僚の強いエリート意識だった。政治家や大学教授を「先生」と持ち上げるが、裏に回ると「おれのほうが知っている」という。政治家には「レク」で根回しし、法案の中身は官僚が決めてしまう。審議会の答申も官僚が決め、会合でも「事務方」が延々と説明する。

そのエリート意識の源泉は、東大の知的権威だった。「通産省が日本株式会社を指導する」と言われた時代も役所にそれほど法的権限はなかったが、知的権威で業界を指導し、業界団体に天下ってロビイストとして活躍した。それはウェーバー的な合理的官僚ではなく、科挙官僚のように精神的権威で庶民を指導する東洋的エリートだった。

他方で明治憲法の時代から、政治家には実質的な権限があまりなかった。帝国議会には政府の提出した法案に「協賛」する権限しかなく、1930年代には政府や軍部から干渉を受けることも多かった。それに対する反省から新憲法では国会は「国権の最高機関である」と定められたが、実態はあまり変わらなかった。

続きは11月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

嘘をついたのは森ゆうこ議員である

森ゆうこ議員は10月25日、次のようなツイートで(私を含む)多くの人を脅迫した。
彼女はここで「予算委員会のルールに基づく通告は、提出期限であった11日(金)午後5時までに提出されていた」と主張しているが、これは嘘である。

続きはアゴラで。

「温室効果ガス排出ゼロ」の国民負担は重い

ニュージーランド議会は11月7日、2050年までに温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする気候変動対応法を、議員120人中119人の賛成多数で可決した。その経済的影響をNZ政府は昨年、民間研究機関に委託して試算した。

その報告書では、いくつかのシナリオで2050年のNZ経済を予想している。2050年までのベースラインの平均成長率を2.2%とすると、2050年にCO2排出を(農業を除いて)実質ゼロにするEnergy ZNEシナリオでは1.5%となり、成長率が年平均0.7%ポイント下がる。


温室効果ガス削減による成長率の低下


続きはアゴラで。

天皇制という「新しい伝統」の創造

天皇と儒教思想 伝統はいかに創られたのか? (光文社新書)
天皇家をめぐる論争では、天皇が「万世一系」だとか、男系天皇が日本の伝統だと主張するのが保守派だということになっているが、これは歴史学的にはナンセンスだ。 万世一系は岩倉具視のつくった言葉であり、「男系男子」は明治の皇室典範で初めて記された原則である。

これは日本の伝統ではなく、儒教の影響だ。儒教は中国の皇帝を正統化するイデオロギーとして漢代に国教となり、唐代に科挙や律令制度を支える思想となった。日本の政権がそれを輸入して、大宝律令ができたのは701年。それまで「倭」と呼ばれていた国々は「日本」と呼ばれることになった。

それまでの政権は万世一系どころか、継体天皇以前は王家としてつながっていたかどうかも疑わしいが、そのうち有力だった「大王」(おおきみ)が「天皇」と呼ばれた。中国の建国神話をモデルにして『日本書紀』が書かれ、8世紀から遡及して多くの天皇が創作され、天皇家が神代の時代から世襲されていることになった。

このように天皇支配は律令制度を支える儒教思想にもとづいていたが、律令は当時でさえ日本の実態とかけ離れていた。武士が実権を握るようになると、天皇は忘れられた。それを明治時代に「天皇制」としてよみがえらせたのが、長州藩の尊皇思想だった。それは「王政復古」を掲げていたが、実際には新しい伝統の創造だったのだ。

続きは11月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

財政政策と金融政策の協調が必要だ

日銀の黒田総裁が記者会見で「政府が財政政策をさらに活用するなら、財政あるいは金融政策を単独で実施するよりも(政策)効果は高まる」と語った。これまで日銀が財政政策に口出しすることはタブーだったが、彼もようやく財政政策と金融政策の協調に向けて踏み出したようだ。

黒田総裁はこれを「財政ファイナンス」と呼ばれるのをきらって「ポリシーミックス」と表現しているが、いま世界的に議論されているのは、昔のケインズ的なポリシーミックスとは似て非なるものだ。

続きはアゴラで。

「琉球処分」は日清戦争の序幕だった

興亡の世界史 大清帝国と中華の混迷 (講談社学術文庫)
沖縄の問題と韓国の問題が似ているのは偶然ではない。どちらも19世紀まで清の属国だったという共通点があるからだ。これは華夷秩序という中国の伝統的な外交関係で、琉球は清の属国だったが、実質的には島津藩に支配されていた。

日本が琉球を全面的な支配下に置かなかったのは、それが日清両属であることで中継貿易の結節点になったからだ。琉球はこの地位を利用して貿易で繁栄したが、こういう曖昧な関係は明治以降は維持できなくなった。

日本は台湾出兵を行い、それを既成事実として沖縄の領有権を主張した。国際法では、領土は先に占有権を主張した国のものになるからだ。これに対して清は有効な対抗策をとれず、日本は琉球国を沖縄県として領土の一部にした。この1879年の「琉球処分」が、日清戦争の前例となった。

李氏朝鮮も清の属国だったが、その関係は国際法上は明確ではなかった。日本はそこに介入し、日清戦争後の下関条約で「朝鮮の独立」が明記された。日清戦争は、華夷秩序と国際法の制度間競争だったのだ。これによって華夷秩序は解体され、 朝鮮は大韓帝国となったが、それは日本の保護国になる第一歩だった。

続きは11月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

今井雅人・柚木道義議員の「サンフランシスコ質問」は議事録から削除せよ

アゴラの記事で指摘した国会質問の事実誤認(あるいは偽造)は今井雅人議員(立憲民主党会派)だけではなく、柚木道義議員(同)も10月23日の衆議院内閣委員会で「内閣府が図を漏洩したのではないか」と質問した。これを自分でツイートしている。

続きはアゴラで。

中央銀行は「財政ファイナンス」をコントロールできるか

日本ではまだMMTなどという古い話にこだわっている人がいるようだが、世界的にはそんなものは問題になっていない。大論争になっているのは、ブランシャールやサマーズの提案した財政と金融の協調である。この論争にスタンリー・フィッシャー(元FRB副議長)も参加した。

従来のマクロ経済学では、景気安定化策に財政政策を使うのは効率が悪く、金融政策でやるべきだと考えられていたが、2010年代の先進国経済(DM)は流動性の罠に陥って、金融政策がきかなくなった。他方で図のように、財政支出の余地(実質金利-実質成長率)は大きい。

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このため財政支出を増やすべきだという議論が高まっているが、財政インフレをコントロールする手段がはっきりしない。MMTのいうような増税は簡単にできない。フィッシャーの提案は、これを中央銀行が長期国債の買い入れでコントロールしようというものだ。

中銀は財政支出とインフレ率の目標を決め、イールドカーブがフラットになるまで長期国債を買い入れる。予想インフレ率が目標を上回ったら、買い入れをやめる。これは明示的な財政ファイナンスで、日銀のやっているイールドカーブ・コントロールに近い。しかし長期金利で財政はコントロールできるのだろうか。

続きは11月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

霞ヶ関のブラック労働は「行政国家」の末期症状

今年の8月、厚生労働省の若手チームの出した業務・組織改革のための緊急提言がちょっと話題を呼んだ。これは霞ヶ関でも最悪といわれる厚労省の労働環境について、現場のアンケートをもとに提言したものだ。

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そこには「厚生労働省に入省して、生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」といった過酷な労働実態への悲鳴が並び、その大きな原因として「国会関連業務」があげられている。今や「モンスタークレーマー」になった野党への対応が、若手官僚の大きな負担になっていることがわかる。

この原因は日本独特の国対政治だが、そこには普遍的な問題も含まれている。ジョン・ロック以来の近代デモクラシーの原則では、主権者たる国民が選挙で議員を選び、彼らが立法によって政府をコントロールすることになっている。法を執行するのは官僚だが、その解釈は行政から独立した司法が決めるというのが、モンテスキュー以来の三権分立の理念である。

だが、そんな原則を信じている官僚はいない。事務量が膨大になった現代の先進国では、官僚が立法も行政も法解釈も実質的に行う。議会は官僚機構の決定を追認する機関にすぎない。このような行政国家をチェックする制度は、日本国憲法には存在しない。国民主権とか立憲主義とかいうとき、想定されているのは実定法による支配だけなのだ。

続きは11月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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