教育勅語は危険思想か


森友学園をめぐる下らない事件には興味がないが、おもしろいのは子供が毎日、教育勅語を朗読させられているという話だ。マスコミは勅語が日の丸や君が代より凶悪な危険思想だと思っているようだが、それを読んだことはないだろう。上の写真がその原文だが、これを素読して意味のわかる人もほとんどいないだろう。ウィキペディアの現代語訳は、こんな感じだ:
まず皇祖皇宗、つまり皇室の祖先が、日本の国家と日本国民の道徳を確立したと語り起こし、忠孝な民が団結してその道徳を実行してきたことが「国体の精華」であり、教育の起源なのであると規定する。続いて、父母への孝行や夫婦の調和、兄弟愛などの友愛、学問の大切さ、遵法精神、一朝事ある時には進んで国と天皇家を守るべきことなど、守るべき12の徳目(道徳)が列挙され、これを行うのが天皇の忠臣であり、国民の先祖の伝統であると述べる。これらの徳目を歴代天皇の遺した教えと位置づけ、国民とともに天皇自らこれを銘記して、ともに守りたいと誓って締めくくる。
ここには「一億火の玉だ」とか「天皇のために死ね」とかいうアジテーションはなく、最初の「皇祖皇宗」のくだりで皇国史観を語っている以外は、平凡な徳目を並べただけだ。しかしそれが強烈な影響力をもったことも事実である。不思議なのは、こんな短い説教があれほどの影響力をもったのはなぜかということだ。

続きは3月6日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

韓国のキリスト教は戦争と植民地支配で発展した

韓国とキリスト教 (中公新書)
日本のキリスト教徒は人口の1%に満たないが、韓国では30%近い。キリスト教は戦争や貧困の時期に流行する不幸度の指標だから、韓国人は日本人の30倍不幸なのかもしれない。

イエズス会の宣教師が日本に来たのは16世紀初めだが、彼らが朝鮮半島に渡ったのは1593年、豊臣秀吉の朝鮮侵略(文禄の役)のときだった。これがキリスト教が韓国に伝えられた最初だが、韓国のキリスト教会では不都合な事実として隠されている。

そのあと日本では「隠れキリシタン」として細々と残ったが、人々が飢餓状態にあった李氏朝鮮では、不幸を食い物にするキリスト教が儒教と習合して「東学党」というカルトができた。東学党の乱を契機にした日清戦争で朝鮮半島が戦場になったとき、東学党は弾圧されたが、その信者は激増した。

日露戦争後に朝鮮半島が日本の植民地になってからは、東学党は「天道教」という宗教になって韓国のキリスト教の原型になった。つまり日本では江戸時代の長い平和の中でキリスト教が衰退したのに対して、韓国では戦争と植民地支配でキリスト教が発展したのだ。

続きは3月6日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

明治維新は「尊王攘夷」の革命だったのか

西郷隆盛と明治維新 (講談社現代新書)
吉田松陰の唱えた尊王攘夷は、草莽崛起(民衆蜂起)をめざすポピュリズムだった。明治維新は松蔭の思想を受け継いだ「勤王の志士」による革命だったというのが司馬遼太郎の流布した英雄史観だが、明治政府の中に勤王の志士はほとんどいなかった。主な志士は暗殺(あるいは刑死)されてしまったからだ。

生き残った指導者のうち伊藤博文は松蔭の弟子だが、「攘夷」は早い時期に捨てた。「尊王」は残ったが、これは革命思想とはいえない。水戸家の徳川慶喜が「大政奉還」したのは尊王思想によるもので、彼こそ会沢正志斎に学んだ水戸学の本流だった。

ポピュリズムが革命の動力にはなるにはカリスマが必要だが、革命が成功すると、ロベスピエールやレーニンのような指導者は暴走することが多い。明治維新が「ソフトランディング」して普通の政権になったのは、世界史でも珍しい。著者(坂野潤治氏)はその成功の原因を西郷隆盛に求めているが、彼があげた8人の「有志」には松陰は入っていなかった。

続きは2月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

東芝は「非上場」企業として出直せ



東芝は半導体部門を売却し、原子力を中心にした会社として生き残りをはかるが、ウェスティングハウスもアメリカで破産申請するらしいので、再建の方向ははっきりしない。「上場廃止は回避すべきだ」とか「外資に売ってはいけない」という声が多いが、私はここで東芝という「入れ物」に縁を切ったほうがいいと思う。

2年前に発覚した「不適切会計」も、原子力の巨額損失の穴を他の部門で埋めようとしたことが原因だった。早い時期に原子力と電機部門を切り離して処理していれば、ここまで泥沼にはならなかった。東芝のように家電から重電まで雑多な部門をもつコングロマリットは、20世紀型の失敗モデルである。

東芝は半導体を売却してWHの債務を整理し、MBO(Management Buyout)で非上場の企業として出直したほうがいい。今回の事件を契機に、日本でも資本市場を活用して企業の再編ができるように制度改正すべきだ。

続きは2月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

なぜ「ハイパーリカーディアン」な異常事態が続くのか


翁邦雄氏の新著はFTPLを否定的に評価しているが、私はシムズの予言は当たると思う。彼はロイターでハイパーリカーディアンというおもしろい言葉で、日本の現状を表現している(誤字は訂正された)。
この種の議論をする際によく持ち出されるリカーディアン均衡(リカードの等価定理)的な考え方では、追加的な政府支出の効果は将来の増税予測によって相殺されるというが、現在は[日本では]相殺どころか、それ以上の増税を予測する「ハイパーリカーディアン」とでも呼ぶべき「期待」がむしろ広がってしまっている。
これは私が非リカーディアン不均衡と呼んだものと同じだ。FTPLの均衡条件では「物価水準=名目政府債務/プライマリー黒字の現在価値」で、物価は1前後なので、

 政府債務=累積財政黒字

ここで政府債務は1100兆円だから、物価が安定しているということは、投資家が日本政府は将来1100兆円の財政黒字を出すと予想していることを示す。これは金利を含めると2000兆円以上の増税か歳出削減が必要だから、明らかに政府(財務省)は過剰に信頼されている。いずれ投資家は間違いに気づくだろうと思って、翁氏を初め多くの専門家が金利上昇とインフレを予想したが、ことごとく外れた。なぜだろうか?

続きは2月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

大学教育は無駄だが職業教育は重要だ

与野党が一致して始めた教育ポピュリズムに対する私の批判は予想通り不評だが、論理的な反論は一つもなく、「日本がこれから知識社会で生きて行くには教育投資が必要だ」という類の建て前論が多い。

もちろん教育は重要だが、それは大学教育とは限らない。Economist誌も指摘するように、ここ30年でエリート大学卒の賃金が30%以上も上がる一方で、カレッジ(無名私大)卒の賃金は下がっている。これは教育の効果(人的資本)より学歴の効果(シグナリング)のほうが大きくなってきたことを示す。

続きはアゴラで。

自由な移民と福祉国家は両立しない

移民の経済学
トランプ大統領の入国禁止騒ぎで、移民問題があらためて議論されている。これについてリベラルは「多文化の共生」、保守は「ナショナルアイデンティティ」と答は決まっているが、上野千鶴子氏が移民に反対したのに対して、北田暁大氏が「移民を受け入れないと経済成長できない」と批判している。

これは両方とも誤りである。移民がすべて有害だとはいえないが、それで経済成長する理由もない。財界の「毎年20万人の移民受け入れで成長する」というのも錯覚だ。途上国から大量に単純労働者が入ってくると、労働生産性も成長率も下がる。労働市場が硬直的なままでは、移民で「人手不足」は解消できず、ドイツのように社会不安が広がるだけだ。

最大の問題は、社会保障である。ミルトン・フリードマンは「自由な移民と福祉国家が両立しないことは明らかだ」と述べた。労働者が全世界に移動できれば、社会保険料を負担しないで生活保護などを受給し、社会保障が食い逃げできるからだ。これは移民を否定しているのではなく、政府に依存した社会保障は自由経済と両立しないという意味である。

他方、労働人口が世界に移動すると、労働需給のミスマッチが解消されるので、すべての国で所得が上がって世界の分配は平等化する。その効果を本書は全世界で50兆円とも150兆円とも推定しているが、日本からみるとどうだろうか。

続きは2月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

東電を分社化して原発事故処理の国民負担を明確化せよ



きのうの言論アリーナでは、東芝と東電の問題について竹内純子さんと宇佐見典也さんに話を聞いたが、議論がわかれたのは東電の処理だった。これから30年かけて21.5兆円の「賠償・廃炉・除染」費用を東電(と他の電力)が負担する枠組は可能なのか。そして望ましいのか。

続きはアゴラで。

子供に「強制的な教育」はいらない

脱学校の社会 (現代社会科学叢書)
義務教育は英語でcompulsory education、つまり「強制的な教育」である。憲法26条では「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ」と定めているので、親が子供に教育を受けさせるのは義務だが、子供が教育を受ける義務はない。彼らが画一的な学校教育を強制されていることが、学校の荒れる原因である。

それが必要かというのは昔からある疑問で、普通は「初等教育には外部性がある」といった理由で無償の義務教育が正当化されるが、実証的には支持されていない。本書はそれを一歩進め、強制的な学校教育を否定するものだ。原著は1971年だが、今その有効性は高まっている。ITの発達した現代で、子供を教室に集めて同じことを教え込む必要はない。

続きは2月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

トロツキーが破滅させた革命

レーニンとは何だったか
ロシア革命についての最近の研究で印象的なのは、レーニンの影が薄いことだ。革命の中でボリシェヴィキが出てくるのは最後の最後であり、彼らが政権を取れたのはケレンスキーが彼らを軽視していたからだ。ボリシェヴィキの中でもレーニンが武装蜂起を指導したことはなく、彼は演説のへたな引っ込み思案の陰謀家だった。10月革命がポピュリズムの革命だったとすれば、その主人公はトロツキーだったのだ。

しかし革命が暴走した原因も、トロツキーだった。革命の最大の山場は政権奪取後の内戦だったが、トロツキーが赤軍のモデルにしたのはパリ・コミューンではなく、絶対君主の常備軍であり、彼の教科書はマルクスではなくクラウゼヴィッツだった。「チェスをするときマルクスにヒントを得る者はいない。いわんや戦争をする際にマルクスを参照しても始まらない」と彼はいった。

続きは2月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






title
記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons