植民地支配が近代科学を生んだ

A Culture of Growth: The Origins of the Modern Economy (Graz Schumpeter Lectures)
人類の歴史の大部分で世界最高の文明国だった中国で「産業革命」が起こらず、なぜヨーロッパの小国イギリスで起こったのか、というのは歴史の謎である。その一つの要因が近代科学だが、中国の技術的知識はヨーロッパよりはるかに進んでいたのに、それが「科学革命」に結びつかなかったのはなぜだろうか。

それは中国が文明として完成していたからだ、というのが本書の答である。中国の学問は四書五経を解釈することであり、エリートの条件は古典を暗記することだった。論理は重視されたが、その論証の根拠は古典の記述であり、事実で古典を否定することはできなかった。ここではオリジナリティは重視されず、イノベーションには価値がなかった。

ヨーロッパ中世でも最高の知識人は、聖書やアリストテレスを読んだ聖職者だったが、それを変えたのは16世紀以降の植民地支配と戦争だった。特にイギリス人が自国よりはるかに広い新大陸を支配し、多くの異民族を統治するには、古典は役に立たなかった。フランシス・ベーコンは古典より観察や実験にもとづく科学を主張し、それを未知の大陸を発見するコロンブスの航海にたとえた。

続きは8月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

軽減税率は「税金のサマータイム」

サマータイムには賛否両論というより反対論しか出てこないので、「まさか実現しないだろう」という楽観論が多いが、油断できない。同じように「海外では実施したが後悔している」制度が、来年実施される予定だ。消費税の軽減税率である。アゴラ研究所にも税務署から「よくわかる軽減税率制度」というパンフレットが来た。

軽減税率は2017年4月に消費税率を10%に引き上げる法律で決まったが、増税が再延期されて2019年10月になった。増税は今年の骨太方針で明記されたので、再々延期されなければ、軽減税率も実施される。対象は酒類・外食を除く飲食料品と、週2回以上発行される新聞である。



続きはアゴラで。

戦後民主主義という偽善

文化防衛論 (ちくま文庫)
戦後73年たっても日本人の中には歴史感覚をめぐる溝があり、そのコアには天皇がある。占領軍は憲法で「菊と刀」を断ち切ることによって、天皇を無力化した。菊(天皇)は刀(武力)と一体で文化的な価値をもちえたのだが、日本人は武装解除されて国民としてのアイデンティティを失った、と三島由紀夫はいう。

こういう喪失感は、今の80代ぐらいにはあるかもしれない(三島が生きていたら93歳だ)が、その下の団塊の世代(70代)は、彼が本書のあとがきで書いている感覚に近いのではないか。三島は戦後25年間を回顧して「その空虚さに今さらながらびっくりする」と書く。
25年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえている。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきバチルス[細菌]である。こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことに、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである

天皇制は明治期に「発明」された信仰であり、それが戦後民主主義という別の信仰に切り替わることは、日本人にとって大した抵抗はなかった。非武装平和主義は「平和憲法を守って侵略されたら、抵抗しないで死んでもいい」という思想だが、これは三島が指摘するように、天皇のためなら死んでもいいと考える「戦時中の一億玉砕思想に直結する」。戦前の偽善は戦後の偽善に陰画として継承され、定着してしまった。

続きは8月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

終戦をめぐる歴史の「もしも」

暗闘(上) - スターリン、トルーマンと日本降伏 (中公文庫)きょうは8月15日。歴史にifは無意味だが、きょうぐらいそういうお遊びをしてもいいだろう。本書はポツダム宣言から日本の降伏までの経緯を海外の資料も含めて詳細に検証した研究だが、最後に8項目の「とられなかった道」をあげて、そういう仮定を検討している。
  1. もしもトルーマンが日本の立憲君主制を認める条項を承認したら:ポツダム宣言の原案には日本の立憲君主制を認めるという条件があったが、最終的には削除された。これはトルーマンが拒否したためと思われるが、それがあれば日本の降伏は早まった可能性がある。トルーマンが「無条件降伏」にこだわったのは、日本の降伏を遅らせて原爆を投下するためだったかもしれない。

  2. もしもトルーマンがポツダム宣言にスターリンの署名を求めていたら:ポツダム宣言にソ連が署名するということは、日本がそれを拒否したらソ連が参戦することを意味する。本土決戦はソ連の中立を前提としていたので、この場合は日本の降伏は早まった可能性が高い。

  3. もしも原爆が投下されなかったら:1946年に米軍の出した戦略爆撃調査では「原爆投下やソ連参戦がなくても日本は本土決戦の前に降伏しただろう」と報告しているが、近衛文麿は「原爆が投下されなかったら、少なくとも年末までは続いただろう」と答えている。日本の指導部は敗戦が決定的であることを知っていたが、原爆だけで本土決戦を止められたかどうかは疑わしい。
続きは8月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

不平等な日米地位協定は改正すべきだ

全国知事会が「米軍基地負担に関する提言」を全会一致で採択した。これは先日亡くなった沖縄県の翁長知事が発案し、研究会で2年かけて検討したものだという。その提言は次のようなものだ。
  1. 日米地位協定を抜本的に見直し、航空法や環境法令などの国内法を原則として米軍にも適用させることや、事件・事故時の自治体職員の迅速かつ円滑な立入の保障などを明記すること
  2. 米軍人等による事件・事故に対し、具体的かつ実効的な防止策を提示し、継続的に取組みを進める
  3. 飛行場周辺における航空機騒音規制措置については、周辺住民の実質的な負担軽減が図られるための運用を行う
  4. 基地の整理・縮小・返還を積極的に促進する
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医師に免許は不可欠か

超高齢化社会になる中で、最大の問題は医療費の膨張である。団塊の世代が後期高齢者になる「2025年問題」を控え、医療費を抑制しないと社会保障は維持できなくなる。医師不足も深刻になり、特に勤務医の労働条件が悪化している。これは医師が絶対的に足りないのではなく、都市や特定の診療科目に偏在していることが原因だ。

それを是正する一つの対策は、医師免許とは別に「準医師」の資格を認定し、看護師や薬剤師に医療行為を認めることだ。たとえば医師が一度、処方した薬を、その後も続けて処方するのは、看護師や薬剤師の判断でできるだろう。患者には選択権を与え、準医師は保険単価を安くすればいい。

こういう職業免許から資格認定への改革は、ミルトン・フリードマンが『資本主義と自由』で提案したが、それから半世紀以上たっても前進しない。特に医師免許の緩和は、賛成する人が少ない。「無免許医師の誤診で命を落としたら取り返しがつかない」と考えるからだが、それは本当だろうか。

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進歩的知識人の「転向」と知的誠実

清水幾太郎の覇権と忘却 - メディアと知識人 (中公文庫)
清水幾太郎は丸山眞男の最大の親友で、60年安保をともに闘ったが、その後は交流がなくなった。丸山は「夜店」をたたんで本業の日本政治思想史の研究に専念したが、本業のない清水は「転向」し、右派論壇誌の常連になった。1980年に発表した「核の選択――日本よ国家たれ」で大反響を呼ぶが、進歩的知識人からは縁を切られた。

しかし清水の60年代以降の論文は、それほどおかしなものではない。福田恆存も清水を批判したが、それは「今ごろ何をいっているのか」という批判だった。1954年に福田が「平和論の進め方についての疑問」を発表したときは轟々たる批判を浴びたが、「転向」後の清水の主張はそれとほぼ同じである。

1950年代の知識人は「戦前の日本に戻すな」という素朴な信念で団結したが、それが政治的には間違いだったことに気づいた人は丸山のように沈黙した。清水のように正直な人は「転向」したが、彼はそれなりに知的に誠実だった。その後の論壇を支配したのは、社会党や朝日新聞のように間違いをごまかして「非武装中立」などの嘘をつき続けた人だった。

続きは8月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

沖縄の戦後をリセットするとき

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沖縄県の翁長知事が急死したが、辺野古移設の承認を撤回する彼の最後の決定は正常な判断とはいえない。移設はもともと米軍基地の整理・縮小策の一環として日本政府が持ち出し、国も沖縄県も決めた話だ。翁長氏は自民党沖縄県連の幹事長として「県内移設」を推進した中心人物である。

ところがこの話を鳩山首相が「最低でも県外」と約束してぶち壊した。それ元に戻した仲井真知事は、2013年末に辺野古容認と引き替えに8年間で2.4兆円の補助金を獲得し、「有史以来の成果」と喜んだが、翁長氏はこれに反対した。すでに2000億円以上が地元に前払いされ、引き延ばせば毎年、数百億円が地元に落ちるからだ。

翁長氏は2014年の知事選挙では、仲井真氏に対して移設反対を掲げて当選した。戦後の沖縄では、労働組合や革新政党は反基地を叫び、保守陣営がそれを抑える見返りに本土から補助金を取る自作自演の茶番劇が続いてきたが、革新の力が落ちたので、翁長氏が反基地に転向したわけだ。ここに至る彼の屈折した軌跡の背後には、沖縄を利用してきた本土の罪もあるが、これを機に問題をリセットするときではないか。

続きは8月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

サマータイムは不可能である

サマータイムについて賛成論はほとんどないが、反対論は山ほどある。特に問題は情報システムの時刻設定で、深刻な事故が発生するおそれがある。これについて立命館大学の上原哲太郎氏のスライドが技術的な問題をまとめているので、紹介しておこう。


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社会保険から「福祉サービスの市場」へ

脱ポピュリズム国家 改革を先送りしない真の経済成長戦略へ
日本の財政危機の本質は、社会保障の危機である。ゼロ金利が続く限りハイパーインフレのような形で「財政破綻」することは考えられないが、現役世代から高齢者への所得移転は確実に増える。特に日本で世代間の不公平がひどくなるのは、日本の社会保障の9割が年金・医療などの社会保険で占められているからだ(ヨーロッパは3割)。

社会保障の本来の目的は貧しい人に最低所得を保障することだから、生活保護のような所得再分配でいいのだが、これは受益者が限られるので政治的には人気がない。社会保険はすべての人が受益者になるので、ポピュリズムに結びつきやすい。その結果、大富豪でも年金を受給できる「老人国家」になった。

年金は2030年代前半に年金基金が枯渇するので、支給開始年齢の引き上げは避けられないが、医療と介護は複雑だ。これ以上のコスト増を防ぐには、基礎的な生活保障と高度サービスをわけるしかない。たとえば高度医療を受けたい人も、今は制約のある保険診療か高価な自由診療かの選択を迫られる。両方を組み合わせる混合診療には、医師会が反対している。こういう規制を緩和して、所得の高い人は高いサービスを受けられる「福祉サービスの市場」を創造する必要がある。

続きは8月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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